episode.スルト
ある日、とある孤児院の塀沿いに、一人の赤子が捨てられていた。
茹るような暑さの夏の日だった。泣き声を上げて自身を主張することすらできぬほどに弱ったその子どもは、しかしその孤児院の職員に奇跡的に発見され、保護された。
時代は戦争の真っただ中だった。神継ぎと呼ばれる異能者を巡った権力者同士の争い。それだけではなく、悪魔憑きと呼ばれる理性のない異能者が出没し、無差別に辺りを襲うことも多々あった。
それ故に、孤児というものは少なくはないのだ。生活が苦しくなり、口減らしにと捨てられる子どもも多くなっていた。せめてもの慈悲に、孤児院の近くにわざわざ置いていかれる子どもだって年々増えていた。
だからこそ、この黒髪が生えてきたばかりの子どももそういった事情でここに置いていかれてしまったのだろうと、孤児院の皆は暖かく迎え入れたのだ。
だが、衰弱しきっていた黒髪の子どもが数日かけてある程度回復し、その両目をぱちりと開いてつぶらな瞳に彼らを映したそのとき、すべての認識は覆されたのだ。
窓際で花瓶に花を活けていた職員が、子どもを一目見て呼吸に失敗したかのように喉を引きつらせ、恐怖をありありと表情に浮かべた。花瓶を咄嗟に手に取り、鋭く子どもに向かって投げつける。
手元が狂って子どもには当たらなかったものの、花瓶は子どもの横をすり抜けて壁にあたり、甲高い音を立てて大破した。子どもは訳も分からぬまま火が付いたように泣いた。その赤い瞳が溶けてなくなってしまうのではないかというほどの大粒の涙を次々に流し、声を上げた。
「……赤い、目……!?」
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた人々も、その子どもの瞼の隙間から覗く赤い瞳を見て二の足を踏んだ。
赤い瞳は、全てを無差別に蹂躙する悪魔憑きの色である。理性を失った彼らは瞳を赤く染め上げ、額から角を生やすのだと、そう言い伝えられていた。
孤児院の職員は最初に子どもの目を見てしまった職員を庇いながら部屋の外に出し、そして一度その場を後にした。部屋には、未だ泣き叫び続ける子どもだけが残された。その子ども以外、誰も残ろうとはしなかった。
しかし、どういうわけか孤児院はその子どもを追い出し、野垂れ死なせるようなことはしなかった。
そして、その子どもはスルトという名を与えられ、他の子どもたちと同じように育てられたのだった。




