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かつて、世界の片隅で  作者: 笹栗
人間と太陽
6/6

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「——駄目だよ、自分を安く見積もっては」

「エッ誰」


 驚くほど近くから聞こえた第三者の声に、スルトの笑いは途端に引っ込んでいった。

 驚きにまあるく見開かれたスルトの赤い瞳に、悲し気にスルトを見下ろす真白の美丈夫が映った。彼の儚げな出で立ちに似合わぬいかついサングラスに視線が釘付けになっていると、青年が唇を微かに震わせた。


「ごめんね、気が付くのが遅くなってごめん。お前がこんなに悲しんでいるのに、気が付かなくて……」


 しゃがみ込んでより距離の近くなった青年が、指先を伸ばしてそっとスルトの頬に触れてくる。

 それを甘受しながら、スルトは小さく首を傾げた。


「俺、悲しくないよ?」

「……いいや。お前は確かに悲しんでいるよ」

「悲しかったのはさっきの俺で、今の俺は悲しくないよ。大丈夫」

「……いまのお前が悲しくなくても、悲しかったお前がいたのも事実だよ」

「そうなのかな……?」


 スルトはよく分からなくなってさらに首を傾げた。

 そして考えることを諦め、気を取り直して青年を見上げた。


「でも、おにーさんが謝ることないよ。おにーさんに悪さされたわけじゃないもん」


 青年はぴくりと指先を強張らせ、そしてスルトの頬を撫でていた指先を自身のサングラスへと持っていった。


「それは俺が、赤い目を凶兆にした元凶の悪魔憑きだとしても?」


 そう言いながらほんの少しだけずらされたサングラスの奥からは、青年の瞳が覗いていた。


「赤……?」


 どこまでも赤い、混じりけのない赤だった。

 スルトはもう一度、茫然とあか、と呟いた。赤い瞳。それが意味するのは。


「俺とお揃い!?」

「……ああうん、まあ、そうだね……?」


 今度こそ、スルトは心の底からの嬉しさでにぱっと笑った。

 その勢いのままスルトは上体を起こして、ずいと青年に詰め寄る。


「俺初めて会った、お揃いのひと! 俺スルト! 世界を焼き尽くすひと……? とかなんとかの意味があるらしい! おにーさんは!?」

「……ヘリオス。太陽って意味があるかな……」

「名前の意味も似てる! 暑そう!」

「そうだね……?」


 ヘリオスが微妙な顔をして相槌を打つのを、スルトはじっと見つめた。見つめたけれど、スルトにはヘリオスが何を考えているかなんて到底わからなかった。


「ヘリオス、いま何考えてる?」

「……思っていた赤眼の子の像と違いすぎて困惑してるかな」

「んーつまり?」

「随分とずぶと……明るい子だなって……」


 難しい顔をして黙り込んだスルトの頭を、ヘリオスが乱暴に撫でた。

 その反動で頭を揺らしながら、スルトはちろりとヘリオスを窺う。

 未だずらされたままのサングラスから、優しい赤い瞳がスルトを見下ろしていた。スルトの怯えの理由すら察して優しく抱き込んでくれるような、温かな視線がスルトに降り注いでいた。


「お前にだけは絶対に、俺は嘘をつかないよ。俺のせいで謂われのない扱いを受けている赤眼の子に、俺は絶対に、嘘をつかない」

「……俺、それ嫌だな、ヘリオス」


 しばらくじっと見上げたままだったスルトは、ぽつりとヘリオスに向かって拒絶を示した。

 スルトの頭の上に置かれた手のひらがぴくりと微かに動いたのを感じ取って、スルトは急いで自身の両の手でヘリオスの手を押さえ込んだ。傍から見れば自身の頭のてっぺんを両手で押さえる間抜けな姿だったけれど、スルトは真剣な顔でただヘリオスを見上げていた。


「ヘリオスのせいで、とか俺思わないし、思いたくない。俺、ヘリオスと友達になって、親友になって、もっともっと仲良くなりたい。仲がいいから本当のことばっか言えるみたいな、そっちのほうがいい」


 罪悪感から結ばれる縁ではなくて、ただ気の合う相手として、まるで運命のように出会った相手としてたくさん言葉を交わしたいのだと、スルトは一生懸命言い募った。

 スルトは目の前の真白の青年が漂わせる、どこか退廃的な気配に焦っていた。

 どうにかして彼を元気づけたくて、せめてスルトのもっている能天気な部分を少しでも押し売りしたくて、スルトはうーんうーんと首をひねった。


「ねえヘリオス、やっぱ俺と友達になろ。それで、俺とたくさん会って喋って、寂しくならないようにしよ!」

「俺は寂しくないよ」

「俺は寂しい!」


 先程まで悲しくないだの言っていたスルトがそんなことを言うものだから、ヘリオスは困ったように笑った。


「あー! また赤眼の子がそう望むなら……とか言うんなら俺にも考えがあるからな!」

「そう。例えば?」

「エッ……」


 途端に勢いを失ってうろ、と赤い瞳を彷徨わせたスルトは、しかし名案を思い付いて元気よくヘリオスを見上げた。


「そのサングラスを俺が奪ったら、ヘリオスはそれを取り返しにまた来なきゃいけないよな! 赤眼の子云々は関係なく!」

「これが欲しいの? いいよ、あげる」

「エッ」


 あっさりと手渡されたサングラスに、スルトは尻込みして言葉を失った。

 惜しげもなく晒されたヘリオスの赤い瞳が、面白そうにスルトを観察している。


「他に策はないの?」

「エッえーと、……一週間以内に来ないと、サングラス割っちゃうぞ……とか……」

「予備があるしいいよ、それスルトにあげようか」

「エッ」


 苦肉の策で絞り出された大切なものがどうなってもいいのかという脅しはあっさりと躱され、むしろ貰い物までしてしまった。

 そんなつもりではなかったのに、と眉を下げたスルトは、ふとあることに思い至ってにょきりと首を伸ばした。


「お揃いじゃん!!」

「うん、そうだね」


 まるでスルトが何を言うのかまで予想していたかのようなヘリオスが、可笑しそうに笑んだ。

 スルトは嬉しくなって、何度もヘリオスに本当にいいのかと問いかけ続けた。そのすべてにヘリオスが優しく頷いてくれるものだから、スルトは当初の目的すら忘れてますます喜んだ。


「俺、誰かに何か貰うのも誰かとのお揃いも初めて! ヘリオスありがと! 大事にする!」


 にこにこ、にこにこと輝かんばかりの笑みを浮かべるスルトは、ヘリオスが彼のもとに降り立ったときの空虚に笑っていた姿を忘れさせるほど、幸せに満ち溢れていた。

 ちゃんと着けてあげるんだよ、と声をかけたヘリオスに、スルトは大きく頷く。


「この目を隠すために着けるんじゃなくて、ヘリオスとお揃いにしたいから着ける!」


 幸せそうに赤い瞳を細めるこの少年をなんとかして救うつもりで、実際に救われたのはヘリオスのほうだったのかもしれない。久しぶりに感じた温かいものがじんわりとヘリオスのなかで広がっていくのを感じて、真白の彼はそっと瞳を伏せた。


 じゃ、また会おうね! と大きく手を振ってヘリオスと別れたスルトは、これでヘリオスが寂しくなくなるといいな、と考えながら、しかし自室についたところではたと気が付いた。具体的に再会の日時を決めなかったし、連絡手段もない。別れ際の言葉もただの社交辞令と思われたらどうしよう、と。

 しかしその次の日、スルトに言い忘れていたことが、とヘリオスが再び襲来したのでその問題は解決する。赤い瞳ではどう足掻いても生き辛いだろう、孤児院を抜け出して一緒に暮らそうか、と誘われたのを、スルトが元気な笑顔ではつらつと断るまで、あと数十時間。



 そして、この縁は500年以上もの間彼らを繋ぎ続ける、強固なものとなるのである。

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