第六話:淑女の仮面と、暴れ馬の誘惑
1.アレクセイの次なる一手
騎士団デートが成功し、少し自信を取り戻したルーファスだった。 しかし、まだ「決定打」に欠けると感じたアレクセイは、次なる策を授ける。
「兄さん、次は『遠乗り』なんてどうかな? 騎士団で見学だけじゃ物足りないだろう? 兄さんが颯爽と馬を駆る姿を見せつつ、自然の中でおしゃべりを楽しむんだ」
「遠乗りか……。しかし、ロザリンド嬢は乗馬ができるだろうか?」
「うーん、公爵令嬢ならたしなみ程度には乗れるはずだよ。もし苦手なら、兄さんが手綱を引いてあげればいいんじゃない。『守ってあげる』シチュエーションの完成だよ」
「なるほど……! 天才だな、お前は」
ルーファスは目を輝かせ、早速準備に取り掛かった。
2.愛馬の選定
デート当日。王家所有の広大な草原にロザリンドとルーファスはやって来た。
ルーファスは、自信満々に二頭の馬を用意していた。 一頭は、彼が戦場で愛用する巨大な黒毛の軍馬「ヴォルケーノ号」。 もう一頭は、真っ白で小柄、老齢で非常におとなしい牝馬「コットン号」だ。
「ロザリンド。君には、このコットンを用意した。王宮で一番おとなしくて、可愛い子だ」
ルーファスは愛おしそうにコットンの鼻面を撫でた。
(……コットンちゃん、ね。確かに可愛いけれど、おばあちゃん馬なのね。わたくし、普段は実家の暴れ馬「雷帝」を乗り回して障害物を飛び越えているのだけれど……)
しかし、彼女は「完璧な淑女」である。
「まぁ、なんて愛らしいお馬さん……。でも、わたくし、乗馬はあまり得意ではなくて……高いところが少し怖いですわ」
彼女がおずおずと言うと、ルーファスは「任せてくれ」と力強く頷いた。
「僕が手綱を引く。君はただ、鞍に座っていればいい」
こうして、「最強の騎士が引く馬に乗る、最強の令嬢」という、よくわからない初心者プレイが発生した奇妙な散歩が始まった。
3.アクシデントと、完璧な体幹
草原の風は心地よかったが、ロザリンドにとっては苦行だった。
(ああ、もっと走らせたい! ギャロップで風を切りたい! ヴォルケーノ号の筋肉、素晴らしいわ……あれに乗りたい!)
その時だった。 草むらから野兎が飛び出し、ロザリンドが乗るコットン号が驚いて小さく竿立ちになり、いなないた。
「ヒヒーン!」
「あっ、危ない!」
ルーファスが叫ぶ。普通の令嬢なら、バランスを崩して落馬する場面だ。
しかし、ロザリンドの身体は自動的に反応した。
彼女は内腿で鐙を馬体を一瞬で締めつけ、体幹を完璧に固定する。手綱を絶妙な力加減で捌き、馬を瞬時に落ち着かせてしまったのだ。その動きは、まさに人馬一体の達人のそれだった。
(……はっ!? しまった、つい反射的に制御を!)
ロザリンドは冷や汗をかいた。ルーファスの方を見る。 彼は、目を見開いてこちらを凝視している。
(まさか、バレた!?)
「……ロザリンド、大丈夫か!?」
ルーファスが駆け寄ってくる。ロザリンドは慌てて「今にも落ちそうなフリ」をした。
「き、キャアアア! こ、怖かったですわぁ~!」
(わ、わざとらしいかしら!?)
しかし、ルーファスのフィルターは分厚かった。 彼は、彼女の「完璧な重心移動」を「恐怖で硬直していた」と解釈し、さらに「落ちなかったのは奇跡だ」と心配したのだ。
「すまない! 僕の不注意だ。やはり、君一人で乗せるのは危険すぎた……!」
無事にルーファスを欺けたことに安心しつつも一抹の罪悪感を感じるロザリンドだった。
4.密着相乗り
しかし、ルーファスは決断した。
「ロザリンド嬢。僕の馬に乗ってくれ。二人乗りで行こう」
「えっ……ご一緒によろしいのですか?」
「ああ。僕の腕の中にいれば、絶対に落ちないし、怖くないはずだ」
それは、ロザリンドにとって願ってもないご褒美だった。
ルーファスは彼女を軽々と抱き上げ、自身の愛馬ヴォルケーノ号の前鞍に乗せた。そして、彼自身が後ろに乗り込み、彼女を包み込むように手綱を握る。
ドキン。
ロザリンドの背中に、ルーファスの分厚い胸板と、鍛え上げられた腹筋の感触が伝わる。
(……硬い! 大きい! これが王国騎士団副団長の筋肉……!)
「……少し揺れるぞ。しっかり掴まっていてくれ」
ルーファスの低い声が、耳元で響く。寡黙な彼の、気遣わしげな息遣い。 馬が走り出すと、まるで彼に抱擁されたまま風を切っているような感覚に包まれた。
「……ルーファス様。怖く、ありませんわ」
ロザリンドが本音で呟くと、ルーファスは彼女の頭に顎を乗せるようにして、小さく笑った。
「そうか。……君の髪は、いい香りがするな」
「!!!!!」
「す……すまない……」
ロザリンドはただただ真っ赤になり、ルーファスも言ってから自分の大胆さに気づいて耳まで赤くなってしまった。
広大な草原を駆ける一頭の馬。 馬上には「筋肉にときめく令嬢」と「香りにときめく騎士」。
二人の距離は、この遠乗りで物理的にも精神的にも、一気に近づいたのだった。




