第二話:公爵家の胃痛と、赤面の王子
ある晴れた日の午前。 クォーツィン公爵邸のサロンで、淡桃色の髪と瞳を持つロザリンドは優雅に刺繍をしていた。 そこへ、青ざめた顔の父公爵が飛び込んできた。
「ロ、ロザリンド、何があったのだ!?」
「あら、お父様。どうなさったの? そんなに慌てて」
ロザリンドは針を止め、完璧な淑女の微笑みを向けた。公爵は額の脂汗を拭いながら叫んだ。
「お、王宮から使いが来た!」
「ええ、それがどうかして?」
「第二王子、ルーファス様がお前に結婚を前提として交際を申し込みたいそうだ」
「え……ええーっ!!」
ロザリンドの淑女の仮面が、一瞬だけ剥がれかけた。 確かに先日、アレクセイ王子主催の「婚約者候補探しの舞踏会」に参加はした。しかし、彼女は壁の花として大人しくしていただけで、ルーファス王子と話すどころか、目が合った記憶すらない。
「どなたかとお間違えではないかしら? わたくし、殿下とは接点がございませんわ」
「そ……そうだとよいのだが……」
公爵は持病の胃痛にお腹を押さえた。 娘の「本性(武闘派)」を知る父にとって、王族、それも騎士団の主力である第二王子との結婚など、いつボロが出て処刑されるかと気が気ではない。
「至急、王宮に確認をとります。『人違いではないか』と」
公爵は震える手で使いを出した。
一時間後。 返事の代わりに、クォーツィン公爵邸の玄関ホールに現れたのは、短髪の野性的な黒髪、燃え上がるような濃赤色の瞳を持つ王宮の騎士服を纏ったルーファス王子本人だった。
「も、申し訳ない。突然押し掛けて……」
ルーファスは、戦場では鬼神の如き強さを誇る騎士だが、今は耳まで真っ赤に染まっている。彼は公爵とロザリンドの前に立つと、緊張でガチガチになりながら口を開いた。
「こ、交際の申し込みは……間違いではない。ロ、ロザリンド嬢、どうか私と交際して頂けないだろうか?」
その言葉は途切れ途切れで、視線はロザリンドのドレスの裾あたりを彷徨っている。しかし、その瞳だけは、ルビーのような熱量で真剣そのものだった。
ロザリンドは内心で首を傾げた。
(なぜ? 本当に心当たりがないわ。でも、ここで断ればお父様の胃に穴が開くし、公爵家の立場も危うい……)
彼女は瞬時に計算を終え、スッと「完璧な令嬢」の顔を作った。
「まぁ、ルーファス様。わたくしのような者に……光栄ですわ。お申し出、喜んでお受けいたします」
ロザリンドが優雅にお辞儀をすると、ルーファスは「あ、ありがとう……!」と感極まったような、それでいて安堵したような顔で、ぎこちなく頭を下げた。
その横で、公爵は「終わった……」と言わんばかりに、ギュッと胃を押さえてよろめいた。




