240 廃油石鹸実験・販売準備 1
拠点に戻って、数日休んで落ち着いた俺達は、テレーゼとヴィムに仕事を紹介した。
テレーゼの希望によりブリギッテの店の店頭販売員だ。
初期の頃に比べると利用者層が上流階級の為、言葉遣いや立ち居振る舞いの練習からになったが、ベンヤミンさんに教育されていた二人は下地が出来ていたこともあり、メキメキと力をつけていっていた。
「即戦力だ!」とブリギッテに喜ばれた。
このまま頑張ってほしい。
そうして俺は倉庫にしまっていた冬支度の品物の中で傷みやすい物を【アイテムボックス】に戻して減らしたり、追加の品物を購入したりしてゆっくり過ごした。
今日は作ったままになっていた石鹸達を確認する予定である。
誰かが気を遣って、乾燥した石鹸を物置に移動させてくれていた。
灯りも何もない部屋は真っ暗で、魔法を使って照らさねば何も見えない。
シンプルな棚に干していたままの状態で置かれた沢山の石鹸は、魔法の明かりに照らされてしっとりと薄黄色をしていた。
「多分デイジーだよね、ありがたいなぁ〜」
石鹸作りの工程を話したのはデイジーだけだ。
鑑定して、程よく熟成されている事を確認すると早速カット。
一塊で十個前後の石鹸が作れる。
沢山の種類があり、木箱に詰めて番号と簡単な作り方を日本語で書いたメモをピンで刺していく。
大多数を【アイテムボックス】に放り込んで、それぞれ一つずつ取り出していく。
石鹸の実験なのでそれを手に風呂場へ向かった。
「キリトそれは石鹸?」
ジャックを連れたエレオノーレさんがぴょこりと顔を出してくる。
ジャックはほんのり漂う油臭さに顔を顰めているが、エレオノーレさんから離れるつもりはない様だ。
「あ、はい。石鹸の試作品ですね。風呂場で実際に使ってみて実用度を確かめてみようかと。この辺とかは既にやばいですしね」
そう言って一番最初に作った物を持ち上げると、エレオノーレさんが鼻を近づける。
そして顔のパーツがギュッと中央に寄る。
中々見たことの無い愉快な表情だ。
一番簡単なものはやはり臭いがキツイ。
この濡らしてない状態でも匂うからね。
「良さげなのが出来たら持ってきますね」
「き、期待しないで待ってるわ……」
二人は鼻を摘みながら去って行った。
それを見送って風呂場に向かえば、丁度『烈風』の面々とカミルがお風呂を沸かしているところだった。
魔力調整の訓練に、とよくお風呂を沸かしているのだ。
マックスとインゴが井戸から水を汲んで運び、カミル指導のもとアヒムとフーゴが火魔法でお湯を沸かす。
程よい温度になる様に調節するのがとても難しいらしく、よく沸騰させたり逆にぬるま湯だったりと失敗しているらしい。
熱くなりすぎたら水を足せば良いのだが、それはマックスとインゴからブーイングが出るので慎重にやっている。
わーわーと騒ぐ面々を横目に、洗い場で石鹸を試し始めた。
一番はじめに作ったシンプルな物はやはり油臭くて洗身には向かない。
泡立ちは中々だが、匂いがヤバい。
濡らしたらより油臭さが広がっておえっとなった。
騒いでいたカミル達さえも鼻に皺を寄せていた。
うん、コレはダメかな。
バイトのおばちゃんに渡して皿洗いなどで消費してもらおう。
急いで消臭魔法を掛けて匂いを消した。
あのままだったら他のやつが使えるかどうかすらわからないからね。
次に酸化還元だけしたものはそこまでひどい臭いはしないが、やはり少しだけ油臭い。
「どう思う?」
「んー?オレは気にならないかなー?汚れさえ落ちれば全然問題ないぜ」
「おれも」
「オレも」
「僕はちょっと匂いが気になるかもしれません」
『烈風』の男共は気にならないと言っているが、カミルは気になる様だ。
泡立ちや汚れ落ちはそこそこだし、最安値はコレにしようかな?
そして臭い消しのハーブだけの物も似たようなかんじ。
ただ、酸化還元していないので石鹸自体の肌触りが悪い。
なんかぬちゃざらっとしている。
これは無しかな。
酸化還元した上にハーブを入れた物は、臭いも気にならず、泡立ちもそこそこの程よい石鹸になった。
カミルの反応もまずまずである。
これくらいなら平民も購入出来そうだしね。
「酸化還元の魔法が手軽に使える様ならメインラインはコレかな〜」
「サンカカンゲンってなんですか?」
帰ってくるとは思っていなかった独り言にカミルから質問が飛ぶ。
きょとんとこちらを見てくるカミルにわかりやすく説明してみる。
「んー……と、簡単に言うと、油が廃油になるのは酸化してるからなんだけど、それに超弱い雷をぶち込んで元素を分けて元に戻すーー事かな?」
「「「「???????」」」」
化学的な説明を頑張って噛み砕いてみたが、やはり伝わらなかったらしい。
「……雷の浄化作用で綺麗にします」
「成程」
正しくは無いけどざっくり説明したらなんとなく伝わったらしい。
わからないという事がわかっただけかもしれないけど。
一度脱衣所に出て、それぞれの石鹸に思い付いた使用用途を日本語で書いてピンで刺し足した。
シンプルな皿洗い用は更に三等分に切り分け、半分をバイトのおばちゃん達に後で配ろうかな。
新商品の試作品で、皿洗い用の石鹸だと説明するつもりだが、洗濯物なんかにも使われそうな予感がする。
匂いがついちゃうし、お願いだから制服には使わないでね?
そして改めて【アイテムボックス】にしまい直すと、第二陣に進もう。
カミル達は風呂から上がって着替え始めている。
お湯はちょっと汚かったので排水して、洗浄魔法で風呂掃除をしておいた。
「え?!お湯抜いちゃったの?!」
お湯の抜ける音に飛び込んでくるのはロルフだ。
背後にはヘルマンやハンスなんかも見える。
成程、交代で入る予定だったのか。
「ごめん、今お湯張るよ」
「良かった〜」
「今日は訓練でドロドロになったからねぇ」
昼間からお風呂に入るのはそう言う事だったのか。
確かに皆埃っぽい。
槍の訓練だったらしく、槍士長のレオンさんも顔を出してきた。
レオンさんは汚れてはいないが、無類のお風呂好きで、俺がお湯を張っているのを見て嬉しそうに笑った。
「っく、あぁぁー……さい…っこう……」
少し熱めの四十二度にしたお湯に浸かったレオンさんからおっさんくさい声が漏れるのを聞きながら今度はザイフェを入れた物を試していく。
やはり最初はただの廃油で作ったもの。
「おわっ!」
ザイフェを入れた物は何の化学反応か、魔法的反応かわからないけど、泡だてネットも使ってないのに、ふわふわもちっとしたきめ細かな泡立ちで、ちょっと擦っただけで泡がモコモコと膨らんでいく。
それは母が「お肌の曲がり角が〜」などと言いながら購入していた高級石鹸と泡だてネットを使った時並みの泡立ちだった。
腕の内側で試してみたら汚れや脂っぽさは無くなるのに潤いはそのまま残って肌が一段明るく見えた。
布で拭って触れてみればしっとりもっちり吸い付く様な肌である。
「なんだこれ、すげぇ!」
驚きの声を上げれば、ロルフ達がやってきて変わる変わる触っていく。
大騒ぎする俺たちの声にジャックが風呂場を覗き込んだ。
簡単に説明したところ、「もらう」と言って一つ持って出て行ってしまったのはお約束かな、と思う。
どうせエレオノーレさんの分だろう。
でもそれ、油臭いやつなんだけど大丈夫?
いや、驚く程匂いは薄くなってるけどさ。
「それ、おれにもくれないか?」
「え?レオンさんも使うの?」
「え?レオンさんも誰かに贈るんですか?」
レオンさんの言葉に俺とヘルマンの声が被る。
言ってる言葉は近いけど意味は大違いである。
ヘルマンは拳骨をもらっていた。
「これをヒメルガーデンのメラニーちゃんに贈れば喜ばれるだろうからな」
にまりと笑うレオンさんの鼻の下が伸びている。ヒメルガーデンとは花街のお店の名前だ。
メラニーちゃんとはそこの女の子。
カタログでも人気の娘なので俺も覚えてる。
そんな彼女がこの石鹸を使用すれば一発で拡散されるだろう。
なんといってもしっとりもっちり吸い付くお肌だよ?
しかも一回使っただけで分かるほどに効果のある石鹸だ。
直接触れるお客さんは勿論のこと、同業の他の女の子だって欲しがるだろう。
そうして拡散され、求められる石鹸は数がない。
しかも生産も販路もまともに出来上がっていない状況。
そんなん危険過ぎない?
「不特定多数の人が知る事になるのでダメです」
「ええええ〜」
どうにか!一個だけ!一個だけだから!と縋り付くレオンさんに無理だとお断りして使い掛けの石鹸を【アイテムボックス】にしまい直す。
なおも縋り付いてくるレオンさんにザイフェ非配合・酸化還元・ハーブ配合の石鹸を渡した。
「これなら良いですよ」
「……(くんくん)なんか良い匂いがするな?」
「廃油石鹸試作四号君です。これなら特に美肌効果とかは無かったのでプレゼントしても大丈夫です」
手を拭いて受け取って匂いを嗅ぐレオンさん。
ちょっと動物っぽい。
「ただ、試作品なので同じものをいくつもは作らない事をキチンとお伝えください。後感想をいただけると嬉しいです」
そう言って小さな麻袋を渡せば良い笑顔でそれを受け取り跳ねるように風呂を出て行った。
滑って転けないでね?
他のメンバーは特に欲しがることも無く、俺の腕をもちもち揉みながら女の子のお肌ってこんな感じかなぁ?などと漏らしている。
勘弁して。
その後皆が風呂から上がり、ザイフェ配合品の酸化還元したもの、ハーブを入れたもの、両方を行ったものも一人で試す。
どれもが同じようなきめ細かな泡になり、とても良い出来だった。
その結果、俺の両腕、両脚それぞれがしっとりすいもちウルルンなお肌になったのは仕方のない事である。
尊い犠牲だった。
「うーん、これは作り方も費用もほとんど変わらないし、ザイフェ配合のだけでも良いんじゃないかなー?」
ザイフェ自体は森に入ればいくらでも手に入るし、なんだったら子供達からお小遣い程度の金額で買い取れば良く無い?
しかもザイフェの木さえ数本手に入れて庭に植え直せれば森にさえ入らずに済むよね?
子供達の為にも買取の方が良いかな?
その辺はヤンスさんに相談してみようかな。
そう考えながら風呂場から出ようと立ち上がる。
立ち上がると同時にくらりと眩暈に襲われた。
お湯には浸かっていなかったが、高温多湿の場所に長く居たせいで少しのぼせてしまったらしい。
よろよろと壁伝いに歩き出て、窓を開けた。
ひんやりと冷たい空気に頭が少しだけスッキリした。
ゆっくりと脱衣所に置いてあるベンチに腰掛け、スポドリを一口飲む。
内側から染み込んでいく様な感覚に、脱水も起きていた事を知った。
「おおう、これはやばいな……」
自分だけで検証するのは危ないかもしれない。
せっかくなのでうちの女性陣にそれぞれ試作品を配って意見をもらってみても良いかもしれない。
男どもは当てにならないので省いておこう。
充分に水分と休憩を取り終わった俺は、それぞれの石鹸を五センチのサイコロ大にカットする。
番号を振った麻袋に個別包装して、アルスフィアットから戻ってくる途中の村で購入した籠に一揃い入れた。
籠はその村の子供達が作った物らしく、歪で不恰好だけど味があってとても良い。
女性メンバー分全部を作り上げたが、半端に残ってしまった。
その半端分はアガーテ達へ。
一応番号を振っているのでそれぞれ試して使用感を教えてもらいたい。
いつも通り、エレオノーレさんにはジャック経由でね。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
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やりっぱなしだった石鹸、拾っていきますよー!




