238 私設孤児院『マチルダの家』 4
あけましておめでとうございます。
報告会の翌日、ゴットフリート様は信用のおける領軍の人達と共に、中抜きをしていた者達を捕縛した。
その人数は三名。
補助金を発行した人、管理した人、届けた人。
いや、関わった人全部じゃん。
それぞれを横領犯として捕え、牢に放り込んでいた。
これに関して俺はノータッチである。
だってアルスフィアットの問題だし、下手に手を出したら余計拗れる気がするし。
いや、十分に手を出している自覚はありますけどね。
ただちょっとだけ聞きたいことがあったので、牢屋にお邪魔させてもらった。
そこに居たのはやはり見たことのある三人。
大半の書類の処理はベンヤミンさんがやってくれたとはいえ、現地視察に来たりするのは責任者本人が来ていたからね。
知ってる人だと思ったよ。
俺は牢屋番をしている兵士に差し入れを渡し、捕まった人達の牢の前に行く。
彼等に声を掛けると、向こうもこっちを知っていたらしい。
目を丸くしていた。
「こんにちは。こんな場所で申し訳ないのですが聞きたいことがありまして」
「どうした?減刑でも願ってくれるのか?」
「お前は昨日の……」
一人は昨日会ったばかりなので、何やらすぐに察してくれた。
一言二言会話した後聞きたかったことを聞いてみる。
「なんでウチからは横領しなかったんでしょうか?」
「は?」
「ーーっ」
「お前は馬鹿なのか?」
質問した途端に三人から馬鹿にされた様な答えが返ってくる。
「領主代行に対するお目付け役のベンヤミン様が主導している孤児院への補助金からなんて抜ける訳無いだろう?」
当たり前の様な顔で言い放ってきた。
やっぱり悪い事だって理解した上でやってたな?
納得がいったとはいえ、ふざけんな!
コイツらのせいで子供達がどれだけ苦労したと思っているのか……!
あまりの怒りに目の前が真っ赤に染まる。
いまだにあれこれ好き勝手に喋っている三人から視線を逸らし牢屋番にお礼を言って立ち去る。
そうでもしないと奴等をどうにかしてしまいそうだった。
やりきれない思いと、苛立ち、そして喪失感が襲い掛かってくる。
ここ最近ちょっと情緒不安定な自覚はある。
お城の外に出て、広場の階段に座り込み気持ちを落ち着ける。
大きく深く、何度も深呼吸を繰り返す。
(ベンヤミンさん、領主代行へのお目付け役だったのか……)
やっと落ち着いた俺が最初に思ったのはそれだった。
さて、上の悪いのは捕まえた。
他にも色々いるかもしれないけどそれはゴットフリート様が頑張る事だし、しっかりと締め上げてほしい。
次は孤児院長だ。
俺とヤンスさん、ゴットフリート様、領軍の一個小隊で神殿孤児院に向かう。
ヤンスさんの提案で逃げられぬ様に俺だけが孤児院の扉をノックする。
他の皆は孤児院を取り囲み、隠れている。
覗き穴から険しい目が現れ、俺を視認するとニヤリと嫌な感じに目が細められた。
あっさりと扉が開き「どうした?また見学か?」と出てくる門番。
手が既にお金を要求している。
なんかもうね。
ため息吐きたくなるよね。
「すみません、ちょっと孤児院長さんに緊急のご連絡がありまして、こちらにお呼びいただいてもよろしいですか?」
やばいことあるよ、すぐに呼んできて!という気持ちを込めて言い放つ。
俺の迫真の演技に門番はちょっとだけマジな顔になって「ちょっと待ってな」と、近くにいた男の子に指示して孤児院長を呼んで来させる。
ここ数日充分すぎる程に金を握らせている為、コイツらは俺の事を金払いの良いお人好しだと思っている。
きっと孤児院にとって何か良く無い事があり、その報告に来たと思っているのでは無いだろうか?
いや、ほぼ間違いじゃ無いよ?
今の孤児院にとってとても良くない知らせだし、それを伝えに来たのも間違いない。
ただ、俺がその“孤児院にとって良く無い事”自体を運んできたってだけで。
しばし待つと奥から人の気配がしてきた。
奥から億劫そうに出てきて俺を見下ろす孤児院長とその腰巾着達。
「何用か?至急と聞いたが?」
「ええ、貴方方に逮捕状が出ています」
「タイホジョウ?」
「あ、間違った…!ええっと……」
刑事ドラマとかのつもりで話したら言葉の意味が通じなかった。
こちらの世界では逮捕とは言わないのだ。
そこでプチパニックになっている間に、騎士や兵士達が孤児院の前に姿を現した。
騎士隊長が孤児院長に羊皮紙の書類を突き付けて俺の代わりに言い放った。
「捕縛状である」
それを見た瞬間から孤児院長達は一気に顔色を変え、慌てふためいていた。
しかし、簡単に逃げ出せそうもない。
おそらく影の人達や情報屋の人達もこの建物ごとぐるりと包囲している。
たとえ騎士や兵士の目を潜り抜けたとしても早晩捕まる事は間違いない。
俺だって逃すつもりは無いしね。
「領地に対し不正受給を行なった其方等に捕縛状が出ておる。抵抗しなければ手荒に扱わぬと保証しよう」
ゴットフリート様が重々しく宣言する。
大人しく捕まった方が良いよと言われているのだけど、孤児院長は諦めない。
「何かの間違いではありませんか?」
「私共には何の事だかさっぱりわかりません」
そう言ってしらばっくれる孤児院長達に、証拠の書類を突きつけ、子供達の不当な扱いについて言及する。
既に巫女となった者達からもその被害について証言が出ていると突きつけていると、門番の槍が背後から襲い掛かる。
その槍を裏拳で叩いて逸らし、拳で強く胸を打つ。
一瞬息が詰まった門番は動きを止めた。
俺の技量じゃほんの少ししか止められない。
ただ、その少しの時間さえあれば問題は無い。
領軍の騎士達が門番を拘束し、捕縛する。
次いで他の職員達も捕えられていく。
孤児院長は数歩後ろに下がり、腰巾着達がその前を固める。
「孤児達をどう扱うかは孤児院長の私が決める事で、其方達が口を挟むことではないわ!」
「アルマ女神は子供達へのこの様な扱いを許さないと思いますっ!」
孤児院長が吐き捨てる様に口にした言葉に反射的に言い返す。
苛立ちが全身の血を沸騰させる様だ。
ぎり、と歯を食いしばり、睨み付ける。
「其方の意見など聞いておらぬ!あとは死ぬだけの存在が保護され、衣食住に不足なく生きていけるのだ、我らに忠誠を誓い身を捧げるのは当然の事だ!お前達来い!」
鼻で笑った孤児院長の言葉に合わせて、数人の男性職員が武器を持って現れた。
このままでは怪我人が出てしまう。
俺は覚悟を決めた。
無言で雷魔法を行使する。
バシンと空気の弾ける音と、眩い光が走り、孤児院長のすぐ隣の地面が真っ黒に焼け焦げる。
「あ…あ…」
言葉なく腰を抜かす孤児院長に向かって殊更に優しく微笑む。
「アルマ女神は慈悲深いので警告だけで済ませて下さったんですね。この様な罪深い男にまでお慈悲をいただけるなど……」
天に向かって祈りを捧げ、地面に這いつくばる男達に憐れみの視線を向けた。
女の子達が受けた恐怖や苦痛はこんなもんじゃなかっただろう。
でも、それは俺がコイツらに与えて良い物ではない。
唇を噛み締めてゴットフリート様に視線を送る。
彼はひとつ頷き腕を振って指示を出すと、騎士達が次々と腰を抜かした職員達を捕えていく。
「孤児が増えれば治安が悪くなる。それを自分の欲のためだけに助長した其方は騒乱、不正受給、横領の罪にて捕縛する。抵抗するのであれば今度こそ女神の怒りに触れるやもしれんな」
「ヒ、ヒィィィィッ!」
ゴットフリート様がニヤリと凶悪な笑みを浮かべてそう言うと、孤児院長達はガタガタと震えながら大人しく捕縛された。
何ともあっけない幕切れであった。
アルスフィアットは国境最後の大きな街だ。
ハンターの街とも言われる程である。
帝都から目の届きにくいこの街で、しかも孤児達にあまり大きな興味を抱かない領主達、申請さえすればお金を出してくれ、しかも査察は最低限。
賄賂を渡していない者の査察の当日だけ、近くの子供達を呼んで庭で遊ばせて乗り越えていたそうだ。
普段は査察に来た官僚が賄賂を要求し、査察内容を偽装していた。
つまりは虚偽申請で不当に金銭を得ていた訳だ。
腐敗していくのは妥当な事、なんて言いたく無いけどそうだったのだろう。
しかもここ数年は新たな高難易度のダンジョンの処理でてんやわんやだったそうだし、より目は届きにくくなっていた。
今後はしっかり管理していくとゴットフリート様が約束してくれ、俺達はマチルダさんの家に戻った。
元々俺が管理していた私設孤児院はそのままに、しばらくの期間炊き出しをして他の孤児達を集める事にした。
それを手伝ってくれたのがエルマーとユッテだ。
領事館で働くエルマーが領事館の仕事として孤児への炊き出しと保護の責任者に名乗りをあげた。
ユッテは店で出すには少し難しい野菜や精肉店で出た切れっ端や骨類を集めてきて、こびりついた肉を削ぎ落とし、骨を出汁にしてスープを作った。
街の人達も少しずつ協力してくれて、時折売れ残ったパンがあったり、獲れすぎた野鳥などがお裾分けされたりとしっかりした食事が作れる日もあったらしい。
ここからは後に手紙で知ったのだが、ゴットフリート様は神殿の孤児院を買い上げ、領地経営の孤児院として経営する事にしたそうだ。
領主側からはベンヤミンさんを、実働隊としてエルマーとユッテ、そしてうちの孤児院のメンバーや、時々街の人達が、秋の間に街に散らばる孤児達に食事を与え続けてゆっくりと信頼を築いていった。
真冬になる前に領主代行のゴットフリート様が炊き出しに参加し、孤児達に直接孤児院に入らないか?と話したんだとか。
領主代行だと言われても理解できない子供達にエルマーが「この街で一番偉いお貴族様だ」と説明して怯えられたりしていたらしい。
神殿から領地が買い上げ経営しているので、今までの孤児院の様に辛い仕事をさせられたり、取捨選択されたりしないとエルマーやユッテが自分達の経験を元に話してくれたおかげでほとんどの孤児達は素直に『アルスフィアット孤児院』に入ってくれた。
逆に、神殿に居た孤児達は、肉体的にも精神的にもちょっとヤバいので他の孤児達と離してうちの孤児院で育てる事にした。
現在俺の私設孤児院に居た子供達とバルバラ、ザーラを家族ごとマチルダさんの家に入ってもらって、新しく入る寡婦のうち子供がある程度大きく離れて住める二人に神殿の孤児達の面倒を見てもらう事にした。
二人には子供達の事情を説明して、できる限り大人の男性に会わせぬ様気を付けて欲しいとお願いする。
子供達が少しでも安心して落ち着いて生活できる居場所となる様に努めてほしい。
俺は彼女達が安全だと理解できるまで無理に近づかずに後方から支援するだけにしよう。
元からいた子供達は懐いているのでその内心を開いてくれると思いたい。
とはいえ無理強いはしない様に自制せねば。
『アルスフィアット孤児院』と名前を付けられた事に合わせて、俺の元々の私設孤児院を『止まり木』、マチルダさんの家を『マチルダの家』とした。
少しでもマチルダさんの名前を残したかったから。
玄関に孤児院の成り立ちを掘り込んだ木板を飾る。
過去にスケッチしたマチルダさんの絵の中からマチルダさんらしい笑顔の絵をブラッシュアップして木板の隣に掛けた。
子供達からも似ていると評価を受けた。
後にエーアスト帝国の孤児院の規範として扱われるなどこの時の俺は知るよしもなかった。
一応、アウトローな国外組織については報告済みで、騎士隊や兵士達に通達してくれている。
本当は元凶を取り除きたかったが、秋・冬の間はあまり来ないそうなので春以降に出直す事になった。
うちのクランに依頼してくれるらしい。
ゴットフリート様とヤンスさんがあれこれ簡単に契約内容を決めていた。
最終決定は春にクランマスター達が来てから正式契約になるそうだ。
そうやって忙しく働いている間は良いけど、少しの時間ができる度にマチルダさんを失った現実に心が締め付けられる。
時間が空くにしたがって、時折ぼんやりしたり、勝手に涙がこぼれたりすることが増えた。
そんな俺の様子を見かねたヤンスさんに勧められて、秋の中頃に帝都に戻ることを決めた。
あけましておめでとうございます。
昨年中は俺不運を読んでくださり誠に有難うございます。
本年も頑張って書いていきますのでどうぞよろしくお願い致します。
年末年始に間話を投稿しようとしましたが、本編のお話と前後してしまう事に投稿直前に気付き、慌てて止めたらデータが消えるというトラブルに見舞われました。
間話のプロットは残っているので書き上がったらそのうち投稿致します。




