237 私設孤児院『マチルダの家』 3
補助金支給日、俺は見学の続きをお願いして神殿孤児院に向かった。
あのお金さえ出せば簡単に入れてくれるチョロい門番に話したら「今日は補助金の支給日だからなぁ」とこれ見よがしに渋られた。
別に何か問題があるわけではない。
ただの小銭稼ぎだろう。
お金は取れる時に取れる所から取れるだけ取っておくものだと何かの本で誰かが言ってた。
「ではこちらは孤児院長に口を聞いていただくお礼として……」
ちゃり、と小銀貨を数枚渡す。
それを見てニヤリと笑った門番は誰に確認を取ることもなく俺を通す。
ほらね、やっぱり。
そうして堂々と孤児院に足を踏み入れる。
今日も子供達は顔が死んでいる。
……いや、怯えている?
真っ青になって震えて、他の子に支えられている子までいる。
前回来た時よりも身綺麗で、服の質も上がっている。
胸がざわりと嫌な感じに波立った。
孤児院に潜入しているのは何も俺だけではない。
非正規的に侵入している者たちが結構いるのだ。
ヤンスさんは言わずもがなだけど、情報屋の皆さんや、影の面々。
この現場に張っている者もいれば、孤児院長室に忍び込んでいる者、管理者達の私室を調べている者など結構な人数である。
ヤンスさんは孤児院の木の上に潜んでいるらしい。
探索魔法がないと見つけられないくらい気配がないのが怖い。
斥候の本気っていうか、ブーツの効果かもしれないけど、敵対だけはしない様にしないとな、って思った。
あと、こまめに探索魔法確認しとこ。
そうこうしているうちに、比較的豪華な馬車が孤児院に向かってやってきた。
この辺を走る事は無いレベルの豪華さなので間違いはないだろう。
一応城から公的な理由でやってくるのでそこそこの品質なのは間違いないが、貴族の乗る馬車と考えたら少し地味というか、おとなしいというか、使い込まれているというか、くたびれているというか、古いというか……うん、まあ、そんな感じである。
使いっ走りってそんなもんだよね。
社用車(って言って良いかは微妙だけど)の中でも中古車を使用するんだろうね。
「さぁ、お出迎え致しますよ」
「「「……はい」」」
そう言って職員が門前に一人で立ち、女の子達がその背後に横一列に並んで立つ。
背筋を伸ばして美しく立っているが、お腹の前で合わせられた手が小刻みに震えている。
一部の子は全てを諦めた、死んだ目になっていて、見ていられない。
あのチョロチョロ門番が教えてくれたのだけど、新しく入ってきた二人の女の子は「まだ不慣れでご不興を買ってはならないから」と孤児院の奥にお留守番である。
最初に手を出すのは自分が良い、ということだろうか?
俺はそんな嫌な予感を感じながら女の子達の列の一番端に少しズレて並んだ。
馬車から降りたのは少しくたびれた貴族の服を着た中年の男性だった。
その後ろに五、六人の若い男性を連れている。
「領主よりお恵みいただいた今月の補助金である。伏して感謝し、大事に使用する様に」
「はは、ありがたく存じます」
代表の役人、ちょっとだけ【鑑定】させてもらって調べたら、ヴァイツゼッカー家とは違う家の貴族の四男(無爵)だった。
ヒョロヒョロの小狡い感じで、正に「虎の威を借る狐」を体現している様に思う。
そんな無爵で領主の下っ端の使いっ走り(笑)がとても偉そうに革袋を手渡した。
でもその革袋はなぜかとても小さい。
百人分の生活費とか建物の修繕費とか色々入っているはずなのに、俺たちの私設孤児院がもらっている金額の袋と大きさがほとんど変わらない。
これは……あれか?
中抜きとか中抜きとか中抜きとか?
いやいや、きっと高額の硬貨だったりするんでしょ?
ねぇ?
小金貨とか大金貨とかそんな感じの。
一応【鑑定】で確認、確認ーーー全然違った。
袋の中身は大銀貨ばかりで、二、三十人なら一ヵ月ギリギリなんとかなる金額。
それとは別に教会側からの金額と合わせても百人の子供を育てる事は到底できない額。
しかも孤児院の職員の服の質だとか、料理の質だとかを見せてもらったけど、到底足りなくない?
絶対職員の生活費に全部消えてるよね?
帝都もそうだったけど、神殿ってなんか腐ってない?
あんなに慈悲深いアルマ女神を祀っているっていうのに子供を大切にしないってあり得る?
俺が代弁するのは大変申し訳ないのだけど、きっとアルマ女神は子供がこんな風に扱われるのを許さないと思う。
しかし、ここでとやかく言ったところで捕縛できる権限なんて俺には無い。
怒りを抑え込んでいる間に使いっ走り四男(無爵)は帰って行ったらしい。
若い人達が俺を睨みながら馬車に乗って帰って行くのが見えた。
なぜ?
馬車が見えなくなるまで見送ると、女の子達からはあからさまにホッとした空気が流れる。
逆に職員達は口惜しそうに俺を見た。
もしかして、俺が居て、使いっ走り四男達が“御休憩”していかなかったから収入が減ったとか……?
そんなまさかね。
……だよね?
ちょっと不安になりつつも孤児院長に近づいて声を掛ける。
「不躾な質問で申し訳ありません、補助金とはおいくらくらいなのでしょうか?」
孤児院を経営する為にはこの辺も知っておかねばならない。
そう理由付けして問い掛ければ実際の額よりも少額を教えられた。
それが嘘だとわかってはいるものの、どちらにせよ金額が足りないことを知っている。
あえて大仰に反応してみた。
「それではここの子供達全員に満足な食事も与える事はできないではありませんか!」
「左様。神殿からの経費と足してギリギリだ。ゆえにいつでも寄付は受け付けておるぞ?」
彼の希望通りの反応を見せた俺ににちゃりと嫌な笑みを浮かべ「さあ、もっと金を寄越せ」と堂々と言い切る孤児院長。
これから孤児院を設立するので、しばらく寄付は厳しそうだと躱して、領主様達がもっと助けてくれたら良いですね、と返しておいた。
渡す金がないと分かった途端、ふん、と鼻を鳴らして部屋に帰っていった。
バタンッと大きな音を立てて孤児院長室の扉が閉まった。
「……あからさますぎない?」
俺達が補助金を受け取っている間に、色々潜入調査を敢行した人達から続々と報告が上がってくる。
それぞれの組織が、責任の所在をより詳しく調べたら、やっぱり孤児院長が元凶らしい。
今の孤児院長に代替わりしたのが二十年前。
それまでは普通の神殿孤児院だったらしく、領主が指名した人物が取り仕切り、ほどほどに清貧な生活をしていたそうだ。
その人物が高齢で代替わりを、と言われた時、アルスフィアットは領主交代のドタバタの最中であったらしい。
その為「教会関係者から選出してくれ」と答えたそうだ。
しかし、孤児の面倒を見たい神殿関係者はいなかった。
そして指名されたのは神殿の中でも落ちこぼれというか嫌われ者であった現孤児院長である。
所謂貧乏くじというやつだったらしい。
この辺は神殿側に侵入した者が記録を漁って拾ってきた。
最初のうちはイヤイヤながらも仕事をこなしていたらしいが、二年目の夏から運営事情が変わったらしい。
この時期から孤児の数が跳ね上がった。
別に流行病や戦があったわけでは無いのに。
そうして裏帳簿が付けられるようになった。
一部の貴族や神殿内、あとあまり評判の良く無い大店の経営者だとか、その辺の者達からの“喜捨”が増えている。
引き金がなんだったかはわからないが、“商売”が始まったのだろう。
また、引き取り拒否が増えたのもこの頃からである。
年頃とはとうてい言えない年齢の顔立ちの整った少女以外は受け入れを認めない神殿孤児院。
相対的に増えていく申請される孤児の数。
支給される補助金の額も多くなっている。
神殿長や他の神官達の“慰問”も増えている。
神官達が支払っているかはわからないが、使用料……ではなく“喜捨”も相対的に増え、それは全て孤児院長の懐に入っているらしいのだ。
「……」
「現在の神官長は赴任したばかりで、この事実を知らない様だ」
「……そうですか」
神官長とは、この間のマチルダさんの葬儀が最初の仕事だったそうだ。
孤児院も赴任してすぐ案内されたそうだが、綺麗な女の子が多く、孤児の少ない平和な良い街だと認識して、特に何かをすることもなく戻った。
まだ街の中を歩き回ったりもしておらず、移動は馬車で、ほとんどは神殿内の執務室で仕事の引き継ぎを行なっているそうだ。
孤児院長や他の神官達も流石に新しい神官長の為人を確認もせずに享楽に誘ったりはしなかった様である。
また、情報屋の潜入者が他の神官達に話を聞けば、彼等も同じ様に被害を受けて育った者が複数いたらしい。
特に女性たちは被害に遭っていない者を探すのが難しいほどであった。
彼女達はいまだに神殿長に呼び出される事も少なくないと、泣いて訴えていた。
「真っ黒だね」
「だな」
「ここまで酷いとは……」
ゴットフリート様は真っ青になって頭を抱えていた。
兄から任された大切な領地、領民であるというのにどう責任を取れば、とぶつぶつ呟いていた。
ここはゴットフリート様の執務室。
城の領主執務室とはまた別の部屋である。
クラーラ様のお父様、つまり本来の領主が帰ってきた時に使用する部屋らしく、こういうちょっと表立って話せない内容をお話しするにはちょうど良い部屋である。
「こちらも孤児院の不正な人数申請を受け入れる代わりに助成金の横領が横行していた」
「「……」」
すまん、と頭を下げるゴットフリート様をなんとも言えない目で眺める。
数年前から孤児の現状については話していたはずである。
なのに今回ちゃんと調べて初めて分かった、ということは今まで何もしてこなかったことの証左である。
「しかも各部署でそれぞれが少しずつ抜いており、最終的には半額以下になっておった。まあ、それでも人数に対しては多いくらいに済んでおるが……」
「え?うちがもらってるのと殆ど変わりませんでしたけど?」
「なんだと?!」
「城から孤児院に届く間に中抜きが発生したんだろ?」
「「あ……」」
ヤンスさんが疲れ切った様に言い、俺とゴットフリート様は顔を見合わせた。




