第9話 あの夏の冒険③
大陸暦534年の春、あの夏の冒険が始まる五年前。
エルバートンの村で毎年春先に行われる莱旬祭が、今年も始まろうとしていた。
「はぁー? お前強すぎだろ! あー! なんでいつも負けんだ!?」
「言ったろ? 俺には勝てねぇって」
莱旬祭のじゃんけん大会に参加していたアレンとドランクが言い争っていた。
優勝すれば賞金が出るため、子供だけでなく大人も参加しているガチガチの大会だ。
「お前なんかずるしてねぇだろうな」
じゃんけん大会の決勝でドランクはアレンに負けた。三本先取のルールだったが、一度のあいこもなく三連続で負けた。
ドランクだけではない。
トーナメントの全試合でアレンは一度も負けることなく勝ち進んだ。
運がいい、で片付けるには出来過ぎている。
何か卑怯なことをしているのでないかと疑うのは当然のことだった。
「してないよ。お前が弱いだけだろ」
「んだとこいつ?」
弁明するわけでもなく、じゃんけんに勝ち続けたタネを教えるわけでもなく、嘲笑をするアレンにドランクはタックルを仕掛けた。
「おい避けん――」
アレンが直前で避けたため、ドランクの体は空中に放り出されて芝生に跡を残しながら滑る。
「お前がしようとすることぐらい、分かってんだよ! ドアホ!」
「ったくてめぇ!」
二人が取っ組み合って喧嘩を始めようと近づく。
するとアレンとドランクの頭の上に拳が落ちて来た。
「「なんだよ!」」
二人が揃って拳を振り降ろした人物のいる方向を見ると、アレンとドランクそれぞれの母親が腕を組んで鬼の形相を浮かべていた。
「「あんたたち、いい加減にしなさい」」
二人は同じタイミングで息子をしかりつけ、それぞれの手を引っ張って家へと連れ戻す。その際、アレンは大声で愚痴を吐いた。
「離せよ! 俺は悪くねぇぞ!」
腕を引っ張られて強引に連れ去られる。
「いつまでもつまんないことやって、今日は一体どんな嘘をついたんだい!」
「何もやってねぇよ! いつも言ってるけど!」
村でいつものように行われるアレンと母親のやり取りに、村の住民は微笑みを浮かべ、観光に来た客は興味深そうに眺めている。その中に、ミケの姿もあった。
「おいミケ! お前からもなんか言ってくれ! 俺は悪くねぇよ! なあ?!」
「……」
ミケは笑みを浮かべて手を振っているだけで、一緒に弁明しようとはしてくれなかった。
人混みに紛れてミケの姿は見えなくなり、アレンは母親に頭を掴まれる。
「あんたまた、ああやってミケくんに迷惑かけて」
「迷惑なわけ――あだだだ」
母に逆らうことはできず、アレンは言い訳もままならぬまま家に連れていかれた。そして自室に放り込まれる直前、自宅で仕事をしていた父親とすれ違った。眼鏡をかけて、無精ひげを少しだけ残した優しそうな父親だった。
「おー、また何かやらかしたのか」
「だから何もやってねぇって! 何でいつも俺が悪いことしてる前提に話が進んでんだよ!」
「前科がありすぎるせいかもな」
「前科じゃねぇし! あれも全部……たぶん……ほとんど悪くねぇし!」
「ん~?」
「なんか言ってくれよこの母に!」
「んー、お父さんはこれから莱旬祭の手伝いをしなきゃならいんだよな~」
逃げるようにして父が逃げていく。
まったく情けない父親だ。
「ふん、まあいいけど。でも俺は悪いことしてねぇよ」
腕を組んでアレンが言い張ると、母親はため息を一つ吐いてから、背中を蹴って部屋の中へと押し込んだ。
「あんたのことだから、去年みたいに騒ぎを起こそうと思ってるんでしょ。今日は夜まで部屋から出るんじゃないよ!」
「んなあんまりだ!」
「知らないよ! 今までの自分に悔いるんだね!」
「ふざけんなこのババ――」
アレンが言ってはならないことを口にしようとしたところで、拳が頭の上に落ちて来た。
「――っあが」
「まったく、いつからこんな生意気になったのかしら」
そのまま母は扉を閉めて、施錠までしてから遠ざかっていく足音を響かせて行く。
部屋に一人取り残されたアレンは「ったくよぉー」と呟きながらベッドに寝っ転がる。
しばらく天井を眺めながら次の遊びを考えていたが、じっとしていることにすぐに耐えきれなくなってベッドから飛び起きた。
「……んあああ!」
部屋の窓を開けて外に顔を出す。
窓枠を飛び越えればいつでも外に出ることができる――が、夜ご飯が無くなってしまうためそのリスクは冒せない。莱旬祭の夕食はいつもより遥かに豪華だからだ。だからこうして外を眺めて暇を潰すしかない。
エルバートンは国境沿いの村であり、頻繁に人が行き交う。それでいて自然も美しく、村でありながら旅人がよく来ていた。特に莱旬祭の季節になると、商人や人が訪れ、村には見たことも無い人で溢れる。
村は煌びやかな装飾に包まれ、子供達は近くの草原で栽培している花の冠を被る。商人や花畑を見に来た旅人などが村に滞在し、より一層華やかな雰囲気を醸し出す。
(暇だなー)
外の光景はいつもよりも騒がしいし、新鮮だが、莱旬祭はもう何度も経験している。
アレンにとってはそう面白い光景ではなかった。
昔は行き交う商人や旅人の一人一人に興味を持っていたし、屋台に並べられた料理や装飾品が気になっていた。しかし今は何にも興味が引かれない。
唯一あるとすれば、じゃんけん大会の景品ぐらいだろうか。
逆に最近では人は増えるし、うるさいし、仕事を手伝わされるしで面倒にすらなってきた。
(早く終わんねぇかなー)
アレンが窓枠に腕を置いて外をぼんやりと眺めていると、目の前の通りから黒いローブを羽織った男が道を外れて、アレンに近づいた。
見たことがないので、商人か旅の者だろう。
疑問に思いながら男を見ていると、相手の方から声をかけていた。
「今、少し時間あるかな」
莱旬祭をやっている時は知らない人に話しかけられることが、そう多くはないが確かにある。
訪ねて来た理由こそ分からないものの、その一つだろうと思いアレンは対応した。
「なんですか? 探しものならあの大きな家に行って訊いてください」
「いや、そういうわけじゃないんだ。君に会いに来た」
「……?」
アレンは当然、黒いローブを羽織った男のことを知らない。
しかし口振りから察するに、男はアレンのことを知っているようだった。
「俺に? なんで俺のこと知ってるんですか?」
「知っているとも。君のことは知らなくとも、産まれた時から存在は把握していた」
「……?」
あまり理解のできないことを立て続けてに喋る黒装束の男に、アレンは僅かながらに警戒を示し、もし相手が危険人物であった際の対応を考える。
しかし、その考えは次に男が発した言葉によって霧散した。
「君……いや、アレン君。《《未来が見えている》》のだろう?」
「みら……え?」
アレンの反応は驚きもあったが、別の感情も含まれているように見えた。
男がその反応を見逃すことはなく、目的の人物がアレンであると確信した。
「その様子だと、僕の言っていることは当たっているようだ。君のことをずっと探していた」
「なんですか」
アレンが警戒心を隠さずに尋ねると、男は安堵したように息を吐いた。
「君が持っている力は『未来視』と呼ばれるモノだ。その中でも、君のものは特別強い」
「……」
「それこそ、世界の行く末を決めることができるほどに影響力を持っている」
だが、と男は続けた。
「君はまだ、力の使い方を知らないようだ。まだ未来が朧げにしか見えてないだろう? それに、数時間先の未来だけだ。僕が力の使い方を教えてあげよう。僕は……いや、我々はそのためにここに訪れたのだから」
男は手を差し伸べて手招きをした。
「我々は『統制機関』。より良い未来のために邁進する存在だ」




