第8話 勇者パーティと暗殺部隊
「おいアレン。もう行くぞ」
チェイテ山脈で休憩しながら、故郷エルバートンの方向を眺めて休んでいたアレンに、ドランクたちが前の方で手を振りながら呼びかけていた。
「今月中にチェイテ山脈を越えるんだろ」
アレンたちに残された時間はそう多くない。
チェイテ山脈を越えればすぐバルト皇国領に入る。
本格的な任務がすぐに始まろうとしているのだ。
「そう急かすなよ、すぐ行く」
アレンはゆっくりと立ち上がり、最後にエルバートンの方を横目で見てから、ドランクたちの元へと向かった。
◆
「いいのか、こんな堂々としていて」
チェイテ山脈を越えてバルト皇国領に入った四人は、国境沿いにある町の居酒屋にいた。
バルト皇国とドラカルトの間には緊張が走っている。
しかしまだ表立って軍事的行動に出ているわけではなく、間接的な対立でしかない。これからドラカルトの外交部が交渉していく中で、バルト皇国は周辺諸国の反応を伺いながら、軍隊の侵攻を開始させるだろうが、それはまだ先。
国境沿いの町であろうともドラカルトから来たアレンたちに怪しい目を向ける者は少ない。
というより、アレンたちがドラカルトの人間だと気が付いている者の方が珍しい。
「まだ辺境の町だ。それに偽装もしてる。憲兵が待機してても、ドラカルトの人間だと分からないぐらいには、完璧な変装だ」
アレンが自らの顔を指さしながら三人に説明する。
現在、セルバンテスの魔術で顔を偽装している。他の者達から見れば、アレンたちの顔はバルト皇国に多いチュタール系の民族の特徴を持った、バルト皇国民にしか見えないだろう。
便利な魔術だ。
「でも僕の魔術も完璧じゃないよ。専門のやつじゃないし、技量の高い魔術師がいたら見破られちゃう」
「それでもいい、見破られたら事が大きくなる前に潰せばいい」
ドラカルトの居酒屋で酒を飲み、チェイテ山脈を越えながら語り合った――あの楽し気な旅はすでに終わっている。
これから一つのミスが命取り。
そして問題の解決方法に『殺人』の二文字も入ってきた。
「ドランク、やっぱ気が晴れないか」
居酒屋にいるというのに、ドランクの表情はどこか暗い。
だが、これからの旅を想像すれば気分が沈むのも仕方のないことだった。
「次は……やるのか」
言葉足らずなドランクの発言の意味を、アレンたちは当然理解していた。
ミチャロフ三世を殺害するための旅は長く、様々な問題に対処しなければならない。悠長に問題の一つ一つに対処している暇はなく、先回りして解決できるのならば強引な手段を使ってでも簡単に終わらせる。
これから次の町や都市に行き、ミチャロフ三世のいる首都に行くためには、憲兵の動きやあちらが何を考えて軍隊を動かしているかの詳細を知る必要がある。そのために、アレン達は町を出た後、守衛詰所に乗り込み情報の詰まった資料を奪う予定だ。
失敗すれば憲兵を殺して問題の解決を図らなければならない。
魔術師であるセルバンテスとミケが一人の憲兵を殺すのは魔力の無駄遣いであり、魔力の痕跡を残す可能性がある。必然的に戦士であるアレンとドランクになる。
傭兵として人を殺しまわってきたドランクの技量はすさまじい。
しかし彼が人殺しを望むかと問われれば、否だ。
「俺が……殺しを」
目を見開き、瞳孔が広がったドランクは、揺れる眼で三人を見た。
アレンは変わらぬ様子だ。
セルバンテスは僅かに動揺している。
ミケは真っすぐにドランクの目を見て答えた。
「仕方ないでしょう。私たちがこの任務を受けた時から決まっていたことです」
覚悟していなかったわけではないでしょう? と問いかけるようなミケの視線にドランクは怯む。
「知ってる。分かってた。だが、それでも覚悟ってやつがいるだろ」
「ええまあ……《《あなたなら》》そうでしょうね」
一つのミスが、僅かな躊躇が命取りになるというのに、甘いことを言っているドランクに対し、三人は責めたことを言わない。
当然だ。
あの夏のことを知っていれば、傭兵をしていたことを知っていれば、ドランクを責めることなど、できるはずがない。
「まあ仕方ない。最善を模索しよう。もう他の部隊は進んでいる」
「ええ、そうですね。秘密警察が本格的に動き出す前に、他の二部隊がいる都市へ向かいましょう」
ミチャロフ三世を殺害するための部隊はアレンたちを合わせて三部隊ある。すでに一部隊が先遣隊として首都近くの都市に待機しており、アレンたちが合流するのを待っている。
アレンたちは必要な情報を道中で確保しながら、秘密警察や憲兵に気が付かれることなく首都で待機する部隊と合流するのが主な計画だ。ただその前に、次の都市で先に向かったもう一部隊が待機しているため、情報交換も兼ねて合流する予定だ。
雪が予想以上に積もっていたことや、一年前に起きた大地震の影響で登山路が崩れていたこともあり、チェイテ山脈を越えるが予定より遅れた。
おそらく、他の暗殺部隊に会うのは旅を始めてから三ヶ月や四ヶ月後のことになるだろう。
「今日はもう休もう。明日に備えるぞ」
◆
その日の夜、アレンは宿屋の裏手に回って壁に背を預けながら、ぼんやりと空を眺めていた。
頭の中で色々と考えを巡らせてみるけれど、思考がまとまることはない。
様々な要因に気を配り、たった一つの正解へと導くのは思いのほか疲れるものだ。
明日の予定。
明後日の予定。
一週間後の未来。
一年後……二年後……何十年、何百年という先を思い描く。
明朗な頭脳を持つアレンを持ってしても、世界のすべてを見渡し、得た情報を処理するのは容易なことではない。
「アレンさん、ここにいましたか」
アレンが眉間にしわを寄せながら頭を悩ませていると、ミケが手を振りながら角を曲がって現れた。
「寝れないんですか?」
「なわけ」
冗談に苦笑しつつ、アレンはミケを見た。
「そっちこそ、寝れないのか」
「いえ、バルト皇国領にも入ったことですし、聞いておきたいことがありまして」
「なんだ? んな改まって」
声色や口調でこそアレンは疑問を思って訪ね返しているようだった。だが同時に、ミケが尋ねる内容を予測できているような雰囲気もまとっている。
「この三か月……とても楽しいものでした」
八年ぶりに再会し、酒を囲み、旅をした。
チェイテ山脈を共に乗り越えた日々は、懐かしいあの夏の記憶を思い出させるには十分だった。
「そしてこれから先は……まあ、私とアレンさんなら大丈夫でしょうが、二人には厳しいものになるでしょうね」
バルト皇国に足を踏み入れたのだ。
ミチャロフ三世を殺害するために、多くの犠牲を強いながら任務を完遂する必要がある。
その中で、目を覆い隠すようなことが起こるかもしれない。
「おそらく、本格的に始まってしまえばこういった会話をすることもなくなってしまうでしょうから、先にお伝えしておきます」
アレンは何も言わず、口を閉じてミケの言葉を待つ。
ミケはその様子を見て苦笑を溢すと、虚空を眺めながら呟いた。
「あの夏のこと、私は恨んでいません。あなたが何をしていようと、何を行おうと、私はアレンさんを信じます」
「盲目的すぎるんじゃないか?」
「いえ……私にとっては、シスターと引き合わせてくれた、それだけで信じるに値します」
ミケの話を静かに聞くアレンの表情は月明りの影に隠れて、よく見えなかった。
しかしおそらく、少しだけ驚いていながらもいつもと変わらないどうしようもない笑みを浮かべているのだろう。
「あなたには、私がこう言いだすことも想定通りですか?」
「いや、そこまで完璧なものじゃない」
「そうですか……それは残念なことなのか、良いことなのか」
「何事も決まってたらつまらない」
「あなたらしくないことを言いますね」
「行ってみただけだ」
ミケは一度、アレンの顔を覗き込んで苦笑を溢す。
それから振り替えった。
「それでは、また明日」
「ああ、忙しくなるからな」
「でしょうね、知ってますよ」
宿へと戻っていくミケの姿が、角を曲がったところで見えなくなる。
アレンはミケの姿が消えてからもしばらく、路地の先の方を眺め続け、ため息を一つ吐いてからもう一度壁に背を預けた。
そして、反対方向を横目で見て、暗闇に包まれた路地の先に視線を向ける。
数か月前、ドラカルトの首都『ジーベック』から旅立つ際に見た、黒装束の男が立っていた。
「またか……」
前回と異なるのは、黒装束の男が歩いて近づき、声をかけてきたことだ。
「これ以上進めば、引き返すことはできない。我々はまだ、貴様を受け入れる用意がある。あの夏の日の決断を変える気はないか」
「ないよ。あの時の結論は変わらない」
「残念だ。まだ引き返せるというのに」
「これだけの犠牲を出しておいて、今更引き返すことなんてできるはずないだろ」
男はわざとらしく首を振って、話が通じない馬鹿な男だとアレンを叱責する。
「それほどの力を持ちながら、なぜ我々の理念に共感できん。お前なら分かるはずだ」
「永遠の富だとか、永遠の命だとか、お前らが憑りつかれてるのはその程度のことだろ」
「お前は自分が進む道を知っておきながら、その選択をするのか? あまりにも愚かだぞ」
「愚かでいい。俺がやりたいことができればそれでな」
「お前の理想は、我々と共に歩むことで確実になる。それが分からぬわけではないだろう?」
「……」
黒装束の男はアレンに一歩近づいた。
「あの夏の答えを、もう一度聞かせてもらおうか」




