第7話 あの夏の冒険②
「よーし、そっち回った! 狩れ!」
商業都市パムルに行くことを決めた四人はすぐに行動を開始した。
旅に必要なものは簡単に三つ。
金と時間と足だ。
山を越えるのぐらいドランクたちには造作もないことだが、時間がかかってしまう。
時間がかかればその分だけ金がかさみ、セルバンテスに残された時間が少なくなる。
つまり馬車に乗って行く必要があった。
しかし馬車に乗るためにも、商業都市についた後買い物をするためにも、何をするにも金が必要だ。
それも多額の。
お小遣いでは足りず、親の手伝いをして稼げる金額もたかが知れている。つまり、正攻法では稼げない。商業都市パムルに行くことを両親に話せば反対されるか、ついてこれられるか、しかしそれだと勇者の旅とは言えない。たった四人だけで見知らぬ地に踏み込むことに意義がある。
親にも知られず多額の金を稼ぐ必要があった。
「はいこれ、猪三頭、ちゃんと下処理してあるよ」
そこで彼らは山で山菜や動物を狩り、一週間に一度来る商人に売ることで金を稼ぐことにした。
主にアレンとドランクが動物を狩り、その裏でセルバンテスが山菜や狩ってきた商品の下処理を行う。そしてミケが商人に交渉をして売りつける。
「絶対にこのこと村の方々には話さないようにしてください。それから来週は分かってますよね」
商人との信頼関係も大切だ。
もしパムルに行くことばバレてしまえばすべてが無駄になる。
商人には口裏を合わせてもらい、秘密裏に金を稼ぐ。
そして予定の日に馬車に乗せて貰って、商業都市パムルへと赴く。
これが大体の作戦だ。
「もーお兄ちゃん。お母さんを心配させないでよ」
予定の日が明日に差し迫った頃、アレンとドランクが秘密基地で作品会議をしていると、ドランクの妹が訪ねて来た。
大樹にかけられた梯子を上り、ログハウスの中を覗き込む。
「お母さんがお弁当を、って。面倒なんだから、ちゃんとお昼は家に帰ってよ」
「ああごめんな。でもちょっと兄ちゃん忙しくて」
「どうだか、私達に内緒で計画立ててたくせに」
妹――リコだけはドランクの計画を知っていた。もともとドランクは隠し事が上手い方では無いし、リコは勘が鋭い方だ。同じ屋根の下で暮している上に、こうしてよく秘密基地を訪れる。
ドランクやアレンたちの様子を見て、勘の鋭いリコならば何かしら企んでいることぐらい、容易に想像できた。幸いにも、リコはドランクたちの意思を尊重して、周りに言いふらさないでいてくれているが、もしリコがおしゃべりだったら計画が頓挫していたところだ。
リコは弁当をドランクに渡しながら、隣のアレンに視線を向ける。
「アレンさん、ほんとお兄ちゃんのわがままに付き合わなくてもいいんですよ?」
「大丈夫だよ。俺がしたくてしてることなんだからな」
「そうですか? ならいいですけど」
リコは口先を尖がらせて僅かに不満を滲ませると、作業に戻っていたドランクが弁当を開けた。
「そうだそうだ。もう行け、しっし」
手で追い払うようにジェスチャーをしてドランクがリコを追い払う。するとリコは「おにいちゃん!」と軽く怒鳴って、軽く殴ったりしてから、言われた通り秘密基地を降りていく。
「ったくあの暴力野郎」
「わざわざ弁当届けてもらったのに、その態度じゃ……そりゃそうなるだろ」
アレンには兄も妹もいないので、ドランクたち兄妹間の無遠慮さが分からない時がある。
ただそれでも、今回の件はドランクが悪い。
「少し金足りなくて焦ってるのは分かるが、急いでも仕方ない。明日乗る馬車の中で、商人と交渉するしかないだろ」
「そりゃそうだが。ここまで計画してきて最後に頓挫するのは嫌だからな」
「まあな」
その時、秘密基地の下からリコの声が聞こえた。
「あ、そうだアレンさん! 伝えることがあったの忘れてたので降りてきてもらえますかー!」
ドランクが口を挟む。
「てめぇが昇ってこい! それかそこで言えばいいだろ!」
「うるさい! お兄ちゃんは黙ってて」
そこでアレンがドランクに告げた。
「まあこのぐらいいだろ? すぐ戻るから準備進めといてくれ」
「ったく、仕方ねぇ」
ドランクが作業に戻るのを確認した後、アレンはログハウスから出て、足場から下を覗き込む。
「今行く!」
「はい! 待ってます!」
リコの姿を確認してからアレンが梯子を降りて用件を伺う。
「それで、伝えたいことってなんだ」
「ダンおじさんが呼んでたよ? 今日中に俺のところに来い、ってさ」
アレンは少しだけ微妙な表情を浮かべて、すぐに元に戻す。
「分かった、わざわざすまない。ドランクのことも、いつもありがとな」
「いいよ、ぜんぜん! 手のかかるお兄ちゃんだけどね!」
「でもまあ……あんなこと言ってるが良い奴なんだ」
「それは……うん、知ってるけど……ほんと、どうしようもないところあるから」
「そりゃ、あいつは――」
アレンの言葉を遮って秘密基地の方から『おい! まだかアレン!』というドランクの声が聞こえた。
二人とも秘密基地の方を眺めてから、アレンとリコは目を合わせて苦笑する。
「ってことだ。もう行く」
「あ、ちょっと待って」
「なんだ?」
梯子を上ろうとしたアレンを呼び止めて振り向かせる。
振り返ってみると後ろで手を組んで、僅かに頬を紅潮させたリコの姿があった。
「ねぇアレンさん。次は旅に……その、私も連れて行ってね」
「分かった、次は皆に相談してみるよ」
「いや」
「……?」
「遠く離れた場所じゃなくてもいいから……その……二人で……行きたいな……って」
リコの顔は今までに見たこともないぐらい赤くなっていた。
アレンは一瞬だけ驚いた表情を浮かべると、すぐに微笑を浮かべる。
「兄ちゃんから許可貰ったらな」
「――いじわる!」
リコは顔を赤らめたまま振り返って走り去っていく。
転んでしまいそうな体勢で、後ろから見ていると不安を覚えるが、まあ大丈夫だろう。
「アレン何話して来たんだ」
秘密基地の足場からドランクが下を覗き込みながらアレンに尋ねた。
あまりにも長いの出来になって見に来たのだろう。
「それに、なんかあいつ急いで帰っちまったみたいだが、何かあったのか?」
上から見下ろすドランクにはアレンの顔は見えなかった。
俯いたままのアレンは少しだけ固まったまま動かない。
「おい! ほんとどうした!」
ドランクが再び呼びかけると、アレンは「ああすまん!」と言いながら、見なれば微笑を浮かべて秘密基地の方を見上げた。
「《《大したことじゃない》》。とっとと戻ろう」
◆
「……遅くなっちゃったな」
夕方、アレンが一人で森を降りてエルバートンの外れへと向かっていた。
僅かに背の低い草木が生えそろった場所には一軒の小屋が建っている。
誰も住んでいなそうな物置小屋に見えるが、ダンという年配の男性が住んでいた。
「……苦手なんだよなぁ」
アレンは一人でぶつぶつと呟きながら小屋に近づくと、ダンおじさんの方から出て来た。
「おいガキ、何の用だ」
「ダンおじさんの方から呼んだんでしょ」
「そうだったか?」
ボロボロの服を着た、白髪の生えたおじさんがダンだ。
エルバートンの外れにあるこの小屋で暮している。
「何の用ですか、ダンおじさん」
もう日が暮れる。
明日には馬車に乗って商業都市パムルに向かわなければならないため、今日は一足先に家に帰る必要がある。
だから急ぎ気味に尋ねると、ダンおじさんは首を傾けてアレンを睨んだ。
「俺はてめぇを信用しねぇ。お前は絶対に何かしでかす」
「なんでそんなに俺のことを嫌うんですか」
ダンおじさんは口が悪い。しかしここまで言うのはアレンだけだ。
「お前が忌み子だからだ。俺には、お前がいつかこの村に災いを起こすじゃねぇかって、気が気でならねぇ」
「災いって……俺一人で何かできると思いますか?」
アレンが素直そうな表情を浮かべて疑問を尋ねると、ダンおじさんはおもむろに鉄の剣を取り出して――アレンに向けて振り下ろした。
「――っあぶない、ですね」
アレンは焦ったような表情を浮かべて振り下ろされた剣を間一髪のところで避ける。
「いきなりなんですか」
「やっぱりな、ガキが俺の剣を避けられるはずがねぇだろ。てめぇ、他のガキにも剣教えてるそうじゃねぇか。何企んでんだ?」
「何も、俺はただ生き抜く術を教えているだけですよ」
「ッチ、気に入らねぇ」
ダンおじさんは横目でボロボロの小屋を視界に収める。
「ここは妻の故郷だ。てめぇが壊すってんなら、容赦しねぇぞ」
「だから壊しませんって……」
アレンが言っている途中で、ダンおじさんが首に剣先を突きつけた。
「お前の両親が亡くなったのは偶然じゃない。俺はあの時から、お前には何かあると思っていた。予想通り、お前は成長する度に気味悪くなっていく。さっき俺の剣を避けた時もそうだ。焦り顔を作って、わざと直前に避けやがって。何がしたい。何を企んでる」
「何も企んでませんよ」
アレンは変わらぬ微笑を浮かべながら呟く。
「用件はそれで終わりですか? ダンおじさん」
「てめぇ……お前は何者だ。どんな景色を見てやがる。お前は何を思ってる。君が悪くて仕方ねぇ」
「……僕にはわかりませんよ」
「……ッチ」
どんな質問を投げかけようと、どれだけ追い詰めようと、アレンは顔色一つ変えずに応対する。
埒が明かないことにしびれを切らしたダンは、舌打ちだけ残して小屋の方へと戻っていく。
アレンはその後ろ姿を見ながら軽く頭を下げた。
「今までありがとうございました」
◆
次の日の夕方。
ドランクたち四人は家の自室に置手紙を残し、森の中に集合していた。
「いよいよだな」
ドランクはワクワクとした表情を滲ませながら今か今かと時を待っている。
ミケもセルバンテスも心からの興奮を隠しきれず、いつもより忙しない様子だった。
「お前ら、準備は済んだな」
金は必要な分は集められた。
計画も入念に練って穴一つない。
あとはエルバートンを出るだけだ。
「なんだアレン、楽しそうじゃないな。何か思い残すことでもあったのか?」
アレンはいつもの微笑を浮かべながらも、僅かにテンションが下がっていた。何年も一緒にいれば些細な変化にも勘付く。声をあげたドランクだけでなくミケもセルバンテスもアレンの変化には気が付いていた。
「ほんと、どうしたの? アレン」
「今になって怒られるのが怖くなりましたか?」
ミケとセルバンテスの二人にも問いかけられ、アレンは我を取り戻す。
「すまん、ちょっと考え事してた」
「なんだよ、神妙な面持ちしやがって」
「お前らがはしゃぎすぎて問題を起こさないか心配なだけだよ」
「ったくてめぇ、保護者気分になりやがって」
ドランクがアレンの肩に腕を回し強引に抱き寄せる。
「てめぇも楽しまねぇと駄目だろ」
ガッハッハ、とドランクが豪快に笑う。
その時、ミケが声をあげる。
「来ましたよ」
ミケの声に、彼が視線を送る方向を三人が見る。
エルバートンと商業都市パムルを繋ぐ山道に、馬車がガタガタと揺れる音が響いていた。
上り坂の頂点に立つ彼らの視界の向こうで、まだ車体は姿を見せない。
だが、稜線の下からゆっくりと──馬の頭だけが、先にぬっと現れた。
その次に手綱を持つ商人が姿を見せる。
「よし来た!」
ドランクが喜びの声をあげて商人の所へと向かう。
エルバートンで荷物を降ろした荷台にはもう何も積まれてない。そこにドランクたちが乗り込み、商業都市パムルへと向かう。
すでに商人には話を通してあり、多めの賃金を支払うことで移動代と口止め料としていた。
商人と軽く話したドランクが後ろを振り向いて三人に告げる。
「じゃあ行くぞお前ら! 勇者パーティの冒険――始まりだ!」




