第6話 あの夏の冒険①
「おい! 早く来ねぇとおいてくぞ!」
「うぇー、ちょっとー! 待ってよみんなぁー!」
夏の日差しが爛々と照り付け、虫が音を響かせる森の中で、子供達の声が響いていた。
「セス! お前を待ってたんだからな!」
「だから待ってって言ったじゃーん!」
大陸暦539年の夏、勇者パーティが旅に出る八年前。
アレンたちは『トントン山』の秘密基地にいた。
「なんてったって今日がお披露目式なんだからよ」
トントン山に生える木々の中でも一層巨大な大樹の前で、木剣を持って仁王立ちをするドランクが、遅れてやってきたセルバンテスに注意する。
「何か月という月日を賭けて築き上げた秘密基地のな!」
バンッ、とドランクは振り向かずにすぐ後ろにある大樹を叩く。
ひんやりとした感触とざらざらとした樹皮を伝って、木の幹の上に視線を送って見れば、枝の辺りに粗雑な造りのログハウスがあった。丸太を縦に切って並べただけの足場が大樹を囲うようにして存在し、枝を伝って他の木に造られたスペースに行けるよう足場が伸びている。
足場はガタガタだし、ログハウスにはところどころに隙間があるが、子供たちだけで作った秘密基地にしては、かなり良い出来栄えだろう。何か月とかけて作り上げてきた甲斐があった。
今日やっとログハウスを造り終わり、これから完成お披露目式だというのに、セルバンテスは遅れるわ、ミケは用事でいないわ、アレンは何故かいないわで事の重要性が分かっていない。
「アレンはどこだ」
仁王立ちのまま『ふんっ』とでも鼻息を鳴らしていそうなドランクが、周囲を見渡しながらセルバンテスに問いかける。
「一度降りたんだよな、その時にいなかったのか?」
「うーん、ミケはもう来るみたいだけどアレンは……」
セルバンテスがアレンの居場所について考えを巡らせ、ドランクも横で首をひねっていると、後ろから声をかけられた。
「俺がどうしたって」
「っが」
「うわ」
振り返ってみるとアレンが小動物の死体を持って立っていた。
知らぬ間に背後に立たれていただけでも驚くというのに、小動物の死体まで持っているのだから、姿を見た瞬間に背筋が凍った。
「びっっくりしたぁ、ダンおじかと思ったじゃん」
「そうだぜ、いつものことだけどよ、勝手に現れんなよ」
「はっは、ごめんて」
悪びれもせずに謝ったアレンが右手に持った小動物の死体を持ち上げる。
「今日の夜はここで焼き肉食べんだろ。罠にかかってる分じゃ足りねぇと思って狩ってきた」
秘密基地のお披露目会という建前のもと、今日はここで焼き肉を食べる。食材はすでに確保してあり、近くの渓流には罠にかかったままカゴに入っている魚が流れの遅い場所に沈められているし、兎のような小動物を一匹カゴの罠で捕まえている。
しかしそれだけでは足りない。
「ドランクがアホほど食べるからな……それに肉はどれだけあっても困らねぇだろ?」
それはそうだ。
余っても干し肉にすればいいし、今日は思う存分気にせずに肉を頬張ることができる。
「当ったり前だ! 肉はどれだけあってもいいからな! あればあるだけいい!」
「だろ」
満足気に頷いたアレンが二人を見る
「よし、じゃあ手分けして準備しよう。俺とセスは肉の解体。ドランクは焚き火とかの雑用」
「はぁ? 俺が一番頑張ったのに? 雑用? えー、俺も解体してぇよ」
「飼ってる牛が可哀そうだからって逃げ出した奴がよく言うな」
「あれはまだ子供の頃だったろ、勘弁してくれ」
「それにいつも解体してんだろ。セスに勉強させるつもりでな」
「じゃあなんでお前もやるんだよ」
「罠の設置から狩るところまで全部俺がやった」
「……ぐぬぬ」
反論の余地がなく、ドランクは拳を握り締めたまま厳しそうな表情をするだけだった。
「ミケももうすぐ来るんだろ。ま、ということで、さっさと始めるか」
◆
『トントン山』には多くの生物が生息している。
手のひらサイズの小さな動物から、熊ほどもある巨大な動物まで様々だ。野草もそこら中に生えそろっており、『何が食べれるか』といった知識さえあればまず食に困ることはない。
秘密基地の近くには渓流もあり、この時期になると美味い魚が罠にひっかかる。
そうして捕まえてきた動物や魚を解体し、焚き火をセッティングし、周囲に切り株を削って作った椅子とテーブルを用意して準備万端だ。
「ふぃー、かなり時間かかっちまったな」
燃え上がった焚き火を囲みながら、ドランクが声をあげた。
魚を追加で捕まえたり、焚き火のセッティングに時間に予想以上に時間を使ってしまったせいで、焼き肉を始めた頃には濃い夕焼けの色をしていた。だがその甲斐あって、完璧に準備を整えることができた。
上手い肉に美味い魚。
それから取れたての山菜や家から盗んできたタレやスパイス。
準備は整った。
「いやー、アレンさんセスさん、昼は家の用事で来れなくてすいませんでした」
焚き火を囲う場には当然、家で家族の手伝いをしていたミケもいた。
ミケはアレンとセルバンテスに謝罪の言葉を残し、焼き肉を始めようと準備を整える。
しかしそれを許さずドランクが声をあげた。
「おいおいおい、俺への謝罪はねぇのか?」
「しゃ……謝罪? 私は一体何を謝れば……?」
「てめぇはいつも……」
ドランクは握った拳をため息一つついて解散させる。
半ば、ミケとのこのようなやり取りは習慣になっていて怒りは当然覚えないし、でも許していると調子にのる。だからいつもは拳を一つ作ることで許しているのだが、今日ばかりはお腹が空いていた。
目の前に並べられた新鮮な肉や魚や野菜を前にして、いつもの押し問答をやる気力はない。
それよりも、今は最高の食事にありつくことが先決だ。
「しゃーねぇ、今日は勘弁しといてやる」
ドランクはそう言いながら手作りのジョッキを掲げる。
中には果実をすり潰したジュースが入っている。
「よし! じゃあ行くぞ! 秘密基地完成を祝して! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
三人が手作りのジョッキをぶつけ合う。
乾杯の声が森に弾けた瞬間、焚き火の火がぱちりと跳ねて、三人の影がゆらりと揺れた。
熱気が頬を撫で、木の香りと脂の焼ける匂いが混ざり合って、秘密基地の夜は一気に宴の空気へと変わる。
「うめぇな」
「この魚も……いいですね。脂がのってます」
「おいセス! その肉は俺のやつだろ!」
「いやこれ僕のだって!」
木の棒に刺した魚をかじる者、肉を豪快に噛みちぎる者、それぞれが好きなように食べ始める。
火に近い場所はじんわりと暖かく、背中側はひんやりしていて、その温度差が妙に心地いい。
焚き火が爆ぜる音――
ぱちっ、ぱちぱち……ぼうっ
そのリズムが会話の合間を埋めていく。
「そういえば秘密基地の名前を決めてなかったな。秘密基地の発案者はドランク、お前だろ? 好きに決めろよ」
表面の皮が焼けてパリパリになった足の付け根部分の肉を、骨を持って齧りながらアレンがドランクの方をみる。
ドランクは豪快に腹の部分に噛みついていたところ、アレンに話しかけられて急いで嚙み千切る。
「うごぼ、そうだだ」
「いや、飲み込んでからにしろよ。急がなくていいぞ」
ドランクが口に詰まった肉を胃に流し込む間、アレンがセルバンテスの方を見た。
「そういや、いつ帰るんだ。いつまでもいるわけじゃないんだろ?」
セルバンテスはエルバートンにあるザイン家の別邸に一時的に滞在しているだけで、本来の家は別にある。
セルバンテスが別邸に滞在する正確な期間は不明だが、長くても二カ月程度だ。
そしてすでに、一か月が過ぎていた。
「分かんない、でもあと一か月……無いんじゃないかな」
ザイン家の使用人から具体的な滞在日数を聞かされたわけではないが、周囲の動きを見ていると予測はつく。
あと少しで、セルバンテスの楽しかった頃の思い出は終わる。
「でも大丈夫。また会えるよ」
笑顔を浮かべて気丈に振る舞うセルバンテスの横腹をミケが突く。
「そんなこと言って、ほんとは悲しいんでしょう?」
「……う……まあ、ね」
セルバンテスにとってエルバートンに来てからの日々は、これまで生きてきた喜びを足しても届かないほどに満ち溢れていた。
あと少しでこの日々が終わり、本家に戻されることを想像したら、気持ちが沈んでしまうのも仕方がない。
アレンの余計な一言で俯いてしまったセルバンテスを慰めるべく、食べ物を急いで胃の中に流し込んだドランクが周囲を見渡して――見つけた。
「じゃあよ、セス。俺らで冒険してみねぇか」
「冒険って?」
セルバンテスだけでなく、アレンとミケもドランクの発言が理解できず視線を向けた。
するとそこには『勇者一行の軌跡』と書かれた絵本を顔の前で掲げるドランクの姿があった。
「どうせ最後の夏なんだ、パーっと行こうぜ。勇者みたいによ」
ドランクが持っている『勇者一行の軌跡』は名前の通り、勇者が魔王を討伐するまでの旅が記された絵本だ。内容はお世辞にも良いものとは言えず、知っている者はかなり少ない。
それでも四人の中でだけは特別な一冊だった。
「いつそんなもの持って来たんですか」
「ログハウスの掃除してる時邪魔だから降ろしてたのを偶々《たまたま》な」
ミケの質問に答えながらドランクが絵本を広げた。
「それでどうだ、この本みてーに、俺らも旅してみねぇか」
「どう、って言われましても。どんなふうに?」
「それは……今から決める」
「旅の場所にもよりますし、じゃあお金も必要ですし、家族の許可もいりますよ」
「ああ! うるせぇなミケ! 勇者がそんなちっこいこと考えて冒険してたか? まずやりたいこと決めてから色々考えんだよ。行程のためにやりたいことを蔑ろにするなんて、それはちげーからな!」
ドランクはバッ、とセルバンテスの方を振り向いた。
「行くことはケッテーな、どこ行きたい」
「え、ええ。そんな突然言われても」
「じゃあ俺が案出す」
まるで狙いすましていたかのようにドランクが先頭に立って、旅のことを決めていく。
「案一! 商業都市パムル! ここに決めた」
商業都市パムルはエルバートンから山を幾つか越えた先にある都市だ。エルバートンからは二番目に近い都市で、よくパムルから商人が来てくれるが、ドランクたちが行ったことはない。
ここで子どもたちだけで行くのはかなり大変そうに思える。
そんな疑念をミケとセルバンテスの二人が抱いたところで、ドランクが胸を張って説得した。
「勇者だって旅は大変だった。だが苦労した先に見える光景ってのは格別だ。『やれない』は色々試してみて本当に駄目ってなった時以外は吐かない。それに俺らはこんなでっけー秘密基地も完成させちまったんだぞ? たかが山越えて近くの都市行くことぐらい、できるよな?」
俺らは最強だから、とドランクに説得されてしまえば、三人は反論することができない。
ミケもセルバンテスも僕達は、私たちは、四人が詰まれば最強だって信じているから。




