第5話 勇者パーティとトントン山
勇者一行が出発してから一週間後。
ドランクたちはチェイテ山脈を越えていた。
夏に差し掛かった時期ということもあり、気温は快適だ。ただしチェイテ山脈を越えるためにはいくつもの峰を乗り越えなければならない。山を下りることなく稜線を歩く日々は、標高の高さゆえに涼しく、時には防寒具が必要になるほどだった。
もしこれが冬であれば、任務はここで終わっていた。
「こうしてると昔を思い出すな」
先頭を歩くドランクが、短く刈り込まれた草木や雪解け水の流れる小さな川を眺めながら呟いた。
「昔とは光景も多少違うが、この四人で山を歩くのは懐かしい」
「そうですね。確かに昔もあなたが先頭でしたっけ」
後ろを歩くミケが雪解け水に指先を浸しながら微笑んだ。
「あなたが先頭で、私がその後ろ、セルバンテスがその後ろで、アレンが最後尾……でしたっけ」
「そうだな。セルバンテスが逸れないようにアレンが最後尾だ」
ドランクとミケが思い出して笑うと、セルバンテスが「ちょっと!」と割って入る。
「僕は遭難したことなんてないよ?! ちゃんと一緒に登ってたじゃん」
「どうだか」
ドランクが鼻で笑うとセルバンテスは頬を膨らませ、振り向いてアレンを見た。
「ねえアレン。ドランクに何か言ってやってよ」
「ん……ああ」
考え事をしていたのか、アレンが遅れて返事した。
「まあでも、セルバンテスは一番背が低かったしな。歩く速度も早くなかった。逸れないために後ろにいたような……気がする……な」
「なんだよこいつまで敵かよ」
セルバンテスは周囲に味方がいない事実に肩を落とした。
しかしこの時間が、ひどく懐かしかった。セルバンテスだけはアレンたちの幼馴染ではない。夏になりザイン家の別邸に移り住んだセルバンテスを、アレン達が誘ったことで『ひと夏』の冒険が生まれた。だから『あの夏』は、セルバンテスがエルバートンに移り住んでからたった数か月の間のことだ。
「それにしても熊に出会った時は死にかけたよな」
「実際、死にかけましたよ。その後遭難しましたし」
「三日間帰れなくて大変だったよ」
ドランクとミケ、セルバンテスの三人が昔の思い出を語り合いながら山を歩く。周りの景色は少しずつ変わったり、変わらなかったりした。遠くに目をやれば、雄大な山稜が幾重にも重なりあっている壮観な景色が構え、足元を見れば、草原のような開けた場所が続いたかと思えば、氷の上を進むこともある。
澄み渡った風が頬を撫で、登山で温まった体を冷やしていく。岩石だらけの場所を乗り越えて、時には雪を踏み締めて進んでいく。
場所によっては分厚い雪のせいで足元のクレバスに気づかないこともあった。
そういう時は決まって、最後尾を歩くアレンが声をかけるのだ。
「ドランク、こっちの道を進もう」
高原を抜けて雪の積もった地帯に差し掛かった時、アレンは遠回りになる道を指さした。
先頭のドランクが理由を求める。
「なんでだ?」
「勘だ」
「じゃあ信用するしかねえか」
昔から変わらない。アレンは異常なほど勘が鋭い。山を登る時でも事前に危険なルートを教えてくれる。ドランクだけでなく、ミケもセルバンテスもアレンの『勘』を信用していた。
「そういえば、なんで傭兵を辞めたんだ。理由を聞いてなかった」
ルートを変えて歩き始めてすぐ、アレンが最後尾から前へ来て、ドランクの隣に並んだ。
「確か傭兵をしてたのは二年とかそこらだろ」
「前に言ったろ? 人殺しが好きじゃねえって」
ドランクはアレンとジーベックで会った時にも同じような問いに答えている。アレンはその時のことを思い出したのか、「言い方が悪かった」と質問を訂正した。
「なんで傭兵をやってたんだ?」
「傭兵をやってた理由?」
「ドランクだったら、無理に傭兵にならなくても稼ぐ手段があったんじゃないかと思ってな」
ドランクの戦闘の才は一級品だ。だが戦い以外で稼げないという話でもなかった。人殺しを嫌うドランクが傭兵になった理由——思い浮かぶとすれば、それは金だ。傭兵は戦果さえ挙げれば誰でも大金を稼げる。
ただ、ドランクの人柄を考えると金のために傭兵になったとは考えにくい。しかし傭兵になったのには、金が絡んでいるはずだ。アレンは遠回しにそう尋ねていた。
「お前なら分かるだろ。妹のためだ」
妹の患っている病気は重い。
薬代に加えて専門の施設で治療しなければならず、入院費もかかる。一日で数万という金が消えていく。故郷であるエルバートンを離れ、妹とたった二人で生きなければならなかったドランクには、とても賄えない費用だった。
妹と離れ離れになってでも、傭兵として戦地を渡り歩き、人を殺し金を稼ぐしか方法がなかった。
その甲斐あって名が売れて、傭兵以外でも稼げるようになり、妹の具合も大分よくなって最近は会話ができるようになった――ところで、招集がかかった。
帰り路の無い一方通行の任務を強制させられた。
「だが、これでいい。いつかはこの日が来ると思ってた。あの夏の贖罪だ」
ドランクの言葉に三人は肯定的な言葉を述べることはなかったけれど、静かに頷いていた。
稜線を昇りきって峰を越え、背の低い草木が生い茂る平らな場所に辿り着くと、アレンたちは立ち止まる。
「一旦ここで休憩しよう」
我先にとアレンが平らな石の上に座り込み、次にセルバンテスがくっついて座った。
石の上に座れなくなった二人は仕方なく湿った草木の上に腰を落とす。背負っていたバックを岩の上に置くアレンの横で、セルバンテスが遠くを指さしながら声をあげた。
「ここからなら見えるんじゃない?」
三人がセルバンテスが指さした方向を見て、すぐに察した。
視線を向けた先には緑の生い茂る一層高い山がある。付近にも山は連なっていて、どこにでもある何ら特徴のない光景に思える。しかし、四人にとっては別だった。特に、ドランクにとっては掛け替えのないものだ。
「トントン山か」
付近の山々よりも一層高く聳える山はアレン達にとってなじみ深いものだった。
ドランクが懐かしそうに呟くと、呼応するようにミケが苦笑する。
「あれだけ遊びましたから、遠くから眺めているだけでも、細部まではっきりと思い出せますよ」
セルバンテスが『トントン山』と呼んだあの山は故郷であるエルバートンのすぐ近くにある。今は山に隠れていて見えないが、山を越えたふもとにエルバートンがあった。
もう四人とも帰る必要はなくなってしまったし、帰ったところで何も残っていないのだから、久しく近くに寄ることもなかった。しかし国境付近にあるチェイテ山脈からならば『トントン山』ぐらいなら、視界に収めることができる。
姿さえ見えてしまえばこっちのものだ。
「あそこらへんじゃない? 秘密基地があるの」
セルバンテスが声をあげた。
秘密基地――という単語を聞いて『トントン山』のある一か所に三人が視線を向けた。
数年前のことだというのに、言われればまだ場所が思い出せる。
記憶を掘り起こしたミケが、昔と変わらない様子でドランクを嘲笑した。
「最後、完成しそうな時、ドランクさんがずっこけて木の上から落ちてきましたっけ」
「おい、今それを言うなよ」
隣に座るミケの肩を肘でドランクがつついた。
「お前だって熊が出た時、一目散に逃げだして木の上にいたじゃねぇか」
「それとこれとを比べるのは違いますよ。命の危険があるというのに、冷静ぶって逃げ遅れて死んだら末代までの恥ですよ」
「それもそうか」
案外物分かりのいいドランクはミケの言葉に納得すると「そういえば」と呟きながら振り向いて、セルバンテスの方を見た。
「確か《《セス》》が来たのが秘密基地の完成前ぐらいだったか?」
「……セス、って久しぶりにその名前で呼ばれたよ」
エルバートンにいた頃、セルバンテスでは名前が長くて呼びにくいということで、ドランク達四人には『セス』と昔は呼ばれていた。
今ではもう呼ばれることのなくなった昔馴染みの言葉を聞いて、セルバンテスは心臓の裏が痒く感じた。
一方でドランクは首をかしげている。
「あ、おれ今セスって呼んでたか?」
「うん、呼んでたよ」
ドランクには『セス』と呼んだ自覚がないのか、周りを見渡してアレンとミケの二人の反応を伺う。
「言ってましたよ、とうとうボケましたか?」
ミケは嘲笑を一つまみしながら肯定的な反応を返し、アレンは懐かしそうに頷く。
「まじか、全然気が付かなかった」
恥ずかしさの混じった表情を浮かべ、ドランクは『トントン山』の中腹辺りを指さす。
「お前ら、この仕事が終わって……もし……いや」
一人勝手にドランクが笑いを零す。
そして改めて告げた。
「任務が終わった後、どうなってるか分からないが、一緒に秘密基地を見に行こうぜ」




