第4話 勇者パーティと語り合い
召集を受けた四人は、旅立つ前に首都『ジーベック』の酒場で酒を片手に語り合っていた。
「その時のドランクさん。顔真っ赤にして『俺は好きだぞ』って」
ミケが昔のことを思い出してドランクを嘲笑しつつ、セルバンテスやアレンに同意を求めるように視線を向ける。
アレンは特に何も考えていないように笑い、ミケは昔を思い出して感慨深そうにしながら、申し訳なさそうに肯定した。
「そう……かもね?」
セルバンテスが同意の言葉を漏らすと、口の周りにたっぷりと泡をつけたドランクが、ジョッキをテーブルに打ち鳴らしながら声を上げた。
「おいてめぇ! 裏切ったな!」
「そ、そんなことないよぉ?!」
セルバンテスが両手と首をぶんぶんと振ってドランクからどうにか許しを得ようとする。
「俺のことを裏切った口はこいつかぁ?!」
「あが、っががががが」
ドランクがセルバンテスの耳や鼻や口を好き勝手に摘まんで引っ張った。
昔……『あの夏』の日に何度も目にした光景だった。川辺で、あるいは森の中で、秘密基地で、あの時と変わらずドランクとセルバンテスは取っ組み合っていて、その元凶のミケは口に手を当てて質の悪い笑みを浮かべている。
アレンはそんな懐かしい光景を目を細めながら、ジョッキ片手に眺めていた。
「昔のこと忘れたのかぁ?! セルバンテスぅ?!」
「いだ! いだ。いだいいだい、うぎ! うが!」
そんな光景をしばらくは眺めていたアレンだったが、さすがに周りの迷惑だと思って間に入る。
「ドランク、その辺にしておこう」
ドランクの額に冷えたジャッキを当てて、物理的に頭を冷やすよう促す。
「少し外に行って頭冷やそう」
「あん?」
ぼろぼろになったセルバンテスから手を離して、酔ったドランクを外へと連れ出す。
「まあいいけどぉ」
渋々ではあるが、ドランクはアレンの横に並んで一旦店の外に出る。
「たく、あの野郎久しぶりの再会だってのに」
「二人とも昔と同じだったろ」
「まあそうだけどよ」
軽く愚痴を吐くドランクを宥めながら、アレンは店の裏手に回る。
「長いこと会ってなかったんだ、『あの夏』のこを話したくなるのも当然だろ?」
久しい友人に会った時、二人だけでしか共有していないような昔話をするのはよくあることだ。
しかし、とドランクは口ずさむ。
「だからってなんで俺ばっかイジられなくちゃならないんだ?」
腕を組んで不満げな表情を浮かべながら、ドシッ、っと店の裏手の壁に背中を預ける。その姿を見て、アレンは昔ドランクがいじけて、木に寄りかかってぶつぶつと不満を漏らしていたことを思い出して軽く笑った。
「変わんねぇな」
「俺は昔のままだろ。なんだお前も笑うのか」
「そう噛みつくなよ」
訝しげな視線を向けてくるドランクの方から目を逸らし、アレンは壁に背を預けながら空を見た。
「一本どうだ」
アレンが懐から煙草を取り出してドランクに差し出す。
「いらねぇよ」
ドランクは差し出された煙草を手で追い払った。
「お前、いつから煙草なんて吸うようになったんだ?」
「煙草があった方が上層部と話がしやすいからな」
軍で生きるための処世術の一つとして煙草を吸っているだけ。
アレンがそう説明すると、昔から変わらない合理的なその様に、ドランクは豪快に笑った。
「っくがっはっはっは! お前も変わんねぇな!」
「逆にどこが変わったと思ってたんだよ」
苦笑気味に呟きながら、アレンが煙草に火をつけて一度吹かす。
「妹さんは元気か」
ドランクには年の離れた妹がいる。
まだ幼くて、可愛くて、そして可哀そうな子だ。
「妹か……お前なら知ってるんじゃないのか?」
「まあな」
街並みの喧噪から離れた裏路地は、どこか非現実的。
酒場の壁に背中を預けて、アレンが煙草を一つ吹かす度に、短く言葉を交わした。
「容態は芳しくないようだな」
「《《エルバートンから逃げてる時》》に腹に食らった傷のせいで罹った感染症で寝たきりだ」
「そうか……」
アレンはどこか上の空のまま立ち上っていく煙草の煙を見ていた。
ドランクはそんなアレンのことを気にせずに言葉を紡ぐ。
「俺の対処が遅れたせいだ」
「……」
「本当なら……」
ドランクはそこで口を閉じて、ため息をつきながら夜空を見上げた。隣で同じように夜空を見ていたアレンは煙草を一度吹かしてから、口を開ける。
「だったら今すぐコリアの元に向かったらいい」
「は? お前、何を言って。俺がなんでこの召集に応じたか……」
「分かってる」
妹の容態が芳しくないというのに、大義だけが報酬の召集に、ドランクが応じるわけがない。
彼には、大国ドラカルトのために妹を犠牲にしてまで忠義を尽くす気など、あるはずがなかった。
それでも、ドランクが今回の召集に応じたのは『妹を人質に取られていた』からに過ぎない。
はなから軍部はまともな手段で召集依頼を出そうとは考えていなかった。弱みがある人間には、それを使って強制的に応じさせる。敵国に囲まれたドラカルトに選択の余地が無かった。
「こんな情勢だ。お前一人を追うのに軍部《俺たち》はそんな人員を割かない。お隣のアルレリア王国なら、高名な剣術家のお前を迎え入れてくれるはずだ。門弟には……もう帰れないことを伝えるんだろ」
アレンが虚偽の報告をすればドランクが逃げる時間ぐらいは稼げる。
「その間に逃げろ。今ならまだ取り返しがつく」
「そんな提案受け入れられるはずがねぇ、俺はそれでいいが、他の奴らはどうなる。ミケは? セルバンテスは?」
ミケもセルバンテスも、国のために全てを投げ合って暗殺部隊という汚れ仕事を受けるほどの忠誠心を持っていない。
それでも召集に応じたのは、人質を取られていた、これに限る。
「当然、他の二人にも伝える。だからお前ら三人で逃げればいい。俺の友人がアルレリアにいる。手配しておいた」
「お前は……」
もしミケとセルバンテス、そしてドランクが逃げたら、残されたアレンがどのような末路を辿るのか、予想できないはずがなかった。
「お前は、どうなる……」
「俺か? 俺は変わらない。ミチャロフ3世を殺すだけだ」
たとえ一人になってもアレンがすることは変わらない。たとえドランク達を逃したことで、ドラカルトから追われることになろうとも、勤めを果たすだけ。
「ドランク、お前は自分の人生を生きてもいい。他の奴らもそうだ」
「気に入らねぇな」
突然ドランクがアレンの胸倉をつかんだ。
「お前のその……大義然とした振る舞いが気に入らない。昔からそうだ。全部ひとりで決めちまって、俺たちには結果しか寄越さねぇ。あの夏だってそうだった!」
「……」
アレンは顔を背け、胸倉をつかまれたまま煙草を一度吹かした。
「質問には答えてくれないのか」
「答えただろ! てめぇを置いて王国に逃げるようなことはできねぇって、俺はそう言ったんだよ!」
「俺は忠告したからな」
吸い終わった煙草を捨てて踏み潰す。
「ここから先……ジーベックの門を潜った先に退路はない」
「それがどうした。俺はお前を見捨てない。『あの夏』の日の恩を返していない」
「分かった」
煙草の入った箱をポケットから取り出して、一本だけを残して後は地面に捨てた。
「実は、もうミケとセルバンテスにも同じ質問をした」
「そうかよ」
「二人ともお前と同じ返答だったよ」
「……ったく」
そしてアレンは最後の煙草に火をつけた。
「これが終わったら、ちゃんと妹に会いに行けよ」
「……生きて帰れたらな。俺がいなくても、弟子に後のことは任せた。だから大丈夫だ」
「そうか……」
空でもなく、立ち上がっていく煙草の煙でもなく、目の焦点を合わせずにただ煙草を吹かすアレンを見て、ドランクは昔を思い出す。アレンがこの態度を醸し出す時は、決まって良くない結末が待っている。
「俺は……いや、俺たちは大丈夫ではないんだろうな」
「どうだろうな、未来はまだ決まったわけじゃない。何をするか、何をしたか、結果はいくらでも変えられる。それが自由の良いところだ」
「っ~たく、お前が言ってることは難しくて、あんま分かんねぇよ」
「要はどうとでもなる、ってことだ」
「だったら始めからそう言えよ」
ドランクが軽く笑ってアレンの肩を叩く。その時、店の入り口の方からミケとセルバンテスが話す声が聞こえた。会計を終えて外に出て来たのだろう。
「ドランク、先に行っててくれ」
「いいが、お前は?」
「最後の一本だ。きっちり吸い切ってからすぐ行く」
「んだよ、煙草好きじゃん、お前」
「付き合いで吸ってるだけだよ」
変わらないアレンの態度にドランクは苦笑して、「待ってるからよ」と言葉を残して店の入り口に戻っていく。
アレンはその後ろ姿が見えなくなると、今自分がいる裏路地の奥の方に視線を向けた。
街灯が無く真っ暗な道がただ続いている。
その暗闇に紛れ込むように黒装束の男が立っていた。
しかしアレンは気にせずに煙草をふかし、吸い終わると皆が待つ場所へと向かう。
そして店の入り口のすぐ近くで話す三人の姿を見つけると旅の始まりを告げた。
「さあ……行くか」




