第3話 勇者パーティと殺害任務
大陸暦547年。勇者パーティの宴が開かれた、二年前のこと。
ドランクは中央政府からの呼び出しを受け、大国ドラカルトの首都『ジーベック』を訪れていた。
広大で荘厳、煌びやかな光景に目を白黒とさせながら、ドランクは初めてジーベックの門をくぐった。ただ、門を抜けた瞬間に守衛から中央政府へ連絡が走り、すぐに連行されてしまったため、碌に観光もできなかったが。
「聞いてもいいか——なんで俺が呼ばれたんだ」
連行された先の部屋で、ドランクは担当官と名乗る役人に問いを投げた。ドランクは首都から遠く北に離れた山岳地帯で、門下生に剣術を教えていた身だ。わざわざ辺鄙な場所まで人を寄越してまで呼ぶ理由が、思い浮かばない。令状を見る限り、剣術の指南が目的でもないようだった。
「令状に理由は書いてあったはずですが」
担当官は少し考えてから「まあいいでしょう」と言い、椅子に背を預けた。
「私たちが住むこのドラカルトは大陸の中央に位置しています。西には王国、南には共和国、東には帝国……そして北には、ミチャロフ三世が統治するバルト皇国がある。どこも大国ですから、ドラカルトは生き残るために随分と苦労してきました。外交部が優秀なおかげで、周辺国との間を取り持つ緩衝国としての地位をどうにか確立できた、そういう国です」
担当官は窓の外に目をやってから、続けた。
「ただ、いくら優秀な外交官でも、愚者の暴発だけは予測できません。『キルシュの誤兵事件』はご存じで?」
「いや、山奥で情報を絶っていたからな……来る途中に少し耳にしたが」
「では手短に。端的に言えば——キルシュ地方の国境沿いで、ドラカルト兵が帝国兵を誤射した事件です。細かい経緯は色々ありますが、肝心なのは『ドラカルト兵が帝国兵を殺した』という事実だけです」
一息置いてから、担当官の声音が僅かに硬くなった。
「軍拡を続けていた帝国はその事件を口実に、キルシュ地方における過去の領土問題を引き合いに出しました。多額の賠償金と、キルシュ地方の譲渡を要求してきたのです」
いくらドラカルトに非があろうとも、さすがにその条件を飲むわけにはいかなかった。ただすべてを突っぱねることはできない。
ドラカルトは誠意を見せながら妥協案を持ちかけようとした——が、そこへ横槍が入った。
「協議を重ねようとしていたところへ、共和国が首を突っ込んできました」
担当官は声に怒気を含ませる。
「戦争特需で甘い汁を吸おうと、帝国にも私たちにも同時に提案を持ちかけてきたんです。二枚舌外交というやつです。その結果、ドラカルトは兵力のほとんどを南と東に割くことになった」
声が震え、怒りが増す。
「そこへ、こちらの動乱に付け込んで、北からバルト皇国が進軍してきた」
南にも東にも兵力を割いたドラカルトには、北から来るバルト皇国に対処するだけの余力がなかった。
「外交部が奇跡のような手腕を発揮したとして、バルト皇国がチェイテ山脈を越えて進軍するまでに稼げる時間は——二年でした」
二年という時は長いようにも感じる。しかしドラカルトが直面したすべての問題を解決するには、あまりにも短すぎた。
「私たちは秘密部隊を結成し、バルト皇国の国家元首——ミチャロフ三世を殺害することに決めました。そのためにあなたを呼んだのです、ドランクさん」
ドラカルト国内の戦士や魔法使い、退役軍人などを集めてミチャロフ三世殺害のための秘密部隊を複数作る。ドランクはその一つとして選ばれた。
「ということで。すでにあなたが入る予定の部隊員は到着しています。ついて来てください」
「ま、待ってくれ。じゃあ俺は人殺しをするために呼ばれたのか」
「そう言いましたが? 時間もないのでついて来てください」
「おい、そう簡単に納得できるかよ」
仲間が待つ部屋に向かおうと足を進ませた担当官を呼び止めるドランクの声には怒気が確かに含まれていた。
「受けるとは一言も言ってねぇぞ。それに誰かを犠牲にするような話、納得できるはずがねぇだろ」
ドランクは静かに、しかし確かに威圧感のある様子で担当官を見る。
一流の剣術家であるドランクが怒気を含ませた声で威圧しようものならば、一般人は泡を吹いて倒れてしまうほどの緊張を生み出す。
しかし担当官は一つも顔色を変えずドランクの目を真正面から見据えていた。
「納得ができない、できるの話ではありません。ドランクさん、あなたには私達の話を受ける以外の選択肢はありません。そのぐらい《《自覚》》しているでしょう?」
近隣諸国の情勢と令状の内容を見比べたとき、自分がどのような末路を辿ることになるのか、世情に疎いドランクでも分からないはずがなかった。
「……ッチ」
「何が起きるのかを薄々分かっていながらここに来た。それがあなたの決断です」
ドランクは苦渋を滲ませ、様々な感情を抑えながら口を開く。
「ああ、分かったよ」
「で、あればよいのです」
担当官は何事も無かったかのように答えると部隊員の待つ部屋に向かって歩き始めた。
その際、担当官は前を向いたまま必要事項を伝える。
「あなたが入る部隊はあなたを含めて四人です。すでに二人が到着していますから……ここです」
担当官が扉の前で立ち止まった。そして扉の横に立ち、ドランクが入るよう促した。
「いいのか」
「はい」
「……分かった」
ドランクが扉を押し開けて足を踏み入れる。
豪奢な内装が目に飛び込んでくる。床に敷かれた絨毯には色とりどりの紋様が刻まれ、壁には絵画が掛けられていた。そして部屋の中心に、二つの人影がある。ドランクがよく知っている人物たちだ。
「アレンと……ミケか……!」
二人の顔に気づいた瞬間、ドランクは目を見開いて駆け寄った。
「なんでお前らが」
ドランク、アレン、ミケの三人はエルバートンという村で生まれ育った。年齢こそ違ったが、村では数少ない子供同士、毎日のように遊び回ったものだ。秋の紅葉や木々の匂い。虫の鳴き声に狩りの日々。忘れることのできない記憶だ。
十年ほど前に起きたある事件のせいで三人は散り散りになったが、たとえ顔や体つきが変わろうとも、ドランクが二人を忘れることはなかった。
「久しぶりだな、ドランク」
「お久しぶりです」
ドランクは二人をまとめて抱きしめた。その力は戦士らしく、とても強い。
アレンが窮屈そうな顔をしながらドランクの腕をタップして、どうにか離してもらうと咳払いをして仕切り直した。
「話には聞いていたよ。剣術家として随分と名を上げたじゃないか。風の噂で聞いたぞ」
続けてミケが話に乗った。
「傭兵として活躍していると聞いていましたが、なんですぐ辞めて道場を?」
ミケの問いにドランクは苦笑しながら頭の後ろをかいた。気まずそうに、あるいは気恥ずかしそうにしながら口を開く。
「俺は……人殺しには向いてねえ。傭兵は渋々なった。本当にやりたかったのはただ剣の道を極めることだ」
「そうですか」
ミケはドランクに哀れみの視線を向けていた。人殺しが苦手なドランクがミチャロフ三世殺害の任務を任されたことについてではない。もっと別の、さらに絶望的な事実についてだ。
ドランクはミケの視線からその意図を読み取り、少し黙ってから問いかけた。
「ミケこそ、教会で司祭様をやってるって聞くぞ。優秀なんだな」
「私は別に……まあ、シスターを始め、色々な人に助けてもらいましたから」
先ほどドランクに向けていた哀れみの視線を、今度はドランクから向けられていると知りながら、ミケは知らないように振る舞う。
そして二人とも何も知らないような顔で笑っているアレンを見た。
「お前はどうなんだ」
「あなたは一体なにを?」
突然二人から問いかけられたアレンは、口を開いて呆けた表情をした。
「あー俺か? 俺は……」
アレンが話し始めたところで、部屋の扉が開いた。秘密部隊、最後の一人が到着したのだ。
「セルバンテス……お前もか」
扉から姿を見せたのはセルバンテスだった。
旧友の再会だというのに、ドランクはあまり喜んだ顔をしなかった。セルバンテスもまた、笑みを浮かべなかった。
「久しぶりみんな……『あの夏』以来?」
答えに詰まるドランクの代わりに、ミケが前へ踏み出した。
「お久しぶりです。セルバンテスさん。魔法使いとして築いた実績は、私にも聞こえていましたよ」
「ちょっと、やめてよ。そんなよそよそしいの」
照れくさそうに笑いながら、セルバンテスは三人を見渡した。
「三人ともここに集まってるってことは……そういうことで、いいんだよね?」
ミチャロフ三世殺害のために結成された秘密部隊の一つが、このドランクたち四人組だ。少数精鋭が求められるため、部隊はドラカルト国内でも名の通った強者に限られる。その基準の中、運悪くも彼らは選ばれてしまった。
すでに部屋の中に担当官の姿はない。
何を話し合うべきか。というより、誰がこの話を切り出すのか。
微妙な空気が漂った。
最初に口を開いたのはアレンだった。
「まあ、三人とも——なぜ知人だけで部隊が組まれているのかが気になっていると思う」
アレンとドランク、そしてミケはエルバートン村の出身だ。年齢こそ違ったが、村では数少ない子供同士、毎日遊び回った。夏になるとザイン家の別邸に移り住んだセルバンテスと共に、よく山を駆け回ったものだ。
ドランクやミケ、セルバンテスが名を上げた頃には、すでに四人は離れ離れだった。軍部がひと夏の縁を知り得るはずがない。それなのになぜか、四人は同じ部隊になっている。
「その疑問の答えは、ドランクとミケのさっきの質問と一緒に答えさせてもらう。俺はお前たちと離れ離れになった後、軍部にいた。勘違いしないでくれよ——今回三人を召集したのは俺じゃない。上の決定だ。俺は部隊編成に介入して、この四人を集めただけだ」
「そういうことか……どうりで」
ドランクは合点がいったように頷いた。
「だからアレンの話を聞かなかったのか」
幼い頃から、アレンは誰よりも聡明で、誰よりも責任感が強く、誰よりも多くの犠牲を引き受けてきた。ドランクやミケ、セルバンテスが名を馳せたなら、アレンが無名のはずがない——とは思っていたが、まさか軍部にいるとは。
「まあということだ。こんな旅だ。少しでも楽しめるように……余計なお節介だったか?」
「いや、まったくだ」
「そりゃよかった。行くか。帰り道のない任務だ」




