第24話 あの夏の冒険⑪
「行きましょう」
作戦の共有を終わらせた三人がミケの掛け声で動き出す。
軍人は鍛え上げられた戦闘の専門家だが、エルバートン近隣の森に関してはドランクたちの庭だ。
ドランクは一人で野営されたテントの背後へと周り、妹がいないか確認する。
そしてセルバンテスとミケの二人は、ドランクが妹を見つけた後、合図と共に作戦を実行する予定だ。
それまでは、ドランクは一人で動くことになる。
心細くはある。
しかし妹を助けるためならばいくらでも命を賭けられる。
兵士たちの笑い声が響く野営地と周囲の茂みに紛れながら進み、テントの裏手に回った。
(ここじゃ……ない)
テントの隙間から中を確認する。
簡易的な寝床と兵士の持ち物が転がっているだけ。
焦る気持ちを抑え、音を立てないよう慎重に移動していく。
焚き火の周りに集まる兵士は15名ほど。
テントの中にも数人が休んでいる。
この野営地にはおそらく20名ほどがいるだろう。
テントはそれだけの数を収容できるよう、七つある。
その一つ一つを慎重に回る。
(いない……)
だがどこにもいない。
どこかにいるはずだ。
足跡は確かにこの野営地に続いていた。
(やるしか……ない)
テントは野営地の周囲に建てられた七つと――もう一つあった。
このテントは野営地の中にあり、ドランクが中を確認するリスクが高い。
焚き火の傍にあるため、ドランクが見つからずに近づくのは困難だ。
中心のテントを調べなくてはいけなくなった時の作戦はすでに考えてある。
あとはドランクが合図を出して作戦を決行するだけだ。
ドランクが傍にある木の枝を拾い上げると空に向かって投げ上げる。
焚き火以外に光源一つない暗闇の中で宙を舞った枝のことなど、兵士は誰一人として気が付かない。
だがミケとセルバンテスならば暗闇の中であろうとも昼間と変わらないように、何が起きたかを視認することができる。
セルバンテスは宙に投げられた木の棒を見た瞬間に魔術を発動させた。
普通ならば手順を踏んだ上で、才能がなければ使うことのできない魔術をセルバンテスは本を見ただけで覚えた。その一つを使い、焚き火の上に巨大な水球を出現させる。
重力に任せて落下した水球は焚き火に覆いかぶさって火をかき消す。
焚き火の周囲に設置されていた小さな松明だけが光源となり、兵士は暗闇と異常事態に戸惑う。
「火を付けろ!」
「何が起きた!」
叫びながら松明の炎を丸太につけて明かりと取り戻そうとする。
だがそれと同時に、小さな水球が松明の上に出現した。
松明の光すらも水球によって消され、野営地はほぼ暗闇に包まれる。
その混乱の中、ドランクは中心部のテントに辿り着いていた。
暗闇の中を逃げ惑う兵士の姿を確認しながら、テントをゆっくりと開けてその中に入る。
中に妹の姿があった。
ドランクは妹を視界に捕らえると、剣を握り締めた。
◆
「……今ところはうまくいってますね」
「そうだね」
野営地の傍で木の後ろに隠れながらミケとセルバンテスが様子を確認していた。
村は依然として暗闇に包まれている。
その上、ミケが誘導した熊のような大型の野生生物が暴れていた。
二人にできることはこれがすべて。
あとはドランクが無事に妹を見つけて帰って来るのを待つだけだ。
「出てこないですね」
「うん……」
二人はドランクがテントの中に入る光景を見ている。
すでにテントに入ってから一分ほどが経過しようとしていた。
妹を見つけたのならばすぐに出てくるはず。
妹がいなければすぐに出てくるはず。
あと五分もすれば野営地に再び灯りが灯され、野生生物も殺される。
残された時間は少ない――というのに、ドランクがテントの中から出てこない。
あと一分程度で出てこないようであればミケかセルバンテスのどちらかがテントの中を確認しなければならない。
それか、置いて逃げるか。
「私が行きます」
セルバンテスは後方から魔術で支援する術を持つ。
一方でミケが後方に待機していても何も起きない。
テントに向かうのは自分だと、ミケがそう言ったところで、テントの裏手側から布を突き破って出てくるドランクの姿が見えた。
「……見えましたか?」
「いや……」
ドランクの姿は一瞬しか見えず、二人の位置からは見えない場所に移動してしまった。
ただドランクが出て来たことさえ確認できればいい。
二人は野営地の方を警戒しながら下がってドランクが到着するのを待った。
野営地の騒ぎが収まりを見せ始め、野営地に少しずつ明かりが灯り出した時、ドランクが茂みを掻き分けながら二人の元に現れる。
その両手には妹の姿があった。
妹は寝ているのか気絶しているのか、少なくとも死んではいなかったが意識は無いように見えた。
布がかけられていて、布の一部に血がしみ込んでいる。
ずれた布の隙間からは素肌が見えた。
ドランクの腰にぶら下げた剣からは血が滴っている。
顔も返り血で汚れていた。
裸の妹と剣から滴る血……テントの中で何をしてきたかを推し量るのはそう難しくなかった。
「すまない、止血をしていた」
ドランクは二人の言葉を待たずにそう言いながら横を通り過ぎる。
「早く行こう。ここは危険だ」
「はい……」
「うん」
ドランクの横に並んで二人も進み始める。
その際、ドランクは妹の顔を見ながら呟いた。
「すまない。殺してしまったせいで、すぐ気が付かれるかもしれない」
穏便に妹を救出できるのならばよかった。
いや、穏便に救出できたのかもしれない。
しかしドランクは激情に身を任せて剣を振るってしまった。
血液の匂いというのは案外強い。
兵士が落ち着きを取り戻すよりも前に気が付かれる可能性は高かった。
だが、それは仕方ない、とセルバンテスが口を開く。
「ドランクは正しいことをしたよ。だから気が付かれ――」
「もうバレてるっての、クソガキ」
三人の後ろで声がした。
飄々としていて、けれど重たさのある声色だった。
三人は振り向いて敵の姿を確認することも、剣を取って戦う準備をすることすらできず、固まることしかできない。
「お前ら、面倒なことしてくれやがったな。せっかくの休憩中だってのに……あ? お前……」
後ろから聞こえる声がさらに重くなる。
「その剣の血……それに持ってんの捕虜のガキじゃねぇか……そいつは部下が使って……」
ドランクが何をしたのかに気が付いたのだろう。
圧迫感が強まった。
「ったく、面倒な……。あいつが死ぬとはな。最期ぐらい、もっといい女抱かせてやりたかったぜ。《《たかが玩具》》ごときのせ――」
男が言葉を言い終わるよりも前に、鋼同士がぶつかる音が響いた。
「っは! 玩具っつわれて怒ったのか? ガールフレンドだったのかぁ?」
甲高い音がなった方向を見ると軍服の男とドランクが鍔迫り合いのまま固まっていた。
「――……っが」
「おぉおぉ! 威勢いいねぇ」
両者の力の差は歴然だ。
ドランクは男が少し力を入れただけで抑え込まれている。
鋼同士がぶつかった後で数人の兵士がこちらへと近づこうとしていた。ドランクはあと数秒で、自らの剣で頭を割られる。近寄ってきた兵士に気が付かれ包囲される。
その状況下で、親友が追い詰められているというのに動けないほど、ミケとセルバンテスは臆病ではなかった。
セルバンテスが水球を男の頭部あたりに浮かべて窒息死を狙い、ミケが解体用ナイフを抱えて突進する。
だが、男が剣を一振りしただけで水球は弾け、ドランクとミケは吹き飛ばされた。
それでも傷は浅い。
ドランクとミケはすぐに立ち上がり、セルバンテスも次の魔術の準備を始めた。だが、それと同時に音を聞きつけてやってきた兵士たちが三人の姿を見つける。
「アゼバン隊長! こいつらは!」
「殺していい。直属部隊の俺様に楯突いたクソガキ共だ」
アゼバンが指示を出すと兵士たちが一斉に剣を構えて三人を包囲する。
直属部隊のアゼバン一人だけでもまだ幼い彼らには大きすぎる相手だというのに、練度の高い兵士が周りを囲んでいる。
この状況だ。
逃げることはできない。
戦うしかない。
しかし勝てるか。
この圧倒的に絶望的な状況をひっくり返し、無事に生きて帰ることができるだろうか。
いや。
この絶望的な状況の中で三人の意思が一致した。
彼らは互いに目を合わせたわけでも、意見をすり合わせたわけでもない。
秘密基地を作り、木剣を掲げながら山を歩き、笑い合い、喧嘩し合い、金を貯めて旅に出た——この夏の記憶を共有しているという一点のみで、同じ理想を夢見た。
(俺たちは……)
ドランクは胸に抱いた『勇者一行の軌跡』を拳で軽く叩いた。
どんな困難があろうとも俺たちならば乗り越えることができる。たとえ、危険な野生生物に襲われても、氾濫した川に流されたとしても……俺たちならば……
(アレン……)
無謀とも思えた旅を成功させてくれたのはアレンだ。
金の集め方を考え、商人と交渉して、日程を調整した。そしてアレンだけでなく、ミケもセルバンテスも手伝ってくれた。
旅のために一つずつ着実に準備した期間も、商業都市パムルへ向かう道中のことも、そして目的地に辿り着いた後の思い出も、すべて鮮烈な温度を保ったまま残っている。
その旅は、苦労は、喜びは、まるで物語のようだ。
それこそあの絵本に出てくる勇者たちのような物語だった。
勇者一行はどのような苦難を前にしても怯まず、挫けず、傷つきながらも歩んだ。
敵に囲まれても、力を失っても、どれだけ絶望的な状況であったとしても勇者たちは歩みを止めない。
どれだけ強大な敵な敵が目の前にいようとも……兵士に囲まれていたとしても……。
「やるしかないんだ」
ドランクが再び立ち上がってアゼバンに向かって切りかかる。
呼応するようにミケとセルバンテスも動き出した。
その瞬間、アゼバンと周囲の兵士が吹き飛ばされる。
「アレン……!」
「待ってましたよ」
「おせぇよ……!」
三人の前には返り血で僅かに汚れたアレンが立っていた。
アレンは転がる兵士たちに視線を向ける。
兵士たちは吹き飛ばされただけで深手を与えられたわけではない。すぐにまた立ち上がり、四人に剣先を向けるだろう。彼らの準備が整うまでのほんの数秒で、アレンは言葉足らずながらも四人に伝えた。
「今は別れて逃げるしかない。またどっか会おうぜ」
四人で固まって逃げたところで包囲されるだけだ。
アレンたちが対峙している兵士以外にも、この付近には多くの兵士が待機している。
ならば、別れて逃げて一人でも生き残る可能性を上げた方がいい。
当然、この四人で逃げた方が心強いがそう上手くもいかないのが現実だ。
「分かった」
ドランクは妹を両手で抱えると、アレンの提案に対して承諾した。
「僕も……また会おうね」
「ええ、ではまたどこかで……あの旅の続きまた」
ミケとセルバンテスもそれぞれ答えて逃げる準備を整えた。
暗闇の、虫の声が煩いほど響く森の中でアレンは三人の返答を聞く。
最後の別れを告げる時間すらもう残っていない。
少しでも逃げられる確率を上げるために、すぐ魔術を発動させて散らばなければならない。
アレンは三人と目を合わせ微笑むと、剣を地面に突き立てた。
(八年後にまた会おう)
アレンが魔術を発動させた瞬間、大地が割れた。
沈み、割れ、隆起した大地の破片に乗って四人は散らばる。
また相まみえることを願いながら。
あの夏の続きを夢見て。
◆
「あー……そんなこともあったな……そういや」
エルバートンの村で別れた四人は八年後、ドラカルトの首都『ジーベック』で再び相まみえた。
招集理由もあって再開を素直に喜ぶことができなかったが、感傷を覚えなかったわけではない。あの夏の日に散らばったまま、止まったままの日々が返ってきたような感覚だった。
行く先は暗闇に包まれていたものの、『ジーベック』を旅立ってからの日々は鮮明に刻まれている。共に草原を歩き、山を越え、焚火を囲み、同じ食事を分かち合った。
あの夏の頃と同じ日々だった。
「懐かしいな……」
約一年にも及ぶ旅の果て。
四人は市民や警備兵、直属部隊の臓物や血の中で、大の字になって倒れこんでいた。
街は燃え盛り、夜だというのに明るい。
人々の悲鳴はもう聞こえない。
銃声も鋼同士がぶつかる音も、何もない。
ここには死体とアレン達がいるだけだ。
生焼け肉の臭いや血の臭いが充満しているし、臓物の破片が足や腕に付着しているけれど、四人は誰一人として気にしない。それどころか、昔話に花を咲かせて笑いあう。
「さすがに……あの夏……とは違うな」
「当たり前ですよ、ドランクさん」
バルト皇国の夏は涼しい。
遥か昔にアレン達と過ごした灼熱の夏とは違う。
「ああ……楽しかったな……」
「うん、僕も」
パチパチと燃える音を聞きながら空を見上げて四人は思い出す。
友と共に駆け回った『ひと夏』の記憶。木の棒を手に山を歩き、川を渡り、溺れかけ、死にかけ、それでも今も鮮烈な明度を保ち続ける、美しい日々。汗をかいても小川に入って洗い流した。母に読み聞かせてもらった本の内容に憧れて、アレン達と小銭を握り締めて遠出をした。
エルバートンの村とは違う煌びやかな街並み。美味しそうな食べ物を販売する露店。色々なモノが立ち並ぶ商店街。すれ違うのは多種多様な人々。日が暮れるまで遊んでも遊びきれなかった。
「たしか……怒られるかもって……話したよな」
「ええ、びくびく怖がってましたね、ドランクさん」
「あはは……そんなこともあったね」
一日余計に滞在したせいで怒られるかと思った。いや、そもそも無断で旅に出たのだから怒られて当然だ。
しかし後悔はない。
転んで怪我をしたり、美味しい物を食べたり、笑ったり、泣いたり……母に読み聞かせてもらった絵本の冒険譚を自分の足で追いかけたあの夏。
「うれしかった……うれしかったなぁ」
数年前に離れ離れになって、『あの夏』はもう二度と帰ってこないと思っていた。しかし後先の無い絶望的なこの旅でアレン達と再会した。
チェイテ山脈を越えて仲間と再会し、様々なことを話し合い、近況を報告し合った。時には人を殺したり、仲間と酒を分かち合ったり。
もう過ぎ去ってしまったと思っていた過去が、まさかもう一度体験できるなんて思いもしなかった。昔とは違う、贖罪に満ちたこの旅だけれど、アレンたちと歩んだこの道のりは『あの夏』と同じだ。
思い出して、憧れて。
母に聞かされた冒険譚のその続き。
『勇者一行の軌跡』――その続き。
「アレン……」
ドランクは隣で疲れた笑みを浮かべるアレンを見た。
そして——『あの夏』に追いかけた絵本の冒険譚の、その続きをしようと声をかけた。
「また……勇者ごっこしようぜ」




