第23話 あの夏の冒険⑩
「いねぇ……」
ドランクとミケは村中を探し回ったがリコの姿を見つけることができなかった。それどころか兵士の姿すらも見つけられない。
村にいないのならば兵士は退いたか進んだかの二択になる。
侵略した側がエルバートン程度を奪ったぐらいで止まるはずがない。ドラカルト側が対策を講じる前に奪えるだけ奪うはず。
つまり、兵士は進んだはずだ。
「待て――じゃあ」
エルバートンの近郊に村や都市は少ない。
彼らが向かうとすれば商業都市パムルが可能性としては高い。
その場合、彼らと商人が鉢合わせになる。
丸腰の商人が――いや武器を持っていたとしても――数十、数百という兵士に敵うはずがない。逃げ延びる可能性すら低いだろう。
ドランクたちのために待ってくれている商人が、自分達のせいで死ぬ。
その事実を理解したドランクが振り向く。
「ミケ! 急ごう!」
走り出そうとしたドランクの手をミケが引き留めた。
「落ち着いてください。おそらくもう間に合いません」
兵士がいなくなったのはついさっきのことではない。ドランクたちがエルバートンに来た時にはほとんど消えていた。その時には本隊がすでに移動していたと考えるのが妥当。
ドランクたちは秘密基地に寄り道していたおかげで見つからなかったが、商人はまず捕捉されるだろう。
今から助けに行ったとしても手遅れだ。
「それにあなたが優先すべきは、リコさんのことでしょう?」
その上で、動転するドランクに再び目的を指し示す。
だが、とドランクは切り返した。
「だがリコも一緒に移動してるはずだ! だから――」
――行こう、というドランクの言葉をミケが遮る。
「落ち着いて考えてください。兵士が侵攻する時に捕虜を持ち運びますか? 捕らえた兵士や物資は補給兵や衛生兵と共に後方に運ばれるはずです」
「じゃあ見捨てて逆方向に行けってのかよ!」
「じゃああなたは妹を見捨てるんですか」
商人の元に向かえば妹を見捨てることになる。
妹の元へと向かえば商人を見捨てることになる。
「生きているかもわからない、血のつながっていない人の命と、生きているかもしれない、血のつながった妹……どちらを優先すべきか、冷静な頭じゃなくても理解できるでしょ」
ミケの意見はどこまでも冷静で、どこまでも合理的だった。
両親の死。
楽にさせるとはいえ見知った村民を殺したこと。
村中に転がる死体。
そして恩のある商人が死んでいるかもしれないという焦燥感。
妹の生死も居場所も分からないという不安。
ドランクは焦りや不安でまともな思考ができていない状況だった。
しかしそれでも、ミケの意見が正しいことぐらい理解できる。
「……すまん……おれが間違ってた」
商人を見殺しにする事実を、口から血が出るほど強く噛みしめながら受け止めて次に進む。
「後ろにいるんだな」
「その可能性が一番高いです」
「分かった」
深呼吸と共に頷く。
「行こう……」
残された時間はおそらく少ない。
立ち止まっている暇はない。
すぐに進もうと二人が足を踏み出した瞬間、後ろから声が聞こえた。
「二人とも」
ドランクとミケが揃って肩を震わせて、剣と解体用ナイフを握って振り向く。
だが後ろにいる人物を見てすぐ警戒を解いた。
「セス……驚かせんなよ」
「あやうく刺すところでしたよ」
「あはは、ごめん」
セルバンテスが八重歯を見せて申し訳なさそうに笑う。
ドランクは残された妹を救出するまでの残り時間が少ないことを悟りつつ、しかしわざわざ尋ねた。
「それで……」
救いに行ったセルバンテスの傍には誰もいない。
それが指し示すことは一つだけだ。
「あはは……でも、看取ることはできたから」
セルバンテスは笑いながら、ドランクたちを見る。
彼らの傍に妹の姿はない。
つまり、まだ助けられていないということ。
「どこに行こうとしてたの」
「私たちの予想ではリコさんは捕虜となり後方に連れて行かれているはずです」
「そうなんだ、じゃあ僕も行くよ」
兵士が確実にいることもあり後方は危険だ。
しかしこの場に残っていても意味がない。
親友が危険を犯すというのならば、セルバンテスは命をかける。
「分かりました」
ミケはそう言って歩き出し、ドランクとセルバンテスもそれに続いた。
並んで歩く途中、ドランクがセルバンテスに問いかける。
「よかったのか?」
「当然だよ。逆にここで同行しないでどうするのさ」
「……ありがとう」
セルバンテスの優しさを噛み締めながら、ドランクたちは先を急いだ。
◆
「なぜだ……」
村の外れにあるボロ小屋の近くに、黒装束の男が倒れていた。
腹を切られ先はもう長くない。
息も絶え絶えになりながら、男は自分を見下ろすアレンを見る。
「私が……負ける未来など……ないはずだ」
「お前とは見えてる世界線の数が違うんだよ」
アレンは剣を仕舞うと死ぬだけの男を置いて立ち去ろうとする。
「待て……」
「なんだよ」
「なぜ……お前のような男がそこまでする……」
たとえ戦争が起きることが分かっていたとしても、それを止めるために故郷も親友も犠牲にすることはできない。どれだけの正義感があったとしても、今のすべてを犠牲にするのは、常人の精神では不可能だ。
「見たことも……会ったこともない奴らのために……なぜ犠牲にできる……」
アレンが救おうとしているのは見ず知らずの他人だ。
『世界視』で他人が死ぬ光景を幾らでも見れるとはいえ、結局は他人。
身の回りのすべてを犠牲にするほどではない。
「俺もわかんねぇよ、でもやんなくちゃいけねぇんだよ」
アレンにあるのはただの使命感のみ。
漠然とした動機だった。
「待て……お前は」
男が何かに気が付く。
しかし時すでに遅く、アレンは歩き去ってしまった。
◆
「……いる……」
後退した兵士を追いかけたドランクたちは、進んだ先で妹の残留物を見つけていた。
地面に落ちていたのはリコがつけていた髪飾りだ。
付近の足跡は北へと向かっている。
「あっちか」
妹がいる方向を見ながらドランクが呟いた。
どこにいるのかもわからない妹の行方を、これからは確実に辿れる安心がある。
妹がどうなっているのか分からない状況で安心などできないが、一歩進むことができた。
ただ、と気になることをミケが口にする。
「北側ですか」
足跡は北側へと向かっている。
帝国兵が後退したならば真後ろの帝国領土内に向かうはず。足跡は北側――バルト皇国を目指していた。
偶々《たまたま》、野営地が北側の方面にあるのかもしれないが、その場所に設置した理由が今のところ分からない。
「行くしかないだろ」
不明点が多くとも、命の危険があろうとも、進むしかない。
ドランクは改めて決意を固め足を踏み出した。
森の中は異常なほど静かで、虫の鳴き声だけが響いていた。
燃え盛る村の中で感じていた熱気は消え去って、夏だと言うのに夜の森は涼しさすらある。
夕焼けだった空は落ちて、明かり一つない森の中は暗闇に包まれる。
それでも山の中で育って来たドランクたちは迷わずに進むことができた。
そして、完全に暗くなったおかげで森の中に灯る微かな光源が視界に入る。
「……あれ、だよな」
光源は焚き火だった。
周囲には軍服を着た男達が座っている。
妹の姿は見えないが、テントが幾つかあるのでその中だろう。
(あの軍服は……)
目を凝らして彼らを観察する。
着ている軍服は帝国兵のものと違う気がした。
(皇国兵か?)
確証はない。
しかしどこかで見たことがあった。
だが、今はその疑問よりも優先するべきことがある。
「いざとなれば、やりますよ」
ミケが解体用ナイフを握る力を強めた。
妹を救出する中で、ほぼ確実に凶器を振るう機会が出る。
相手は軍人だ。
一瞬でも躊躇すれば殺される。
ここまで来たら人を殺めるしかない。
「大丈夫だ、ミケ」
「僕も」
ドランクはすでに覚悟を決めている。
今更迷わない。
セルバンテスも同じだった。
「ただ、作戦をどうするかだ」
ドランクが複数の軍人を見ながら考える。
あの数だ。
真正面から挑めばまず勝てない。
「提案があります。時間もないので簡潔に」
ミケはそう言って作戦を説明し始めた。




