第22話 あの夏の冒険⑨
「まずは家に向かいましょう」
「ああ」
ドランクとミケの二人が小声で会話しながら、妹を探し求めて村の中を歩いていた。
山から見下ろした時には兵隊らしき影が複数あったが、今は無い。
人の気配はなく、ただ地面に死体が転がっているだけである。
小さい村であるため、当然全員の顔と名前を把握しているし、話したこともある。
二日前までは生きていた人が死体となって、肉塊となって転がっている。
建物は燃え盛っていて、よく村の人たちで集まっていた集会場は黒焦げになって崩れていた。
もうあの頃の原型はない。
それでも微かな希望にすがるしかない。
(燃えてない……)
ドランクの家は燃えていなかった。
だからといって何もないわけではない。玄関は破壊されているし、中を覗き込むと家具が散らかっていた。
ドランクとミケは無言で視線を交わす。
これから目にするかもしれない光景を覚悟するように。
あり得てはいけない景色を受け入れるために。
「行きましょう」
「ああ……」
軋む廊下を歩いてリビングに出た。
テーブルはひっくり返り、椅子は壊れていた。
時間が経って粘り気を帯びた血液が川を作り台所から伸びている。
血の川を辿ってみれば、ドランクの両親が倒れているのが見えた。
父が、母に覆いかぶさるようにして死んでいた。
背中には二人まとめて剣で突き刺されたような跡が残っている。
「……」
燃えていない家を見た時から覚悟していた。
玄関をくぐった時に鼻を刺激した、血なまぐさい香りでさらに意識した。
焼け焦げた匂いが充満する村の中にあって、強烈に現実を訴えかけてきていた。
リビングに近づくほどに重く、ねっとりと、より強烈に鼻をつんざいた。
だから理解していた。
受け止める準備もできている。
だが……
「……くそ」
今すぐ両親に近づいて意味もなく生死を確かめたい。
揺すって、声をかけて、泣き崩れたい。
けれど、今はそんなことをしている時間はなかった。
この現実はすぐ飲み込まなくてはならない。
「ミケ……行こう」
「アレン……」
妹がここにいないのならば、まだ生きている可能性がある。
前を向き、踏み出して、一つでも残った可能性のために尽力しなければならない。
歯を食いしばり、血の涙を流しなるほど目を見開き、それでも耐え忍んで最善を模索する。
ミケがドランクの顔を見た時、そこに図体だけがでかい弱虫はいなかった。
「分かりました、行きましょう」
ミケは静かにドランクの肩を叩いて、共に歩き出した。
◆
家を出てみたはいいが、リコがいる場所が皆目見当がつかない。
もしかしたらもう村から連れ去れているかもしれないし、どこかに隠れているかもしれない。
がむしゃらに探し回ったところでいたずらに時間を浪費するだけだ。しかし、情報が無いこともあって探索場所や方針を絞るのが難しい。頭の中で必死に情報を整理してどうにか糸口を見つけようと模索してみるが、現状はやはり芳しくない。
手がかりを見つけようと倒壊した建物や地面から、妹が残した残留物が無いかを見る。ただ、肉の焼ける匂いが充満する中で、見知った人が臓物を散らしながら死ぬ姿が視界にチラつくせいで、まともに集中できているのか怪しい状態だ。
目を背けたい。
そう思いながらも死体に情報が残っている可能性も考えて、隅々まで凝らして見る。
するとある死体の前でドランクが立ち止まった。
半分に切断された老婆の死体の横に、一人の老人が倒れている。
村中に転がる他のものと同じように血液を流していた。
しかし、微かに息がある。
「大丈夫か、今助け……俺の……」
しゃがみこんで近づいたことで、老人の両目が潰されていることに気が付いた。
「俺の声が聞こえるか……」
目が見えないのならば聴力に訴えかければいい。
だが老人は反応を示さない。
体が動かないわけではなかった。
ドランクの声が聞こえてないのだ。
(耳も……)
老人は聴力すらも奪われていた。
頼れるのは触覚しかない。
「今助かるからな……」
聞こえないと分かりながらドランクの手を握る。
すると老人は力なく、だが確かに握り返した。
「女房……だけ……助け、くれ……」
ドランクとミケは老人の横に落ちている上半身と下半身が分かたれた老婆の姿を見る。
「アレン」
「ああ、わかってる」
目も耳も聞こえない老人には、手を握るアレンが帝国兵に見えたのだろう。その上で彼は自らの目と耳を潰し、村民を殺した憎むべき対象の手を握り返し、妻の安全を願う。
老人は両目と両耳以外にも負傷を負っている。
年齢を考えれば自然治癒で治る可能性は低い。
そもそも、何も見えず、何も聞こえない状態で希望を持って生きれるだろうか。
妻はもう死んでいるというのに。
彼にとってもっとも苦しませない選択。
「アレン、ここは私が」
解体用ナイフを手に持ったミケをドランクが制止する。
「決めたことだろ。俺が全部やる」
ドランクはそう言って剣を振りかぶった。
◆
村の外れにある一家のボロ小屋。
その周囲には兵士の死体が散乱していた。
村民の死体とは違い、惨殺された跡はなく綺麗に首を狩り取られている。
「……」
積み上がった兵士の死体の中心にアレンが立っていた。
手に持った剣からは血が滴り落ちている。
生臭い香りに囲まれながら、アレンは口を開く。
「ダンおじさん、調子はどう」
アレンが視線を向ける先には、ボロ小屋に寄りかかって倒れるダンがいた。
周囲に散乱している死体はアレンとダンの二人が殺したものだ。
妻の墓標を守るために退役軍人のダンが死に物狂いで兵士を殺した後、駆けつけたアレンが残党を始末した形になる。そして当然、アレンはダンを助けるために来たわけではない。
最期に話をしておきたかったのだ。
「まだ生きてるでしょ、寝たふりしないでよ」
「うるせぇよ」
腹の負傷具合からしてダンはもう長くない。
しかし死んでいるわけでは当然なかった。
「何の用だ、クソガキ。親はどうした」
「どうせ死んでるよ」
「……そうかよ」
親を大切に思っていないわけではないのだろう。
しかし、親の安否を確認するよりも優先するべきことがあった。
「なんで俺の方に来た」
「……」
アレンは答えずにダンの方を見て、僅かに引きつった笑みを浮かべるだけだ。
面白くないその反応にダンはため息一つだけ溢して、周囲を見渡す。
「妻の故郷を襲撃させた犯人はお前か」
「間接的には」
「そうかよ。だがよぉ、ここには帝国兵だけじゃなく、《《皇国兵》》までいやがる。裏に何がいやがる」
「ダンさんは見たでしょ」
ダンは目を閉じて僅かばかりに考えると、怠慢な動きで首をひねった。
「黒装束の男か」
「はい。私が誘いを断ったせいです」
アレンが統制機関の望む未来に協力しないことが分かった瞬間、彼らは惜しみなく権力を行使した。
複数の世界線が視えるアレンは、断れば故郷が隣国の侵攻を受けることを知っていた。
彼らの誘いは脅しだった。
しかし数百年後の人民のため、アレンはたった一つの選択肢を選んだ。
彼らの勧誘を断るということは――つまり、数十年後に起きる戦争を止めるということ。
統制機関の誘いを断るために故郷を犠牲にし、戦争を止めるために親友を犠牲にするだろう。
構わない。
後悔はない。
「統制機関……ご存知でしたか?」
「あいつら、そんな名前だったのか……軍人だった頃……どうにもおかしいことがあるせいで、裏になんかいるんじゃねぇかって……同期と話してたんだが、存在は本当だったらしいな」
ダンは僅かに空を見上げ、痰が混じったような声で笑った。
「運てねぇ……」
「好きなだけ恨んでください」
「恨まねぇよ……てめぇを罰する気はねぇ。責めたところで、お前が許されるだけだ。俺らを殺した責任を一生自覚しながら逝きな」
「……ありがとうございます」
「いけすかねぇガキだ」
その言葉を言い終わると同時にダンは口から血を吐き出し、やがて目を閉じる。
アレンはダンの傍まで寄って確実に息を引き取ったことを確認すると振り返って、いつの間にか背後に立っていた人物に話しかける。
「何の用だ」
「先ほど、さもあなたに未来があるような口振りでしたが……」
背後に立っていたのは拳銃を握る、黒装束を着た男だった。




