第21話 あの夏の冒険⑧
「なんであんなことになってんだよ!」
「おい! 早まんな! 死ぬぞ!」
家族を助けるために走りだそうとするドランクを商人が無理やり引き留める。
「見て分かんねぇのか! まだ帝国兵がいるだろ! そもそも! ここにいるのも危ねぇんだ! それに、あの様子じゃ生きてねぇよ!」
「まだ分かんねぇだろうが! 妹がいるんだ! あいつだけでも!」
「馬鹿が! 死にてぇのか!」
商人がドランクの顔を全力で殴った。
エルバートンの村は燃えていて、小さく帝国兵らしき人影がある。地面に転がっている人の形をした肉片や肉塊は明らかに村の人々だった。農作業に使う道具を持って抵抗したのだろう。村の男どもが農具を持って倒れてた。
しかし見える限りで女性の死体はあまりない。
「リコは生きてる! 見れば分かるだろ!」
男と違って女は捕虜にする価値がある。
使い道は色々と想像できるが、妹がその扱いを受けているかもしれない、というだけでドランクは気持ちを抑えることができなかった。
「馬鹿が! てめぇも死ぬことになるんだぞ!」
商人とてそれぐらい理解していた。
だが同時に、助けにはいけないという現実も受け入れていた。
まだ彼らは子供だ。
大人として誤った選択をさせるわけにはいかない。
「いいから! 逃げるぞ! じゃね……」
商人の肩をアレンが叩いた。
「なんだ、アレン……どうした」
「きっと、ここで助けにいかないと後悔する。ここで逃げたら、その後の人生は死んだも同然だ。だから助けにいかせてくれ」
「後悔するから死なせてくれってか? 馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
助けにいかず一生後悔すればいい。
命が助かるならば安いものだ。
だが、彼らに商人の価値観は受け入れられない。
「だったらおじさんだけでも逃げてくれ」
ドランクが呟く。
「いや、アレン……お前たちも逃げてくれ。俺一人でやる」
「馬鹿かお前は!」
殴って気絶させてでもドランクを連れて行く。
商人がそう思って手を挙げた瞬間、セルバンテスが二人の間に立った。
「待ってよ。僕だって助けたい人ぐらいいるよ」
別荘で親代わりに世話をしてくれた人、毎日美味しい料理を作ってくれた料理長、気にかけてくれたメイドの人達。
ドランクにリコという助けたい人がいるように、セルバンテスにも助けたい人がいた。
「そうですよ、ドランクさん。私たちは一蓮托生……四人ならばどんな困難も乗り越えられます」
ミケもドランクと商人の間に割って入った。
そしてアレンは言葉を失って動揺する商人と視線を合わせる。
「すいません。気にかけてくれてありがとうございます。でも……」
「言わなくていい」
商人はアレンの言葉に上から被せるとため息交じり呟いた。
「分かった。俺はここでお前らが帰って来るのを待ってる。せっかく助けても怪我してたら馬車がなきゃ運びにくいだろ」
ただし一時間以内だ、と商人は条件を付け加え四人を送り出す。
「行ってこい。呼び止めて時間使っちまって悪かったな」
商人が了承を出すと、四人は礼を述べながら急いで山を駆け下りていく。
その後ろ姿を見ながら、商人は煙草をふかした。
「あいつらの親に怒られちまうだろうな……」
自らの選択が正しかったかを自問自答しながら。
◆
「こんなもんでいいか」
村に行く前に、アレン達は秘密基地に立ち寄っていた。馬車から村へ向かう途中の道に秘密基地があることもあって時間のロスはない。しかしそれでも僅かに時間を使うことは事実。
少しでも遅れれば誰かが死ぬかもしれない状況において、本来ならば真っすぐ村を目指したいところではあった。しかし四人は案外冷静で、村に行く前に用意しなければならないものを正確に把握していた。
「全員持ったな」
秘密基地にはナイフや剣などの武器が保管されていた。もともとは商人から買ったもので『かっこいいから』という理由で集めた物がほとんどだ。しかしなまくらではない。
大型の野生動物を剣で切り倒してきたし、ナイフだって解体に使えた。
相手が人間ならばナイフでも十分。
「お前ら、いざとなったら……やれよ」
剣やナイフの用意をするということは、帝国兵と争った際に殺しあうということ。
野生生物の命を奪うことにさえ罪悪感を覚えるのだ。
覚悟も訓練もしていない状態で、人殺しをする可能性がある。
いや、必ずするのだ。
首をかっきり、腹を切り裂き、頭部を落とし、胴を貫く。
殺さなければ、死ぬのは自分だ。
「大丈夫ですよ、ドランクさん。逆にあなたが心配ですよ」
ナイフを持ったミケがドランクを笑う。
この四人の中で殺人を最も躊躇するのはドランクだ。
アレンやミケは当然のこととして、気弱そうに見えるセルバンテスもやるときにはやる男だ。
逆にドランクは図体だけが大きいだけで普段は野生生物を殺すことすら躊躇っている。
「うるせーなミケ、なめんなよ」
ドランクは気丈にふるまう。
妹のためならば、自分は何でもできると心の中で言い聞かせながら。
ドランクの余裕がないことをアレン達は理解しているが、もうこれ以上は何も言わなかった。
「ドランク……行くぞ。妹を助けるんだろ」
アレンはそれだけ言うとドランクの返答を待たずに外に出た。セルバンテスもミケも一言声をかけてから秘密基地の外に出る。
「生きて帰ろうね」
「さっさと行きますよ」
一人秘密基地の中に取り残されたドランクは、手に持った剣を見ながら深呼吸をした。
時間がないことは分かっている。
だからもう思い悩まない。
「……」
秘密基地を出ようとしたとき、壁に立てかけて置いてある『勇者一行の軌跡』が目に入った。
この本のおかげで旅に行くことができた。
この本のおかげで秘密基地を作ろうと思えた。
森を探索して未体験に感動することができた。
また、力を貸してくれるだろうか。
「お願いします」
何かを望むわけではない。
漠然と救われることを願い、本を手に取った。
「俺は……どうなってもいいので、みんなを……」
胸の中に抱きかかえお守りのようにして、服に挟んだ。
(お願いします……)
胸の中で願いながらドランクが秘密基地を出た。
◆
秘密基地を出た四人は山を下りエルバートンを目指した。
四人の足ならばさほどの距離ではなく、毎日のように山を駆けまわっていたこともあり、最短のルートも理解できている。あとはエルバートンへとたどり着き、村の人々を救い出すだけだ。
「どうしますか」
山を早足で駆け下りる途中でミケが三人に尋ねた。
ドランクたちにはそれぞれ助けたい人、行きたい場所がある。四人でまとまって一つずつ回って行動していたら誰かが手遅れるなる可能性があった。当然、四人いれば心強いし、対処できる問題の幅も広がる。
しかし、相手は帝国兵。
四人でまとまっていたとしても真正面からぶつかればまず勝てない。
ならば。
「行きたいところに行けばいい。一時間後、馬車のところで合流すればいい」
アレンが少しだけ考えてからその結論を下した。
ドランクやセルバンテスは一人で行動することに対して、心細い気持ちを当然ながら抱いていた。だが同時に、我儘で無駄に時間を使えば助けられるはずの人を助けられないかもしれないのだ。
一人で行動するしか、皆が納得できる選択肢がない。
「分かったよ」
一人で屋敷に戻る、とセルバンテスが告げた。
「俺も行かなくちゃいけないところがある」
セルバンテスに賛同するようにアレンが続いた。
ドランクは不安や恐怖が入り混じったような表情を浮かべながら口元と歪ませている。
すでにアレンとセルバンテスが一人で行動すると言っている状況で否定するようなことを言えば、また最適な解答を出すために時間を使うことになる。そしてこの状況において最適などないのだから、各々が目的をやり遂げられる可能性の高い方法を取るべき。
そこまで分かっておきながら、ドランクは頷くことができない。
そして意見を伺うようにしてミケの方を見た。
ミケはドランクの視線から意図を読み取って苦笑した。
「私も一人で行くのに賛成ですよ」
ミケがアレンの案を肯定したことで、やっとドランクも決心がついた。
「分かった。必ずリコを助けて戻る」
そこでミケが「ただ」と付け加えた。
「私には助けたい人もいないので、ドランクさんについて行きますよ」
「なんでだ、お前にも親が……」
「私の親がどうしようもない奴だってこと、あなた達なら分かってるでしょう? 今更助けに行きたいとは思いませんよ」
「……そうか」
飛び交う皿と叫び声と拳と……ミケの育って来た境遇を知っているドランクたちはそれ以上尋ねなかった。
そして村が近づいて来て、四人が一度立ち止まる。
「一時間後、馬車のところで落ち合おう。もし俺が帰ってこなくても、ドランクやミケやセスが帰ってこなくても、一時間後に必ず逃げろよ」
アレンが三人に語り掛けるとそれぞれ反応が返ってきた。
「ええ、当たり前です」
「うん」
「生きて帰るぞ」
意見を確認し合い村へと向かって走り出す――前に、ドランクが呼び止めた。
「待てよ」
振り向いてみると『勇者一行の軌跡』を持ったドランクがいた。
「俺たちなら何でもできる。勇者みたいに、なんだってできる。だから必ずまた会おう」
ドランクは緊張や不安を隠すように唇を噛んで涙を抑えていた。
ミケはその姿をみて「情けない」と笑い。
セルバンテスは「ちょっと恥ずかしいね」と照れていた。
アレンはただ微笑んで「ああ、そうだな」と返しながら拳を突き出した。
「助けることじゃない、生き残ることを第一優先にしよう」
拳を突き出しながらそう告げると、ドランクたちも拳を重ねた。
「ああ、生きて帰ろうぜ」
「当然です」
「うん、当たり前だよ」
最後に一度、各々が顔を見合わせると、別れて村の方に向かって走り出した。




