第20話 あの夏の冒険⑦
「あー楽しかったー!」
次の日の昼、商業都市パムルを遊びつくしたセルバンテスが背伸びをしながら叫んだ。昨日の夜は見たことのない屋台がずらりと並んだ大通りで遊んだし、演劇も見れた。
一泊することは予想外だったが、嬉しい幸運でもあった。
夜遅くまで遊びつくしてしまったせいで、朝起きるのが遅れて行きたい場所に間に合わなくなることもあったが、それも楽しい記憶として残っている。
もう名残惜しいとは感じない。
ただただ楽しかった記憶がそこにあるだけだ。
四人が楽し気に会話しながら待ち合わせ場所に着くと、今度はちゃんと馬と馬車を用意して商人が待っていた。
「よし、時間通りに来たな。とっとと行こうぜ、今日中に帰るんだろ」
商人は「ほら、乗れ乗れ。遅れるぞ」と四人を催促して荷台に乗らせる。
その際アレンたちは、事前に予定していたとはいえ、四人のためににわざわざ帰りの馬車まで用意してくれたことに関して感謝を述べた。すると商人はがっはっはと豪快に笑ってドランク達の頭を軽く叩く。
「いいんだよ、その分の代金は貰ってるしな。それにエルバートンに届ける予定の荷物もある」
商人は軽口を叩きながら馬車の先頭に座って馬の手綱を握りると荷台の方に振り向いた。
「よし、忘れモンはねぇな。帰るぞ」
四人の様子を確認して笑うと商人は手綱を動かして馬車を走らせた。
行きは途中で一泊したが、それは荷台に乗せた荷物とアレン達四人の体重を考慮して、馬の疲労を鑑みた結果だ。それに夜間は危ないのでそもそも一泊する予定だった。
帰りはどれだけ遅れても夕暮れ頃には帰れる予定だ。
馬車の中でガタゴトと鳴る音と振動に身を任せながら、ドランク達は思い出を話し合っていた。
あの教会は……
あの演劇は……
あの店は……あの料理は……
たった一日と半分の体験だというのに、無限に話せてしまいそうだ。
帰りは行きとはまた違う楽しさがあった。
興奮……そして充足感……それから恐怖。
「だ、大丈夫かな」
セルバンテスがふと呟く。
ドランクがその呟きの意図について尋ねる前に、アレンが笑った。
「大丈夫じゃないだろ。ゲンコツは覚悟しておけよ?」
『ゲンコツ』という言葉でドランクが察して顔を青くする。
「う、あ……あぁ」
うめき声を漏らして頭を抱えた。
エルバートンに帰った後、当然彼らは家族に会う。
置手紙を残してきたとはいえ、勝手に旅をした彼らが怒られないわけがない。
両親からの重い制裁があるはずだ。
それは労働であり、ゲンコツであり、説教だ。
行きの頃はまったく気にしていなかった現実が、今は目の前に鎮座している。
「お、俺ら四人で怒られようぜ」
一人で怒られれば心細いのかもしれないが、旅を共にしたこの四人で怒られれば母からのゲンコツも説教も怖くない。
怯えるドランクが出した解決策をミケが笑って否定した。
「いやですよ、あなたと一緒に怒られるのは。一人で怒られてください」
「んなあんまりだ!」
叫ぶドランクに商人からの「あんま馬車揺らすんじゃねぇ」という声が届く。
それでもドランクは止まらず――少しだけ動きと声を抑えながら――アレンやセルバンテスに同意を求めるよう視線を向けていく。けれどもアレンには否定され、セルバンテスには言葉を濁らされ、ドランクは意気消沈した。
そしてそんなドランクをミケが笑う。
いつもと変わらない光景。
いつまでも続いてほしい景色。
夏も、秋も冬も春も、ずっと続いて欲しい……そしてそこにいたい。
「また次も……」
また次も旅をしよう、セルバンテスはそう言いかけたところで口を閉じた。
三人にとっては毎年のように訪れる夏なのかもしれない。けれど、セルバンテスにとっては違う。セルバンテスは夏が終わればエルバートンの別荘から『ジーベック』にある本家に戻る。
セルバンテスにとってこの夏は最後で、春や秋や冬をアレンたちと経験することはできない。
たった一度限りの夏だった。
「次? ……また集まればいいだろ?」
ドランクは平然とした表情でそう宣った。
「でも僕は……」
「知ってるよ。セスがいなくなっちゃうから、俺たちは旅をしたんだろ。でも、これが最後ってわけじゃねぇよ」
ドランクに続きミケがいつもの嘲笑じみた笑みを浮かべてセルバンテスの肩を叩く。
「私たちはセスのことを待っていますし、大人になったら私たちの方から尋ねたっていいんですよ」
「みけ……」
涙を流しそうになるセルバンテスにアレンが最後に一言投げかけた。
「また会えるよ、絶対に」
「うぅ……あれん……」
泣きそうになるセルバンテスに釣られてドランクも目をはらしていた。
「たとえ離れていても、俺たちは……う」
「なんだドランク、さっきは怖がって、今は泣いて、情緒不安定すぎるぞ」
アレンに指摘されてもドランクは止まらない。
「で、でもよぉ……セス……俺は」
ドランクが突然セルバンテスに抱き着いた。
いつもならばセルバンテスが驚いてドランクを突き飛ばしているところだ。
しかし今日だけは違かった。
「うぅ、僕も……」
ドランクとセルバンテスが泣きながら抱き合っている奇妙な光景を、アレンとミケは傍から眺めていた。
そしてそんな二人も視線を合わせて笑いあった。
◆
「おい、起きろ」
商人の声でドランク達が起きた。
どうやら、旅の疲れでいつの間にか寝ていたようだ。
「もうすぐ着くからよ」
天幕の隙間から見える空は夕暮れになっていた。
商人が彼らを起こさないようゆっくり移動していたため、予定より遅れたためだ。
それでも無事に今日中にたどり着く。
ドランク達の頭には『怒られるのではないか』という恐怖はなかった。
それすらもセルバンテスとの思い出になるだろうから、貴重な体験なのだ。
だからもう怖くはない。
四人とも荷台から出て商人のいる先頭に寄った。
この山を越えれば下にエルバートン村が見えるはずだ。
今日は、いつもよりも空が赤い気がした。
「え……」
商人によりかかって誰よりも先に山を越えた先の光景を見たセルバンテスが声を漏らした。
「は? ……なんだよあれ」
「何が起きてるんですか」
ドランクとミケも同様の光景を視界に収めて動揺した。商人も思わず声を漏らす。
「あれは……あの国旗は……帝国か……」
アレンはただ一人、黙ってその光景を見ている。
エルバートンが燃えていた。
いや、燃やされていた。
帝国兵が旗を立てて、人々と焼いていた。
魔女狩りのようにつるし上げていた。
『エルバートン村の侵略』……キルシュの誤兵事件によって引き起こされたキルシュ地方における帝国とドラカルトの領土問題の原因である。




