第19話 あの夏の冒険⑥
「これもうめー!」
ドランクたちはその後も、屋台や店で買える食べ物を好き放題に食べ漁った。四人でかなりのお金を使ってしまったが、それを見越して今日の日のために金を溜め込んできた。
村に来た商人たちに狩って下処理を済ませた野生生物を売りつけたり、莱旬祭の時に旅人に物を売って金を溜めたり、いつか来るこういう日のために用意してきた。今日はそれを存分に使う時だ。
目についた美味しそうな食べ物はすべて食べるし、装飾品もお土産として買って帰るし、そうじゃなくても教会に入ってみたり、鐘を鳴らしてみたり、目に映る気になる場所には取りあえず突撃した。
時には、ミケに連れられて入った本屋で思わぬ出会いをすることもある。
「え、これ続きあったの?!」
書店の中でドランクの声が響く。
彼の手には、秘密基地に置いてある『勇者一行の軌跡』の続き『勇者一行の軌跡2』が握られていた。
ミケは書店で大声を出したドランクを注意しつつ、興味深そうにのぞき込んだ。
その後ろから他の二人も覗き込む。
「ちょっと開いてみてよ」
セルバンテスが本を開けるよう促す。
でも、とドランクが渋った。
「買ってもないのに読んでもいいのかよ」
「じゃあ面白かったら買ってみるってのは」
そうしましょう、とセルバンテスの案にミケが賛同する。
続けてアレンも「ちょっとぐらいはいいんじゃないか」とドランクを促した。
「……わぁーったよ」
後ろめたさを覚えつつ、興味を惹かれていたドランクは本を開いた。
周囲の人々が暖かな視線を四人に向ける中、アレン達は黙って本を読んでいた。
内容はドランクたちが読んでいたものと陸続きだが、絵柄や文章は僅かに変わっている。
完結していたと思っていた物語の続き……どのように話が展開されていくのか、どのようにして物語が完成するのか、三人は興味津々に読み進めた。すでに『ちょっとだけ読む』という言葉は脳内から抜け落ちて、全部読み進める気でいる。
本自体は内容があるわけでも、ページ数が多いわけでもないのですぐに読み終えた。
「……うーん」
本を閉じた後、ドランクが声を漏らして、セルバンテスは直接的に感想を述べた。
「駄作だね」
無理矢理作ったような続編だった。
「バッドエンドだし」
肩透かしな内容の上に登場人物が絶望したり死んだりといった絶望的なエンドだった。
勇者パーティの冒険というのはもっと希望に満ち溢れていて、理想的なはずなのに、物語は陰鬱にまみれていた。
ミケは驚きもありつつ予想通りではあったのか、早く忘れて次に行くことを促した。
「まあ、憧れていたものの終わりなんて、こんなものですよ。さあ、とっとと次に行きましょう。時間は有限ですよ」
ドランクたちに残された時間には限りがある。
時間をかけて金を溜めてきたとは言っても、商業都市で一泊できるほどではなかった。
食事やお土産を買わなければ四人が一泊するだけの金を残せたかもしれないが、それは本望ではない。金に糸目をつけず遊びつくすために旅を計画したのだ。まだ触れたことのないもの、まだ食べたことのないもの、色々な初めてを体験するために訪れたのだ。
それにまだ昼前。
帰りの馬車に乗る夕暮れ時までは時間がある。
まだたっぷりと遊べるのだ。
◆
遊んだ。
遊んで、遊んで、遊びつくして、様々な体験をした。
あんなに大きな教会に行ったのは初めてだったし、あんなに高い商品を見たのも初めてだった。
いろんな特徴を持つ人がいたし、様々な素材が使われた料理もあった。知らぬものを見て、食べて、知り合って、私たちは世界の何もかもを知らないだろうけど、その一端を知れた気がした。
だが楽しい時間は終わりだ。
太陽は少しずつ落ちてきて、空は夕暮れに染まろうとしている。屋台は夕飯時に向けてより一層美味しそうな匂いを漂わせているけれど、今帰らなければ村に到着するのが遅れてしまう。
きっと夜の街はとても賑やかで、新鮮で、楽しい場所なのだろう。
名残惜しいけれど、そう急ぐ必要はない。
次は、もっと大人になってからまたこの四人で来ればいい。
大人になればお金もいっぱい持っているだろうから、子供だといけなかった場所に行って、宿にも泊まって……それから……
「ドランク、遅れるぞ」
帰路についていたアレンが立ち止まって振り向くと、少し後ろを歩いていたドランクに声をかける。
ドランクは名残惜しいのか、無意識に歩く速度を緩めながら街並みに視線を向けていた。確かに、一日で全ての箇所を見て回ることはできなかったし、少し心残りがあるのかも知れない。
「仕方ないだろ、また次くりゃいい」
アレンはそう笑いかけて、ドランクの横に並んで歩く。
少し前を見ればミケとセルバンテスがいて、街頭に照らされ、街並みの騒音に囲まれながら、四人はゆっくりとあの夏の終わりへと向かっていた。
きっとこの気持ちが、また次回の旅につながる。
「あ、待っててくれたんですね。ありがとうございます、こんな遅くに」
帰りは商人の馬車に乗って帰る予定だった。
街の外の待ち合わせ場所に着くとすでに商人が準備を終えてアレンたちを待っていた。
「すまん」
たどり着いたアレンたちに商人はまず謝った。
「馬車の車輪がぶっ壊れちまってよ、それと馬の調子も悪くてな。今日中に帰るのは無理だ」
予想外の事態にドランク達が目を見開いて戸惑う。
「これは俺の責任だ。すまんかった。」
この時間だと帰りの馬車を見つけるのは難しいし、そもそもエルバートン行きの馬車というのも少ない。
だから。
「一泊してけ、お前ら。金は俺が出してやる」
商人の提案にドランクたちは悩む。
今日中に帰る予定であったし、置手紙にはそう書いてしまった。
だからといって今から馬車を捕まえるのは、商人が言うように難しいだろうし、かといって歩いて帰るのも現実的ではない。
一泊分の金を出してくれるというのならば……。
「どうします、ドランクさん」
旅の発案者であるドランクにミケが意見を尋ねる。
ドランクは唸って悩んでいる様子こそしているが、結論は決まっている。あと一押しさえあればドランクは決断することができる。アレンはそれに気が付くとそっと背中を押した。
「いいんじゃないか? どうせ今日中には帰ることができないんだ。ここはありがたく受け取っておこうぜ」
アレンに背中を押されてドランクの顔が明るくなる。
「だよな! そうしよう!」
まだ見れていない場所、食べれていない物が商業都市パムルにはたくさんある。
「じゃあそういうことで、いいですか?」
「分かったよ、お前ら。明日の昼に集合な。夜は治安も悪くなるから、ちゃんと早く宿に行けよ」
商人がそう言うとドランク達は笑顔を浮かべた。
「分かってますー」
「分かってるぜ!」
「ありがとうございまーす!」
感謝を述べる三人と軽く会釈をするアレンが、小走りで夕暮れの街に消えていく。
その様子を眺めながら、商人は笑った。
「ったく、可愛いやつらだぜ」
四人の姿が見えなくなると商人は懐から紙を取り出して思い出す。
「お前ら、村のやつらに感謝するんだぜ?」
ドランクたちが計画した旅は、エルバートン村の人々にバレていた。
本人たちは隠しているつもりだったらしいが、村に来る商人に不自然に接する様子や、皮なめしに使う道具を欲しがったり、彼らが何をしようとしているのかぐらい村の人々には察することができた。
当初は村の大人たちや親を含め反対していたものの、彼らが旅の計画を練って、ひたむきに準備する様子を見て考えが変わったようだった。結局、商人が彼らの様子を確認することを条件に旅をしても良いと決まった。
加えて、アレンやドランクの両親は『日帰りじゃ夜帰ってくる時危険だし、未練残されてすぐ旅に行くようだったら困るから』と一泊していくことを提案した。当然、商人の馬車は壊れていないし、馬は万全の状態だ。
すべては彼らの代えがたい記憶のため。
ひと夏の思い出のため。
「お前ら、ほんと恵まれてるぜ?」
村の人々、両親、商人、彼らは本当に良い大人に囲まれている。
いや……彼らが人懐っこい可愛らしい問題児だから、大人たちはこうも可愛がっているのかもしれないが。
「さて」
村の人々と変わらず商人も彼らを甘やかしている大人の一人だ。
「明日の準備でもしますか」
商人は軽く背伸びをした。




