第18話 あの夏の冒険⑤
『統制機関』は未来視を持った者たちのみで結成される。私は彼らから『未来視』の使い方を教わった。
どのようにして未来を視るか。
どのようにして未来を選択するか。
どのようにして都合の良い未来に歪曲させるか。
彼らから『未来視』の使い方を学ぶほどに疑惑は強まっていった。
おそらく、私は彼らの言うように高精度の『未来視』を持っているのだろう。
誰よりも鮮明に、誰よりも先の未来を見通すことができた。
だからこそ、世界が長きにわたる乱世の時代に向かっていることも理解できた。
彼らの『よき世界を作る』という理念を鑑みれば、世界の行く末はおかしい。
『未来視』を持つ者が集まればいくらでも未来を変えることはできるというのに現実はそうなっていない。
すぐに、極端に、世界の運命を変えることはできない。
しかし遠い先の未来を変えるだけならば、少し手を加えてやるだけで十分だ。
最初の一歩のわずかなズレが、百歩先では大きな差になるように、遠い先の未来を変えるだけならば少し世界の軸をずらしてしまえば、運命は変わる。それこそ、この戦争は決められた変遷の中にあるわけではないのだから、変えることは簡単だった。
私がこの事実に気が付いた時、語弊があった、と『統制機関』の者は訂正した。
「正しくは、我々が望む世界に導く、と言った方が良かったかな」
永世の平和は実現不可能だ。
騙し騙し平和な世界を作ろうとも、その裏では歪が膨れ上がり続ける。
いつかは、取り返しのつかない形で歪は発散されてしまう。
「だから、私たちは計画的に戦争を引き起こしている」
突発的な戦争ではなく、『統制機関』が管理する戦争であれば最小限の被害で歪を緩和することができる。
「その過程で発生する少数の犠牲は受け入れるしかない。君も分かるだろう? 何十万人という犠牲だけで、何千万という人々を救えるのだ」
彼の言っていることの意味を私は理解できた。
そして一部共感できた。
だが、受け入れることはできない。
これから先、何十年後か先に起こる戦争は彼らが計画したものだ。しかし、被害は決して最小限ではなく、あまりにも多い。
彼の言葉は言い訳だ。
歪を解消したいだけならば、別の方法がある。幾重にも広がる世界線を見渡すことのできる私ならば、どのように舵を取るべきか分かった。
「いや、私たちはその方法を取らない」
私が最善の策を提案しても、彼は首を縦に振らなかった。
代わりの策を提言してくれるわけでも、現在の策を肯定する現実的な理由を出してくれるわけでもなかった。
「我々と共に来い。そして世界を共に作ろう」
つまり、結局のところ、彼らは自らの権力を絶対的なものにするために、莫大な利益を得るために戦争を引き起こしているということだ。そのぐらい、まだ幼い私にも理解できた。
「なぜだ、なぜ我々の理念に共感できん」
私の『未来視』は彼らよりも先の未来を鮮明に見渡すことができた。そのせいで、彼らが引き起こす戦争がどれだけの被害を及ぼすのかが見える。
誰が死に、誰が泣き、誰が苦しむのか。
視えて欲しくはない場所まですべて、私には視えていた。
「いいのか、私たちの誘いを断って」
当然、私は彼らの誘いを断った。
「君たちが旅に出た後、どうなるか……君に視えていないわけではないだろう?」
分かっている。
どちらも未来視を持つ者同士。
たとえこの選択によって親も友人も親友も故郷も……すべてを犠牲にすることになったとしても、私の選択は変わらない。
『統制機関』と私……どちらが未来の舵を取るかを―――
「――おいアレン! 見てみろよ!」
朝焼けと共に響く快活な声に私は夢から起こされた。
馬車はガタガタと揺れていて、テントの隙間から差し込む光で朝になったのだと気が付いた。
昨日の夕方に故郷に別れを告げひと夏の旅に出た。確か昨晩は山の麓で焚火を囲んで、それから寝ていたがどうやら寝すぎてしまったらしい。
「待ってろ」
上体を起こして進行方向を見ると、馬の手綱を握る商人と寄りかかるドランク、それから身を乗り出してはしゃぐミケとセルバンテスの姿があった。
ひと時の冒険。
最後の思い出になるだろう。
私は頭の中で夢のことを思い出しながら馬車の先頭へと移動した。
馬車はちょうど山を越えたあたりで、絶景が広がっている。
そして山の頂上から見下ろす場所に朝焼けに照らされて輝く巨大な都市があった。
商業都市パムル
俺たちの旅の目的地だった。
◆
「でけぇー!」
「うるせー!」
「人多いですね!」
山を下りて商業都市パムルのすぐ近くまで来た三人は各々が好き勝手に感想を叫んでいた。
パムルはエルバートンと違って人は多いし、建物は大きいし、音楽や話し声や叫び声が聞こえる。何もかもエルバートンとは違って三人にとって刺激的だった。
「それじゃあ、楽しんでな」
商人にそう言われて見送られながら、四人はパムルの中に足を踏み入れた。
外から眺めているだけでも刺激的な光景だったというのに、実際に中に入って体験してみると別物だ。
聞こえてくる音楽や話し声はより活気づいて、石畳の地面を歩くコツコツとした感触や音だけでも昂奮した。通りに立ち並ぶ建物の一つ一つに――形はどれも似たり寄ったりだけれど――目を輝かせた。
大通りに入るとさらに刺激的なものに包まれた。
立ち並ぶ屋台には見たことも無いような装飾品や食べ物が並び、色々な人種や特徴を持った人々とすれ違う。聞こえてくる音も匂いも、どれもこれもが新鮮で、石畳の隙間から生える雑草でさえ、物珍しいように見えてしまった。
「おいアレン、寝不足か? 早く食べようぜ」
雑草を見て俯きながら歩いていたアレンにドランクが手羽先を差し出しながら声をかける。
手羽先からは甘辛い匂いがして、これまたエルバートンで体験したことのない新感覚の味だった。すでに口にしたミケとセルバンテスはあまりの美味しさに硬直や戸惑いすらしていた。
「なんだ、何か心配事でもあったのか?」
三人にとって商業都市パムルのすべてが新鮮に映るだろう。
アレンも同じだ。
しかし『未来視』でどれも視たことがあるし、疑似的に体験していた。
だからといって楽しめないというわけではなく、アレンの気分が上がらないのには別の理由があった。
「ああ少しな。さすがに村の人たちが心配してると思ってな」
「確かにな。ただ俺らはもともとやんちゃしてたし、置手紙も残して来たから大丈夫だろ。あと、俺らも怒られるだろうが、商人のおっちゃんも俺らを輸送した疑いで吊るし首だぜ?」
「っはは、確かに……そうだな」
ドランクの言葉で笑顔を取り戻したアレンは、差し出された手羽先を手に取った。
「これうんめーから、驚くんじゃねぇぞ?」
「そんなにか?」
アレンが苦笑しながら手羽先を口に運ぼうとした時、遠くから人々の話し声に混じってセルバンテスの声がした。
「早くこないと食べちゃうよー!」
すでに手羽先を食べ終わっていたセルバンテスとミケが新しい屋台で別の食べ物を買っていた。
「先に食べて尽くしてしまいますよ!」
「そうだよー!」
頬一杯に食べ物を詰め込むミケの姿を見たのは、これが初めてだったのかもしれない。
セスがパンパンに頬を膨らませて食べ物を詰め込んでいるのはいつもの光景として、二人があそこまでがっつくものならば、相当美味しいのだろう。
「おいアレン、さっさと食え。じゃねぇとあいつらに全部食われちまう」
「分かったって。落ち着けよ」
ドランクは焦って残っていた手羽先を骨ごと口の中に放り込んで、二人と早く合流したくてたまらない様子だ。
(……ああ、ったく)
アレンはそんな光景を見ながら苦笑して、手羽先を頬張った。




