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勇者パーティと百年戦争  作者: しータロ(豆坂田)
第1章 勇者パーティとあの夏

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第17話 勇者パーティと崩壊

 皇帝直轄の実働部隊である直属部隊12名の内、5名が殺害された。いずれも死因はバラバラで、死体すら見つからぬ者もいる。そのほとんどは内臓が抜き取られていたり、四肢が切断され再結合された跡があった。

 殺害現場の状況を見るに帝国の密偵の仕業だとみられている。それかドラカルトが派遣したという目的の分からぬ部隊か。ただ現状は帝国の密偵である可能性が高い。 


「……とまあ、これが現状の、バルト皇国諜報部の考えになりますか」


 古ぼけた、今は使われていない一軒家の中で床に座って飯を食べている最中、ミケは現状の状況をまとめた。セルバンテスの人形のおかげで常に新鮮な情報が入ってくる。

 いずれ、人形についても対策されて情報に嘘が混ぜられることや人形が破壊される可能性もあるだろうが、現状はまだ大丈夫だ。バルト皇国は帝国からの密偵に加え、直属部隊が五人も殺されたことでかなり混乱している。

 そのうち四名はアレン達が殺害し、残りの一名はおそらく帝国からの密偵だろう。敵はまだアレンたちの実態に気がついていない上に帝国の密偵にも後手を取られている。

 相当追い詰められているはずだ。


「その結果があれですか」


 ミケはため息混じりに窓の外を見た。

 窓越しに映る広場には人だかりができていた。

 何かを、誰かを祭り上げるような仕草を人々がしている。

 広場へと続く大通りの端に並んで行列を作り、その真ん中を鎖に繋がれた人が歩いていた。


「また密告か」

 

 帝国からの密偵やその協力者を見つけ出すために、バルト皇国上層部は密偵らしき人物を密告すると報酬が支払われる制度を設けた。アレンたちの前でつるし上げられ、石を投げられ、兵士に連れていかれているのは密告された一般市民だ。

 帝国からの密偵でもなく、ドラカルトから送られた暗殺部隊でもなく、ただ疑われただけの一般市民。何か怪しいことをしたのか、それとも恨みを買っていたせいで通報を受けたのか、真偽は定かではない。

 少なくとも、彼はバルト皇国が捕えたい敵国の使者ではない、ということだけが事実だ。


「陰鬱だね」


 濁った窓ガラス越しに見える景色を眺めながらセルバンテスがため息を吐いていた。

 密告の制度によって都市には常に緊張感が漂い、住民同士は疑い合っている。

 過去の歴史からこうした制度は国を不安定にさせるだけだと学んだというのに、バルト皇国は滅び散った国々の真似をしている。


「とはいっても、ミチャロフ三世の望む結果に上層部に答えただけのような気もしますけどね……」


 ミケはパンをかじりながらセルバンテスと同じように窓の外を眺める。

 直属部隊が殺されていることや治安が悪化していること、戦争に踏み切れない情勢などが絡み合い、ストレスでミチャロフ三世の精神状態は不安定になっている。直接民の様子を確認せずとも、上がってくる資料に載っている数字だけで自らの国が置かれている状況をミチャロフ三世は把握できるはずだ。

 

「見かけ上の数字だけでも良くしないといけないような状況だからね」


 密告で捕えた者が暗殺部隊や密偵ではない、ただの一般市民だとしても――尋問の結果――密偵だと答えてしまえばその時点で白は黒になるのだ。見かけ上の数字はよくなる。


「なぜこんなバカげた制度を作るのか歴史を勉強する度に疑問に思っていましたが、まさか生きている間に体験できるとは思いませんでしたよ」

「俺らの作戦がうまくいっている証だ」


 広場に群がる一般市民を見ながら体制を馬鹿にして、アレンは窓の外から室内へと視線を移した。

 狭い室内ではテーブルを囲んで座り込む三人の仲間がいる。

 ミケは一見変わらない様子に見えるが、最近はよくミスをするようになった。うまく隠し隠しやっているが、精神的にも物理的にも疲労が溜まってきているのだろう。

 セルバンテスはミケより遥かに憔悴した姿を見せているが、まだ平気だ。だが人形を作る過程で精神的なトラウマを植え付けられているのも事実。

 最後にドランクだが……


「……ドランク、最近寝てないだろ。寝た方がいい」


 ドランクは目を見開いたまま俯いていた。頬はやせこけて、目の下には濃い隈ができている。

 明らかにまともではない姿だった。


「寝れるんなら、とっくにそうしてる」


 ドランクは目を閉じることができなくなっていた。

 

「なんで俺がこうなってんのか、わかんねぇだろ。お前は」

「……なんだいきなり」

「てめぇには分かんねぇっつったんだよ!」


 ドランクが拳をテーブルに打ち付けて、家を揺らした。


「お前は分かるか? 寝ようとするたびに、瞼を閉じるたびに、人形にした奴らが這い寄ってくんだよ! あいつらは足がなかったり腕がなかったり、頭だけだったり、そりゃひでぇ姿だよ。だがああしたのは俺たちだ……いや、俺だ。アナスタシアを殺したのは俺だ。分かんねぇだろアレン、お前にはよ!」


 精神的なトラウマに加え、アレンは回復薬をかなり使用していた。腕が吹き飛ばされても、足が吹き飛ばされても、内臓が飛び出ても、ミケが用意した回復薬を使えば再生する。

 だが傷が深ければ深いほど強力な回復薬を使用しなければならず、中毒症状はひどくなる。


 銃弾で瞼や眼球を吹き飛ばされても回復薬を使えば治る。だが脳に近い場所を治療するほどに中毒症状は強くなる。

 ドランクの視界とミケたちが見ている世界には大きな乖離があった。


「挙句の果てには『あれ』だ。俺のせいだ……」


 ドランクが窓を拳で割って騒ぎ立てる街の人々を指さす。

 一人の女性が焚火の上につるし上げられ、生きたまま焼かれようとしていた。


「あの人は、なんもしてねぇ。俺らのせいで……吊られてる」


 アレン達が罪を擦り付けているだけであって、帝国の密偵はほとんど何もしていない。

 密告の制度が作られたのはアレン達のせいだ。

 そのせいで罪のない人々が拷問され、吊るされ、生きたまま焼かれる。


「俺のせいなんだよ!」


 うずくまってドランクが頭を抱える。


「俺が殺した奴らにも家族はいて、友人がいて、同僚がいて、そいつらが悲しむって分かってんのに殺して……人形にして……尊厳も踏みつぶして……なんでこんなことやってんだよ」


 ドランクが床を叩く。 

 そのせいで家が揺れて、先ほど窓が割れた音も相まって民衆の注目が段々とアレン達のいる一軒家に集まる。

 セルバンテスは窓から外を見て民衆の意識がこちらに向いていることを確認すると、慌ててドランクを窘める。


「ドランク、仕方ないよ。ミチャロフ三世を殺すためにはここまでしなく――」

「何が仕方ねぇんだよ!」

「え、ぼ、僕はだって、ドランク……これは」

「セルバンテス! お前もお前だ! 人切って内臓引きずりだして! んなことやってんのになんでまともなんだよ!」


 叫ぶドランクの姿を見て、そしてその言葉にセルバンテスが目を見開いた。


「まともなわけないだろ! 僕がどれだけ! 三人のためを持ってやってると思ってんだよ!」

「んなわけねぇだろ!」

「何も分かってない! 何もわかってない僕のこと! みんな僕をいいように使って! 僕だって回復薬がないと……もう」


 魔力の回復性能を高めるために回復薬を常飲していたセルバンテスもまた、中毒症状を発症していた。


「ミケもだよ!」

「わ、わたしですか……?」

「一歩引いたところから僕のこと見て! 昔みたいに馬鹿にしてるんでしょ」

「そんなこと……昔も馬鹿になんて……」

「どうだか――」


 突然、横からドランクが口をはさむ。


「てめぇらうるせぇな! 今アナスタシアと話してんだろ!」


 ドランクは呻くようにして言葉を話しながら虚空に向かって会話をしていた。当然そこにアナスタシアはいない。


「ドランクさん、あなた私の回復薬使いすぎてとうとう馬鹿になりましたか?」

「ミケ、てめぇ今俺たちのこと馬鹿にしたか?」

「馬鹿に? いえいえ、可哀そうだと思っただけですよ」

「てめぇ!」


 ドランクがミケの胸倉をつかみ放り投げる。 

 雑巾のようにぐちゃぐちゃになりながらミケの体は飛んでいき壁を突き破って地面に転がった。

 腕は変な方向に曲がっていたし、左目の眼球はこぼれている。ミケは曖昧にしか動かない。


「てめぇもだアレン!」


 ドランクが突然アレンに掴みかかる。

 だが戦士同士であるためミケのように投げ飛ばされることはなく、ドランクはアレンに振り払われた。


「落ち着け、仲間で争ってる場合じゃないだろ。俺たちの旅の目的を忘れたか」

「ったく、お前は変わんねぇな。昔から、あの時から、あの夏の時も……お前は親が死んだってのに、村が焼けちまったってのに、苦しそうな表情するだけだ。今も同じだ。俺たちが……なんで争ってんだよ俺たちは……」


 嗚咽と共に吐瀉物を地面にまき散らす。

 

「うぅくそが……なんでだよ。なんで俺たちはこうなったんだ。なんでこんな……」


 蹲って吐瀉物に頭をこすりつけるドランクにアレンが声をかける――よりも早く、騒ぎを聞きつけて駆け付けた警備兵が肩に手を置いて話しかけた。


「何をしていたのかは分からないが、連行されても――」


 次の瞬間、警備兵の頭はドランクに握りつぶされていた。

 腐った果実を握りつぶすように、いともたやすく頭は潰れた。中からは様々が混じった汁や中身をこぼして、一部はドランクの手を伝っていく。 


「うるせぇよ、今話してんだろ」


 頭部のない死体が力なく倒れる音を背後で響かせながら、ドランクは血走った眼をアレンに向ける。


「アレン、なんで俺たちはミチャロフ三世を殺さなくちゃいけない」

「そりゃ……」


 ドランクたち三人にはミチャロフ三世を殺害しなければならない理由なんてない。 

 妹を、シスターを、家を、それぞれを人質に取られたから仕方なく参加しているだけ。

 彼らがミチャロフ三世を殺害する理由なんてどこにもない。

 理由はアレンが作った。


「ねぇよ。お前らにミチャロフ三世を殺すための大義なんてねぇ」

「そうだよな、そうだよな、そうだよな! 俺たちはお前のせいでこうなったんだからよ」

「……」


 アレンは何も言わなかった。

 人質を取るまでの過程はすべて軍部が行った。アレンはただ助言したに過ぎない。

 状況証拠からアレンを疑うことも予測できるが、断言はできないはず。


「なあアレン。俺たちは……おれは……おれの……リコを人質にとれるわけねぇだろ」


 ドランクの実力はドラカルトの中でも指折りだ。いくら軍部が脅したとしても、妹を人質に取るのはリスクがあるし、そもそも軍部がドランクから妹を人質に取れるかも疑わしい。  

 ドランクだけではない。

 ミケもセルバンテスも、人質に取られているものに大小こそあれど、そう簡単に弱みを握れるはずがない。というより、この三人の弱みを同時に握るのは不可能だ。


「それでも、俺たちは招集に応じた。なんでだと思う」

「……分かんねぇな」

「お前はまだ、知らないフリを続けるんだな。昔みたいに。あの夏みたいに。お前は一人で、ぜんぶ納得しちまうんだな」

「言ってることが分かんねぇな」


 ドランクがアレンに歩み寄る。

 そして優しく肩に手を置いた。


「アレン……お前のためだよ」

 

 ドランクは笑っていた。

 とても歪に、笑っていた。

 右目は変に見開いて、左目はピクピクと痙攣して、充血していた。

 頬の隅は不自然に吊り上がった状態のまま震えて、涎を垂らしていた。

 それでも、昔と変わらないドランクがそこにいた。


「聞いたよ、未来が見えてるんだってな」


 ドランクの言葉を聞いて、アレンは僅かに表情を歪めてミケとセルバンテスを見た。

 二人の表情に驚きはない。

 つまり、ドランクの言葉の意味を理解している。


「招集が来る前、『統制機関』っていうやつから忠告を受けた。お前のこと、そしてこの旅の後、俺たちは死ぬこと」

「……」

「ぜんぶ聞いたよ。お前がしてきたこと。俺たちに何をさせるか。未来が見えてるってことは、俺たちがお前のために……招集に応じるってことも知ってたんだろ」

「……」


 アレンは答えなかった。

 だがドランクは気にしない。


「お前が何をしようとしてるのか、少しだけ知ってるよ。だけど、それはお前から気かされたわけじゃない。俺たちが何のために命を犠牲にしなくちゃいけないのか、お前のために命を懸けるのか。お前が俺たちを利用してまで……親を殺してまで……故郷エルバートンを滅ぼしてまで……したいことをちゃんと教えてくれよ」

「……」

「何も教えてもらわずに、納得もできずに……こんなこと続けることはできない、無理だよ。だから、お前が何を見て、何をしたいのか、本当のことを教えてくれよ」


 外では警備兵の頭を潰したことで悲鳴や騒ぎが起きているというのに、四人の耳には全く届かなかった。

 警報を聞きつけて直属部隊や秘密警察が駆け付けているというのに、まったく気にならなかった。


「そうだな……」


 アレンは周囲を見渡して、血なまぐさい……懐かしい匂いを鼻いっぱいに吸い込んで……剣を引き抜いた。


「……ドランク。言葉は必要か」


 ドランクは片目だけを歪に見開いたまま、顔を痙攣させながら血が混じった涙を流した。


「いらねぇ」

「ああ、あの夏の続きをしよう」


 二人が会話を交わすと横からセルバンテスとミケも入ってくる。


「また僕をないがしろにするんだ! 僕もやる!」

「私を忘れてもらっては困りますよ」


 ミケは効能の高い回復薬を使い、体を全快させていた。

 

「分かった。じゃあ……」


 アレンが剣を構えた瞬間、鋼同士がぶつかる音が響き、空は魔術によって雷鳴とどろく災害へと姿を変えた。

 魔女を焼くためにくべられた炎は民家へと波及し、人々を巻き込んで広がっていく。

 戦いの余波に巻き込まれ直属部隊、秘密警察、一般市民、いずれも一切合切の区別なく切り伏せられ、魔術で吹き飛ばされる。建物は吹き飛び、火炎が飛び交い、臓物の雨が降る。


「っはっはっは! 僕の魔術すごいでしょ!」

「昔と変わらず、幼稚な魔術ばかり使うんですね」


 人形の作り方を思い出しながら、一般市民の四肢を切断して内臓を引きずり出す。

 

「アレン! 俺たちはあの時も生き残ったんだ! 今回だって!」

「ああ、俺たちはあの時と何ら変わんねぇ」


 四人は笑いあい、四肢や頭部や臓物をまき散らし、子供のようにはしゃぐ。

 あの夏を夢見ながら。

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