第16話 勇者パーティと直属部隊
ドランクがセルバンテスと落ち合う数分前、ミケは結界を張る術者のすぐ近くまで来ていた。
「おそらく、ここでしょうね」
術者がいるのは会場の地下だ。
入るためには数十という数の警備兵を殺さずに処理する必要があったが、ミケが得意とする催眠魔術を使えばそう難しい話ではなかった。後ろでは警備兵がミケのことなど忘れて、通常通り警備しているだろう。
会場の地下には幾つかの部屋があり、そのうちの一つに術者がいる。扉を開ければすぐに姿が見えるだろう。
(この方ですか)
扉を開いた先に広がる執務室のソファに一人の男が座っていた。
執務室に入るためには幾重にも張られた結界を越えなければならず、常人ならば近づくことすらできない。
しかし世界すらも騙してテクスチャを書き換えるミケの催眠魔術は、結界を後も容易く突破し術者の元までたどり着いた。
「終わらせますか」
術者がミケに気がつくよりも早く、催眠魔術が発動した。
結界魔術に力と意識のほとんどを割いていることもあり、術者は一切知覚することなくミケの制御下に置かれる。
直属部隊であろうとも隙を突かれれば制圧されてしまう。相手がミケのような魔術師であれば隙を見せた時点でこの未来は決まっていただろう。
(さて)
ミケはソファに座る術者の近くによって準備を始める。
まずはセルバンテスが仕事を終えたドランクの元に転移するために結界を解く必要がある。結界を解くためには催眠魔術を使って認知を湾曲させるのが手っ取り早いが、結局彼はここで死ぬことになる。
ただ、直属部隊を殺せばアレンたちに対しての警戒が高まってしまうだろう。そのため、殺した後、アナスタシアやパブロフと同じように人形として活動をしてもらい、頃合いを見て帝国からの密偵に殺されたことにするのが都合がいい。
アナスタシアのように人形として長期的な役割を果たしてもらうのは難しい上に、人形は魔術を生きていた頃の頃の半分以下程度しか使えないし、他の直属部隊と頻繁に会うことになる都合上、長い間人形のまま活動させるのは難しい。
いつか気づかれる。
そのため、少し活動させて必要な情報を抜き取ったら処分する予定だ。
「味方の数と配置を教えていただけますか」
結界の術者ならば会場の詳細な情報を把握しているだろう。人形にする前に必要な情報は聞きださなければならない。
「地図ならそこの資料を……それと……」
催眠魔術をかけた直後だからか、活舌がおぼついていない。
些細なことだ。セルバンテスとドランクが仕事を終えるまでまだ十分な時間がある。
それまでじっくりと時間を使って情報を聞き出せばいい。
(懐かしいですね)
『あの頃』はまだ催眠魔術の練度が低く、人を完全な催眠状態に堕とすことができなかった。
エルバートンにいた頃は催眠魔術を使うきっかけはなかったし、使う必要はなくなった。だけど事件が起きてアレンたちと離れ離れになったあと――一人で生きていかなければならなくなって初めて、催眠魔術を使用した。
最初の頃は練度が低いせいで、使い方が下手すぎるせいで色々と問題を引き起こしてしまったが、幸いにもこうして生きていられている。これもすべて、逃亡先で出会ったシスターのおかげだ。
(アレンさん……果たして私は救われるのでしょうかね)
シスターは功罪を受け入れてくれた。
あの時から今に至るまでシスターはたった一人の恩人だ。
「……あ……?」
対面のソファにシスターが座っていた。
「シスター……なんで」
修道服を着た美しい女性だった。燦然と輝く金髪は頭巾に隠れていてもなお美しい。
喋りだせば皆がその美しい声に聴き耳を立て、笑えば戦争だって終結していまうのではないかと錯覚させるほど優しい。なぜここにシスターがいるのか分からないが、今はこの幸運に感謝しよう。
旅に出る時には迷惑をかけてしまったし、半年も会えていないせいで恋しい。
「……」
だけど、シスターは私に微笑んではくれない。
手を伸ばしてくれはしない。
だから。
「――っ」
ミケが自らに催眠魔術を施した瞬間、横腹に強烈な痛みが走った。
(やられましたね)
部屋を見渡した時、シスターはそこにいなかった。
幻覚だった。
おそらく、結界の術者は自動反撃型の催眠魔術を仕込んでいたのだろう。
そして、魔術が作動すれば――。
(この方は――)
ミケの目の前には剣を持った一人の男が立っていた。知っている顔だ。アレンから渡された直属部隊の十二名の中に載っていた。
この会場には直属部隊が二名いたのだ。
催眠魔術の上書きでどうにか正気に戻ることができたが、この密室で戦士と二人きりというのはまずい。
最初の一発こそ躱せたが魔術師が戦士の近接戦に付き合いきれるはずがない。
(ただ、少し遅かったですね)
戦士が切りかかるよりも早く、ミケは懐に隠し持っていた水晶を割った。
それはドランクがセルバンテスを呼ぶのに使った転移魔術の込められた水晶だった。
結界の術者はミケの催眠魔術によって、結界の構築に綻びが出ている。
転移魔術の使用は可能になっていた。
「随分と手痛くやられたな」
音もなく執務室に転移したアレンは横腹を抑えるミケを見て笑う。
そして戦士として一流の技量を持つ直属部隊の一人の首を、ミケには到底視認できぬ速度で切り落とした。
「そっちはどうだ」
一人を殺した後、アレンは結界の術者を見た。
「そちらは私の催眠魔術にかかっているので、問題ありません」
「そりゃよかった」
「それより、自動反撃型の催眠魔術をくらいました。警報とか出てませんか」
「俺が確認した限りはなかった。この戦士だけだろうよ」
アレンは休むことなく頭部を切り落とした死体に近寄って剣を振るい四肢を切り落とす。
「ミケはそっちの方に集中しててくれ、俺はこっちを人形にする準備を整える」
「平然としてるんですね」
「まあな。お前は知ってるだろ」
「ええ。それはエルバートンの時から」
一切の焦りを見せないアレンの様子にミケは僅かにため息をこぼした。
「催眠魔術でシスターの幻覚を見ました。私は修道院での生活が何よりも大事です」
「だろうな」
「この旅を終えた時、元の生活に戻れるんですか」
「戻れはしない。だが、お前が望むようになる」
「……では、信じていますよ」




