第15話 勇者パーティと嘘つき
「それで、何のために訪れたのか、まだ聞いていませんでしたね」
アナスタシアにそう問いかけられた時、ドランクは言葉を失う。その質問はドランクを悲惨な現実へと引き戻し、消えかけていた作戦のことを思い出すのに十分すぎた。
「おれは……」
ドランクは上手く言葉を紡げずに口を閉じたり、開けても何も言わなかったり、悩んでいる様子だった。
だが仕方ない。
ドランクには作戦を何よりも優先しなければならず、そのために来たのだから。
あとは作戦を遂行するだけ。
しかし体が動かない。
口が乾いて、息を吸うのもどこか苦しかった。
「おれは……」
「どうしたんですの?」
「おれは……」
頭の中にアレン達の顔が思い浮かぶ。同時に、等身大の年相応の夢と憧れを持つアナスタシアを見る。
この二つを天秤にかけた時、ドランクがどちらを優先するかは分かりきっていた。
夜風で冷えたはずの体は嫌なほど熱くなり、遠くから響くパーティの音は耳に入らなくなる。頭の中を脳の代わりに綿を隙間なく詰められて上手く思考できないかのような、奇妙な錯覚に襲われた。
どんよりと重く、回らない思考の中でドランクは決断を下した。
「アナスタシアさん、少し近づいてくれますか」
「はい? なんでしょう?」
アナスタシアは疑問と驚きと照れが混じった表情を浮かべながらドランクに近づいた。
ドランクはゆっくりとアナスタシアの後ろに回り、後ろから首元に手を回す。
「あら。何をなさるおつもりで?」
アナスタシアは恥ずかしがりながら聞くけれど、ドランクは答えず首に回した腕に力を入れた。
「――っ、すみ――っあ……くるし……」
アナスタシアは最初こそ自分が何をされているのか理解できていない様子だった。
だが段々と息が詰まっていく中で、ドランクの意図に気が付く。
「やべて……いやだ……!」
足をばたつかせてドランクを蹴っても拘束が緩まない。
「やだ……いきだい!」
両手を振り回してドランクの顔を殴ってみるけれど、拘束が緩む気配はない。
「まだ恋もしたことないのい!」
息ができなくなって、意識がもうろうとしていく。
「やだ……やだやだ……」
段々と静かになっていく。
「ぱぱ……まま……」
暴れていた足がぶらんと伸びて、口からは涎が垂れ下がる。
「やだ……や」
ドランクの胸の中で彼女の骨が折れる音がした。
動かなくなった彼女の体をゆっくりと地面に降ろし、横たわらせる。
「……」
目が見開いて恐怖で顔を硬直させていた彼女の顔に軽く触れて、瞼を閉じさせた。
ドランクは何も言わず、ただ動かなくなったアナスタシアに視線を向けて腕や手に残る熱を夜風で冷やした。
ゆっくりと立ち上がり、バルコニーから丘の頂上を見た。
そして懐から取り出した水晶を握り砕く。
「……終わった」
水晶を割った瞬間、音もなくセルバンテスが目前に降り立った。
ドランクとセルバンテスは目を合わせ、それからアナスタシアに視線を向ける。
「俺は……少し休む……あとは頼めるか」
「うん、任せて」
水晶に込められた転移魔術によって来たセルバンテスは、アレンを労いながら自分の仕事に入る。
ドランクの仕事はアナスタシアを人のいない場所で殺害すること。
そしてセルバンテスは、ドランクが殺したアナスタシアにある魔術を施すのが仕事だった。
「ドランク……今からやるのはパブロフにやったのと同じやつだから、見ない方がいいよ」
「いや、見る。俺の責任だ」
「そう」
ドランクはバルコニーの柵に背中を預けて座りながら、一切目をそらさずにセルバンテスが行うこと、行ったことを見ていた。
(十分以内に終わらせないと)
セルバンテスは脳内で時間を計算しながら、アナスタシアに魔術を施していく。
まず媒体となる死体の四肢と頭部を切り取ってつなぎ合わせる。そして内臓を取り出し、心臓だけを付けなおす。魔力でできたナイフは綺麗に切断し、物を溶接するようにして魔術を使って繋ぎ直していく。
大量に流れる血液はバルコニーの床にたまり、柵の隙間を越えて下の地面に落ちていく。
心臓以外の臓器はその場で燃やされ、鼻を切り落としたくなるような匂いを発散させる。
そうして、人形としての器を整える。
「アナスタシアは……どうなるんだ」
突然、ドランクが声を出した。
セルバンテスは少し驚きつつも、手術を続けながらに返す。
「パブロフと変わらないよ。声、仕草、習慣、瞬きの回数に至るまで生きていた頃のアナスタシアと何ら変わらない《《人形》》が動くだけ」
パブロフのように、アナスタシアの人形はオボレンスキー公爵の娘として情報収集の柱となる。
普段は人形が意思を《《持ったかのようにして》》動き、自然と情報を集める。
時にはセルバンテスが操作して、アナスタシアの立場、容姿を使って情報を集める手先とする。
「アナスタシアはこれから、少なくともミチャロフ三世を殺すまで人形として動いてもらう。その後は分からない」
「じゃあ早く終わらせれば、解き放ってやれるのか」
「分からない。娘を操られて逆上したオボレンスキー公爵がどう動くか分からないから、どうにかして穏便に《《処理》》する方法を考えるけど、現時点は僕の魔術の効力が切れるまで、彼女はずっと死体のまま動かされつづける」
ドランクは内臓を取り出されて、四肢も切断された状態のアナスタシアを一目も話さずに見ていた。
彼女の顔は美しいままで、先ほどまで笑っていた時のことを思い出す。
彼女から未来を奪ったのは、夢や笑顔を奪ったのは他でもないドランクだ。
この任務をドランク以外ができなかったとはいえ、結局手を下したのは自らの意思。
後悔……というより呆然に近い状態だった。
「アナスタシアは……意識とかあるのか」
「ないよ、《《これ》》はただの人形。アナスタシアじゃない」
セルバンテスとて少女の内臓を引きずり出し、四肢を切断して心痛まぬはずがない。
ぶっきらぼうに答えるセルバンテスに、ドランクも同じ勢いで畳みかけた。
「なんで、わざわざこんなことをする必要があったんだ。彼女は……」
死んでもなお死体は敵にいいように扱われて、祖国を滅びさせる原因となるかもしれない。
憤慨ものだ。
死者を冒涜するに等しいこの行為に、ドランクが苛立ちを覚えるのも仕方ない。
そしてセルバンテスも当然それを理解していた。
「この魔術の動作に必要なのは、物質的にも精神的にも鮮度がよくて不純物のない死体だけ。完璧な人形のためには精神的な生存はエラーを引き起こすから、四肢は一度切断して、完全に死体から離れさせて物にする必要がある。
内臓も同じ。あれは人形には不必要。でも心臓は人間らしく動かすための動力として必要。そうして、切断して物になった頭部とか四肢をつなぎ合わせれば人形の土台ができる。本当は、もっと細かい手順とかるけど、そこまでの説明はいらないでしょ」
セルバンテスは説明しながらもてきぱきと作業を進めて、気が付くと四肢を切断され内臓を引きずり出されたはずのアナスタシアは、先ほどと変わらない様子で眠っていた。
「一応、時間内には終わったかな」
「そうか、間に合ってよかった。さっきは悪かった、時間もないのに……こんなこと聞いて」
「いいよぜんぜん、ドランクの立場だったら知りたいはずだから」
セルバンテスがアナスタシア人形を起動させようと胸元に手を伸ばす。その前にドランクが呼び止めた。
「最後に聞いていいか」
「なに?」
「学院で魔術を習っていたというのは聞いたが、古代禁忌魔法に近い魔術を、なんでお前が使えるんだ」
古代禁忌魔法という言葉を聞いてセルバンテスが固まった。
なぜドランクがその言葉を知っているのが、疑問に思ったためだろう。
「ミケに教えてもらったんだ。セルバンテスの魔術は古代の源流を汲むものもあるってな」
ミケから教えてもらった、その言葉を聞いてセルバンテスは苦笑した。
「まあ、僕は僕で家の方針もあったから。色々と、やらされたんだよ。その結果がこれ」
セルバンテスがアナスタシアに手を置く。
するとアナスタシアはすでに目を開けていた。
それどころか上体を起こし、喋りだす。
「パブロフ……さま?」
頭を押さえながら呟く彼女の姿を見ると、目をそむけたくなる。
先ほどまで頭部も四肢もバラバラで、内臓なんて一つもないはずなのに、彼女は数十分前の姿のままそこに立っていた。
「なんだか……眠っていた……ような? 少し……ぼぅーっとしますわ」
「……そうか」
何事もなかったかのように口元で人差し指を立ててアナスタシアは話していた。
「きっと疲れてるんだ。少し休んだらいい」
ドランクは病気の妹に声をかける時のような優しい声で、アナスタシアに告げた。




