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『潰れかけの辺境港を任された元港湾責任者、検疫と荷役を立て直したら世界一の交易都市になった』  作者: あちゅ和尚


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第21話 杭が止まらない

「まだ入るぞ」


 オットーの声とともに、大槌が振り下ろされた。


 太い音がして、本杭より一回り細い試し杭が、また泥の中へ沈む。


 昨日、木造荷揚げ場の候補にした内港側だった。


 潮が下がる時間を待ち、朝から船大工二人が試し杭を打っている。


 地上に残っている部分は、もう最初の半分ほどしかない。


「止まりませんね」


 ユリウスが足元を見る。


「止まらんな」


 オットーは嬉しくなさそうに答えた。


「もう少し打つ」


 二人掛かりの大槌が上がる。


 また一打。


 杭は抵抗らしい抵抗もなく沈んだ。


 オットーが手を上げる。


「ここまででいい」


「深い方が丈夫なんじゃないんですか?」


 ニールが尋ねる。


「硬いところへ届いてるならな」


 オットーが杭を揺すった。


 わずかに動く。


「こいつは杭が効いてるんじゃない。ただ泥へ刺さってるだけだ」


 場所を数歩ずらして、二本目を打つ。


 こちらも似たようなものだった。


 途中で多少重くなったが、期待したほど止まらない。


 ロイが腕を組む。


「人だけ乗るならともかく、荷まで載せたら嫌だな」


「俺も嫌だ」


 オットーが即答した。


「もっと長い本杭を使って下の固い層まで届かせりゃ、造れなくはない」


「その場合は?」


「材木も手間も増える。横揺れを抑える補強も要る」


「つまり高い」


「そういうことだ」


 木造なら安く済む。


 昨日までは、そう考えていた。


 正確には違う。


 石造岸壁より安くできる可能性があるだけで、場所を間違えれば木造でも金は掛かる。


「ここはやめましょう」


 俺が言うと、オットーが顔を上げた。


「昨日はここで造る気だったろ」


「昨日は地面の下まで分かっていませんでした」


「惜しくないのか?」


「惜しいからといって、悪い場所へ材木を突っ込む方がもったいないです」


 前世でも、地図や図面の上では綺麗に収まっていた計画が、現地調査一つで変わることは珍しくなかった。


 計画を守るために現場を曲げる必要はない。


「ハンスさん。他に小型船を寄せられそうな場所はありますか」


「ある」


 ハンスは迷わず歩き出した。


 内港沿いを東へ行く。


 中央岸壁からは離れるが、西の修理浜とは重ならない。


 しばらく進むと、岸際の様子が変わった。


 泥が減り、小石と割れた貝殻が目立つ。


「昔はこの辺りへ少し大きな漁船を寄せてた」


「今は?」


「浜へ上げられる小舟が増えた。こっちは使わなくなっただけだ」


 ニコが測深竿を持って水へ入る。


 何ヶ所か底を突き、竿先を上げた。


「こっちは固い。さっきみたいに沈まない」


 オットーも靴底で岸を確かめる。


「試してみるか」


 三本目の試し杭を立てる。


 大槌が落ちた。


 一打、二打と重ねるうち、途中から音が変わった。


 湿った泥へ吸い込まれる音ではなく、下から返ってくる硬い響きが混じる。


「そこで止めろ」


 オットーが杭を両手で揺する。


 ほとんど動かない。


「もう二ヶ所」


 少し離して四本目。


 さらに五本目。


 一ヶ所はやや柔らかかったものの、最初の候補地とは明らかに違った。


「こっちなら話になる」


 オットーが言った。


「必要な杭の長さも抑えられそうだ」


「最初の場所より安く?」


「同じ物を造るならな」


 そこでハンスが海を見る。


「地面だけで決めるなよ」


「船が入れるか、ですね」


「ああ。深さだけじゃない。ここは中央岸壁みたいに真っすぐ寄せられん」


 岸の形が少し内側へ曲がっている。


 小型船でも長さはある。


 船首が入っても、船尾を振る余地がなければ使えない。


「実際の船で試せますか」


「荷を積んでない奴ならな」


 都合のいい船が一隻あった。


 《白波号》。


 昨日、港が再開した日に入ってきた小型沿岸船だ。


 干し玉葱二十四籠は小舟で先に荷揚げし、陶器十八箱は中央岸壁が空いてから降ろしている。


 帰り荷を積むのは今日の夕方。


 今なら船倉はほぼ空だった。


 船長へ話を持ちかける。


「白波号を一度、内港の候補地まで動かしたいんです」


「あそこか?」


「接岸はさせません。どこまで安全に寄せられるか確認したい」


 四十代ほどの船長が候補地を眺める。


「そこが使えるようになれば、次から中央岸壁を待たずに済むのか?」


「造ることが決まれば、です」


「なら協力する」


 返事は早かった。


「ただし、船腹を岸へ擦るのは御免だ」


「そこまで寄せません」


「ならいい」


 満ち潮へ変わるのを待った。


 白波号の帆は使わない。


 港の小舟を二艘出し、一艘を船首側、もう一艘を船尾側へ付ける。


 船首側にはハンス。


 船長は白波号で舵を取った。


「船首、少し東へ!」


 小舟が櫂を入れる。


 曳航綱が張り、白波号がゆっくり動き始めた。


 空船なので喫水は浅い。


 それでも、小舟のようにその場で向きを変えられるわけではない。


 船首が岸へ向くと、遅れて船尾が外へ振れる。


「後ろはまだ入れるな!」


 ハンスが叫ぶ。


 船尾側の小舟が外へ引き、回りすぎる船体を抑える。


 岸ではニコが先回りして測深竿を入れていた。


「まだある!」


「あとどこまで?」


「二間近く寄せられる!」


 船首側の小舟がさらに櫂を入れる。


 白波号がゆっくり近づく。


 候補地の正面へ船首が向いたところで、船長が手を上げた。


「ここまででいい!」


 小舟が止まる。


「これ以上寄せても、足場がなけりゃ荷は渡せん!」


 岸まではまだ距離がある。


 だが、そこを埋めるために桟橋を出す。


「オットーさん」


「見えてる」


 オットーは岸から位置を測るように眺めていた。


「昨日考えてたより短くできる」


「白波号は空ですよ」


 俺が言う。


 ハンスも頷いた。


「荷を積めばもう少し沈む。満潮だけ使える造りにもするな」


「余裕は取る」


 オットーが返した。


「今の位置ぎりぎりへ先端を出す気はない」


 白波号を戻す。


 帰りも二艘の小舟で船首と船尾の向きを整え、内港の広い場所まで曳いてから錨を打った。


 船長が小舟で岸へ戻ってくる。


「使えそうじゃないか」


「まだ杭を五本打っただけですよ」


「船がここまで入れるのは分かっただろ。俺にはそれで十分だ」


「こちらには十分じゃありません」


「港務代官は面倒だな」


「船を壊したら、もっと面倒でしょう」


「それは困る」


 船長はあっさり頷いた。


「だからちゃんと造ってくれ」


 言いたいことだけ言って、白波号へ戻っていった。


 オットーがしゃがみ、木切れで地面へ線を引く。


「先端はこの辺りまでだな」


 岸から海へ伸びる線。


 昨日考えていた桟橋より短い。


「幅はどうします?」


「荷車が通るなら――」


 そこまで言ったところで、ロイが首を振った。


「荷車を桟橋まで乗せる必要あるか?」


 俺はロイを見る。


「船から降ろした荷を、岸まで人夫が運ぶ。荷車は地面の上で待たせりゃいい」


「運ぶ距離が増えません?」


「少しな。ただ、その代わり桟橋を軽くできるだろ」


 オットーが木切れを止めた。


「その方がいい」


「どれくらい変わります?」


「荷を満載した荷車まで載せるなら、床板も横材も杭も太くなる。人と手押し車だけなら、かなり抑えられる」


 ロイが続ける。


「倉庫で使ってる二輪の手押し車なら、箱や袋は運べる。籠物なら担いだ方が早い時もある」


 中央岸壁と同じ仕事をさせる必要はない。


 ここで扱うのは大型船ではない。


 鉄材を何十束も降ろす場所でもない。


「荷車は岸まで」


「それがいい」


 オットーが線を引き直した。


「桟橋には人と小型の運搬具だけ。重量物は扱わない」


 ユリウスが記録する。


「用途を明確にしておいた方がよさそうですね」


「大型の鉄材、長い材木、大樽をまとまった数で扱うなら中央岸壁」


 ロイが言う。


「こっちは箱、袋、籠。小型船向けだ」


「陶器十八箱程度なら?」


「一度に積みすぎなけりゃ問題ない」


 同じ設備をもう一つ造るのではない。


 仕事を分ける。


 大型船と重量物は中央岸壁。


 喫水の浅い沿岸船と軽い荷は木造桟橋。


 条件が合えば、小舟を使った沖荷役も残す。


 使える場所を増やすというより、中央岸壁でなくてもいい船を外へ出す。


 午後には、オットーが修理浜を共同管理している他の二軒の船大工にも声を掛けた。


 三軒で必要な材木と人手を確認する。


 一軒だけで請け負わせるつもりはないらしい。


「巻き上げ機は要るな」


 オットーが言った。


「修理浜の物とは別で?」


「当たり前だ。あれを持ってきたら、今度は修理が止まる」


「新しく造るなら、どれくらいの物が必要です?」


「船を浜へ引き上げるほどの力はいらん。最後に船首を寄せたり、風で離れそうな時に綱を張ったりできればいい」


「逆転止めは欲しいですね」


「鍛冶屋に見てもらう」


 係留用の杭は、桟橋の構造材とは別に太い物を二本。


 船を引く綱の力を、歩くための桟橋へ直接掛けない。


 そこまで決まると、ようやくオットーが紙を受け取った。


「これなら見積もれる」


「本工事はまだですよ」


「分かってる。領主様の許可が出てからだ」


 そこも確認する。


 エドガーから許可されているのは、調査と見積もりまで。


 杭の位置を調べることと、本工事を始めることは別だ。


 夕方。


 ユリウスと港務所へ戻る途中、最初の候補地を通った。


 船大工が滑車と綱を掛け、深く沈んだ試し杭を引き抜いている。


 細い調査用の杭とはいえ、泥がしっかり噛んでいた。


 二人で綱を引くだけでは動かず、滑車を使ってようやく少しずつ上がってくる。


「最初の場所で、そのまま進めなくてよかったですね」


 ユリウスが言った。


「昨日の段階では、かなり良さそうに見えました」


「だからこそ、試し杭を打った意味がありました」


「ええ。間違っていたら変えるしかありません」


 ユリウスが頷く。


「その方が現場も動きやすいです。決めた案を守るために無理をさせられるのが一番困ります」


「そこは俺も気を付けます」


 港務所の前まで戻る。


 沖では白波号が夕方の帰り荷を積むため、中央岸壁へ移されていた。


 船長がこちらを見つけた。


「次に来る時には使えるか?」


「まだ費用も出ていません」


「遅いな」


「今朝、場所を変えたところです」


「じゃあ、その次までには頼む」


「それも約束できません」


「堅いな、港務代官」


「船が乗ったまま桟橋ごと沈むよりはいいでしょう」


 船長は一瞬考え、笑った。


「それは確かに困る」


 白波号へ荷が運ばれていく。


 その向こうでは、オットーたちが新しい候補地をもう一度測っている。


 残っているのは、本工事の杭ではない。


 位置と地盤を確かめるための目印だけだ。


 昨日より、造ろうとしている物は小さくなった。


 場所も変わった。


 荷車も載せない。


 扱う荷にも制限を付ける。


 その代わり、必要な仕事には十分届く形が見えてきた。


 夕暮れの内港で、オットーが最後の寸法を測り終える。


「これなら数字を出せるぞ!」


 明日になれば、ようやく値段が分かる。


 造るかどうかを決めるのは、その後だ。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/NfxVc2WP21A?si=JkQKDpWxxDQhRXiJ

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