第17話 荷が港から出ていかない
「第三倉庫、そろそろ通路が狭いです」
朝、ユリウスにそう言われて倉庫へ向かった。
扉を開ければ、理由はすぐ分かる。
荷が多い。
壁際には砂糖袋。奥には乾燥果実。その向こうには別の商人が買った品まで積まれている。
帳簿にない荷ではない。
札も付いている。
持ち主も分かっている。
それでも出ていかない。
「昨日入った分だけじゃありませんね」
「一週間以上前の荷もあります」
ユリウスが帳簿を開く。
この港の倉庫は無料ではない。
荷を置けば保管料が掛かり、日数が延びればその分だけ増える。それでも、小口の荷では専用の荷車を一台呼ぶより、数日分の倉庫料を払った方が安い場合があった。
「売れていない荷ですか?」
「いいえ。売買済みがかなりあります」
それなら、倉庫不足だけを考えるのは早い。
一番近くの砂糖袋を見る。
札にはデニス・カルヴァの名がある。
「白鴎号の砂糖ですよね」
「残り十二袋です。ほかはすでに出ています」
「デニスさんに聞きましょう」
第三倉庫を出る前に、ほかも確認した。
羊毛布。
乾燥果実。
香辛料。
量こそ違うが、同じように売買後も残っている荷がある。
船から岸壁へ下ろす速度は上がった。
岸壁から倉庫へ送るのも早くなった。
船が増え始めた今、その先が追いついていないらしい。
デニスは市場の店にいた。
朝から二人の手代へ指示を出し、自分も帳簿を見ている。
「第三倉庫の砂糖十二袋ですが」
「まだあるな」
「どうして運ばないんです?」
「運びたいさ。荷車が取れればな」
デニスは帳簿を閉じた。
「今は収穫期だ。村から麦や豆を運ぶ仕事が増えてる。荷車を一台、町の中だけで押さえようとすれば高い」
「砂糖十二袋なら、何日か保管料を払った方が安い?」
「そういうことだ」
「店まで運べないんですか」
「十二袋全部置いたら、今度は店の商品が置けなくなる。半分は町外れの倉へ持っていきたい」
羊毛布なども似た事情らしい。
大口なら専用の荷車を手配する。
小口なら、ほかの荷とまとめられるまで待つ。
倉庫料を払いながらでも、その方が安い。
商人が荷を放置しているわけではなかった。
「最近、港へ来る荷車は増えていますよね」
「増えてる。麦も革も前より多い」
「帰りは?」
デニスが俺を見る。
「大抵は空だな」
やはりそうか。
空荷で港を出ていく荷車自体は、以前から目にしていた。
ただ、船の少なかった頃は倉庫に空きがあり、それが問題にはならなかった。
港へ来る荷の量が増えて初めて、帰りの空荷と倉庫の滞留が同じ問題として見えてきた。
「一台、捕まえてみます」
「捕まえる?」
「話を聞くだけです」
市場を出て、北側の道へ向かった。
ちょうど港から荷車が二台出てくる。
一台は空だった。
「少しいいですか」
御者が手綱を緩める。
「港務代官殿か。どうした」
「どちらまで戻ります?」
「北の村だ」
「途中で荷を積む仕事を頼まれたら?」
御者が空の荷台を見る。
「行き先によるな」
「町外れまで、砂糖十二袋」
「それなら道をほとんど外れない」
「専用の荷車を呼ぶより安くできます?」
「空で帰るよりは、こっちも得だ」
話は早い。
「ただし日暮れまでには村へ戻りたい。積み込みで一刻も待たされるならやらん」
「荷は第三倉庫に揃っています」
「持ち主は?」
「デニス・カルヴァです」
「なら本人と話す」
俺が値段まで決める必要はなかった。
デニスへ人を送る。
本人はほどなく港へ来た。
「十二袋全部?」
「積める」
御者が荷台を叩いた。
「町外れの倉までなら、帰り道からほとんど外れん」
「値段は?」
そこからは二人の話だ。
デニスが提示する。
御者が少し上げる。
積み込み時間も条件に入る。
結局、デニスが町で専用車を一台頼むより安い額でまとまった。
「積み込みは?」
デニスがロイを見る。
「今なら二人出せる。港の荷役分は通常通りだ」
「頼む」
人夫二人が第三倉庫へ向かう。
砂糖十二袋を載せるのに、それほど時間は掛からなかった。
御者が荷を確認し、デニスの手代が受け取り先を書いた紙を渡す。
「じゃあ行くぞ」
荷車が港を出ていった。
第三倉庫へ戻ると、砂糖が積まれていた分だけ床が見えている。
「新しい倉庫を建てるより早いですね」
ニールが言った。
「この十二袋については、です」
明日も同じように都合のいい荷車が来るとは限らない。
方向が違えば運べない。
雨に弱い荷なら、覆いのない車には頼めない。
重い荷を積めない車もある。
すべての荷を帰り便へ押し込めるわけではなかった。
それでも、砂糖を積んで出た荷車を見ていた御者が一人、こちらへ寄ってきた。
「今の、帰りに荷を積んだのか?」
「そうです」
「西へ戻る荷もあるか?」
「俺には分かりません。商人へ聞けばあるかもしれません」
「毎回それじゃ面倒だな」
男が腕を組む。
そこへデニスが戻ってきた。
「確かに面倒だ」
「荷を運ばせたい側も、帰り荷を探す側も、毎回歩き回って相手を探していますからね」
俺が言うと、デニスは少し考えた。
「港へ来る商人は俺だけじゃない。御者だって毎日違う」
「そうですね」
「なら商人組合の店で、運ばせたい荷をまとめてもいい」
今度は御者が言った。
「こっちは港へ着いた時に帰る方角を言えばいいのか」
「それなら話が早い」
二人で勝手に話が進み始めた。
俺は口を挟まず聞く。
「ただ、いちいち市場まで聞きに行くのは嫌だぞ」
「港に何か置かせてもらえばいい」
デニスがこちらを見る。
「入口の脇、少し借りられないか」
「何を置くんです?」
「板だ。北へ帰る車、西へ帰る車。商人側も運んでほしい荷を書いておく」
「誰が管理します?」
「商人側は組合から一人出す。御者は自分で書ける奴が書けばいい。書けなければ組合の人間に言う」
「港務所の役人へ仕事を回すつもりは?」
「そこまで面倒を押しつけたら嫌がるだろ」
「よく分かっていますね」
デニスが笑う。
「ただし一つだけ」
俺は言った。
「港務所が荷車や御者を保証したことにはしません。こちらが貸すのは場所だけ。運賃、荷物の扱い、破損や紛失時の取り決めは商人と御者の間で決めてください」
「当然だ」
御者も頷く。
「俺だって、役所に値段を決められたくねえ」
「なら構いません」
昼前には、本当に板が持ち込まれた。
港務所が用意したわけではない。
デニスが市場から古い板を運ばせ、商人組合の若い手代が白墨を持ってついてきた。
板の上に大きく、
『帰り荷』
と書く。
その下は簡単だった。
北方面。
西方面。
町内。
その三つだけ。
「南へ行く車は?」
ニールが尋ねる。
「来たら増やす」
デニスが答えた。
「最初から何でも書こうとすると、字が小さくなる」
その意見には賛成だった。
最初に書かれた御者は、西方面。
その下へ出発予定だけを書く。
荷を運ばせたい商人名までは板に出さない。
具体的な荷と値段は、当人同士で話す。
板の脇にも一文を入れた。
『運賃・荷の扱いは当事者間で決めること』
そこまで確認したところで、俺は港務所へ戻った。
午後。
ユリウスから呼ばれて再び外へ出ると、板の前に三人いた。
一人は御者。
二人は商人の手代だ。
「西へ行くなら、羊毛布を八束頼みたい」
「どこまでだ」
「西門を出てすぐの倉庫です」
「それなら積める。ただ、雨が降りそうなら断るぞ」
「覆いはこちらで貸せます」
「値段は?」
俺たちを見る者はいない。
勝手に商売している。
「もう使われてますね」
ユリウスが言った。
「早いですね」
「デニス殿が市場で話したようです」
「それなら納得です」
その日のうちに成立したのは、砂糖を含めて三件だった。
羊毛布八束。
乾燥果実六籠。
もう一件、香辛料を頼もうとした商人は行き先が合わず断られた。
加工革は重量の都合で御者側が断った。
何でもうまくいくわけではない。
それでも三台が、空荷ではなくなった。
夕方に第三倉庫を見る。
朝より通路に余裕がある。
砂糖十二袋が消え、乾燥果実も六籠減った。
「倉庫の増設、止めますか?」
ユリウスが尋ねる。
「いいえ」
「必要になると思います?」
「船が増え続ければ、いずれ五棟では足りなくなるでしょう」
今ある倉庫を効率よく使うことと、将来の増設は別の話だ。
「ただ、今日の状態だけ見て建て始めなくてよかった」
「荷そのものではなく、出口が詰まっていた」
「ええ」
倉庫は荷を溜めるための建物じゃない。
次へ渡すまで預かる場所だ。
流せる荷を流した上で足りないなら、その時に増やせばいい。
港務所へ戻る途中、デニスが入口で待っていた。
「荷車の件ですか?」
「ああ」
「問題が?」
「逆だ。商人組合でも同じことをやることにした」
「市場でも?」
「店へ荷を持ってきた車が、空で港へ戻ることもある。そいつらに港向けの荷を積ませる」
今度は逆向きだ。
町から港へ来る帰り荷。
「組合で?」
「俺一人でやるより早い。ほかの商人も、荷車代が下がるなら乗る」
「港務所へ手数料は?」
「払わんぞ」
「請求してません」
「なら話は終わりだ」
ずいぶん都合のいい終わり方だった。
「ただし、港の板を見れば必ず荷がある、とは宣伝しないでください」
「そんな保証をしたら、荷がない日に俺が御者から怒鳴られる」
「分かっているなら大丈夫です」
「明日から組合の手代を朝と夕方に一度ずつ港へ寄らせる。こっちの荷と、そっちの車を見比べる」
「好きにしてください」
「お前の許可が欲しいわけじゃない」
「では、なぜ報告を?」
デニスが一瞬黙った。
「港の入口に板を置かせてもらってるからだ」
「それならありがとうございます」
「礼を言うところか?」
「たぶん」
デニスは首を振って帰っていった。
翌朝。
港務所へ来た時には、入口の板にすでに文字が増えていた。
北へ帰る荷車が二台。
西へ一台。
その横には、商人側から出された小口の荷が三件。
俺が何か書く前に、御者が一人、板の前へ立つ。
「北の荷、これ誰に聞けばいい?」
商人組合の手代がすぐ顔を上げた。
「私です。行き先を聞かせてもらえますか」
そこから先は二人で話し始める。
港務所へ相談には来なかった。
ユリウスが隣でその様子を見ていた。
「役所の仕事が増えませんでしたな」
「ありがたいことです」
「珍しい」
「そこは同意します」
中央岸壁では、村から来た荷車が麦を降ろしている。
荷台が空になったところで、御者はそのまま帰らなかった。
入口の『帰り荷』の板へ向かって歩いていく。
港へ荷を運ぶだけだった車が、今度は次の荷を探し始めていた。
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