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『潰れかけの辺境港を任された元港湾責任者、検疫と荷役を立て直したら世界一の交易都市になった』  作者: あちゅ和尚


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17/23

第17話 荷が港から出ていかない

「第三倉庫、そろそろ通路が狭いです」


 朝、ユリウスにそう言われて倉庫へ向かった。


 扉を開ければ、理由はすぐ分かる。


 荷が多い。


 壁際には砂糖袋。奥には乾燥果実。その向こうには別の商人が買った品まで積まれている。


 帳簿にない荷ではない。


 札も付いている。


 持ち主も分かっている。


 それでも出ていかない。


「昨日入った分だけじゃありませんね」


「一週間以上前の荷もあります」


 ユリウスが帳簿を開く。


 この港の倉庫は無料ではない。


 荷を置けば保管料が掛かり、日数が延びればその分だけ増える。それでも、小口の荷では専用の荷車を一台呼ぶより、数日分の倉庫料を払った方が安い場合があった。


「売れていない荷ですか?」


「いいえ。売買済みがかなりあります」


 それなら、倉庫不足だけを考えるのは早い。


 一番近くの砂糖袋を見る。


 札にはデニス・カルヴァの名がある。


「白鴎号の砂糖ですよね」


「残り十二袋です。ほかはすでに出ています」


「デニスさんに聞きましょう」


 第三倉庫を出る前に、ほかも確認した。


 羊毛布。


 乾燥果実。


 香辛料。


 量こそ違うが、同じように売買後も残っている荷がある。


 船から岸壁へ下ろす速度は上がった。


 岸壁から倉庫へ送るのも早くなった。


 船が増え始めた今、その先が追いついていないらしい。


 デニスは市場の店にいた。


 朝から二人の手代へ指示を出し、自分も帳簿を見ている。


「第三倉庫の砂糖十二袋ですが」


「まだあるな」


「どうして運ばないんです?」


「運びたいさ。荷車が取れればな」


 デニスは帳簿を閉じた。


「今は収穫期だ。村から麦や豆を運ぶ仕事が増えてる。荷車を一台、町の中だけで押さえようとすれば高い」


「砂糖十二袋なら、何日か保管料を払った方が安い?」


「そういうことだ」


「店まで運べないんですか」


「十二袋全部置いたら、今度は店の商品が置けなくなる。半分は町外れの倉へ持っていきたい」


 羊毛布なども似た事情らしい。


 大口なら専用の荷車を手配する。


 小口なら、ほかの荷とまとめられるまで待つ。


 倉庫料を払いながらでも、その方が安い。


 商人が荷を放置しているわけではなかった。


「最近、港へ来る荷車は増えていますよね」


「増えてる。麦も革も前より多い」


「帰りは?」


 デニスが俺を見る。


「大抵は空だな」


 やはりそうか。


 空荷で港を出ていく荷車自体は、以前から目にしていた。


 ただ、船の少なかった頃は倉庫に空きがあり、それが問題にはならなかった。


 港へ来る荷の量が増えて初めて、帰りの空荷と倉庫の滞留が同じ問題として見えてきた。


「一台、捕まえてみます」


「捕まえる?」


「話を聞くだけです」


 市場を出て、北側の道へ向かった。


 ちょうど港から荷車が二台出てくる。


 一台は空だった。


「少しいいですか」


 御者が手綱を緩める。


「港務代官殿か。どうした」


「どちらまで戻ります?」


「北の村だ」


「途中で荷を積む仕事を頼まれたら?」


 御者が空の荷台を見る。


「行き先によるな」


「町外れまで、砂糖十二袋」


「それなら道をほとんど外れない」


「専用の荷車を呼ぶより安くできます?」


「空で帰るよりは、こっちも得だ」


 話は早い。


「ただし日暮れまでには村へ戻りたい。積み込みで一刻も待たされるならやらん」


「荷は第三倉庫に揃っています」


「持ち主は?」


「デニス・カルヴァです」


「なら本人と話す」


 俺が値段まで決める必要はなかった。


 デニスへ人を送る。


 本人はほどなく港へ来た。


「十二袋全部?」


「積める」


 御者が荷台を叩いた。


「町外れの倉までなら、帰り道からほとんど外れん」


「値段は?」


 そこからは二人の話だ。


 デニスが提示する。


 御者が少し上げる。


 積み込み時間も条件に入る。


 結局、デニスが町で専用車を一台頼むより安い額でまとまった。


「積み込みは?」


 デニスがロイを見る。


「今なら二人出せる。港の荷役分は通常通りだ」


「頼む」


 人夫二人が第三倉庫へ向かう。


 砂糖十二袋を載せるのに、それほど時間は掛からなかった。


 御者が荷を確認し、デニスの手代が受け取り先を書いた紙を渡す。


「じゃあ行くぞ」


 荷車が港を出ていった。


 第三倉庫へ戻ると、砂糖が積まれていた分だけ床が見えている。


「新しい倉庫を建てるより早いですね」


 ニールが言った。


「この十二袋については、です」


 明日も同じように都合のいい荷車が来るとは限らない。


 方向が違えば運べない。


 雨に弱い荷なら、覆いのない車には頼めない。


 重い荷を積めない車もある。


 すべての荷を帰り便へ押し込めるわけではなかった。


 それでも、砂糖を積んで出た荷車を見ていた御者が一人、こちらへ寄ってきた。


「今の、帰りに荷を積んだのか?」


「そうです」


「西へ戻る荷もあるか?」


「俺には分かりません。商人へ聞けばあるかもしれません」


「毎回それじゃ面倒だな」


 男が腕を組む。


 そこへデニスが戻ってきた。


「確かに面倒だ」


「荷を運ばせたい側も、帰り荷を探す側も、毎回歩き回って相手を探していますからね」


 俺が言うと、デニスは少し考えた。


「港へ来る商人は俺だけじゃない。御者だって毎日違う」


「そうですね」


「なら商人組合の店で、運ばせたい荷をまとめてもいい」


 今度は御者が言った。


「こっちは港へ着いた時に帰る方角を言えばいいのか」


「それなら話が早い」


 二人で勝手に話が進み始めた。


 俺は口を挟まず聞く。


「ただ、いちいち市場まで聞きに行くのは嫌だぞ」


「港に何か置かせてもらえばいい」


 デニスがこちらを見る。


「入口の脇、少し借りられないか」


「何を置くんです?」


「板だ。北へ帰る車、西へ帰る車。商人側も運んでほしい荷を書いておく」


「誰が管理します?」


「商人側は組合から一人出す。御者は自分で書ける奴が書けばいい。書けなければ組合の人間に言う」


「港務所の役人へ仕事を回すつもりは?」


「そこまで面倒を押しつけたら嫌がるだろ」


「よく分かっていますね」


 デニスが笑う。


「ただし一つだけ」


 俺は言った。


「港務所が荷車や御者を保証したことにはしません。こちらが貸すのは場所だけ。運賃、荷物の扱い、破損や紛失時の取り決めは商人と御者の間で決めてください」


「当然だ」


 御者も頷く。


「俺だって、役所に値段を決められたくねえ」


「なら構いません」


 昼前には、本当に板が持ち込まれた。


 港務所が用意したわけではない。


 デニスが市場から古い板を運ばせ、商人組合の若い手代が白墨を持ってついてきた。


 板の上に大きく、


『帰り荷』


 と書く。


 その下は簡単だった。


 北方面。


 西方面。


 町内。


 その三つだけ。


「南へ行く車は?」


 ニールが尋ねる。


「来たら増やす」


 デニスが答えた。


「最初から何でも書こうとすると、字が小さくなる」


 その意見には賛成だった。


 最初に書かれた御者は、西方面。


 その下へ出発予定だけを書く。


 荷を運ばせたい商人名までは板に出さない。


 具体的な荷と値段は、当人同士で話す。


 板の脇にも一文を入れた。


『運賃・荷の扱いは当事者間で決めること』


 そこまで確認したところで、俺は港務所へ戻った。


 午後。


 ユリウスから呼ばれて再び外へ出ると、板の前に三人いた。


 一人は御者。


 二人は商人の手代だ。


「西へ行くなら、羊毛布を八束頼みたい」


「どこまでだ」


「西門を出てすぐの倉庫です」


「それなら積める。ただ、雨が降りそうなら断るぞ」


「覆いはこちらで貸せます」


「値段は?」


 俺たちを見る者はいない。


 勝手に商売している。


「もう使われてますね」


 ユリウスが言った。


「早いですね」


「デニス殿が市場で話したようです」


「それなら納得です」


 その日のうちに成立したのは、砂糖を含めて三件だった。


 羊毛布八束。


 乾燥果実六籠。


 もう一件、香辛料を頼もうとした商人は行き先が合わず断られた。


 加工革は重量の都合で御者側が断った。


 何でもうまくいくわけではない。


 それでも三台が、空荷ではなくなった。


 夕方に第三倉庫を見る。


 朝より通路に余裕がある。


 砂糖十二袋が消え、乾燥果実も六籠減った。


「倉庫の増設、止めますか?」


 ユリウスが尋ねる。


「いいえ」


「必要になると思います?」


「船が増え続ければ、いずれ五棟では足りなくなるでしょう」


 今ある倉庫を効率よく使うことと、将来の増設は別の話だ。


「ただ、今日の状態だけ見て建て始めなくてよかった」


「荷そのものではなく、出口が詰まっていた」


「ええ」


 倉庫は荷を溜めるための建物じゃない。


 次へ渡すまで預かる場所だ。


 流せる荷を流した上で足りないなら、その時に増やせばいい。


 港務所へ戻る途中、デニスが入口で待っていた。


「荷車の件ですか?」


「ああ」


「問題が?」


「逆だ。商人組合でも同じことをやることにした」


「市場でも?」


「店へ荷を持ってきた車が、空で港へ戻ることもある。そいつらに港向けの荷を積ませる」


 今度は逆向きだ。


 町から港へ来る帰り荷。


「組合で?」


「俺一人でやるより早い。ほかの商人も、荷車代が下がるなら乗る」


「港務所へ手数料は?」


「払わんぞ」


「請求してません」


「なら話は終わりだ」


 ずいぶん都合のいい終わり方だった。


「ただし、港の板を見れば必ず荷がある、とは宣伝しないでください」


「そんな保証をしたら、荷がない日に俺が御者から怒鳴られる」


「分かっているなら大丈夫です」


「明日から組合の手代を朝と夕方に一度ずつ港へ寄らせる。こっちの荷と、そっちの車を見比べる」


「好きにしてください」


「お前の許可が欲しいわけじゃない」


「では、なぜ報告を?」


 デニスが一瞬黙った。


「港の入口に板を置かせてもらってるからだ」


「それならありがとうございます」


「礼を言うところか?」


「たぶん」


 デニスは首を振って帰っていった。


 翌朝。


 港務所へ来た時には、入口の板にすでに文字が増えていた。


 北へ帰る荷車が二台。


 西へ一台。


 その横には、商人側から出された小口の荷が三件。


 俺が何か書く前に、御者が一人、板の前へ立つ。


「北の荷、これ誰に聞けばいい?」


 商人組合の手代がすぐ顔を上げた。


「私です。行き先を聞かせてもらえますか」


 そこから先は二人で話し始める。


 港務所へ相談には来なかった。


 ユリウスが隣でその様子を見ていた。


「役所の仕事が増えませんでしたな」


「ありがたいことです」


「珍しい」


「そこは同意します」


 中央岸壁では、村から来た荷車が麦を降ろしている。


 荷台が空になったところで、御者はそのまま帰らなかった。


 入口の『帰り荷』の板へ向かって歩いていく。


 港へ荷を運ぶだけだった車が、今度は次の荷を探し始めていた。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/NfxVc2WP21A?si=JkQKDpWxxDQhRXiJ

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