第16話 三隻来ても、岸壁は一つ
「沖に三隻います」
朝一番で港口から戻ってきた役人の報告に、ユリウスが手を止めた。
「全部、入港希望ですか」
「はい。レーン商会の《銀穂号》、南から来た《朝風号》、沿岸商船の《黒鷲号》です」
窓から外を見る。
港口の向こうに三組の帆が見えていた。
一隻なら、もう珍しくない。
二隻が重なる日も出てきた。
三隻同時は初めてだ。
ユリウスがすぐに書類棚へ向かう。
「銀穂号は事前連絡があります」
数日前に届いていた紙を開く。
「レーン商会との一ヶ月試行、その一隻目ですな。到着予定は今日。ほぼ予定通りです」
積荷も事前情報から変わっていない。
降ろすのは羊毛布六十束と錫二十四束。
積み込むのは麦六十袋。
倉庫の空き、人員、荷車は昨日のうちに準備してある。
「到着順は?」
「銀穂号、朝風号、黒鷲号の順です」
「なら銀穂号から入れましょう」
レーン商会だからではない。
一番先に来たからだ。
マティアスとも、優先岸壁は認めないと決めている。
「残る二隻には、何を降ろして何を積むのか聞いてください。必ずしも岸壁へ横付けしないと仕事ができないとは限りません」
「分かりました」
案内船が港外へ戻る。
中央岸壁へ出ると、ロイはすでに十八人の人夫を集めていた。
「銀穂号だな」
「準備は?」
「昨日のうちに終わってる。羊毛布は第三倉庫側へ流す。錫は石床側。積み込みの麦も岸壁の外まで出してある」
実際、麦六十袋は待機場所へ揃えてある。
船が来る前から荷が岸壁を塞ぐこともない。
「十八人で?」
「最初はな。船から受けるのに八、錫に六、荷車と倉庫側に四。羊毛布が片づいたら人を組み替える」
「お願いします」
銀穂号が案内船に続いて港内へ入ってきた。
仮浮標の位置に合わせ、船長がゆっくり船首を変える。
三つ目を抜けると中央岸壁へ向かい、そのまま着岸した。
「始めるぞ!」
ロイの声で人夫が動く。
船から最初に羊毛布が降りてきた。
岸壁で受け、そのまま荷車へ載せる。
一定数が揃えば第三倉庫へ。
以前のように岸壁へ荷の山を作らない。
錫も別の流れで動き始めた。
十分ほどしたところで、港口から小舟が戻ってくる。
「朝風号の船長が話したいそうです」
「こちらへ」
やってきたのは、日に焼けた四十代ほどの男だった。
「朝風号のミケルだ」
「港務代官のセドリックです」
ミケルは中央岸壁の銀穂号を見る。
「どのくらいで空く?」
「今の進みなら昼を大きく越えないと思います。ただ、まだ始まったばかりなので確約はできません」
「こっちは南方果実四十六籠と薬草八箱だ。全部ここで降ろす」
「買い手は?」
「市場の商人が待ってるはずだ」
果実は何時間待ったら全部駄目になるような荷ではない。
だからといって、日を受ける船上へ長く置きたい物でもなかった。
「金を足したら先に入れるか?」
「岸壁の順番は売っていません」
ミケルは特に気を悪くした様子もなく、肩をすくめた。
「聞いてみただけだ。商売だからな」
「岸壁を使わずに先に降ろす方法ならあります」
「小舟か?」
「はい」
港務所の小舟を使い、沖にいる朝風号から少量ずつ荷を運ぶ。
波が高ければ無理だ。
今朝は風も弱く、港外の海面も穏やかだった。
「船から小舟へ下ろす作業は朝風号側でお願いします。港側は小舟と岸の受け入れを担当します」
「四十六籠全部いけるか?」
「何往復か必要です。追加の小舟と人夫の分は実費をもらいます」
「岸壁を買う金じゃないわけだな」
「そうです」
ユリウスが概算を出す。
ミケルは少し考えたあと、頷いた。
「果実を半日余計に積んどくより安い。頼む」
「途中で風が出た場合は止めます」
「それでいい」
朝風号の船長が戻る。
問題は人手だった。
「ロイ」
銀穂号側を見る。
羊毛布はすでに半分以上が船から降り、荷車へ流れている。
「朝風号へ六人回せますか」
ロイも進み具合を確認した。
「今ならいける。羊毛がここまで減ったなら、船受けを六人に落としても詰まらねえ。錫も最初の山を運び終えたから、そっちから二人戻せる」
「銀穂号の作業速度は?」
「ほぼ落ちない」
「ならお願いします」
「朝風号には六人。小舟に二人ずつ、岸で二人だ」
十八人を最初から二つの船へ分けたわけではない。
一つの工程が進んだから、その分だけ人を次へ回す。
小舟二艘が朝風号へ向かった。
しばらくすると、果実籠を載せて戻ってくる。
岸側では役人が待っていた。
「十二籠!」
最初の小舟から荷を受ける。
数を確認し、荷主名と品目を記録する。
正式な鉛札を一荷口に付けてから、市場側の買い手へ引き渡す。
倉庫へ入らないからといって、港を通った記録まで省くわけではない。
薬草八箱も同じだ。
小舟から岸へ上がった時点で数と申告を確認し、正式な札を付ける。
「直に買い手へ渡せるのか」
ミケルから来た手代が聞く。
「確認が終わった分からなら」
役人が答える。
これなら、買い手も倉庫からもう一度引き取る必要がない。
港側も余計な保管場所を使わずに済む。
二回目の小舟が沖へ戻った頃、別の連絡船が入ってきた。
「黒鷲号です」
「荷は?」
「降ろす物はほとんどありません。革四十束を積み込み、飲み水二十樽を希望しています。今日中に北へ出たいそうです」
ユリウスが銀穂号を見る。
「このままなら、その次に岸壁へ入れても夕方には十分間に合いそうですな」
「水は先に用意できますか」
「ガストンたちへ伝えれば」
「では待っている間に水を揃えてもらいましょう。革も岸壁の外まで運んでおく」
「黒鷲号は三番目のまま?」
「もちろんです」
朝風号が沖荷役を選んだからといって、黒鷲号が二番目になるわけではない。
朝風号の仕事は今もう始まっている。
黒鷲号は三番目に着いた。
中央岸壁を使う順番は変えない。
昼前には、銀穂号から羊毛布六十束がすべて降りた。
錫も残りわずか。
人夫を減らしても、流れは止まっていない。
「錫、最後!」
最後の一束が荷車へ載る。
数を確認。
続いて麦六十袋の積み込みへ移った。
船内の積み位置は銀穂号の船長が指示し、港側はその順番に合わせて袋を送る。
その横では、朝風号と岸を結ぶ小舟が三度目の往復を終えていた。
果実籠の半分以上がすでに市場側へ渡っている。
「銀穂号の人員、休憩入れるぞ」
ロイが言った。
「半分ずつ?」
「ああ。朝風号へ回してる連中とは別にする。戻した時に全員へ一気に疲れが出る方が面倒だ」
「お願いします」
仕事量が増えたから、休憩を削る。
それをやれば一日だけは早く回るかもしれない。
翌日には人が潰れる。
ロイが先に調整できるなら、その方がいい。
銀穂号の最後の麦袋が積み込まれたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
船長が岸へ降りてくる。
「マティアスから聞いていた通りだった」
「何を聞いていました?」
「入港料より、止まる時間を見ろとな」
特別値引きはない。
優先岸壁もない。
それでも、事前に荷を伝えておけば朝に入って昼過ぎには荷を入れ替えられる。
「次の船も事前情報を送る」
「お願いします。ただ、大きく遅れた場合は準備を一度解きます」
「聞いてる。それでいい」
銀穂号の舫いが外された。
一ヶ月試行の一隻目は、昼過ぎには港を出た。
中央岸壁が空く。
待っていた黒鷲号へ案内船が向かう。
その間にロイたちは銀穂号用の待機場所を片づけ、今度は革四十束を岸壁外へ寄せる。
人夫の一部は休憩を終えて戻ってきていた。
「黒鷲号は積み込みだけだから、十二人で足りる」
ロイが言う。
「残りは?」
「朝風号の最後を手伝わせる。終わったら順番に休ませる」
「分かりました」
黒鷲号が中央岸壁へ着いた頃、ガストンも荷車を連れてやってきた。
「西井戸十二樽、南市場八樽。合計二十!」
飲料水用の樽には、水源を示す札が付いている。
「船長には?」
「もう見せた。西と南の水でいいってよ」
ガストンが答える。
黒鷲号側でも受け取りを確認する。
その後で水樽を積み始めた。
同時に革四十束も船へ運ぶ。
一方、朝風号では最後の小舟が戻ってきた。
岸の役人が数を読み上げる。
「果実、四十六籠!」
最初からの記録と合わせる。
四十六。
薬草八箱。
どちらも申告数と一致した。
途中で一籠の底が緩んでいるのが見つかったが、小舟の上で別籠へ移したため中身に大きな傷みはない。
買い手側も確認する。
最後の鉛札を処理して、朝風号の荷役が終わった。
ミケルが小舟で岸へ来る。
「全部揃った」
「こちらも四十六籠、薬草八箱で記録しています」
ユリウスが追加費用の紙を渡した。
「小舟二艘と人夫の追加分です」
ミケルは金額を確認し、その場で払った。
「次から先に荷を知らせた方がいいな」
「知らせてもらえれば、今日より準備しやすくなります」
「岸壁を空けてくれるわけではないんだろ」
「そこは変わりません」
「分かってる」
ミケルは少し笑った。
「ただ、沖から降ろせる荷なら、それも先に教えてくれ。待つ以外の手があると分かってるだけで違う」
「天候と荷物次第、と書き添えておきます」
「それで十分だ」
朝風号が港を離れていく。
中央岸壁では黒鷲号の積み込みが続いていた。
水樽を受け取る班。
革を運ぶ班。
荷車を戻す人夫。
それぞれの仕事が別の流れを使っているため、人は多くても岸壁の中央でぶつかることはなかった。
やがて最後の革束が船内へ入った。
水も二十樽。
数量確認。
黒鷲号の船長が出港準備を命じる。
まだ日は大きく傾いていない。
三隻目も岸壁を離れた。
ようやく中央岸壁が空く。
ロイが作業表を見ながら人夫を集めた。
「今日はここで一度切る。荷車を戻したら、まだ休めてない連中から先に休ませるぞ」
「お願いします」
「この人数で三隻全部を同時に扱えるわけじゃねえ。今日は仕事が違ったから回せただけだ」
ユリウスも同じところを見ていたらしい。
「銀穂号も朝風号も黒鷲号も、全部が錫や材木を大量に降ろす船なら無理でしたな」
「その場合は、一隻ずつ待ってもらいます」
岸壁は増えていない。
人夫も急に倍になったわけではない。
小舟を使えば何でも解決するわけでもない。
今日は三隻の仕事が違ったから、使う場所と人間をずらせた。
そこを勘違いしない方がいい。
ユリウスが今日の入港記録を見た。
「銀穂号は予定通り。朝風号は沖荷役。黒鷲号は積み込み中心。三隻とも日をまたがず出港」
「費用の集計は明日でいいです」
「異論ありません」
港務所へ戻ろうとした時、港口の見張り台から鐘が鳴った。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
入港希望船だ。
南の水平線に、小さな帆が見えている。
ロイも振り返ったが、すぐ人夫たちへ視線を戻した。
「次の船を入れる前に、こっちは休ませるぞ」
「ええ。それでお願いします」
案内船が港口へ向かう。
朝には三隻が待っていた海面から、今度は新しい一隻がこちらへ近づいてくる。
中央岸壁は空いたばかりだった。
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