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『潰れかけの辺境港を任された元港湾責任者、検疫と荷役を立て直したら世界一の交易都市になった』  作者: あちゅ和尚


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第15話 一潮で舵を直せ

「舵が壊れた。明日の朝までに直せる職人はいないか」


 昼前、港務所へ入ってきた男は、名乗るより先にそう言った。


 四十代半ばほど。潮で白くなった外套を着た、沿岸商船《青鷺号》の船長ベルナーだ。


「壊れた、というのは?」


「右へ切る時だけ途中で噛む。今朝、この港へ入る時には舵柄が戻らなくなりかけた」


 ユリウスが入港記録を確認する。


「案内船からも報告があります。二つ目の仮浮標を過ぎたところで、船首の戻りが遅れたそうです」


「その状態で航海を続ける気は?」


「ないからここに来た」


 そこはまともな船長らしい。


「この港で商船を修理できるかどうかは、職人に聞かないと答えられません」


「船大工はいるんだな?」


「漁船を直している人なら」


「呼んでくれ」


 人を走らせると、ほどなく大柄な男が港務所へ入ってきた。


 オットー・ケルン。


 四十代後半の船大工で、港の西側に作業小屋を持っている。


 普段は漁船の外板、櫂、帆柱、舵などを直している男だ。


「中型商船の舵だって?」


「見てもらえますか」


「見るだけならな」


 返事が早い。


 中央岸壁へ向かった。


 青鷺号は白鴎号ほど大きくないが、漁船とは比べものにならない。


 二本マストのずんぐりした商船で、船尾では二人の船員が舵柄を動かしていた。


 左。


 中央。


 右。


 右へ切る途中で、急に動きが重くなる。


「もう一回」


 オットーが船尾でしゃがみ込んだ。


 船員が同じ動きをする。


「小舟を一艘借りるぞ」


「どうぞ」


 オットーとベルナーが船尾の下へ回った。


 しばらくして戻ってきたオットーの手には、錆の混じった小さな金属片があった。


「下側の舵金具が割れてる」


「舵板そのものは?」


「今見える範囲じゃ無事だ。ただ、金具を外さないと木部までは分からん」


 ベルナーがすぐ聞く。


「ここで直せるか?」


「水の上じゃやらない」


「乾船渠なんてないだろ」


「修理浜がある」


 オットーが西を指した。


「満潮に合わせて船を入れる。潮が引けば船尾側を出せる」


「この船でも?」


「荷を少し抜けばな」


 その言葉で、西の入り江へ見に行くことになった。


 修理浜は港の中心から少し離れた場所にある。


 海へ向かって緩く傾斜した砂泥の地面へ太い木材が埋められ、船体を支えるための杭穴も残っている。端には大きな木製の巻き上げ機が一基あった。


 新しくはない。


 だが、縄や支材には手入れの跡がある。


「使われているんですね」


「漁船にはな」


 オットーが答えた。


「土地は領主家のものだ。巻き上げ機や支材は昔の船大工組合が置いた。組合がなくなった後は、俺を含めた三軒の船大工で共同管理してる」


「修理浜の使用料は?」


 ユリウスが聞く。


「漁船なら三軒で決めた額を取る。土地代として港へ出す分もある」


「商船は?」


「長いこと来てないから、決まりなんてねえ」


 そこは後で整理が必要になる。


 今は青鷺号だ。


「入れられます?」


 オットーは浜と船を交互に見た。


「満潮なら。ただし船尾を軽くしたい」


 ベルナーへ向き直る。


「後ろに何を積んでる?」


「陶器二十二箱。予備の水樽が六本。その前に乾燥豆」


「どれを抜くかは船長が決めろ。修理できる程度まで船尾を軽くしたいだけだ」


 ベルナーは少し考えた。


「陶器十四箱と水樽四本を降ろす。それ以上抜くなら船の釣り合いを見てからだ」


「それで始めよう」


 オットーは割れた金具を掲げた。


「俺は寸法を取って鍛冶屋へ行く。同じ物を今日中に作らせる」


「今日中?」


「今日の満潮は夕方だ。そこへ合わせて修理浜へ入れる。潮が引けば夜には船尾を触れる高さまで出る」


 ベルナーが顔を上げた。


「夜の干潮で交換できるか?」


「木部まで割れてなければ」


「明日の朝には出たい」


「なら今から急げ。潮は待ってくれん」


 話が決まった。


 青鷺号の陶器十四箱と水樽四本を一時的に降ろす。


 陶器は第二倉庫へ。


 水樽は船名と本数を記録して、別区画へ仮置きする。


 ロイが人夫を手配し、ベルナーが船内から荷を出す順番を決めた。


「修理費は?」


 ベルナーがオットーに聞く。


「まだ決められん」


「だいたいでいい」


「金具交換だけならここまで。木が傷んでたらここまで。使える材木がなくて新しく買うなら、もう少し上がる」


 オットーは三段階で金額を示した。


「上の額を超えそうなら?」


「手を付ける前に言う」


「分かった」


 ベルナーはそれで納得した。


 午後、青鷺号から予定していた荷を降ろし終えた。


 オットーは鍛冶屋と行き来している。


 ベルナーは船員に船尾周辺を空けさせる。


 港務所の通常業務はそのまま続いた。


 夕方。


 潮が十分に満ちてきたところで、青鷺号を西の修理浜へ動かした。


 オットーのほか、共同管理している船大工の一人も来ている。


 左右から綱を取り、ゆっくり入り江へ入れる。


「もう少し左!」


「そこで止めろ!」


 青鷺号の位置が決まった。


 船体の左右へ支材を入れる準備をし、潮が引き始めるのを待つ。


 ベルナーが海面を見た。


「本当にこれで船底が出るのか」


「毎週漁船でやってる」


「これは漁船じゃない」


「だから支材を増やした」


 オットーは平然としている。


「船底全部を出すわけじゃない。船尾の金具へ手が届けばいい」


 水位が少しずつ下がる。


 青鷺号の船底が砂泥へ触れる前に、左右へ太い支材を入れる。


 船員が綱を張る。


 さらに潮が引く。


 夜が深くなる頃には、船尾の下部が作業できる高さまで露出した。


 浜側から灯りを向ける。


 オットーがしゃがみ込み、壊れた金具を外した。


「木は?」


 ベルナーが尋ねる。


「待て」


 穴の周囲を削り、叩き、灯りを近づける。


「少し広がってるだけだ。割れてない」


 ベルナーの肩から力が抜けた。


「金具交換だけで済む?」


「ああ。穴を埋め直して締める」


 鍛冶屋が作った新しい金具を当てる。


 一度目。


 少し位置が合わない。


「穴じゃなく金具を削れ」


 オットーが鍛冶屋に渡す。


「船体へ合わせるな。元の位置を変えたら舵の軸がずれる」


「分かってる」


 鍛冶屋がその場で金具の端を削る。


 二度目。


 今度は収まった。


 古い穴を補修し、新しい金具を固定する。


 船大工、鍛冶屋、青鷺号の船員。


 誰もこちらへ指示を求めに来ない。


 ユリウスは作業場の端で、修理浜へ入れた時刻と一時荷役の記録だけを取っている。


 夜半前。


「舵を動かせ!」


 船上の船員が舵柄を握る。


 左へ切る。


 中央へ戻す。


 右。


 途中で止まらない。


 ベルナー自身が船へ上がり、もう一度動かした。


「軽い」


「元と同じか?」


「ああ」


「なら朝、浮いてからもう一度確認する」


 ベルナーが財布へ手を伸ばす。


「今払う」


「海で動かしてからでいい」


 オットーは工具を片づけた。


「浜の上で動いたって、実際に水を受けた時に駄目なら直したことにならん」


 ベルナーは一瞬黙り、それから頷いた。


「分かった」


 翌朝。


 潮が戻るのに合わせて青鷺号を浮かせた。


 仮置きしていた陶器と水樽は、まだ戻さない。


 まず港内の深い場所まで船を動かす。


 舵を左へ。


 右へ。


 速度を少し上げる。


 船首が素直に追従した。


 岸へ戻ってきたベルナーが、オットーへ手を差し出す。


「直った」


「なら金をもらう」


「そこは早いな」


「直った後だからな」


 二人で笑っている。


 修理代は、最初に示した三段階のうち一番安い金額で決まった。


 陶器十四箱と水樽四本を青鷺号へ戻す。


 通常の荷役料とは別に、修理のため余計に発生した一時荷役分もベルナーが支払った。


 修理浜については、従来の漁船向け使用料を基準に、今回はオットーたち三軒の船大工と港務所で話し合った額にした。


 恒久料金ではない。


 次に商船が来る前に整理する必要がある。


「ここで直せるとは思わなかった」


 出港前、ベルナーが言った。


「俺も昨日までは知りませんでした」


「それを船長に言うのか」


 後ろからオットーの声が飛んだ。


「今は知ってます」


「胸張るな」


 ベルナーが笑う。


「本当ならヴァンネルまで行くつもりだった」


「その舵で?」


「風が弱ければ。無理なら曳航を頼む」


 修理港まで移動するだけでも一仕事だったらしい。


「次も壊れたらここへ来る」


「壊れないで来てください」


「それが一番だな」


 青鷺号は午前中に港を出ていった。


 案内船の後ろを通り、暫定航路から外海へ出る。


 俺が港務所へ戻ろうとすると、オットーが追ってきた。


「代官」


「何でしょう」


「西の修理浜のことで話がある」


「使用料ですか?」


「それも後で決める。でも先に、あそこを直したい」


 昨日使った入り江を見る。


「巻き上げ機が古い。商船相手なら支材も足りん。材木を乾かす場所も狭いし、雨の日に金具を触れる屋根も欲しい」


「港へ予算を出せ、と?」


「違う」


 オットーはあっさり否定した。


「俺たちで出す」


「三軒の船大工で?」


「今朝もう話した。二軒は乗る。鍛冶屋も金を出すと言ってる」


「鍛冶屋まで?」


「舵金具一つ作っただろ。商船の修理が増えれば、鍛冶仕事も増える」


 昨日の一件だけで、もう次を見ている。


「ただし土地は領主家だ」


 オットーが続けた。


「今までの漁船修理より広く使いたい。作業小屋も少し張り出す。勝手にやって後から壊せと言われるのは困る」


「共同管理している設備の改修について、三軒とも同意しているんですね?」


「ああ。紙が必要なら三人とも印を付ける」


「必要です」


「やっぱりか」


「土地まで広げるなら、なおさら」


 港務代官として認められる範囲を超える可能性がある。


 領主家の土地へ恒久的な建物を増やすなら、兄へ通した方がいい。


「条件をまとめてください。必要な土地の広さ、何を直すか、誰が金を出すか。あと完成後に誰が管理するのかも」


「管理は今まで通り三軒でいい」


「鍛冶屋が金を出しても?」


 オットーが止まった。


「……そこは話してなかったな」


「先に決めた方がいいですよ」


「面倒だな」


「後でもっと面倒になるよりは」


「分かった。今日中に話す」


 それだけ言って帰っていった。


 昼過ぎ。


 本当に紙が届いた。


 字はオットーではなく、鍛冶屋の若い職人が書いたらしい。


 修理浜の巻き上げ機補修。


 大型支材の追加。


 材木置き場の拡張。


 小さな作業屋根。


 使用したい土地の範囲。


 船大工三軒と鍛冶屋一軒の負担割合まで書いてある。


 設備は船大工三軒の共同管理。


 鍛冶屋は出資分の代わりに、商船修理で金属仕事が発生した際、見積もりへ参加できる。ただし仕事を独占する権利までは持たない。


「思ったよりまともですね」


 ユリウスが紙を読む。


「昨日の今日ですよ」


「金が動く話になると、人は仕事が早くなりますな」


 最後に、港側への要望欄がある。


 金額は書かれていなかった。


『土地使用の許可』


 それだけだった。


「兄上へ回します」


「予算申請ではない書類を持っていくのは気が楽ですね」


「同感です」


 窓から西を見る。


 オットーの弟子二人が、昨日使った支材を海水と泥から引き上げて洗っている。


 その横では鍛冶屋が古い巻き上げ機の金具を外し、寸法を測っていた。


 まだ土地使用の許可は出ていない。


 だから新しい建物には触れていない。


 それでも、今ある設備のどこを直せるかはもう調べ始めている。


 机の上には、港から金を出してほしいという一文はなかった。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/NfxVc2WP21A?si=JkQKDpWxxDQhRXiJ

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