↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『潰れかけの辺境港を任された元港湾責任者、検疫と荷役を立て直したら世界一の交易都市になった』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/23

第14話 約束どおり、油三十樽

「約束どおり、油三十樽。持ってきたわよ」


 朝の港務所へ入ってきたリディア・ヴァレンは、挨拶を済ませるとすぐ積荷目録を机へ置いた。


 三週間ぶりだ。


 赤茶色の髪を後ろで束ねた《海燕号》の船長は、前に来た時と同じく、こちらの返事を待つより先に必要な話を進める。


「植物油三十樽。酒十六樽、香辛料十一箱、乾燥果実八籠」


 ユリウスが目録を読み上げる。


「聞いていた内容と大きな変更はありませんな」


「南で油が少し増えるかと思ったけど、結局三十で収まった」


「助かりました」


 俺が言うと、リディアが眉を上げる。


「減った方が助かるの?」


「三十樽を前提に置き場を作ってあります。五十樽になっていたら、朝から配置を変えていました」


「ちゃんと作ったのね」


「見ますか?」


「そのつもりで来た」


 港へ出る。


 海燕号はすでに中央岸壁へ着いていた。


 新しい暫定航路を使うのは今回が初めてなので、港口では案内船についてもらった。


「航路標に黒布が被っていた時は驚いたわ」


 歩きながらリディアが言う。


「一隻、古い航路で座礁しました」


「それも南まで聞こえてる」


「悪い話ほど速いですね」


「船乗りは港口の話には敏感よ。荷役が遅いなら一日損するだけだけど、底を擦れば船そのものを失う」


「反論できません」


「でも案内船を出してるなら、今はそれでいい。次に来る頃までには?」


「海燕号でも案内なしで通れる、と判断できる情報を揃えたいです。ただ、まだ約束はしません」


「その方が信用できる」


 中央岸壁ではロイが積荷目録を持って待っていた。


「油三十。赤印十八、青印十二。荷主が二つだな?」


「そう」


 リディアが答える。


「中身は全部同じ種類の植物油。赤印はドレス商会、青印はファル商会」


「なら札ごと分ける。油は岸壁に溜めず、そのまま西の石床へ。酒は第四倉庫、香辛料と果実はそれぞれ指定区画だ」


 ロイは俺に確認を求めなかった。


 そのまま人夫へ指示を飛ばす。


 最初の油樽が船から下ろされ、荷車へ移された。


 以前なら岸壁の空き場所へ仮置きしていたところだが、今日はそのまま第四倉庫西側の旧検査場へ運ぶ。


 三週間前には、石床と低い石壁、それに古い屋根の一部しか残っていなかった場所だ。


 今は屋根を延ばし、雨を避けられる範囲を広げてある。


 側面は壁で塞いでいない。


 風を通し、油や松脂の臭いが籠もらないようにした。


 石床には木の枕材を置き、植物油、魚油、灯火用油、松脂と瀝青で区画を分けている。


 砂箱。


 汚れた布を入れる蓋付き容器。


 予備樽。


 食料も酒も、ここには置かない。


 リディアは屋根を見上げ、それから床を踏んだ。


「思ったよりちゃんとしてる」


「元の検査場を使えたのが大きいです」


「全部建て直したわけじゃない?」


「使える石床があるのに、新しく建てる理由がありません」


「そこは港務代官というより商人みたい」


「使える金が無限なら、俺ももう少し豪快になりますよ」


「領主様が泣くわね」


「たぶん先に怒ります」


 油樽は一つずつ岸壁から運ばれ、赤印と青印に分けて並べられていく。


 作業は順調だった。


 十二樽目までは。


「止めろ!」


 ロイの声が響く。


 人夫が手を止めた。


 荷車へ載せた一樽の底から、細い筋になって油が垂れている。


「降ろす。石床の端へ持っていけ」


 ロイが即座に指示する。


 漏れた樽だけが本流から外された。


 ほかの油樽は少し間隔を空け、底を確認してから運び続ける。


「船では漏れてなかったはず」


 リディアも問題の樽へ近づいた。


「吊った時に箍が緩んだかもしれない」


 底板と側板の継ぎ目から、一滴ずつ滲んでいる。


「予備樽!」


 ロイが声を掛ける。


 倉庫役人が一本運んでくる。


「植物油用です。最後に入っていたのも南方産の菜種油。同じ荷と同種です。洗浄後、乾燥させてあります」


 ロイは勝手に移さなかった。


「船長」


 リディアへ確認を求める。


 彼女が樽の内側と札を見た。


「ドレス商会の油なら問題ない。同種ね。移しましょう」


「荷主の手代にも見せる」


「そうして」


 赤印の荷主手代が呼ばれ、破損した樽と予備樽を確認する。


 双方が納得したところで、油を移した。


 こぼれた分は石床の上だけで収まっている。


 砂を被せて吸わせ、使った砂は別容器へ回す。


 移し終えた樽は量を確認し、新しい札へ荷主名と元の樽番号を書き写した。


 最後に手代と港側の両方が封を確認する。


「これならいい」


 リディアが言った。


「再開!」


 ロイの声で油樽の流れが戻った。


 止まっていたのは植物油だけだ。


 その間も酒は第四倉庫へ入り、香辛料と乾燥果実は別の荷車で動いている。


 リディアはその様子をしばらく眺めていた。


「前なら、全部止まってた?」


「どうでしょう」


 俺はユリウスを見る。


「少なくとも、漏れた樽をどこへ持っていくかで相談は始まっていたでしょうな」


「第四倉庫に運んでから気づいた可能性もあります」


「酒と一緒に?」


「以前は」


 リディアの顔が少し引きつった。


「それで火まで使ってたのよね」


「夜は灯火もありました」


「よく今まで持ったわね」


「七年前には一棟焼けています」


「それ、持ってないじゃない」


 もっともだった。


 昼前には三十樽すべての受け入れが終わった。


 赤印十八樽、青印十二樽で目録とも一致している。


 漏れが見つかったのは一樽だけ。


 酒十六樽も収まり、香辛料と乾燥果実も数量違いなし。


 リディアが石床を見回した。


「私、何も言うことなかったわ」


「珍しいですね」


「前は配置表まで私が口出したでしょう」


「助かりました」


「今日は油が漏れても、私が気づいた時にはもう移し替えの準備をしてた」


 ロイたちは次の作業へ移っている。


 壊れた樽の周囲をいつまでも囲んでいる人間はいない。


「港務代官が全部やってるわけじゃないのね」


「全部俺がやっていたら、三十樽が終わる前に日が暮れます」


「前より楽そう」


「その分、別の仕事が増えています」


「それは顔を見れば分かる」


 どういう意味だろう。


 聞かない方がよさそうだ。


 午後からは海燕号へ積み込む荷を動かした。


 北方産の麦。


 加工革。


 少量の木工品。


 船内の積み順はリディアが決め、陸側はロイが合わせる。


 そこに俺が割り込む必要はない。


 港務所へ戻ろうとしたところで、後ろから呼ばれた。


「港務代官」


 振り返る。


「次の荷を、前もって知らせれば準備してもらえるって本当?」


「レーン商会が使い始めた方法ですね」


「南でマティアスに会った」


 やはり商人の話は速い。


「岸壁の予約ではありませんよ」


「そこまで聞いてる。予定日と荷を送れば、空いてる倉庫や人夫を先に考えておいてくれるんでしょう?」


「水などの補給希望もあると助かります。大きく遅れた場合は、準備はいったん解除します」


「それで十分」


「海燕号も使います?」


「使うわ」


 即答だった。


「今回だって、三十樽持ってくると伝えていたから、この置き場を用意できたんでしょう?」


「その通りです」


「次は油が二十樽前後。酒は今回と同じくらい。南方の干し葡萄が増えそう」


「出港地で数量が固まったら書面をください」


「分かった」


 そこでリディアは少し考え、港務所の方を指した。


「もう一つ。港の案内を一枚にまとめられない?」


「港の案内?」


「南で二人の船長から、ここについて聞かれたのよ」


「何と答えました?」


「前より使いやすくなったって」


「前より、ですか」


「充分な褒め言葉よ」


「具体的には?」


「荷役が早い。水をどこの井戸から買うか選べる。油を持ってきても置き場がある。それから、今は勝手に港口へ入るな」


「最後だけ聞くと、かなり危険な港ですね」


「実際に一隻乗り上げたんでしょう?」


「隠せませんね」


「隠さない方がいい。案内船に従えばいいと分かれば、それで済む話だから」


 確かにそうだ。


「欲しいのは?」


「料金。倉庫。水。夜に着いた時どうするか。それと危険物を持ってくる時、先に何を知らせればいいか」


「現在の港口案内も必要ですね」


「初入港と喫水の深い船は案内船に従う、でしょ?」


「それです」


 そこまで説明できているなら、船長側で欲しい情報はだいたい見えている。


「ユリウスさんとまとめます」


「できたら何枚か欲しい。南へ戻った時に渡せるから」


「宣伝してくれるんですか?」


「聞かれたら渡すだけ」


「十分です」


「その代わり、嘘は書かないでよ」


「書きません」


「『待ち時間なし』とか」


「そんな約束をした覚えはありません」


「ならいい」


 海燕号の積み込みが終わったのは、まだ日の高いうちだった。


 リディアは船へ戻る前、もう一度危険物置き場へ寄った。


「次は二十樽くらいだけど、その次は四十になるかもしれない」


「四十でも今の配置なら入ります」


「どこまで?」


「通路を残して七十から八十程度。ただし、油の種類やほかの危険物次第です」


「じゃあ四十持ってきても怒られない?」


「事前に知らせてもらえれば」


「確認が細かいわね」


「三十樽を置く側としては確認したくなります」


「分かった。次はちゃんと書いて送る」


 海燕号の舫いが外された。


 港外へ出るまでは、案内船が先を行く。


 旧航路標を覆う黒布の東側を通り、白と青の仮浮標に沿って船がゆっくり向きを変える。


 三つ目を抜ければ、あとは外海だ。


 リディアが甲板から片手を上げた。


 こちらも返す。


 海燕号が見えなくなってから港務所へ戻ると、ユリウスがすでに紙を一枚作っていた。


「早いですね」


「必要項目だけなら、それほど時間は掛かりません」


 港名。


 入港時の手続き。


 主な料金。


 倉庫利用。


 飲料水の購入方法。


 夜間仮置き。


 油や松脂などを持ち込む場合の事前申告。


 到着予定を先に知らせる方法。


 そして最後に、


『初入港船および喫水の深い船は、港口で案内船の指示に従うこと』


 とある。


「余計な宣伝文句は?」


「入れておりません」


「さすがです」


「入れようとしたのですか?」


「少しだけ」


「やめてください」


「もうやめました」


 清書したものを十枚作ることになった。


 そのうち三枚は、明日の朝に南へ向かう商船へ預ける。


 海燕号まで届けてもらい、リディアから必要な船長へ回してもらうためだ。


 ユリウスが最初の一枚を折り、封をする。


「宛名はリディア・ヴァレン船長でよろしいですな」


「お願いします」


 封じられた紙が、明日の船便をまとめる箱へ入った。


 港務所から外へ出ていく、最初の一枚だった。




──────────────────

YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/NfxVc2WP21A?si=JkQKDpWxxDQhRXiJ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。