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『潰れかけの辺境港を任された元港湾責任者、検疫と荷役を立て直したら世界一の交易都市になった』  作者: あちゅ和尚


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13/23

第13話 航路を東へずらせ

「昔の航路を掘り直すのは、いったんやめます」


 港口を測り終えた俺がそう言うと、ユリウスは地図から顔を上げた。


「まだ工事費も出していませんが」


「だからです。いくら掛かるか分からない工事を、先にやると決めたくありません」


 昨日、暁星号が浅瀬へ乗り上げた。


 古い航路標の間を正しく通った船が、だ。


 今日は港の午前業務を済ませたあと、昨日と同じく潮が最も低くなる時刻へ合わせ、ハンスたちと港口へ出ていた。


 小舟は二艘。


 ハンスとニコ。


 俺とユリウス、それに図を書かせるためニールも連れている。


 測深値は、港務所前の古い石段に刻まれた基準線へ合わせる。


 昔の水深図も同じ基準だった。


 これなら、一年八ヶ月前と今日の数字を直接比較できる。


「もう一度、そこ」


 ハンスが指した。


 ニコが重りの付いた測り縄を落とす。


 縄が止まる。


 目盛りを読む。


「さっきと同じ!」


 ニールが紙へ書き込んだ。


 暁星号が乗り上げた地点だけではない。


 古い航路の西側から中央にかけて、以前より明らかに浅くなっている。


 重りの底には細かな砂と泥。


 岩が隆起したわけではない。


「こっちは?」


「昔よりかなり浅いです」


 ニールが古い数字と並べる。


「次は東へ」


 ハンスが小舟を動かした。


 数十歩分ずらして、また測る。


 深い。


 さらに先も測る。


 そこも深い。


「もう少し外側」


「はい!」


 ニコが楽しそうに縄を投げる。


 若いだけあって、朝から何度やっても動きが鈍らない。


 点が増えるにつれ、港口の形が紙の上へ浮かんできた。


 古い航路より少し東。


 十分な深さを保った帯が、港外から内側まで続いている。


「地元の漁師が通っていたところですね」


 ユリウスが言った。


「だな」


 ハンスが答える。


「俺たちは何年も前から自然にこっちへ寄ってた」


「なぜ港務所へ言わなかったんです?」


「言うほどのことだと思ってなかった」


 ハンスは悪びれず、海面を指した。


「小さい船なら、底の色や波を見りゃ分かる。漁師仲間もみんな避けてたからな」


 そこが問題だった。


 地元の人間には常識になり、役所の記録だけが古いまま残る。


 昨日の暁星号は初入港だった。


 海面の癖など知らない。


 だから港が立てた標識を信じた。


「ここを新しい航路にすればいいんじゃない?」


 ニコが言う。


「深さだけならな」


 ハンスは小舟から木片を落とした。


 潮はもう底を過ぎ、ゆっくり上がり始めている。


 木片は真っすぐ港内へ流れず、少し南へずれた。


「流れ?」


 ニールが聞く。


「ああ。東へ寄りすぎると、上げ潮で船首を持っていかれる。向こうには別の浅いところもある」


「つまり、深い場所の真ん中を線で結べば終わりじゃない」


「大きい船ならな」


 ハンスは一ヶ所を指した。


「外からここまでは東へ寄せる。その先で船首を戻す。昨日くらいの船なら、その方が楽だ」


「幅も測りましょう」


 俺は言った。


「一本の線じゃなく、その左右にどれくらい余裕があるか知りたい」


 ユリウスが頷く。


「船が少し流されても底を擦らない範囲ですな」


「そうです」


 追加で測る。


 航路候補の左右。


 外側。


 内側。


 ハンスの見立て通り、十分な幅が取れる区間はあった。


 ただし真っすぐではない。


 港外から少し東へ寄り、途中で緩く西へ戻す必要がある。


 昼を回る頃には、今日確認すべき範囲をほぼ測り終えた。


 港務所へ戻り、古い図と今日の図を机へ並べる。


 違いは誰の目にも分かった。


「砂が随分出てますね」


 ニールが西側を指す。


「少なくとも、ここが昔より浅くなったことは確かです」


 俺は答えた。


「いつ、どの嵐で、どれくらいずつ動いたかまでは分からないけど」


 ハンスが椅子へ腰を下ろした。


「少しずつだと思うぞ。昔はあっちでも普通に通れた」


「戻せるんですか?」


 ユリウスが聞く。


「砂を掘れば」


 俺は図を見る。


「ただし、どれだけ掘る必要があるか分かりません」


 幅。


 長さ。


 深さ。


 掘った砂泥をどこへ持っていくか。


 作業中に船をどう通すか。


 それだけではない。


「一度掘っても、同じ流れならまた溜まる可能性があります」


 ハンスも頷いた。


「大嵐の後なんか、底は結構変わる」


 そこへ扉が開いた。


 デニス・カルヴァだった。


「港口を掘り直すという話を聞いたんですが」


「誰からです?」


「人夫から」


「まだ決めてません」


「船が座礁したのでしょう?」


「しました」


「なら直すべきでは?」


「使える航路が別にあります」


 今日の図を見せる。


 デニスは商人だが、船荷を扱っているだけあって地図を見るのは早い。


「東へずらす?」


「当面は」


「遠回りになりませんか?」


「船数隻分くらいの距離です」


「なら大した差ではない」


「だから先にこっちを使います」


 デニスが古い航路を見る。


「元へ戻さないんですか」


「必要になれば戻します」


「必要になれば?」


「船が増えて、東側の航路だけでは足りなくなった時です。その時なら浚渫へ金を掛ける理由があります」


 今の港はまだそこまで混んでいない。


 使える深水域があるのに、昔の線へ戻すこと自体を目的にして大金を投じる理由は薄い。


「昔そうだったから、では工事費は出ません」


 デニスが笑った。


「商人みたいなことを言いますね」


「金を使う側ですから」


「なら、船主にはどう説明するんです?」


 そこはすでに考えていた。


「当面、初入港船と喫水の深い船には案内船を付けます」


 昨日から始めた暫定運用を続ける。


 古い航路標はそのまま航路目印として使わせない。


 上部を布で完全に覆い、港外からでも無効だと分かるようにする。


「新しい標識は?」


 ユリウスが聞く。


「恒久的な杭はまだ打ちません」


「今日測ったでしょう?」


「一日分です」


 季節。


 風。


 潮。


 嵐の後。


 底は動く。


 今日の結果だけで立派な標識を作り、また一年放置したら同じことになる。


「当面は案内船を必須にして、案内役と船長が位置を共有するための仮浮標を置きます」


「船が浮標だけ見て勝手に入るためではない?」


「違います」


 そこは明確にした。


「転針する場所を案内役が説明しやすくするためです」


 三ヶ所。


 港外で東へ寄り始める地点。


 内側へ船首を戻し始める地点。


 十分深い港内へ入った地点。


 浮き樽へ重りを付け、目立つ旗を立てる。


 ニールが口を挟んだ。


「白い布に青い太線なら、倉庫にあります」


「見えます?」


 ハンスに聞く。


「晴れてりゃ十分。ただ、霧が出たら無理だ」


「その時は?」


「船を待たせろ」


 即答だった。


「ですよね」


 見えない標識を頼りに入港させる必要はない。


「じゃあ作ってきます!」


 ニールが走り出した。


「一人で重りまで運ばないでください!」


「分かってます!」


 本当に分かっているか少し不安だ。


 午後。


 三つの仮浮標が港口へ出された。


 古い航路標には黒い布を被せる。


 遠くから見ても、以前の目印が使えないことは分かる。


 ちょうどその作業が終わった頃、港外から入港を知らせる鐘が鳴った。


 中型商船が一隻。


 《翠風号》。


 この港は初めてだという。


「ちょうどいいな」


 ハンスが海を見る。


「試します?」


「案内付きで」


 俺たちは案内船を出した。


 翠風号の船長グレイヴには、昨日座礁事故があったこと、新しい航路を測定中であることを最初に説明する。


「それなら先に言ってくれ」


 グレイヴはそれだけ言った。


「案内が必要なんだな?」


「お願いします。仮浮標だけ見て自力では入らないでください」


「船を壊したくはない。従う」


 話が早い。


 案内役はハンス。


 自分で舵は取らない。


 翠風号の船長へ方角と転針位置を伝えるだけだ。


 俺とユリウスは岸側から見る。


 翠風号が港口へ近づいた。


 一つ目の白青旗。


 そこから船首が少し東へ向く。


 二つ目。


 ハンスの合図で、今度は緩く港内側へ戻る。


 潮に少し流されても、今日測った深水域からは外れていない。


 三つ目を通る。


 船体は止まらない。


 傾きもしない。


 そのまま中央岸壁へ向かった。


「通りましたね」


 ユリウスが言う。


「一隻だけです」


「最近そればかりですな」


「一隻通ったら永久に安全、とは言えませんから」


「否定はしません」


 しばらくして、ハンスとグレイヴが小舟で戻ってきた。


「どうでした?」


 グレイヴが先に答える。


「案内があれば問題ない」


「浮標だけなら?」


「初めて来た船には勧めん。二つ目のところで、いつ船首を戻すか迷う」


 予想通りだ。


「当面、初入港船には案内を付けます」


「その方がいい」


 ハンスも補足する。


「上げ潮が強い日は、二つ目より少し前から戻した方がよさそうだ」


「図へ入れますか?」


「数字じゃなく注意書きにしろ。潮で変わる」


 ユリウスがすぐ書き留めた。


 固定された答えではない。


 だからこそ、人が見る必要がある。


 翠風号の荷役はロイたちへ任せた。


 俺たちは港務所で、今後の運用を決める。


 毎朝、案内役が港口を見る。


 大雨や強風、大きな時化の後には測深する。


 普段も一定の間隔で主要地点だけは測る。


 ただし、細かい周期まで今日固定しない。


 まず実際にどの程度底が動くかを見る。


「案内役は誰にします?」


 ユリウスが聞く。


「ハンスさん一人では回りません」


「そりゃ無理だ」


 本人が即答する。


「漁師や元船乗りで、港口を知っている人を何人か挙げてもらえますか」


「三、四人ならいる」


「操船資格みたいなものは?」


「そんな立派なもん、この港にはないぞ」


「では最初はハンスさんと実地で通ってもらう。できると判断した人だけ案内役にしましょう」


「俺が決めるのか?」


「港口を一番知っているので」


 ハンスは少し考えたあと、頷いた。


「名前は出す。使えるかどうかは見てやる」


「お願いします」


 夕方。


 古い水深図の横へ、今日の図を掛けた。


 二枚を並べると、航路の違いがはっきり分かる。


 昔の航路は中央寄り。


 今日使った航路は、その東側を曲がりながら通る。


 デニスが帰り際にそれを見た。


「結局、掘らないんですね」


「今は」


「船がもっと来るようになったら?」


「その時は、掘った方が何隻多く入れるか計算します」


「それなら商人も納得しやすい」


「工事費を出してくれるなら、さらに納得しやすいですよ」


「それは領主様と相談してください」


「逃げましたね」


「商人ですから」


 言い残して出ていった。


 窓の外を見る。


 古い二本の航路標は黒い布に覆われている。


 少し東側には、白と青の仮浮標が三つ。


 そのさらに外では、港務所の小舟が一艘待機していた。


 机の上には工事の発注書ではなく、今日測った新しい水深図が残った。


 その余白にユリウスが一行書き足す。


『初入港船および喫水の深い船は、当面、案内船に従うこと』


 俺はその下へ署名した。


 明日から船が見る港口は、昨日までとは違う。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/NfxVc2WP21A?si=JkQKDpWxxDQhRXiJ

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