第11話 十八箱の査定官
「ローデン。今日から積荷税の査定業務を停止します」
朝の港務所で告げると、ローデンはしばらく俺の顔を見ていた。
「……理由を伺っても?」
「そのために来てもらいました」
応接卓のこちら側には俺とユリウス。
向こう側にはローデン一人。
ベルドが戻ってきた日から、彼を完全に野放しにしていたわけではない。
高額品や鉱石類の査定からは外し、穀物や鉄材など相場の読みやすい荷だけを扱わせたうえで、処理した書類はユリウスか別の古参役人が確認している。
本来ならもっと早く決着をつけたかった。
だが白鴎号の検疫、通常荷役の立て直し、水の補給、倉庫整理と港を止められない仕事が続いた。
その間にユリウスへ頼んでいたのが、ローデンの業務記録の洗い直しだ。
昨日、それが一通り終わった。
「先に確認します」
俺は机へ紙を置いた。
「ベルドが連れ去られる前夜、第三倉庫へ行きましたか?」
「以前も答えました。行っていません」
「ベルドにも会っていない?」
「はい」
「十八箱について相談を受けたことも?」
「ありません」
迷いがない。
ユリウスが一冊の帳簿を開いた。
「では、こちらから説明します」
最初に置いたのは港務所の夜間出入り記録。
ベルドが十八箱を受け入れた夜、ローデンは通常勤務を終えて一度帰り、その後もう一度港務所へ戻っている。
本人の説明は、忘れ物を取りに来たというものだった。
「そこは認めます」
「次です」
第三倉庫の記録。
正式な鉛札なし。
所有者名なし。
品目なし。
数量は十八箱。
翌朝の正式手続きもない。
さらにベルドは、ローデンから「正式な札は翌朝に出す」と直接言われたと証言している。
「ベルドの言い分だけでしょう」
「そうですね」
「なら、私の言い分と同じだ」
「それだけなら」
ユリウスが別の紙を出した。
「あなたがその翌日から扱った査定記録です」
ローデンの顔がわずかに動いた。
「通常、書類のない仮置きが残っていると倉庫番から相談を受けた場合、査定担当が荷主へ申請を促します。少なくとも正式な札が出るまで、どの荷が未処理かは把握する」
「正式な決まりではありません」
「ええ。当時は夜間仮置きそのものが慣習でしたから」
そこは責めない。
夜に荷を倉庫へ置いて翌朝書類を出す。
港全体でやっていた。
問題は、その先だ。
「ユリウスさん」
「はい。過去二ヶ月分を確認しました」
夜に入って翌朝処理された荷は十三件。
羊毛。
麦。
酒。
陶器。
干し肉。
どれも翌日、遅くても二日以内には正式な帳簿へ載っていた。
「十八箱だけがありません」
ユリウスが言う。
「しかも、ベルドは書類を出すようあなたへ催促したと証言しています」
「私は聞いていない」
「では質問を変えます」
俺はローデンを見る。
「ベルドへ金を渡しましたか?」
「渡していません」
「夜間に倉庫を開けてもらった手間賃も?」
「ありません」
「ベルドは銀貨を受け取ったと言っています」
「だから、あれは口止めではなく、夜に倉庫を開けさせた手間への――」
ローデンが止まった。
俺は何も言わなかった。
ユリウスも筆を動かさない。
数秒の沈黙のあと、ローデンが小さく息を吐いた。
「……今のは言い間違いです」
「俺は金額も、何の名目で渡したかも言っていません」
「ベルドがそう話していると思っただけです」
「なら最初に『渡していない』と答えた理由は?」
返事がない。
「ローデン。ここで全部を白状しろとは言いません。ただ、港務所の職員としての処分を決めるには十分な問題が出ています」
ローデンは俯いたまま、しばらく黙っていた。
やがて肩から力が抜ける。
「……会いました」
ユリウスの筆が動いた。
「第三倉庫で?」
「はい」
「十八箱を運び込んだ?」
「運んだのは私ではありません。男が二人いました」
「あなたは一緒にいた」
「案内しただけです」
「誰の荷です?」
ローデンの視線が机へ落ちる。
「ヴァイスという男です」
「この町の人間?」
「違います。鉱石の仲買をしていると言っていました」
「所属商会は?」
「個人でやっていると」
「身元の確認は?」
「……していません」
積荷税の査定を担当する役人としては、それだけでも十分まずい。
「十八箱の中身は知っていましたか?」
「鉱石の見本と聞きました」
「魔晶石だとは?」
「知りませんでした」
そこは証拠がない。
知らなかった可能性もある。
「では、なぜ正式な申請をさせなかった?」
「翌朝に出すと言われました」
「それなら最初の夜までは、ほかの仮置きと同じです」
ローデンが顔を上げる。
「なら――」
「翌朝になっても書類は来なかった。その次の日もです」
そこで話が変わる。
「ベルドから催促されましたね」
また沈黙。
「……されました」
「何と?」
「札がないまま置いておけない。早く処理してくれ、と」
「あなたは?」
「ヴァイスへ連絡しました」
「どうやって?」
「南市場の貸商館にいると聞いていました」
「何を伝えた?」
「倉庫番が書類を急いでいる、と」
ベルドが連れ去られたのは、その後だ。
「ベルドを襲わせましたか?」
「違います」
ローデンが初めて声を荒らげた。
「それは本当に違う。私はそんなことを頼んでいません」
「ベルドを連れ去った二人のうち一人は、十八箱を運んだ男だったそうです」
「知りませんでした」
「ヴァイスへベルドのことを伝えたのは?」
「認めます。でも、それだけです」
そこから先は俺たちが勝手に決める話ではない。
ベルドの拉致までローデンが指示したのか。
ヴァイス側が独断で動いたのか。
そもそも十八箱の本当の持ち主が誰なのか。
調べるのは領主側の仕事だ。
「ヴァイスから金は受け取りましたか?」
ローデンの返事は遅かった。
「……銀貨五枚」
「何の名目で?」
「手間賃だと」
「港務所へ納めました?」
「いいえ」
「帳簿にも?」
「載せていません」
ユリウスが筆を置いた。
「査定担当が、査定対象を持ち込んだ仲買人から私的に銀貨五枚を受け取った。それだけで職務上は十分です」
ローデンは反論しなかった。
「ほかにもヴァイスから?」
「ありません」
「ほかの商人からは?」
「ありません」
「そこは別に確認します」
俺は机の紙を揃えた。
「ローデン。港務所での職務は、俺の権限で今日から停止します」
「解雇ですか?」
「職務停止です。帳簿、札、査定書類には触れないでもらいます」
「その後は?」
「職員としての最終処分と、銀貨五枚の件、ベルドの拉致への関与については領主館へ報告します」
港務代官だからといって、犯罪の裁判までできるわけじゃない。
港の仕事から外すところまでが俺の役目だ。
「ヴァイスについても?」
「当然、名前は伝えます」
ローデンが目を閉じた。
「最初は、ヴァイスに夜の手間賃だと言われて受け取っただけでした」
「銀貨五枚を?」
「最初はもっと少ない金です。書類を翌日に回してくれ、その程度の話だった」
俺は眉を寄せた。
「以前にも?」
「ヴァイスからだけです。二度ほど」
これで確認対象が増えた。
「その二件もユリウスさんに調べてもらいます」
ローデンが苦い顔をする。
「言わなければよかったと思っています?」
「少しは」
「そこは正直なんですね」
「もう隠しても同じでしょう」
たぶん、その通りだ。
午前中のうちに領主館から二人の役人が来た。
手錠を掛けるような扱いはしない。
ただ、ベルドの件がある以上、一人で帰すこともしなかった。
ローデンが港務所を出る。
入口で一度足を止めた。
「セドリック様」
「何です?」
「私は、十八箱が魔晶石だとは本当に知らなかった」
「そこも含めて調べてもらいましょう」
俺から言えるのは、それだけだった。
ローデンが領主館の役人と去っていく。
見送っている暇はなかった。
「主任」
商人が一人、書類を持って待っている。
「積荷税の査定を頼みたい」
その後ろにも二人。
ローデンを外したからといって、港の仕事が止まってくれるわけではない。
「今日の査定は何件です?」
「七件です」
ユリウスが確認する。
「穀物二件、毛織物、鉄材、染料、薬草、銀細工」
「ローデン抜きで回せます?」
「通常品は。ただ、銀細工は私一人で価格を決めたくありませんな」
「町の銀細工商へ相場を確認できますか?」
「できます」
「では、それだけ二人で見ましょう」
「今後も?」
「今後の制度は今日決めません」
ユリウスが俺を見る。
「珍しい」
「何でも問題が出た日に規則を増やしていたら、誰も覚えられなくなります」
「では当面?」
「相場が分かりにくい高額品だけ二人確認。それで何件出るか見てから考えましょう」
「承知しました」
午前中、六件は従来通り処理された。
銀細工だけはユリウスと古参の役人が申告価格を確認し、町の相場とも大きな差がないことを確かめて終わる。
時間は十分ほど余計に掛かった。
それでも港を止めるほどではない。
昼過ぎ、第三倉庫へ向かった。
ベルドはもう仕事へ戻っている。
俺を見ると、手を止めた。
「ローデンさんは?」
「職務を停止しました。領主館で事情を聞いてもらっています」
ベルドの顔から何かが抜けた。
喜んだわけではない。
安心した、と言う方が近い。
「十八箱は?」
「まだここです」
「持っていかないんですか?」
「持ち主が確定していません。領主館から指示があるまでは封をしたままです」
倉庫の奥。
ほかの荷とは離れた場所に、十八の箱が並んでいる。
最初に見つけた時は、帳簿のどこにも存在していなかった荷だ。
今は違う。
第三倉庫の台帳を開く。
所有者不明。
魔晶石、十八箱。
正式な搬入手続きなし。
移動禁止。
領主館へ調査引き継ぎ。
「ベルドさん」
「はい」
「誰かが動かせと言ってきても、領主館か俺の書面がなければ渡さないでください」
「分かりました」
ベルドは少し迷ってから言った。
「前なら、役人に言われたら渡していたと思います」
「今は?」
「帳簿に書いてあるんで」
彼が開いた頁を指す。
「誰が何を言っても、こっちを見せられます」
それで十分だった。
夕方、港務所へ戻ると、ユリウスがローデンの机から回収した業務書類を整理していた。
「ヴァイス関係の過去二件、見つかりそうですか?」
「名前が残っていない可能性があります。ローデン本人にも時期と荷を確認させます」
「無理に今日終わらせなくていいです」
「分かっています」
「十八箱だけで港を止めないでくださいね」
「あなたに言われなくても」
少し刺がある。
俺が仕事を増やしている自覚はあるので黙っておく。
ユリウスが第三倉庫の台帳を受け取った。
最後に追記された一行を確認する。
『領主館調査中。書面による指示があるまで移動不可』
署名する。
日付を入れる。
そして、そのまま台帳を閉じた。
十八箱はまだ第三倉庫にある。
だが今は、誰の目にも見えるところに存在していた。
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