↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『潰れかけの辺境港を任された元港湾責任者、検疫と荷役を立て直したら世界一の交易都市になった』  作者: あちゅ和尚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/23

第11話 十八箱の査定官

「ローデン。今日から積荷税の査定業務を停止します」


 朝の港務所で告げると、ローデンはしばらく俺の顔を見ていた。


「……理由を伺っても?」


「そのために来てもらいました」


 応接卓のこちら側には俺とユリウス。


 向こう側にはローデン一人。


 ベルドが戻ってきた日から、彼を完全に野放しにしていたわけではない。


 高額品や鉱石類の査定からは外し、穀物や鉄材など相場の読みやすい荷だけを扱わせたうえで、処理した書類はユリウスか別の古参役人が確認している。


 本来ならもっと早く決着をつけたかった。


 だが白鴎号の検疫、通常荷役の立て直し、水の補給、倉庫整理と港を止められない仕事が続いた。


 その間にユリウスへ頼んでいたのが、ローデンの業務記録の洗い直しだ。


 昨日、それが一通り終わった。


「先に確認します」


 俺は机へ紙を置いた。


「ベルドが連れ去られる前夜、第三倉庫へ行きましたか?」


「以前も答えました。行っていません」


「ベルドにも会っていない?」


「はい」


「十八箱について相談を受けたことも?」


「ありません」


 迷いがない。


 ユリウスが一冊の帳簿を開いた。


「では、こちらから説明します」


 最初に置いたのは港務所の夜間出入り記録。


 ベルドが十八箱を受け入れた夜、ローデンは通常勤務を終えて一度帰り、その後もう一度港務所へ戻っている。


 本人の説明は、忘れ物を取りに来たというものだった。


「そこは認めます」


「次です」


 第三倉庫の記録。


 正式な鉛札なし。


 所有者名なし。


 品目なし。


 数量は十八箱。


 翌朝の正式手続きもない。


 さらにベルドは、ローデンから「正式な札は翌朝に出す」と直接言われたと証言している。


「ベルドの言い分だけでしょう」


「そうですね」


「なら、私の言い分と同じだ」


「それだけなら」


 ユリウスが別の紙を出した。


「あなたがその翌日から扱った査定記録です」


 ローデンの顔がわずかに動いた。


「通常、書類のない仮置きが残っていると倉庫番から相談を受けた場合、査定担当が荷主へ申請を促します。少なくとも正式な札が出るまで、どの荷が未処理かは把握する」


「正式な決まりではありません」


「ええ。当時は夜間仮置きそのものが慣習でしたから」


 そこは責めない。


 夜に荷を倉庫へ置いて翌朝書類を出す。


 港全体でやっていた。


 問題は、その先だ。


「ユリウスさん」


「はい。過去二ヶ月分を確認しました」


 夜に入って翌朝処理された荷は十三件。


 羊毛。


 麦。


 酒。


 陶器。


 干し肉。


 どれも翌日、遅くても二日以内には正式な帳簿へ載っていた。


「十八箱だけがありません」


 ユリウスが言う。


「しかも、ベルドは書類を出すようあなたへ催促したと証言しています」


「私は聞いていない」


「では質問を変えます」


 俺はローデンを見る。


「ベルドへ金を渡しましたか?」


「渡していません」


「夜間に倉庫を開けてもらった手間賃も?」


「ありません」


「ベルドは銀貨を受け取ったと言っています」


「だから、あれは口止めではなく、夜に倉庫を開けさせた手間への――」


 ローデンが止まった。


 俺は何も言わなかった。


 ユリウスも筆を動かさない。


 数秒の沈黙のあと、ローデンが小さく息を吐いた。


「……今のは言い間違いです」


「俺は金額も、何の名目で渡したかも言っていません」


「ベルドがそう話していると思っただけです」


「なら最初に『渡していない』と答えた理由は?」


 返事がない。


「ローデン。ここで全部を白状しろとは言いません。ただ、港務所の職員としての処分を決めるには十分な問題が出ています」


 ローデンは俯いたまま、しばらく黙っていた。


 やがて肩から力が抜ける。


「……会いました」


 ユリウスの筆が動いた。


「第三倉庫で?」


「はい」


「十八箱を運び込んだ?」


「運んだのは私ではありません。男が二人いました」


「あなたは一緒にいた」


「案内しただけです」


「誰の荷です?」


 ローデンの視線が机へ落ちる。


「ヴァイスという男です」


「この町の人間?」


「違います。鉱石の仲買をしていると言っていました」


「所属商会は?」


「個人でやっていると」


「身元の確認は?」


「……していません」


 積荷税の査定を担当する役人としては、それだけでも十分まずい。


「十八箱の中身は知っていましたか?」


「鉱石の見本と聞きました」


「魔晶石だとは?」


「知りませんでした」


 そこは証拠がない。


 知らなかった可能性もある。


「では、なぜ正式な申請をさせなかった?」


「翌朝に出すと言われました」


「それなら最初の夜までは、ほかの仮置きと同じです」


 ローデンが顔を上げる。


「なら――」


「翌朝になっても書類は来なかった。その次の日もです」


 そこで話が変わる。


「ベルドから催促されましたね」


 また沈黙。


「……されました」


「何と?」


「札がないまま置いておけない。早く処理してくれ、と」


「あなたは?」


「ヴァイスへ連絡しました」


「どうやって?」


「南市場の貸商館にいると聞いていました」


「何を伝えた?」


「倉庫番が書類を急いでいる、と」


 ベルドが連れ去られたのは、その後だ。


「ベルドを襲わせましたか?」


「違います」


 ローデンが初めて声を荒らげた。


「それは本当に違う。私はそんなことを頼んでいません」


「ベルドを連れ去った二人のうち一人は、十八箱を運んだ男だったそうです」


「知りませんでした」


「ヴァイスへベルドのことを伝えたのは?」


「認めます。でも、それだけです」


 そこから先は俺たちが勝手に決める話ではない。


 ベルドの拉致までローデンが指示したのか。


 ヴァイス側が独断で動いたのか。


 そもそも十八箱の本当の持ち主が誰なのか。


 調べるのは領主側の仕事だ。


「ヴァイスから金は受け取りましたか?」


 ローデンの返事は遅かった。


「……銀貨五枚」


「何の名目で?」


「手間賃だと」


「港務所へ納めました?」


「いいえ」


「帳簿にも?」


「載せていません」


 ユリウスが筆を置いた。


「査定担当が、査定対象を持ち込んだ仲買人から私的に銀貨五枚を受け取った。それだけで職務上は十分です」


 ローデンは反論しなかった。


「ほかにもヴァイスから?」


「ありません」


「ほかの商人からは?」


「ありません」


「そこは別に確認します」


 俺は机の紙を揃えた。


「ローデン。港務所での職務は、俺の権限で今日から停止します」


「解雇ですか?」


「職務停止です。帳簿、札、査定書類には触れないでもらいます」


「その後は?」


「職員としての最終処分と、銀貨五枚の件、ベルドの拉致への関与については領主館へ報告します」


 港務代官だからといって、犯罪の裁判までできるわけじゃない。


 港の仕事から外すところまでが俺の役目だ。


「ヴァイスについても?」


「当然、名前は伝えます」


 ローデンが目を閉じた。


「最初は、ヴァイスに夜の手間賃だと言われて受け取っただけでした」


「銀貨五枚を?」


「最初はもっと少ない金です。書類を翌日に回してくれ、その程度の話だった」


 俺は眉を寄せた。


「以前にも?」


「ヴァイスからだけです。二度ほど」


 これで確認対象が増えた。


「その二件もユリウスさんに調べてもらいます」


 ローデンが苦い顔をする。


「言わなければよかったと思っています?」


「少しは」


「そこは正直なんですね」


「もう隠しても同じでしょう」


 たぶん、その通りだ。


 午前中のうちに領主館から二人の役人が来た。


 手錠を掛けるような扱いはしない。


 ただ、ベルドの件がある以上、一人で帰すこともしなかった。


 ローデンが港務所を出る。


 入口で一度足を止めた。


「セドリック様」


「何です?」


「私は、十八箱が魔晶石だとは本当に知らなかった」


「そこも含めて調べてもらいましょう」


 俺から言えるのは、それだけだった。


 ローデンが領主館の役人と去っていく。


 見送っている暇はなかった。


「主任」


 商人が一人、書類を持って待っている。


「積荷税の査定を頼みたい」


 その後ろにも二人。


 ローデンを外したからといって、港の仕事が止まってくれるわけではない。


「今日の査定は何件です?」


「七件です」


 ユリウスが確認する。


「穀物二件、毛織物、鉄材、染料、薬草、銀細工」


「ローデン抜きで回せます?」


「通常品は。ただ、銀細工は私一人で価格を決めたくありませんな」


「町の銀細工商へ相場を確認できますか?」


「できます」


「では、それだけ二人で見ましょう」


「今後も?」


「今後の制度は今日決めません」


 ユリウスが俺を見る。


「珍しい」


「何でも問題が出た日に規則を増やしていたら、誰も覚えられなくなります」


「では当面?」


「相場が分かりにくい高額品だけ二人確認。それで何件出るか見てから考えましょう」


「承知しました」


 午前中、六件は従来通り処理された。


 銀細工だけはユリウスと古参の役人が申告価格を確認し、町の相場とも大きな差がないことを確かめて終わる。


 時間は十分ほど余計に掛かった。


 それでも港を止めるほどではない。


 昼過ぎ、第三倉庫へ向かった。


 ベルドはもう仕事へ戻っている。


 俺を見ると、手を止めた。


「ローデンさんは?」


「職務を停止しました。領主館で事情を聞いてもらっています」


 ベルドの顔から何かが抜けた。


 喜んだわけではない。


 安心した、と言う方が近い。


「十八箱は?」


「まだここです」


「持っていかないんですか?」


「持ち主が確定していません。領主館から指示があるまでは封をしたままです」


 倉庫の奥。


 ほかの荷とは離れた場所に、十八の箱が並んでいる。


 最初に見つけた時は、帳簿のどこにも存在していなかった荷だ。


 今は違う。


 第三倉庫の台帳を開く。


 所有者不明。


 魔晶石、十八箱。


 正式な搬入手続きなし。


 移動禁止。


 領主館へ調査引き継ぎ。


「ベルドさん」


「はい」


「誰かが動かせと言ってきても、領主館か俺の書面がなければ渡さないでください」


「分かりました」


 ベルドは少し迷ってから言った。


「前なら、役人に言われたら渡していたと思います」


「今は?」


「帳簿に書いてあるんで」


 彼が開いた頁を指す。


「誰が何を言っても、こっちを見せられます」


 それで十分だった。


 夕方、港務所へ戻ると、ユリウスがローデンの机から回収した業務書類を整理していた。


「ヴァイス関係の過去二件、見つかりそうですか?」


「名前が残っていない可能性があります。ローデン本人にも時期と荷を確認させます」


「無理に今日終わらせなくていいです」


「分かっています」


「十八箱だけで港を止めないでくださいね」


「あなたに言われなくても」


 少し刺がある。


 俺が仕事を増やしている自覚はあるので黙っておく。


 ユリウスが第三倉庫の台帳を受け取った。


 最後に追記された一行を確認する。


『領主館調査中。書面による指示があるまで移動不可』


 署名する。


 日付を入れる。


 そして、そのまま台帳を閉じた。


 十八箱はまだ第三倉庫にある。


 だが今は、誰の目にも見えるところに存在していた。




──────────────────

YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/NfxVc2WP21A?si=JkQKDpWxxDQhRXiJ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。