9: 砕けぬ盾、貫く槍
学院長の指示で、怪異学科は実戦訓練場へ集められた。
グレイが言う。
「今日から各自の呪いを調べる」
「あちしは呪われてないよ!」
ミリーは元気いっぱいに答えたが、
「アイゼンベルク家も三百年前から呪われている」
学院長の反論によって静まりかえる。
学院長は禁書を開く。
そこには見開きで描かれた挿し絵がある。
巨大な黒槍を持つ魔族が、多くの人間を串刺しにしたものだった。
「魔槍王グラム·アスガル」
ミリーは笑おうとするが、顔が引きつった。
エリカが肩を包むと、彼女の身体はガチガチだった。
「グラム·アスガルの別名は『貫界の魔槍』。彼の槍は「守りの概念を砕く」と言われている。ミリー·アイゼンベルク。くれぐれも油断しないように」
指名されたミリーがぎくっとする。
「グラム·アスガルは、勇者一行でさえ苦戦した相手だ」
エリカは思わず息を呑んだ。
ミリーに貸せられた責務は、怪異学科の中でも一番重いのではないか。
その予想はきっと当たっている。
「彼は撤退する直前「おまえたちの盾は、必ず砕ける」と言い残した。そしてアイゼンベルク家には、最強の盾が生まれる代わりに「絶対に守れない瞬間」が訪れる呪いが受け継がれている」
「そ、そんなの嘘だよ!」
ミリーは笑って否定するが、やはり無理がある。
学院長は言う。
「エリカくん。『境界の瞳』出アイゼンベルクを見なさい」
「はい」
エリカの瞳が銀色に輝く。
世界の色が変わる。
すると、ミリーの背後に巨大な黒槍が見えた。
「槍の穂先がミリーの心臓ではなく、盾へ向いています」
エリカの緊張した声を聞いた仲間たちが息を呑む。
重い空気を払うように、グレイが指示を出した。
「結界を張れ」
「任せて」
ミリーは薄桃色の盾を出現させ、まずはグレイが木剣で斬りかかる。
「残念でした」
「くっ……」
グレイの攻撃を防いだあと、フィンの木剣が真正面から振り下ろされる。
「ほいほい」
ミリーが盾で受けた、その瞬間。
「右だ!」
カイルが横から飛び込むが、ミリーは身体を捻って盾で受け止める。
だが次の瞬間、
「《戒火》」
炎が背後から一直線に走った。
「わわっ!」
三方向からの同時攻撃だ。
間断なく繰り出される連携攻撃に、一枚、二枚、三枚、盾が重なる度にミリーの額から汗が落ちる。
「なんの!」
ミリーは根気強いが、エリカの視界が銀色に染まる。
動き回るミリーの背後、黒い空間が裂けた。
黒い裂け目けら漆黒の甲冑に覆われた腕だけが現れ、その手には城門ほどもある黒槍が握られていた。
焦ったエリカは叫んだ。
「逃げて!」
豪速の黒槍が盾を突くと、ドオォン! と轟音が響き、ミリーの結界に初めてひびが入る。
「え……?」
ミリーも驚愕するが、エリカたちも肝を潰した。
「始まったか」
学院長だけが冷静だった。
巨大な黒槍はあっさりと黒い空間の中に引き上げられると、周囲の様子は元に戻った。
「休憩する。水分を取って、しっかり休んでおくように」
動揺している生徒たちを見たグレイが休憩を言い渡した。
休憩中、ミリーは皆と少し離れた木陰にいた。
エリカが水の入った容器を渡すと、ミリーは受け取った。
「ミリー、よかったら話を聞かせて」
エリカは隣に座り、その気持ちに寄り添う。
「怖かった。もし誰かを守れなかったらって、ずっと考えていた」
ミリーが初めて本音を言った。
「あちしね、本当は無敵じゃないって知ってる」
「そうだったのね」
ミリーは俯き、拳を握る。
「偉そうなことを言っておいて、本当は自分に言い聞かせてたの」
「嬉しいわ。あなたが初めて本音を言ってくれたことが」
「そうだっけ?」
「ええ。それにね、無敵だから守れたんじゃないと思うの」
「え?」
「怖くても前に立ったから、みんな助かったの」
「……」
ミリーは返事をしない。
唇を噛んで、肩だけ震えている。
「無敵じゃなくても、あなたの盾に助けられた人はたくさんいるし、これからも助けられるわよ」
やがて、ぽつりと呟く。
「……うん!」
ようやくミリーは顔を上げた。すっかり立ち直っていた。
終了ぎりぎりまで、エリカとミリーは隣同士で座っていた。
修行を再開すると、グレイの指導が厳しくなる。
「盾だけに頼るな」
ミリーはグレイの言うことをよく聞く。
「偵察のカイルは真っ先に狙われる。戦闘が始まったらすぐに守る」
「うん」
「前衛のフィンと離れすぎるな。エリカくんを守ることも大事だが、フィンと連携を取れなければ負けるぞ」
「それ難しくね?」
「できなければ死ぬぞ。後衛のヤミネーシュのことも忘れるな。盾役は全体に目を配らなければ、全滅するぞ」
「やってやるよー!」
ミリーの吸収力は高く、手伝うフィンたちも張り合いがよい。
「最後だ!」
フィンが間合いに踏み込んでくると、ミリーは盾を斜めに構える。
「もう同じ手は通じない!」
フィンの全力の攻撃を受け流すと、ガァン! と衝突音が鳴り響く。
木剣が盾を滑り、斜めへ逸れる。
フィンの体勢が崩れた。
「食らえっ!」
「……わっ!」
盾で体当たりすると、フィンは吹き飛ばされて地面に転がる。
彼に目もくれず、ミリーは忍び寄ってきたカイルの奇襲を盾で押し返すが、
「魔法はどうなん?」
「簡単すぎ!」
ミリーは盾を重ねてヤミネーシュの《戒火》に耐え抜いた。
――日が暮れる頃には、ミリーは新しい戦い方を覚えていた。
「ミリーの成長ぶり、すごいですよ」
「そりゃそうよ。あちしは無敵だから!」
「ふふ」
エリカが笑うと、仲間たちも笑い出した。
「やれやれ。冷や冷やさせやがって」
「これでいい」
グレイと学院長はクールぶっていて、どこか満足そうだった。
*
玉座の間の左右には魔族が並ぶ。
誰一人として同じ姿の者はいない。
四本腕の者。
首が二つある者。
翼を持つ者。
影だけが歩く者。
それでも全員が玉座の前で頭を垂れていた。
「盾の呪いも目覚めました」
部下が報告すると、アルディスは笑う。
「次は誰だ?」
すると暗闇から、巨大な黒槍を持つ魔族の影が現れる。
「三百年ぶりだな」
赤い一つ目だけが開く。
アルディスの御前だというのに、突然こんなことを喋りだす。
「盾とは壊すためにある。守る者ほどよく壊れる」
周囲の魔族が一斉に息を呑む。
玉座の間に緊張が走った。
誰もがグラム·アスガルの無礼を悟る。
「絶対の盾など、この世に存在しない」
「ははははは!」
だが、アルディスが愉快そうに笑うと、魔族たちが恐る恐るその様子を窺う。
「おまえがおもしろいとは知らなかったぞ、グラム·アスガル」
「いえいえ。陛下もご立派になられました」
「盾を破壊する役目、期待しているぞ」
「はっ!」
ようやくグラム·アスガルが臣下の礼をとり、跪いて頭を垂れた。
アルディスは満足そうに頷くと、突拍子もないことを言い出した。
「少し地上に干渉してみるか。退屈しのぎに」
機嫌のいいアルディスはろくなことをしない。
それを思い知るのは魔族ではなく、エリカたち人間である。
「誰から壊そうか?」




