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8: フィンの呪い



 学院は閉鎖されたままだが、怪異学科だけが授業を続ける。

 しかし、今日は実戦ではない。


「フィン·ジークハイム。こっちに」


「はい」


 グレイがフィンを前に立たせる。

 エリカは何事かと心配になった。

 ミリーは好奇心を、カイルは警戒心をもってフィンを見ている。

 ヤミネーシュは目を閉じているので心理はわからない。

 ところがフィンを見たエリカが青ざめる。


「うしろ」


 フィンのうしろに、白い長髪の男が立っている。

 彼の赤い瞳だけが瞬き一つせずエリカを見ている。

 視線が合った瞬間、口元だけがゆっくりと笑う。

 背中から広がる蝙蝠のような翼は羽ばたきもしないのに、翼だけがゆっくりと広がる。

 息が止まる。

 彼はアルディスとは違う。

 もっと古くて、もっと禍々しい。

 ミリーが「大丈夫?」と聞いてくるが、答えられない。


「何もないけど?」


 フィンにも、だれにも見えない。

 影はフィンへ手を伸ばす。

 まるで肩に手を置くように。


「何が見えた?」


 グレイが真剣な顔で聞く。


「白い髪の男。翼があって、王冠を被っています。フィンのうしろに」


 グレイが初めて顔色を変える。

 教室が静まりかえる。


「そこまで見えるのか」


 グレイはフィンのうしろを気にしながら話を続ける。


「三百年前、勇者一行の一人ガヴァン·ジークハイムは、魔王城でヴァンパイアロード·ゴアヴラドを討った。だが最後に『我が血は永遠だ』と呪われ、その血は子孫へ受け継がれている」


 呪われたガヴァン·ジークハイムは、戦線離脱せざるを得なかったと伝えられている。


「……」


 三百年にも及ぶ呪いにミリーたちは色を失う。

 彼女たちにも似たような逸話があり、他人事ではないからだ。


「逃げろ!」


 フィンが大声で警告した。

 爪が掌へ食い込み、血が滴る。

 それでも牙だけは伸びる。


「あ……」


 フィンの呼吸が獣のように荒くなる。

 自分の腕を傷つけても止まらない。


「近づくな!」


 声とは裏腹に、視線だけがエリカの首筋を追ってしまう。


「フィンを押さえろ!」


「はい!」


 グレイの言う通り、カイルとヤミネーシュも加わってフィンを押さえようとする。


「あかん」


「いてっ!」


 暴れ出したフィンの腕力を食らった男子が叫んだ。


「エリカくん、『境界の瞳』を使え」


「やってみます」


 エリカは初めて戦闘以外で能力を使った。

 『境界の瞳』でフィンを見る。

 するとエリカの瞳が銀色になる。

 世界が変わる。

 無数の白い鎖が心臓に食い込み、一本一本が脈打つ度に引き締まる。

 とくに大きな鎖が首へ巻き付き、骨をきつく締め上げている。


「鎖が、フィンを縛っています!」


 フィンが苦しんでいるが、暴れるのをやめられない。

 グレイたちが三人がかりで押さえ込むが、それもあと少しで限界だ。

 エリカはフィンを縛る鎖へ手を伸ばす。

 指先は何もない空間に触れたはずだった。

 だが、何かを掴んだ感触がある。

 氷よりも冷たい。

 生者の体温ではない。

 魂そのものの冷たさだった。

 エリカにだけ、ゴアヴラドの声が聞こえる。


「血を与えろ」


 フィンを助けたい。

 だが、血を与えるのは駄目だ。

 エリカは『境界の瞳』に意識を集中させると、それが光り始める。


「なんだと?」


 呪いの鎖が一瞬だけ揺れると、ゴアヴラドが驚き、あとじさる。


「ああ……僕はまた……」


 フィンの理性が戻り、暴れるのをやめた。

 カイルとヤミネーシュが一息つく。


「今のは……」


 フィンがエリカをじっと見ている。


「落ち着いたね」


 エリカの瞳の色を見たミリーたちが納得する。

 フィンから手を離したグレイが言う。


「触ったのか」

 

 エリカは頷くが、グレイが満足げに呟いた。


「干渉できるとは思わなかった」



 *



 遠く離れた魔界。

 玉座へ続く黒い回廊へは、青白い篝火だけが揺れていた。

 炎はぬくもりを与えず、近づくほど体温を奪っていく。

 窓の外には暗赤色の空が広がり、大地には無数の亀裂が走る。

 その底では、溶岩に似た赤い光がゆっくりと脈打っていた。

 城内には物音一つない。

 ただ、時折遠くから鎖を引きずる音が響き、誰もその正体を確かめようとしない。

 玉座に座るアルディスを前にすると、異形の魔族でさえ頭を垂れ、視線を上げる者は一人もいなかった。


「やはりそうか」


 玉座に座るアルディスは妙に機嫌がいい。


「あの眼は怪異だけではない。呪いまで見える」


 彼が笑う。


「ますます欲しくなった」


 部下たちはアルディスを恐れ、ひたすら畏まる。


「まだ目覚めたばかりだ。もっと見せろ。その眼の本当の力を」


 アルディスはまるですべてを見透かしているようだ。

 もう少し経てば彼は地上の干渉するだろう。

 エリカの能力を進化させるために。




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