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7: 魔王の息子と境界の瞳



 前回の事件を受けて、王立ラヴォリア魔導学院は閉鎖となった。

 鐘が鳴り続け、教師や騎士が巡回している。

 エリカは、フィン、ミリー、カイル、ヤミネーシュという怪異学科の仲間たちと引き上げようとしていた。


「あっ」


「ラキュネインの」


 ところが、旧校舎と新校舎が交わる動線で大勢の生徒たちと鉢合わせした。


「大丈夫だ」


 フィンがエリカの手を取り、どれほど勇気づけられたことか。

 騎士科、聖職科、魔導科はエリカをじろじろ見ながら、誰も声をかけない。

 普段は明るい王侯科の生徒たちも不安そうだ。

 息が詰まるような状況下で、生徒たちの目つきが剣呑になる。


「あの怪異令嬢が来てからですわ」


「今度は魔族まで現れた」


「退学させるべきよ」


 生徒たちの声は次第に大きくなっていく。

 空気が張り詰めて、エリカは息苦しくなる。

 その時だった。


「いけません!」


 鈴の音のような澄んだ声が響く。

 人混みを掻き分けて現れたのは、蜂蜜色の巻き毛を揺らすアンフィサ·ロアネインだった。


「エリカ様だって被害者なのです」


 きっぱりと言うと、生徒たちが静まりかえる。

 エリカも意外な人に庇われて、感謝より先に戸惑った。


「怪異を呼ぶ体質なのは、事実でしょう?」


 アンフィサは悲しそうに目を伏せた。


「だからこそ、皆さんが傷つけてはいけません」


 アンフィサはゆっくりとエリカを見る。


「あ、ありがとうございます」


「いえ」


 アンフィサはなんでもないという態度を貫いて隙がない。


「転校や退学など、二度と口にしないでください」


 優しい言葉に、生徒たちは感銘を受けた。


「聖女様は本当にお優しい」


「エリカ様を庇ってくださるなんて」


 称賛の声が上がる一方で、エリカだけは違和感を覚える。

 今になって庇うなら、どうして婚約破棄という大事に関わったのか。

 ミリーがジト目でアンフィサを見ながら、エリカに問う。


「あの女、怪しくない?」


「……」


 エリカも答えようがない。

 アンフィサは柔らかく微笑んでいる。

 だが、その瞳だけは冬の湖のように静まりかえっている。

 エリカは理由もなく背筋が冷えた。



 *



 翌日。

 旧校舎の教室に怪異学科だけが集められる。


「先生」


「質問は今は許すことはできない」


 グレイはいつもと違って厳しい様子で、エリカは面食らった。

 普段はふざけているミリーとカイルでさえ質問できない。


「昨日現れた存在は怪異ではない」


「えっ!」


 皆が驚く。

 エリカはアルディスの様々な発現を思い出し、息を呑んだ。


「魔族だ」


「……!」


 誰もが過敏に反応したが、グレイはさらに続ける。


「しかも、魔王の血族だ」


 もちろんエリカたちだって驚愕したし、学院が騒然となる。

 ふと、教室の扉が三度叩かれた。

 グレイが扉を開くと、現れたのは学院長だった。


「な、なんで?」


 戸惑うカイルには目もくれず、学院長は一冊の古びた本を皆に見せた。


「禁書庫から持ってきた」


 グレイ以外の全員が狼狽える。

 学院長という生徒には馴染みがない上位者が、なぜ怪異学科にそこまでしてくれるのか。

 エリカたちはただ、学院長の言葉を聞くしかない。


「三百年前の記録だ。それには、『境界の瞳を持つ者、境界を開き、閉ざす』と書かれている」


「境界って……?」


 エリカが聞くと学院長が答えた。


「生者と死者。人間と怪異。人間界と魔界。すべての境界だ」


 想像を超える規模の話に、エリカたちが絶句した。


「つまり、本来交わるはずのない世界を結ぶ眼だ」

  

 その直後、エリカが急に立ち上がった。

 彼女は扉にはめられたガラス窓に目を奪われる。

 廊下には誰もいないはずだ。

 しかし、ガラス越しに紅い瞳だけが笑っていふ。

 ミリーたちが怪訝そうにエリカを見ているが、誰にも紅い瞳は見えていない。

 ぞっとしたエリカが身体を竦める。

 アルディスは笑う。


「もう見えるようになったか」


 エリカだけが青ざめる。

 心臓の鼓動が激しく早くなり、圧迫感を受ける。


「どうした?」

 

 フィンだけが異変に気づく。


「そこに、いる」


「えっ!」


 フィンが扉に駆け寄ると開け放つが、アルディスの姿はすでになかった。

 エリカは否応なく認めるしかない。

 アルディスはわざと姿を見せたのだ。



 *



 学院長やグレイが帰ったあと、エリカは自分の席で落ち込んでいる。

 俯いているエリカの隣にフィンが来る。


「怖い?」


 エリカは正直に答えた。


「少しだけ」


 フィンは肩の力を抜いて言った。


「僕も怖い」


「え?」


 意外名答えに、エリカは思わず顔を上げた。


「きみを守れないことが」 


「あ……」


 ありがとう、と言いかけて飲み込む。

 エリカは落ち込むのをやめた。

 フィンはいつも一緒にいる。

 そして廊下でエリカたちの様子を窺っていたミリーたちもいる。

 そんな大切なことを忘れるようでは、自分はまだまだだとエリカは思った。

 そして皆と一緒に寮へ帰った。



 *



 レオンは騎士科の訓練場を借りて、鍛錬に励んでいた。


「やっ! はあっ!」


 一流の剣士に仕込まれた剣技は素晴らしい。

 だが、どうも彼らしくない。

 雑念を打ち消すように乱暴に剣を振る。


「焦っていますね」


 ダーマが飲み物と汗拭きの布を持ってきた。

 レオンは剣を下ろすと飲み物を受け取り、一気に飲み干した。


「あいつは『境界の瞳』を狙っている」


「王家にしか伝わらない記録ですか」


 レオンの横顔は険しいが、ダーマは冷静に受け止める。

 二人はエリカの知らないことを知っているが、それをエリカに打ち明ける気はまだなさそうだ。



 *



 太陽の光が届かない黒い空間で、異形の魔族たちが跪いている。

 明かりは青白く光る篝火だけだ。

 玉座に座るのは、あの日学院で圧倒的な力を見せつせたアルディスだ。


「ようやく見つけた」


 冷たい美貌のアルディスが呟く。


「殺しますか?」


 部下がそう言うと、アルディスはゆっくりと首を振る。


「いや」


 アルディスが少し笑うと、部下がおののいた。


「あの眼が必要だ」


 アルディスが立ち上がると、部下が首を竦める。


「三百年前、おまえの先祖はその眼で父を封じた」


 何かを掴むように拳を握る。


「だから今度は――余がおまえの眼で世界を開く」


 アルディスの決意の固さは、エリカの想像を上回っている。

 早急に対策を立てねば、彼女に未来はない。

 いや、このままでは勝機はない。




 


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