5: 怪異学科④
旧校舎は朝でも陽光が入り込めない。
それでも教室は廊下よりマシな方である。
エリカが教室へ行くと、ミリーとカイルが黒い石を囲んで騒いでいる。
「昨日の戦利品だぁ!」
「変な匂いはする。でも怪異じゃない」
ミリーとカイルはああでもない、こうでもないと浅い議論を交わしている。
少し離れたところでヤミネーシュは本をめくりながら、
「見たことあらへんな」
と言う。彼なりに考察しているのだ。
眉をひそめているフィンだけが石から目を離さない。
「……嫌な感じがする」
フィンの反応を見たエリカの胸中に不安が波紋を広げる。
「おはよう。早速だが、静かにしろ」
教室に入ってきたグレイが黒い石を小突いた。
そして黒板に、
『怪異核』
と書いた。
エリカたちはその文字を見つめる。
「怪異を倒したあと、極めて稀に手に入るものだ」
皆がグレイの話に耳を傾ける。
「怪異は滅んでも、その力だけが核として残ることがある。だが、ほとんどの怪異は何も残さず消える。核を残すのは、力の強い怪異だけだ」
皆が黙って続きを待つ。
「核自体に害はない。ただし、怪異が核を求めて集まってくる」
「え?」
「まあまあ」
顔色を変えた生徒たちを宥めながら、グレイは講義を続ける。
「怪異核はすべて学院で保管する。研究にも使う。封印にも使う」
エリカやフィンは粛々と受け止めるが、ミリーとカイルがつっこみを入れた。
「そんな大事なものを」
「教室き置きっぱなしにして」
「グレ先、アホじゃね?」
「こら!」
「せんせ、大概にしいや」
生徒相手にムキになるグレイにヤミネーシュが呆れる。
「普段はただの石にしか見えない。だが……」
グレイはエリカを見た。
しかし、エリカはグレイを見ていない。
エリカは怪異核を見ている。
「きみには、違って見えるんだろう?」
「はい」
エリカだけには、赤い糸のようなものが石から伸びているのが見える。
「先生。この石、まだ誰かと繋がっています」
「……」
教室が静まりかえる。
「その糸は、どこへ伸びている」
「旧校舎の方です」
グレイが血相を変える。
エリカは、ハラハラしても見送るしかなかった。
グレイは急いで学院長の部屋へ駆け込み、報告した。
「やはり核が死んでないか」
学院長はハンカチで汗を拭った。
「『境界の瞳』は、核の繋がりまで見えるんです」
学院長がハンカチを仕舞うと、椅子から立ち上がった。
「急がねばならん」
グレイが部屋から出て行くと、一旦静かになった。
だが、隣室の扉が開き、華やかな金髪を持つレオンが現れた。
学院長は王族に対する礼をする。
「聞いていましたか」
「はい」
レオンの表情から、ただならぬものを汲み取った。
「これでよかったのですか?」
学院長が気遣わしげな目で見るが、レオンは目を逸らして窓の外を見る。
石畳の道をフィンと歩くエリカを見ると、レオンは苦しそうに目を閉じる。
「……守れるのなら」
学院長は何も言わない。
レオンだけが呟く。
「嫌われても構わない」
*
寮へ帰る途中、フィンがエリカへ聞く。
「疲れてる?」
「少しだけ」
フィンは少々迷ってから、
「僕は昔から眠れない」
彼だけの悩みを打ち明けた。
「眠るって、どんな感覚なんだろうって、子どもの頃から思っていた」
フィンの横顔を見ると、エリカも切なくなった。
「ジークハイム家には代々『白き呪い』が受け継がれ、僕の代で発現した。それは血を吸わなければ眠れないという形になってしまい、白と言う名前をつけられた」
「だから、あんなに近づくなと言ってたのね」
「ああ」
フィンは隣を歩くエリカを不思議そうに見る。
「怖くないのか? 油断させて、ある日突然ガブッとやるかもしれない」
「少し怖いわ。でも、私が強くなれば問題ないでしょう?」
「変なやつ」
フィンが快活に笑った。
心臓が一度だけ大きく跳ねた。
笑っているフィンが好きだ。
頭の中に浮かび上がった思いに、エリカ本人が戸惑って頬を赤らめる。
突如、金属製の大音響が二人の鼓膜を震わせた。
ゴォォォォォン……と、学院じゅうの鐘が鳴り響いた。
グレイが叫ぶ。
「全員、旧校舎へ!」
怪異学科が走る。
そこで見たものは。
「そんな……」
黒い石が共鳴し、古井戸から黒い霧が再び溢れ出していた。
エリカだけが霧の向こうを見る。
そこには、パメラではない。
頭に角が生えた男の影が立っている。
しかも、その影はエリカを見て、にやりと笑った。
「やっと見つけた……『境界の瞳』」
本能が危険だと告げ、エリカの背筋が凍り付く。
しかし、フィンが彼女の手を握った。
フィンの手は温かった。
背筋を這っていた恐怖が少しだけ遠ざかる。
怪異核はその後出てこないので忘れてもいいです。
私のミスです。




