4: 怪異学科③
翌日。
校舎裏の古井戸が立ち入り禁止になっている。
教師のグレイが言う。
「今日の授業は中止だ」
「わーい!」
ミリーとカイルが喜んでいるが、エリカだけは物憂げな表情である。
エリカは昨日の少女が気になって仕方ない。
フィンもそんなエリカを見ている。
授業の帰り、エリカにだけ少女が現れる。
「まだ寒い……」
白いワンピース、栗色の長い髪、怪我をした右手、昨日と同じ少女だ。
昨日より近づいている。
フィンが警戒心を剥き出してエリカの隣に立つが。
「……」
少女に逃げる様子がない。
エリカは思わず聞く。
「あなたの名前は?」
「え……」
少女は驚き、戸惑っている。
「あたしの声が聞こえるの?」
「ええ」
「誰と話してる?」
「あの女の子」
フィンは見えない場所を見る。
ぞっとしたようで腕をさする。
そんなフィンに構わず、エリカは少女の言葉に耳を傾ける。
「あたしはパメラ。この学院の生徒だったの。でも、三百年前に井戸に……」
エリカが彼女の言ったことをフィンに伝えると、彼は驚いた。
「誰も助けてくれなかったの?」
「いいえ。みんなを守るために井戸に入ったの」
パメラは悪い怪異ではない。
エリカはそう信じることにした。
「パメラさん、あなたは人を守るために、自分から井戸に入ったというの?」
「その通りよ」
パメラは学院を守ろうとして封印になった少女なのだ。
「あ……」
パメラが古井戸に目を奪われた。
「また来る!」
突然古井戸から黒い腕が大量に伸びる。
パメラがその場にへたり込む。
フィンがエリカの前に出て、腕から守る。
「あの子じゃない。別の怪異よ!」
エリカが注意したので、フィンはパメラを攻撃しない。
「ウワァ……」
井戸の闇が泡立つ。
次の瞬間、何十本もの黒い腕が一斉に這い上がった。
骨ばった指が石畳を掻き、耳障りな音を立てながらエリカへ迫る。
「来るな!」
フィンの左の掌から金色に光る剣が現れた。
フィンが地面を蹴る。
一太刀。
二太刀。
黒い腕がまとめて宙を舞う。
切断面から黒い霧が噴き出し、悲鳴が井戸の底へ響いた。
フィンの剣術で腕を何本か叩き落としたが、それを掻い潜った腕がエリカに触れようとした。
「嫌!」
「エリカ!」
焦ったフィンだが、エリカに触れようとした腕が光る盾によって弾かれた。
「あちしの盾は無敵だよ!」
「ミリーさん!」
ミリーが両手を打ち鳴らす。
淡い桃色の光が花びらのように舞い、半透明の盾がエリカの前へ展開した。
黒い腕が激突する。
ガァン!!
鈍い衝撃音だけを残し、盾は傷ひとつつかない。
「嫌な匂いはあそこだ、ヤミー!」
「そのあだ名、よろしゅうございますなぁ。あんさんの知性がよう現れてはるわ」
カイルが匂いを追い、的を絞った。それだけでなく近づいてくる腕を拳で打ち据え、蹴りで跳ね返す。
ヤミネーシュが本を閉じて、
「第一戒。怪異、境界を侵すべからず。第二戒、人の世を穢すべからず」
古い言葉を紡ぐと、空気が熱を帯びた。
「違えし者に、炎の裁きを――《戒火》」
彼の指先から細い火線が走る。
それは蛇のよえにうねりながら、黒い腕へ絡みついた。
怪異が火傷に喚き、エリカから離れた。
「怪異学科の皆さん、どうしてここへ?」
「友達だから!」
ミリーの言葉にエリカは胸が熱くなった。
だが、突如怪異が変形した。
「な、何?」
怪異に発生した胴体からさらに頭や足が生えてきて、フィンに襲いかかった。
「痛いな、もう」
多数の腕だけでも厄介なのに、足が加わるとフィンと互角に戦える。
「あちしの盾が!」
怪異が噛みつき、ミリーの盾にひびが入る。
「ぐっ!」
怪異の体当たりでカイルが吹き飛ばされ、叫び声をあげた。
「大概にせえな」
ヤミネーシュは増えた腕に詠唱を邪魔されて、魔法が打てない。
たまりかねたフィンが言った。
「あいつを見てくれ」
「はい。井戸を時計に見立てて、二時の方角にいます!」
フィンとカイルが二時の方角へ向かって攻撃を繰り出す。
すると、怪異が悲鳴をあげた。
「フギャアァ!」
空間が歪み、フィンとカイルは手応えを感じた。
「うっ?」
エリカの目が銀色に輝く。
世界の色が変わる。
怪異以外の色が褪せる。
黒い腕の向こう、赤黒い光だけが脈打っていた。
「核はそこ!」
エリカが指さしたのは、怪異の左胸だ。
「はあっ!」
カイルがキックを食らわせて、怪異の行動を止める。
「どけ」
眠そうな声は、もうない。
フィンは剣を構え、一直線に駆けた。
黒い腕が襲うが、避けない。
斬る。
斬る。
斬る。
最後の一歩出踏み込み、黄金の刃が怪異の核を貫いた。
眩い閃光。
井戸の闇が真っ二つに裂ける。
「ギャ……ァアアアアっ!」
怪異が断末魔の叫びを上げると衝撃波が来たが、それも間もなく終わった。
「怪異、撃破!」
エリカだって信じられない思いでいるのだから、フィンたちは尚更だろう。
そして怪異が霧となって消えたあと、カラン、と渇いた音が響く。
黒い石が一つ、井戸の前へ転がった。
まるで心臓のように微かに脈打っている。
フィンが剣を掌の中に納めると、怪異が落とした黒い石を拾った。
「害はないようだが、これはなんだろう?」
「それは、あなたたちが持っていて」
「と言ってるわ」
パメラの言葉を伝えると怪異学科の皆は驚いた。
そのうえでエリカはパメラの手を握る。
「もう帰ってもいいのよ」
パメラが泣くが、それは悲しみではない。
三百年の時を経て、ようやく解放されたのだ。
「ありがとう」
彼女は微笑むと、天へ昇っていった。
その瞬間、古井戸の怪異は消えた。
「魂が天へ帰ったということか」
「そうみたいだね」
「すげーな」
あまりの驚きでフィンたちは目を大きく見開く。
そんな彼らを建物の陰からグレイが見ている。
「『境界の瞳』は、見るだけじゃないのか」
そして学院長は部屋で古文書を見る。
「『境界の瞳』は生者と死者、人と怪異、二つの世界を繋ぐ」
学院長は目をつむると、指で眉間を押さえる。
「もう止められない」
学院長はさておき、エリカたちは古井戸から離れようとした。
「う……」
エリカがふらつくと、フィンが無言でその手を支える。
「おや」
「まあ」
ミリーとカイルがざわつくが、エリカが何か言い出すと黙った。
「ありがとう」
フィンに心配をかけないため、エリカは少し笑った。
「……今度は、ちゃんと守れた」
フィンは照れたように視線を逸らした。
エリカは思わず笑う。
その笑顔を見て、フィンも微笑んだ。




