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21: エリカとアンフィサ



 エリカの目の痛みは、ヒーラーの治癒魔法によって抑えることができた。

 だが、エリカの『境界の瞳』が発動したままだった。

 学院の空には、巨大な白い花が浮かんでいる。


「あれは幻影ではありません」


 エリカは銀色に染まった空を見上げた。


「どこかとどこかを繋いでいます」


「どこかって、どこに?」


 フィンが尋ねると、エリカは空へ手を伸ばした。

 すると、白い花の中心から一本の銀色の糸が伸びた。

 糸は夜空を走り、王都の外へ向かっていく。

 その糸の先にあるのは、ロアネイン家が避難している郊外の屋敷だった。


「アンフィサさん……」


 同様にアンフィサも、自分の影にある白い花が銀色に輝いていることに気づいていた。

 そして初めて、アンフィサの側にもエリカの姿が見える。


「エリカ様……?」


 二人の能力が、互いを認識していた。

 エリカは怪異学科の仲間たちとともに、郊外の屋敷へ向かった。

 再会の挨拶もそこそこに、エリカが率直に尋ねる。


「アンフィサさん。あなたの白い花は、私の『境界の瞳』に反応しています」


「わたくしも、エリカ様が見えましたわ」


「二人ともちょっと、ええか?」


 ヤミネーシュが水晶玉を掲げる。


「魔力を調べてみるで」


 水晶玉の中に、黒い花の残滓、白い花、そしてエリカの『境界の瞳』が次々と映し出される。

 その度に水晶玉が強く輝いた。

 ヤミネーシュが眉をひそめる。


「妙やな」


「何がですか?」


「お二人さんの魔力そのものは、まったく似てへん」


 ヤミネーシュは水晶玉を覗きこむ。


「せやのに、境界の干渉した瞬間だけ共鳴するんや」


「では、なぜ?」


「似た魔力が反応しとるんやない」


 ヤミネーシュは顔を上げた。


「同じ役割を持っとるんや」


 エリカとアンフィサは顔を見合わせた。


「みんな、揃ってるね」


 学院長が古文書を抱えて部屋へ入ってきた。


「また調べてみた。ロアネイン家の契約について、これまでとは違う記録が見つかった」


 学院長は古い紙片をテーブルの上へ広げた。


「これまで知られていたロアネイン家の契約は、勝者に従うものだと思われていた」


「違うんですか?」


「さらに古い記録では、こうなっている」


 学院長が読み上げる。


「世界の秩序を維持する者に従い、境界を守る」


「は……っ!」


 エリカが目を見開いた。

 三百年前、勇者たちは魔王を倒した。

 しかし、魔王を倒しただけでは魔界そのものは消えない。

 だから勇者たちは、五つの名家にそれぞれの役目を与えた。


「境界を認識する者」


「境界を維持する者」


「境界を越えてきた存在を封じる者」


 そして、それらを人間社会の中で守り続ける者。


「その中でロアネイン家に与えられたのが、境界を守る契約だった」


 学院長の説明を聞き、アンフィサがおもむろに口を開く。


「だから、本来の契約は、勝者に従うものではなかったのですね」


「そういうことだ」


 アンフィサは自分の影を見る。


「長い年月の中で、本来の意味が失われてしまったのでしょう」


「でも、アンフィサさんは違います」


 エリカが言った。


「ええ」


 アンフィサの微笑は温かいものだった。


「わたくしが誰かに従うかではなく、自分が何を守るのかを選んだからですわ」


 白い花が淡く輝いた。


「その意思を契約が認めた。だから黒い花の中に白い花が咲いたんだ」


 グレイが言った。


「契約が本来の姿を取り戻したということか」


 エリカは白い花を見る。


「つまり、この花は契約違反の兆候ではありません」


 そしてエリカは、自分の『境界の瞳』についても理解し始めていた。

 単純に怪異を見る能力ではない。

 本来の力は、世界と世界の境界を認識すること。

 怪異を見られるのも、魔力の流れを見られるのも、その副次的な能力に過ぎない。


「三百年前、勇者側には『境界を見る者』がいた」


 学院長が言った。


「その血筋は途絶えたと思われていたが……」


 エリカは自分の瞼に触れた。


「ラキュネイン家に、その力強が受け継がれた」


「つまり私は、『境界を見る者』で……」


 アンフィサを見る。


「アンフィサさんは『境界を守る者』」


「わたくしたちが近づくことで、見る力と守る力が共鳴する……」


 エリカがアンフィサの白い花へ手を伸ばす。

 指先が触れた瞬間、


「っ!」


 『境界の瞳』が暴走した。

 世界が銀色に染まる。

 目の前に、三百年前の光景が広がった。

 魔王が倒された直後だが、人間界と魔界の境界は崩壊しかけていた。

 その境界の前に、一人の女が立っている。

 蒼銀の長髪が風に揺れていた。

 ゆっくりと、女が振り返る。

 エリカは息を呑んだ。


「ザラ·マテルス……」


 現在の怪物のような姿とは違う。

 人間に近い、美しい女だった。

 彼女は微かに笑いながら言った。


「魔王を倒せば、すべてが終わると思うておるのかえ」


 次の瞬間。

 視界が真っ赤に染まった。

 本能が警告を発する。

 ――危険。

 ――見てはいけない。


「エリカ!」


 フィンの声が聞こえた。

 身体から力が抜け、エリカは倒れかける。

 フィンが慌てて支えた。


「エリカ、大丈夫?」


「……はい」


 アンフィサがすぐに休憩室を用意した。

 しばらく休んだあと、エリカは見たものを全員に話した。


「ザラ·マテルスが、三百年前の戦争に?」


 グレイが驚き、学院長も険しい顔をした。


「私も三百年前の記録はかなり調べている。しかし、ザラ·マテルスの記録は驚くほど少ない」


「だから、誰かが消したんだって」


 ミリーが言う。


「前にも言ったじゃん」


「誰に?」


「両方じゃない?」


「人間と魔族の両方が、ザラ·マテルスの存在を隠した?」


 エリカは考え込む。


「でも、なぜ?」


 ミリーも押し黙った。

 さすがに、ここからは推測しかできない。


「現時点では、禁書庫をさらに調べるしかないだろう」


 学院長が結論を出した。



 *



 魔界では、アルディスがエリカとアンフィサの共鳴を感じ取っていた。


「二人の魔力が接続しました」


「……」


 マルキゼルの報告に、アルディスは黙り込む。

 バルガーンが尋ねた。


「何が問題だ?」


「エリカが境界を見るだけなら、問題ない」


 アルディスは低い声で答えた。


「ならば、何が?」


「アンフィサが、境界を守る側へ戻った」


 アルディスが初めて警戒する。


「つまり余の計画によってエリカ単独より、エリカとアンフィサの組み合わせのほうが危険だ」


 バルガーンが唸った。


「どうする?」


 アルディスは即座に答える。


「二人を引き離す」


「アンフィサを殺すのか?」


「いや」


 アルディスは笑った。


「契約を利用する」


 マルキゼルが察する。


「アンフィサに、エリカを『世界の境界を壊す者』だと思わせるのですな」


「そうだ」


 魔王らしい不遜さを取り戻したアルディスを、バルガーンとマルキゼルへ頼もしそうに見ていた。


 

 *



 その頃、エリカとアンフィサは二人きりで話していた。


「エリカ様」


 アンフィサが尋ねる。


「わたくしの力が、あなたを助けられるでしょうか?」


「ええ。たぶん」


「私の力は、境界を見ることはできる」


 エリカは自分の瞼に触れた。



「でも、どうすれば境界を守れるのかはわからない」


 そしてアンフィサを見る。


「だから、あなたの力が必要なのだと思います」


 アンフィサは微笑んだ。


「では、わたくしもエリカ様の目が必要なのですね」


 二人の間の、白い花と銀色の光が浮かぶ。

 その瞬間、エリカの『境界の瞳』が再び発動した。


「フィン様、また『境界の瞳』が!」


 アンフィサの声が遠ざかっていく。

 銀色に染まった世界。

 今度は白い花が伸びていく。

 王都ではない。

 魔界ではない。

 その先にあるものは――


「学院……!」


 白い花の根は、王立ラヴォリア魔導学院の地下へ伸びている。

 さらに深く、三百年前に作られた巨大な装置があった。



 ――境界維持装置。



 しかし、その装置にはすでに黒い花の根が絡みついている。

 エリカの顔が青ざめる。


「アルディスは……」


 視界が途切れた。

 エリカは現実へ戻る。


「アルディスは、王都を狙っていたんじゃない」


 フィンが尋ねる。


「じゃあ、何を?」


 エリカが息を整えた。 

 そして、はっきりと言った。


「三百年前に勇者が作った――」


 一呼吸整える。


「『境界そのもの』を、乗っ取ろうとしているんです

!」


 その瞬間、学院の方角から落雷のような轟音が響いた。

 地面が揺れる。

 建物が軋む。


「な、なんですの?」


 エリカたちが立ち上がる。

 さらに地下から、何か巨大なものが動く音が響いた。

 ズズズズズズズズ……。 

 そして、どこかともなく女の声が聞こえた。


「ようやく、そこまで辿り着いたかえ」


 エリカは息を呑む。

 ザラ·マテルスの声だった。





 

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