20: ご苦労様です、魔王様
数日後の学院。
「エリカ·ラキュネインが魔王軍幹部を退けたらしいぞ」
「怪異学科って、あんなに強かったかしら?」
「下町の子どもたちでさえ知っているとか」
学院や王都ではグラム·アスガルを撃退したことで、学生たちの間でもエリカたちへの評価が上がっている。
ミリーとカイルは嬉しそうだ。
「最近、魔導科の子が挨拶してくれるんだよ!」
「俺なんて騎士科に声かけられたぜ」
一方、エリカ本人は浮かない。
ちなみにヤミネーシュは、目を閉じたまま本を読んでいる。
フィンが気づく。
「またグラム·アスガルのことを考えてる?」
「ええ」
エリカは答える。
「アルディスは、戦力を一人失うとわかっていて彼を送り込んだのよ」
「でも、僕たちは勝った」
「だからこそ、不気味なのです」
憂い顔のエリカを、フィンが宥めた。
「疲れてるんだよ」
「そうかもしれないわ」
エリカたちは知らないが、アルディスはこう言っていた。
「エリカ自身を壊す」
それが音もなくエリカに忍び寄っている。
そして授業中、学院に王家から緊急連絡が入る。
学院長が怪異学科の教室に駆け込んできた。
「王都の複数の場所で怪異が発生した」
「えっ!」
「待て」
ざわめいたエリカたちをグレイが制して席に座る。
学院長が黒板に字を書きながら解説する。
「同じ場所に複数の怪異が出る。怪異同士が互いに干渉している。本来なら存在できない場所、例えば教会に出現している。住民に被害は出ているが、今のところ死者はいない」
グレイは、
「魔族の攻撃か?」
と考える。
「違うと思います」
否定したエリカは『境界の瞳』を使う。
世界が銀色に染まると、怪異たちの出現地点が一本の線で繋がっている。
その線は、王都の中心へ向かっている。
「誰かが意図的に怪異を発生させています。しかも、その配置には法則があります」
エリカは地図を広げ、
「これは魔法陣です」
と指摘する。
「王都各地で怪異を発生させることで、巨大の魔法陣を完成させようとしています」
「なんだって!」
グレイと学院長が驚く。
「魔王アルディスの仕業です。学院長、王家に魔法陣を完成する前に怪異を排除するよう、進言なさってください」
「わかった」
エリカが断定すると、学院長が王城へ行き、進言する。
王家も承認し、怪異学科が各地に分かれて出動する。
それがアルディスの予想通りとは知らずに。
「先生、みんなの指揮をお願いします」
「ああ、わかった」
それはともかく、グレイが怪異学科に指示を出す。
まずはカイルが狼のような俊足で怪異の位置を偵察した。
「教会、市場、住宅街、噴水広場、墓地。それぞれに話が通じそうにない怪異がいるぜ」
「わかった。まずは住宅街から。ミリー」
「はいよー。みんな落ち着いて避難してねー。あちしが道を守るから大丈夫だよー」
ミリーが住民の避難を誘導し、避難経路を盾で防御する。
騎士団も協力し、民衆は落ち着いて行動している。
「ヤミネーシュ」
「はいはい。怪異の魔力を焼き尽くすなんて器用な真似ができるのは、わいだけや」
ヤミネーシュが魔力を焼却し、弱体化した怪異を、フィンが切り捨てる。
「黒い石を回収。次はどこへ?」
「スラム街だ。住民の避難が最優先だ」
「了解です」
戦闘そのものは順調だ。
エリカは中央から、魔法陣を解析する。
住宅街、スラム街、教会、市場、噴水広場、墓地。
グレイの指示によって、怪異は次々と鎮圧される。
アルディスの策略を打ち砕いたと思った矢先、カイルが慌てた様子で駆け込んできた。
「怪異を倒した地点から、黒い糸が伸びている」
「なんですって!」
エリカは『境界の瞳』で銀色の染まった世界を見る。
「違う……」
エリカが青ざめると、フィンが尋ねる。
「どうしたの?」
「怪異そのものが魔法陣じゃない」
「どういうことだ?」
「怪異が存在した場所そのものが、魔法陣の一部になっています」
怪異を倒せば怪異が消えるが、空いた『境界』に黒い魔力が入り込む。
それで魔法陣が完成するという仕組みだった。
エリカは呆然とする。
「私が、完成させている?」
フィンが否定する。
「違う。アルディスが仕掛けたんだ」
「でも」
しかし、エリカは納得できない。
「私は自分ならどうするかを基準に、アルディスの策を読んでいました。だからこそ、アルディスはその思考パターンを利用したのです」
「そんな。それじゃ魔王はきみの努力を利用して王都と魔界を繋げようとしているのか」
突然アルディスの声がどこからともなく響く。
「ようやく気づいたか、エリカ」
空中に黒い亀裂が開く。
アルディス本人ではなく、魔力による幻影が現れる。
「おまえは賢い。だからこそ、簡単だった」
エリカはアルディスの幻影を睨む。
「あなたは私が怪異を倒すとわかっていた」
「そうだ」
アルディスは首肯した。
「私なら住民を守るために、必ず怪異を排除する」
「その通り」
アルディスが鼻で笑った。
「おまえは仲間を守ろうとする。だから、必ず最善の方法を選ぶ。そして最善の方法が間違っていた時、おまえは自分を責める」
「……」
エリカの表情が変わると、アルディスは選択肢を突きつけた。
「選べ、エリカ。まずは第一の選択だ。怪異をすべて倒すが、魔法陣が完成する」
「……」
「第二の選択は、怪異を放置する。もちろん、人間どもに犠牲が出る」
「……」
「第三の選択。怪異を別の場所に移す。移動させた場所に魔法陣が移る」
「どれを選んでも、あなたの目的に近付くじゃない」
アルディスが笑う。
「さあ。いつものように最善を選べ」
黙り込んだエリカの手が震える。
「私が選ばなければ……」
フィンが遮る。
「違うよ」
「……え?」
「アルディスは、きみが一人で選ぶと思っている」
エリカが顔を上げると、フィンは力強く言った。
「僕たちは仲間だ!」
視野が広がると、ミリー、カイル、ヤミネーシュが周りにいた。
「そうそう!」
「一人で背負い込むなよ」
「うちらまで勝手に頭数に入れといてや」
フィンが核心を突いた。
「三つとも、きみ一人で決める必要はない」
「あっ……!」
エリカの目が変わる。
エリカはアルディスの言葉を思い返す。
「選べ」
「……そういうことね」
フィンが尋ねる。
「何かわかった?」
エリカが明るく笑う。
「アルディスは、私に選ばせようとしている」
「それが?」
「つまり――」
エリカは王都の地図を見る。
「三つ以外の選択肢を選んではいけない、と言われてはいません」
「なんだと?」
アルディスの表情が初めて見るものに変わる。
エリカが指示する。
「怪異を倒さないでください!」
「え?」
全員が驚く。
「代わりに、怪異を固定します」
ヤミネーシュが理解する。
「魔力を燃やさず、境界に縫いつけるんか?」
「そうです」
怪異を消すのではなく、存在している状態のまま封じ込めることで境界の空白を作らないということだ。
「あちし、逃げ遅れてる人たちを避難させてくる!」
ミリーが住民の避難に取り組む。
「怪異の場所が俺が全部突き止める!」
カイルは逐一、怪異の居場所をエリカに送る。
「燃やすだけが、わいの能力やないで」
「手加減は難しいけど」
ヤミネーシュが怪異の魔力を固定し、フィンが怪異を足止めする。
「皆さん、ありがとうございます。あとは、私が!」
そしてエリカが『境界の瞳』で怪異と現実の境界を縫い合わせる。
しかし、魔界ではアルディスはまだ笑っている。
エリカの作戦によって魔法陣が停止し、その光を失った。
マルキゼルが狼狽える。
「失敗です」
ところが、アルディスは笑う。
「いや」
「なんですと?」
「これでいい」
なぜならアルディスが欲しかったのは、魔法陣の成功ではなかった。
エリカが怪異を消さずに境界を固定するという、新しい方法を使うこと。それが彼の目的だ。
それによって、王都各地の境界に、エリカの『境界の瞳』の魔力が流れ込む。
アルディスはそれを利用して、エリカの力の構造を解析していた。
アルディスが本当の目的を明かす。
「エリカ。おまえの力は、境界を見るだけではない。境界を、変えられる」
勝利を確信したアルディスがさらに笑おうとした。
「ご苦労様です、魔王様」
「何?」
エリカが笑うと、アルディスが眉をひそめる。
フィンが問いかける。
「まさか、最初から?」
「いいえ」
エリカの表情に活力がみなぎっている。
「途中で思いついたの」
そしてエリカは言う。
「あなたは私の思考を利用した」
「……」
「それなら私も、あなたが私を解析したいと思うことを利用します」
魔法陣が逆流し、銀色の光に染まっていく。
エリカの魔力が魔界へ流れ込む。
魔界ではアルディスが玉座から立ち上がる。
「何をした?」
エリカは余裕を漂わせながら言う。
「あなたに情報を与えました」
「何を?」
「偽物の情報を」
エリカが流したのは『境界の瞳』の力の一部だけに過ぎない。
「本当の能力構造は隠していたんです。あなたが解析したと思った情報そのものが囮です」
「……!」
アルディスの顔から笑みが消える。
「小娘が」
アルディスは悔しそうに顔を歪めた。
王都の怪異はすべて鎮圧した。
魔法陣も完全に停止した。
王都は救われる。
しかしエリカは気づく。
「待って」
黒い糸の一部だけが、残っている。
それは王都の地下へ伸びている。
「全部へ止められていない」
フィンが尋ねる。
「地下?」
「ええ」
「あの黒い花か」
地下にはザラ·マテルスがいる。
*
その頃、アンフィサは避難先で白い花が大きく揺れるのを見た。
「これは……エリカ様が境界を固定した?」
白い花の一枚に、銀色の光が宿る。
アンフィサは父親に告げる。
「ロアネイン家は、エリカ様を助けます」
「何?」
父親は心底驚く。
「王家でも魔王でもない、第三勢力を名乗ったばかりだぞ」
「だからこそですわ。誰かに命令されたからではありません。わたくし自身が決めたのです」
「おまえが、そう言うなら」
アンフィサの白い花がさらに大きくなる。
それと同時に、地下奥深くにあるものが目覚める。
ザラ·マテルスが目を開き、身震いすると、地下の空気が揺れた。
「賢い娘じゃのう」
黒い花の根元に、銀色の光が走る。
「じゃが、エリカよ。おぬしはまだ知らぬ」
巨大な黒い花の茎が脈動し、蔓が信じられないほど長く伸びる。
「境界を守る者と、境界を壊す者は、同じ力を使うのじゃ」
地上では勝利を掴んだのも束の間、エリカに異変が起こる。
「うっ……」
エリカの『境界の瞳』が突然痛み、彼女はそれに苦しむ。
「エリカ! 誰か、医者を呼んでくれ!」
「ああ」
フィンや仲間たちがエリカを救うために動き出した。




