19: ロアネイン家襲撃
深夜。ロアネイン侯爵家のタウンハウス。
アンフィサは自室で眠れず、窓辺に立っていた。
影の中では、黒い花の中に白い花が咲いている。
そこへ突然、屋敷の外から轟音が響き、窓ガラスが震えた。
「何事ですの?」
侍女が慌てて駆け込んでくる。
「お嬢様、魔族です!」
アンフィサが窓から外を見ると、屋敷の庭に槍を持つ魔族が立っている。
「ロアネイン家の娘を渡せ」
グラム·アスガルの要求を、ロアネイン侯爵は拒否した。
「なんとしてでもアンフィサを守れ!」
「はっ」
兵士たちが槍で突いたり、弓矢を射ったりするが、グラム·アスガルはほとんど傷つかない。
むしろ黒槍で兵士を薙ぎ払う。
人間では歯が立たないことを察した侯爵は、アンフィサだけでも逃がそうとする。
「おまえは地下室へ行け」
「嫌ですわ」
「な、何を言っている?」
「わたくしが逃げれば、皆が殺されます」
「それは、そうだが」
ジレンマに陥った父親と違い、アンフィサの気持ちはすでに決まっていた。
一方、怪異学科の生徒たちが夜の王都を走っていく。
魔族の出現に、住民ちは窓や扉を開けてロアネイン家の様子を見ている。
走りながら、エリカが『境界の瞳』を使う。
「……いる」
「誰が?」
「グラム·アスガルです」
「……」
ミリーが表情を変えたが、何も言わなかった。
フィンが剣を構える。
「今度こそ、僕たちで止めよう」
カイルが頭一つ分、抜け出した。
「いや、俺がやる」
エリカが止める。
「カイル」
「わかってる」
カイルは以前と違う。
「一人じゃ戦わない」
エリカはほっとした。
そしてロアネイン侯爵家のタウンハウスに到着した。
石畳には深い溝が何本も刻まれ、噴水は中央から真っ二つに割れていた。
庭の薔薇は踏み荒らされ、白い花びらが血に塗れている。
兵士たちの死体が何人も芝生や石畳の上に転がっている。
グラム·アスガルはエリカたちを見て笑う。
「遅かったな」
「今度は逃がさない」
「ふん!」
グラム·アスガルが槍を振る。
「させない!」
ミリーが盾で受け止めるが、あまりの重さに体勢を崩され、吹き飛ばされた。
グラム·アスガルがカイルを挑発する。
「貴様、一人で来ないのか?」
「もう、一人で勝つ必要はねえんだよ」
カイルが引きつけている間にフィンが瞬時に接近して斬撃を放つが、グラム·アスガルは槍の長柄で防いだ。
カイルが死角からナイフを投げつけ、グラム·アスガルの鎧の隙間に刺さった。
グラム·アスガルの動きが少し鈍る。
その傷へヤミネーシュの《戒火》がまとわりつき、火傷を負わせた。
「ええい! 小賢しいな!」
グラム·アスガルは穂先の狙いを怪異学科に定めると、その豪腕で突きを何十回も繰り出す。
フィンたちは回避に専念するしかない。
「エリカ!」
起き上がったミリーがエリカの前に立ち、盾に全力を込めて守りきった。
エリカは『境界の瞳』でグラム·アスガルの身体を見る。
銀色の世界で彼の身体の中に黒い魔力の線が走っているのが見えた。
「あそこ!」
エリカが指さしたのは、胸ではない。
右肩から脇腹へ伸びる魔力の結節点だ。
「フィン! 右側!」
フィンがグラム·アスガルの懐に飛び込み、魔力の結節点へ斬り込む。
しかし、グラム·アスガルは攻撃を読んで防ぐ。
「見えているのか、小娘!」
エリカが答える。
「ええ。あなたの境界が」
「ぬう……」
追い詰められたグラム·アスガルが魔力を解放した。
「うおぉーーーーーーっ!」
庭が吹き飛び、屋敷の屋根が剥がれ落ちるほどほ衝撃だ。
窓ガラスが割れる音が派手に響いた。
カイルが壁へ叩きつけられ、呻き声をあげた。
ミリーの盾が砕けた。
ヤミネーシュの魔法も消される。
フィンも膝をつく。
グラム·アスガルがエリカへ迫る。
「貴様だけは、連れて帰る」
「くっ……」
エリカは恐怖を感じるが、逃げない。
「私を連れて帰れば、アルディスが喜ぶと思っています?」
グラム·アスガルが止まった。
「なんだと?」
「違いますわ」
エリカは笑って煽る。
「アルディスは、あなたが私たちに勝つことより、私たちがどう戦うか見ていますわ」
「この……!」
グラム·アスガルが怒ったが、エリカは決して撤回しない。
「小娘が!」
グラム·アスガルが槍の穂先をエリカに向けようとした瞬間、アンフィサが前に出る。
「おやめなさい!」
全員が驚いた。
「アンフィサさん!」
アンフィサの影から黒い花が伸びる。
だが、今回は白い花も咲いている。
同じ花に見えるが、性質はまったく違う。
「なんだ、これは?」
グラム·アスガルが警戒し、一歩退いた。
「わたくしは、もう誰かに勝者を決めてもらうつもりはありません」
アンフィサがグラム·アスガルを見上げた。
「あなたにも、魔王にも、王家にも」
黒い花と白い花が揺れる。
「わたくし自身が、何を守るか決めますわ」
「何?」
アンフィサの白い花が輝きを放ち、グラム·アスガルの魔力が一瞬だけ拘束される。
カイルが疑問を口にした。
「なんだ、あれ?」
「完全な攻撃能力やない。契約そのものに干渉して、魔族の力を一時的に縛っとるやと思うで」
ヤミネーシュの推測を聞いたエリカが大声で指示を出した。
「今しかない!」
全員が一斉に攻撃する。
カイルの投げたナイフがグラム·アスガルの膝関節を突き刺し、その動きを止めた。
ヤミネーシュの《戒火》が最大出力でグラム·アスガルを焼き、ミリーは改めて生み出した盾をぶん回して彼の足元を崩した。
「グラム·アスガル!」
フィンが最後に踏み込み、グラム·アスガルの結節点を貫き、彼が膝をつく。
「ぐ……お……」
しかし、完全には倒れない。
「人間ごときに」
カイルがナイフを突きつける。
「今の俺たちは、一人じゃない」
何かを悟ったグラム·アスガルが笑った。
「なるほどな」
結節点から黒い魔力が噴出し、グラム·アスガルが苦しそうに呻いた。
「これ以上戦うのは愚策」
グラム·アスガルは黒い霧を出した。
「待て!」
「追わないで!」
フィンが追おうとするが、エリカが止めた。
「でも」
「これは罠かもしれないわ」
グラム·アスガルは遠ざかりながら怨念を吐いた。
「エリカ·ラキュネイン。次に会う時は、貴様を殺す」
黒い霧が、ぶわっと舞い上がってエリカたちの目をくらませた。
目を開けると、グラム·アスガルの姿はない。
「逃がしてしまった」
カイルは悔しそうだが、エリカは冷静だ。
「今はこれでいいのよ」
「どうして?」
「重傷を負わせたことで、アルディスの戦力を一つ削れたわ」
そしてアンフィサを見る。
「それに……」
アンフィサの白い花が、以前より大きくなっている。
侯爵がアンフィサに近づいた。
「おまえ、怖くなかったのか?」
「怖かったですわ」
意外な答えに怪異学科の皆も目を見張った。
「でも、逃げたくありませんでした」
アンフィサは父親を見つめる。
「お父様。ロアネイン家は、これからはどちらにも従いません」
「な、なんたと!」
侯爵が驚いた。
エリカたちは黙って見守る。
「では、どうする?」
「三百年前、ロアネイン家は勝者に従いました。ですが、それは勝者のためではありません。勝者が作る秩序を守るためだったのでしょう?」
「その通りだ」
「それなら、わたくしは選びます。王家でも、魔王でもない、この国と、ここで暮らす人々を守る側を」
「そうだな。それがロアネイン家の本来の役割だ」
侯爵が認めると、アンフィサはエリカに向き直った。
「ただし王家に反逆するという意味ではなく、王家と魔王、どちらにも利用されない独立勢力になるということですわ。あなたもわかってくれますよね? エリカ様」
「ええ。王家と敵対する必要はありません。ロアネイン家は王家に従うのではなく、王国を守るために王家と協力する。その違いは大きいです」
アンフィサと侯爵は頷いた。
アンフィサの意志を確認すると、エリカたちへ学院の寮へ戻った。
*
魔界では、重傷を負って戻ってきたグラム·アスガルを見る魔族たちの目は、どこか冷たい。
だが、アルディスのグラム·アスガルを見る目は寛大だ。
「負けたか」
グラム·アスガルは傷の痛みを堪えて跪く。
「申し訳ありません」
周囲の魔族たちの予想と違って、アルディスは怒らなかった。
「よくやった」
バルガーンが驚き、周囲もざわめいた。
「重傷だぞ?」
「それで十分だ」
アルディスはグラム·アスガルではなく、マルキゼルを見る。
「これでわかった」
「何がでしょう?」
アルディスは淀みなく語った。
「エリカは仲間を強くする」
納得したバルガーンたちが頷いた。
「そしてアンフィサは、契約そのものを変え始めている」
アルディスの表情が変わる。
「ならば次は、仲間ではなく……」
彼は次の策を打ち出した。
「エリカ自身を壊す」




