2: 怪異学科①
フィンはエリカの首筋に牙を立てる。
エリカは悲鳴を上げないように歯を食いしばった。
しかし、
「もういい!」
教師がフィンの肩を掴み、拘束魔法を発動した。
カッ、と一瞬だけ光ったと思ったら、フィンが意識を失って倒れた。
エリカは首筋を押さえて呆然とする。
「……私、生きてる?」
今更だが、血を吸われるということは死ぬというこだと気づき、エリカは青ざめる。
教師が溜め息をつく。
「初日から災難だったな」
エリカは無言で頷いた。
包帯少女が愉快そうに笑う。
「あちし、初日で噛まれた子なんて初めて見た!」
獣耳の少年など、
「フィンのやつ、今日は我慢した方だったよ」
と庇うようなことを言った。
そして目を閉じた少年は、
「あんさん、運がええな」
褒めてるのな貶してるのか、よくわからない。
「これで運がいいんですか?」
戸惑うエリカに、教師が言う。
「怪異学科は問題児の集まりじゃない」
彼は黒板に古風な紋章を書いた。
「この学院で一番古い学科だ」
「一番古い?」
「王立ラヴォリア魔導学院は、怪異学科を中心に建てられた」
「えっ?」
「説明はここまで。こいつを運ばないと」
教師はフィンを担ぎ上げると、保健室へ向かった。
*
静かな保健室でフィンが目を覚ました。
エリカを見た瞬間、真っ青になる。
血の気を失った顔でさえ美しい。
金色の瞳だけが揺れていた。
「……ごめん」
フィンの長い睫毛が伏せられる。
震える声だった。
本気で自分を責めている。
エリカは己の首筋に触れる。まだ少し熱を持っていた。
痛い。
怖かった。
それでもだ。
「謝らないで」
「きみを傷つけた」
フィンは心から反省している。
あれほど怯えた目で謝られてしまえば、責める気になれなかった。
「正直、今も少し怖い。でも、自分を責めないで」
フィンが顔を上げた。
少し驚いている。
「きみは僕を怖がらないの?」
エリカは首筋の傷を撫でながら言った。
「怖かったわ。でも、あなたは私を襲いたくて襲ったんじゃないでしょう?」
フィンは少し目を伏せて、
「そんなことを言われたのは初めてだ」
と感慨深そうに言った。
二人ともしばらく何も言わなかった。
沈黙なのに、少しだけ空気が柔らかかった。
「さあ、今日は実習だ」
まだ何もわからないエリカを連れて、教師とフィンは校舎裏へ向かった。
ふと、気になったことをエリカは聞いてみた。
「先生、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……グレイだ。グレイ·セヴィス」
「ありがとうございます」
「あちしはミリー·アイゼンベルク。よろしくね!」
ミリーは包帯だらけなのに、よく笑う少女。
「俺はカイル·ダート」
カイルは犬のように鼻が利く少年。
「……」
本好きの少年は名乗らなかったが、代わりにグレイが紹介する。
「ヤミネーシュ·リンだ。悪いやつじゃないから」
「皆さん、ありがとうございます」
変わった人ばかりだ。
それでも、不思議と嫌な気はしなかった。
この時、エリカは彼らと運命を共にするとは、まだ知らない。
さて、校舎裏に到着したが、独特な雰囲気に呑まれてしまう。
使われなくなってから大分経った古井戸がある。
井戸の縁は苔むし、中からは冷たい風が吹き上がる。
井戸の冷気に思わず肩を竦めた。
昼だというのに、底だけ夜のように暗かった。
フィンたちはわかっているが、エリカはまだぴんと来ない。
「怪異を見つけろ」
「えっ?」
その瞬間、エリカは井戸の中に黒い影を見つけた。
ぞっとして声を失った。
ミリーとカイルが張り切って探しているが、見つけられない。
「そこ!」
「全然違う。あっちだろ」
「あっちにはいないって」
「……」
エリカは息を呑んだ。
誰も、
誰一人、井戸を見ていない。
グレイだけが目を細める。
不意に黒い影がエリカに近づきだす。
「ひ……」
すると、フィンがエリカを庇うように立ちはだかる。
「待て」
眠そうだった少年とは別人のような低い声だ。
フィンは振り返らない。
それでも、少しだけ右手をうしろへ伸ばした。
エリカの袖が、フィンの指先にわずかに触れた。
「下がって」
まるでエリカを背中で守るように。
怪異が止まる。
黒い影は井戸の底へ隠れた。
「今のは、何?」
エリカだけが疑問に思う。
一歩離れたところで皆を見守るグレイが腕を組む。
(やっぱり……)
実習の終了後、グレイが一人で学院長の部屋へ入る。
「やはり集まり始めたか」
「予想より早いです」
「時間切れか」
学院長が眉をひそめたが、グレイは構わず、疑問を投げかける。
「まだ本人には?」
「話すな」
「了解しました」
エリカの知らないところで何かが動き出していた。




