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17: 黒い花



 学院長の許可を得て、エリカたちは王都地下の古代遺跡へ向かう。

 同行するのは、エリカ、フィン、ミリー、カイル、ヤミネーシュ、グレイである。

 学院長は、地上で結界を維持する役目を担う。

 カイルは地下遺跡の入り口を見て、


「こういう場所なら、俺の出番だな」


 と張り切る。

 一方ヤミネーシュは、


「地下、暗い、じめじめしとるの三拍子揃って最悪や」


 と文句を言って機嫌が悪い。

 鉄製の重い扉が開かれ、エリカたちは古代遺跡の中へ踏み込む。

 ところが、地下なのに風が吹いてくる。

 水滴が落ちる音がするが、地下水ではなく「何かが呼吸している音」に聞こえる。


「なんか、この壁、波打ってない?」


「ミリー、深く考えんでええんやで」


 三百年間閉ざされていたはずなのに、空気が新しい。

  地下へ向かう途中、カイルが突然立ち止まる。


「待て」


 カイルは地面に手をつく。


「誰かが通った跡がある」


「えっ!」


「でも、人間の足跡じゃない」


 光魔法の明かりで床を照らすと、巨大な獣の爪痕のようなものが残っている。


「しかも新しい」


 足跡の周囲だけ石が黒くなっている。

 エリカたちは周囲を見回し、耳を澄ませる。


「この遺跡は三百年間、封印されていたはずだぞ」


 グレイがそう言うと、エリカたちは警戒を強める。

 カイルが辺りの似合いを嗅ぐ。


「それでも、ここを最近通ったやつがいる」


「エリカくん」


「はい」


 エリカは『境界の瞳』を使う。

 世界が銀色に染まると、壁の向こう側に黒い魔力の流れが見えた。

 ただし、その魔力は一本ではない。


「これは……王都全体に張り巡らされた魔法陣へ繋がっています」


 驚いた皆が息を呑む。


「とにかく、奥へ行ってみよう」


 グレイの指示で遺跡最深部へ到達すると、巨大な地下空間が広がっている。

 床一面に巨大な魔法陣がある。

 中央には、見覚えのある黒い花が咲いている。


「同じね」


 エリカはアンフィサの影を思い出す。

 フィンが尋ねる。


「アンフィサ·ロアネインの影にあった花と?」


「ええ。ただし、こちらは桁違いに大きい」


 ミリーとカイルなど黒い花を見上げて、唖然としている。

 ヤミネーシュが魔力の流れを読む。


「この魔法陣、王都を壊すだけのもんやない」


「何?」


 グレイが驚いた。

 ヤミネーシュが黒い花の根元を見ながら言う。


「魔力を吸い上げとる」


「誰から?」


「王都の住民、植物、動物、地下水脈、学院、王城」


「吸い取られてる感じはしなかったんだが」


「少しずつならバレへんやろ。そうやって魔力を集める仕組みになってんや」


「つまり、魔法陣は三百年間ずっと眠りながら、王都の魔力を蓄積していたということか」


 その答えに寒気を覚える。

 ミリーは両腕で自分を抱きしめるような仕草をし、カイルでさえ腕の鳥肌を擦っていた。

 エリカは魔法陣を見ながら考える。

 アルディスは魔法陣を逆転させれば、王都を破壊できと考えているはずだ。

 でも、それならなぜ今まで起動させなかったのか。

 エリカは気づく。


「違うわ」


 フィンが振り返る。


「何が?」


「魔王アルディスは、この魔法陣を起動するための鍵がないのよ」


「それは本当か?」


 仲間たちが驚く。

 アルディスが本当に起動できるなら、わざわざ人間界へ情報を流す必要がない。

 そして、エリカたちをここへ誘導する必要もない。

 エリカは確信する。


「私たちに何かさせたいんです」


 その瞬間、地下遺跡の鉄扉が閉まる。


「なっ……!」


 魔法陣が赤黒く光る。

 不吉な光に照らされながら、巨大な黒い花が開き始める。

 グレイが叫ぶ。


「全員、下がれ!」


 しかし、エリカは逆に魔法陣を見つめる。


「待って」


「エリカ!」


「これは攻撃じゃない」


 エリカは気が付いた。

 魔法陣が吸収しているのは、魔力だけではない。

 「境界」そのものだ。

 王都と魔界。

 現実と異界。

 生者と死者。

 その境界を少しずつ薄くしている。

 つまり、アルディスの目的は、


「王都と魔界を繋げることです!」


 驚く暇はない。

 黒い花の中心から、巨大な目が開く。


「三百年ぶりか」


 低い女の声が地下空間を震わせる。

 顔は美しい女だが、首から下は茎で、葉を生やしているという異形に皆が警戒する。

 ミリーが盾を構える。


「喋った」


 ヤミネーシュも炎を構える。


「うちら、起こしたらあかんもんを起こしたんちゃう?」


 封印されていたのは、三百年前の魔王軍が残した存在だ。


「わらわは魔界の地下女王、ザラ·マテルス。我が子は、まだ人間を憎んでいるのかえ?」


「我が子?」


「アルディス……」


「アルディスの、お母さん!」


 とくにエリカは肝を潰す。


「魔王を産んだ魔族なら、アルディスが直接操れる存在じゃないのでは」


「ああ。きみの予想は絶対外れないよ」


 エリカたちは戦闘態勢に移行するが、不意に黒い霧が地下へ流れ込む。


「ようやく会えたな、ダートの小僧」


 四つ目を持つ黒狼、バルガーンが姿を表した。

 カイルの表情が険しくなる。


「バルガーン!」


 バルガーンは鼻を鳴らす。


「貴様らが扉を開けたのだ」


 カイルが反論する。


「俺たちは罠にはめられただけだ」


「そうだ。だから、滑稽だ」


 バルガーンが雄叫びを上げた。

 すると、狼の魔物が大量に現れる。


「俺が食い止める!」


 カイルは最初、一人で前へ出ようとする。


「駄目よ!」


「邪魔すんな!」


「あなたは、昔と同じことをしようとしてるわ」


 その言葉にカイルは胸を突かれる。

 一人で戦う。

 一人で背負う。

 一人で死ぬ。

 それは兄を失った、あの日と同じ。

 カイルは一瞬迷う。

 そして、


「フィン、頼む!」


「任せろ」


「ミリー!」


「いつでも!」


「ヤミー!」


「その呼び方は腹立つけど、任せとき!」


 カイルが仲間を頼る。

 フィンが剣で狼たちを斬り裂き、カバーシきれないところはヤミネーシュの《戒火》が燃やす。

 ミリーはエリカの護衛を勤めるだけでなく、時には盾で狼の攻撃を押し返す。

 仲間が重傷を食らわせた狼にフィンとカイルがとどめを刺す。


「まあまあだな」


 そう呟いたバルガーンが撤退した。

 グレイが、


「今の判断は悪くなかった」


 と言うと、カイルは小さな声で「そ、そうかよ」と返した。

 さて、問題はザラ·マテルスである。

 フィンたちは戦闘態勢を続けるが、ザラ·マテルスは攻撃をしなかった。

 エリカは魔法陣を観察し続ける。

 そして、あることに気づく。

 魔法陣には一つだけ欠けている部分がある。


「起動するための最後の条件」


 そこへアルディスはエリカたちを誘導した。

 しかし、エリカは笑う。


「なるほど」


 フィンが尋ねる。


「どうしたの?」


「アルディスは私たちに、ここに来てほしかった」


「うん」


「でも、私たちがここへ来ることを前提にしていたのなら――」


 エリカは魔法陣を指す。


「この魔法陣は、王都から魔界へ魔力を送るだけじゃない」


「それなら」


「ええ。こちらから向こうを見るための境界も残っているわ」


 つまり、魔法陣は一方通行ではない。

 魔法陣は魔界へ繋がる扉にもなる。

 エリカは『境界の瞳』を使い、その力をより深く、より強く使う。

 世界が銀色に染まった。

 すると魔界の玉座の間に、突然エリカの姿が映る。


「おまえは!」


 驚いたアルディスが思わず立ち上がった。

 エリカが挑戦的に微笑む。


「アルディス·ノクシア」


「まさか……」


「あなたの罠、利用させてもらいましたわ」


「そうか」


 アルディスが初めて顔色を変えたが、すぐに感情を立て直した。


「ははははは! やはり、おもしろい」


 アルディスが声を立てて笑った。


「だが、まだ一手が残っている」


 不敵な面構えのアルディスに対して、エリカも負けない。


「ザラ·マテルスという方をご存知ですか?」


「知っているも何も、余の母上だ」


「あなたはお花から生まれたんですか?」


「おかしなことを言う。余の両親は自由に歩き回ることのできる魔族だ」


「わかりました。ありがとうございます」


 エリカはザラ·マテルス自身が黒い花ではないと推測した。

 彼女は魔族でありながら、人間界に存在している。

 そのためには餌や燃料が必要なはずである。


(たぶん、黒い花はザラ·マテルス本人が人間界に根を張るための器官のはずよ。そしてアンフィサさんはきっと……)


「どうした? 今更怖気づいたか?」


「いえ」


 エリカは改めてアルディスを見据える。

 

「次は、私が罠を仕掛けます」


 と宣言してから、接続を切った。

 ――魔法陣が停止した。

 しかし、ザラ·マテルスは完全には眠らない。


「また来なさい」


 地下にザラ·マテルスの声が響く。

 エリカは問いかける。


「あなたは本当にアルディスのお母さんなんですか?」


 ザラ·マテルスは答えない。

 ただ、


「白い花が咲いた」


 とだけ言った。


「白い花……アンフィサさん」


 同じ頃、ロアネイン侯爵家のタウンハウス。

 眠っていたアンフィサが目を覚まし、影を見た。

 黒い花の中に、白い花が二輪咲いている。

 アンフィサは胸に手を当てた。


「わたくしは、何を選ぶのでしょう?」


 そして魔界。

 アルディスが玉座に座り、静かに笑う。


「エリカ、アンフィサ。どちらが先に、自分の運命を壊すかな」


 ザラ·マテルス。

 アルディスを「我が子」と呼ぶ魔族。

 王都地下に咲く黒い花。

 アンフィサの影に咲く、黒い花。

 そして、白く染まり始めた花。

 三百年前から続く何かが、今ようやく動き始めていた。




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