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16: 地下の魔法陣



 三日後。怪異学科の教室。

 エリカはいつも通りに授業に参加しているが、フィンが妙に上機嫌である。


「うんうん。ダンス、よかったよねー」


 ミリーが茶化す。


「おまえら、よく似合っていたぞ」


 カイルまで笑った。


「朝っぱらから、甘ったるい空気出さんといてくれへん?」


 ヤミネーシュだけは呆れていた。

 エリカは少し恥ずかしそうにしながらも、先日の政治戦について考えている。

 アンフィサなら、きっとやり遂げてくれる。

 今は彼女を信じて待つしかない。


「失礼」


「が、学院長」


 学院長の登場にグレイが狼狽える。

 だが、エリカはすぐに察した。


「エリカくん。先日の件だが、王家から返答が来た」


「……!」


 エリカの表情が変わる。

 フィンも気を引き締め、ミリーたちも背筋を伸ばして学院長へ目を向けた。

 学院長は静かに言う。


「王家は、三百年前の勇者が残した古代魔導具を公開することを決定した」


「では、王家はロアネイン家に対して、魔王軍に対抗できるだけの戦力があることを示したのですね」


「ああ。そして魔界からも返答が来た」


「なんと言っているのですか?」


 エリカは固唾を飲んで見守る。


「魔王軍が王都を一夜で滅ぼせる証拠を見せると約束した」


 学院長は感心したように続けた。


「きみの策は成功したようだ」


 だが、エリカは首を振った。


「いいえ。まだです」


「なぜだ?」


「魔王アルディスが、これほど素直に情報を出すとは思えません」


 エリカはアルディスが何か別の目的を持っていると疑っていた。



 *



 その頃、アンフィサは一人になったところで、自分の影を見つめていた。

 黒い花の一枚が、白く染まっている。


「昨日より、白くなっていますわ」


 しかし、アンフィサ自身にも意味がわからない。

 そこへマルキゼルが現れた。


「それは、良い兆候ではありません」


 アンフィサが振り返る。


「どういう意味ですの?」


 マルキゼルは黒い天秤を取り出した。

 以前は測れなかったアンフィサの重さが、わずかに変化している。


「あなたの契約が、変質しております」


「契約が?」


「三百年前、ロアネイン家が結んだ契約は『勝者に従うもの』でした」


 マルキゼルは、白く染まった花を見た。


「しかし今、あなた自身の意思が契約に混ざり始めている」


「……」


 アンフィサは答えられなかった。

 自分の意思を示せば、三百年前から続く契約が揺らぐかもしれない。

 何より怖いのは、それが父やロアネイン家の不利益になることだった。



 *



 魔界の玉座の間で、アルディスはマルキゼルから報告を受けていた。


「エリカがロアネイン家を動かしました」


 マルキゼルの予想に反して、アルディスは怒らなかった。

 むしろ楽しそうに笑った。


「ならば、こちらも予定を変える」


 四つ目を持つバルガーンが尋ねた。


「人間どもに、魔王軍の力を見せるのか?」


「ああ」


 アルディスが手を掲げる。

 すると、魔界の空間に巨大な映像が浮かび上がった。

 そこに映し出されたのは、地上に広がる王都。

 そしてら王都の地下深くに眠る巨大な黒い核だった。


「これが何かわかるか?」


 マルキゼルが答える。


「王都の魔力脈、でしょうか?」


「違う」


 アルディスは笑った。


「実は王都そのものが、三百年前の魔王との戦争で作られた巨大な魔法陣の上に建っている」


 アルディスは何かを掴み、握り潰す仕草をした。


「そして余には、その魔法陣を逆転させる方法がある」


「おお……!」


 バルガーンとマルキゼルが期待を込めて、アルディスを見つめる。


「王都を攻撃する必要などない」


 アルディスの声が低くなった。


「魔法陣を起動すれば、王都そのものが王国を内側から破壊する」


 アルディスの笑みは邪悪だった。


「これが『魔王が王国を滅ぼせる力』だ」



 *



 「王家もちゃんと考えてるんだね」


 ミリーが感心したように言った。


「さすがは勇者の子孫だな」


 カイルも頷く。

 だが、エリカは首を傾げた。


「おかしいです」


「え?」


 怪異学科のみんなと学院長が、一斉にエリカを見た。


「何がだ?」


「魔王アルディスは、なぜこんなものを見せたのでしょう」


 フィンが考え込む。


「脅し?」


「それなら、もっと直接的に王都を攻撃すればいいのです」


 エリカはしばらく黙り込んだ。

 そして、ふと顔を上げる。


「違う……」


「まさか?」


 フィンが顔色を変えた。


「魔王アルディスの目的は「魔王が勝てる」と証明することじゃない」


 エリカは危機感を持って言った。


「私たちに、この情報を信じさせることです」


 学院長が目を細める。

 つまり、アルディスが見せたものは、本当かどうかわからない情報だ。

 しかし、エリカは仲間たちに向かって微笑んでみせた。


「証拠を出しているように見せて、私たちの判断を誘導しています」


 エリカはアルディスの一手を読み切った――はずだった。



 *



「エリカは必ず疑う」


 アルディスがバルガーンに告げた。


「ならば、失敗では?」


「いや。余の狙いは、エリカが気付いたさらに先にある」


 バルガーンが四つ目を細める。


「さらに先」


「疑わせること自体が目的だ」


 アルディスが指を鳴らす。

 王都地下の映像が拡大される。


「エリカたちは必ず、この魔法陣を調べる」


「そこまで読んでいたのか」


「ああ」


 アルディスの目が細くなる。


「父上の置き土産があるはずだ」


 三百年前、魔王軍が敗北した。

 しかし、すべてを失ったわけではない。

 王都地下の魔法陣に、当時の魔王軍が残した「何か」が封印されている。


「エリカたちが調査すれば、封印に触れる可能性がある」


 つまり、エリカの知性そのものを逆利用した罠だった。

 アルディスはバルガーンを見る。


「バルガーン。グラム·アスガルと共に地下遺跡へ行け」


「心得た」


 バルガーンは口元を吊り上げた。


「またダートの小僧と遊んでやるか」


 彼は一礼すると、玉座の間から去って行った。



 *



 学院長がエリカたちに告げる。


「王都地下の古代魔法陣を調査する」


 怪異学科の実習として、地下遺跡へ向かうことになった。

 カイルは嬉しそうに言う。


「久々に偵察の仕事か」


 逆にヤミネーシュは嫌な顔をする。


「地下って、嫌な予感しかしませんわ」


 ミリーは楽しそうに言った。


「お弁当のおかず、何にしよう?」


「そこを心配するんかい」


 ヤミネーシュが呆れている。

 そんな仲間たちを、エリカは温かい目で見つめていた。

 フィンが声をかける。


「大丈夫?」


「ええ」


 エリカは頷いた。

 そして地下遺跡の入り口に立つ。

 『境界の瞳』を発動した瞬間――

 世界が銀色に染まった。


「……!」


 エリカの目に、異様なものが映る。

 王都地下。

 そこに、巨大な黒い花が咲いていた。

 アンフィサの影にあったものと、酷似している。


「……黒い花ですって?」


 エリカの表情が変わる。

 フィンもただならぬ気配を感じ取ったのか、左の掌から剣を生み出した。


「何かいる」


 

 *



 同じ頃、ロアネイン家ではアンフィサが自室のベッドで眠っていた。

 その影の黒い花に、新たな白い花びらが生まれる。

 しかし、今回は――

 白い花が、一輪、完全に咲く。

 アンフィサが寝言のように呟いた。


「わたくしは、誰にも決めさせませんわ」


 その瞬間、魔界でアルディスが目を開いた。


「白い花が咲いたか」


 マルキゼルが尋ねる。


「何か問題でも?」


 アルディスはしばらく黙った。

 そして、にやりと笑う。


「いや、むしろ、おもしろくなった」


 ――王都地下。

 何か巨大なものが、ゆっくりと目を開く。

 三百年前から封印されていた存在が、地下遺跡の扉が開かれたことを感じ取った。

 そして、女の唸り声が地下に響いた。


「……勇者の血!」


 エリカたちは、まだ知らない。

 自分たちが開こうとしている扉の向こうに、三百年前の戦争そのものが眠っていることを。




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