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15/30

15: ダンスパーティー



 王立ラヴォリア魔導学院の創立記念日。

 創立者ルナ·ラヴォリアを偲ぶ会もそこそこに、メインであるダンスパーティーが始まった。

 会場の壁一面に学院の紋章が、でかでかと刻まれている。

 魔法で浮くシャンデリアがこうこうと輝き、テーブルにはご馳走が並び、楽団が華麗な音楽を演奏していた。

 正装して大広間へ集まった生徒たちは華やかに談笑し、香水の香りを漂わせ、高らかに靴音を鳴らす。

 エリカも薄紫色を基調としたドレスに身を包む。


「早くフィンに見せてあげなよ」


「恥ずかしいわ」


「今更何言ってんの」


 ミリーに背中を押されてエリカが前に出ると、フィンが一瞬言葉を失うが、カイルが肘でつつき、やっと気が付く。


「綺麗だ」


「ありがとう」


 エリカも少し照れる。

 フィンは髪を整え、水色を基調とした正装がよく似合っている。

 そこへフィンが手を差し出す。


「約束したから」


「ええ」


 二人が踊り始めると、周囲の生徒たちがざわめく。


「まあ」


「なんて優雅な」


「素敵な殿方ね」


「え? 怪異学科なの?」


 生徒たちはうっとりとした目で注目し、ミリーたちは鼻が高い。

 エリカはフィンの手が思ったより冷たい――そう思った瞬間、掌からじわりと熱が伝わってきた。


「どうかな?」


「お上手です」


「僕は人間の女性と踊るのは初めてだから」


「人間の?」


「そこ、気にする」


「少しだけ」


 二人が笑うと、その周りにだけ白い花が咲いたようだった。

 一方、貴賓席からレオンが二人を見ている。

 表情は平静で、挨拶しに来る貴族への対応も完璧だ。

 しかし、グラスを持つ手だけが妙に強く握られていた。

 ダーマが気付いた。


「殿下、どうなさいましたか?」


「なんでもない」


「そうですか」


 ダーマはちらりとエリカを見る。


「では、あの令嬢が誰と踊ろうと関係ありませんね」


「……当然だ」


 明らかに嫉妬している。

 辛うじて自制しているが、ダーマには無理をしているとわかった。

 音楽が一曲終わってエリカとフィンが互いに礼をしてから離れると、目に見えて安堵した。


「わあ!」


「聖女様だ!」


 歓声が上がってレオンとダーマはそちらを見た。

 アンフィサが登場すると、あっという間に生徒たちが取り囲む。

 淡いピンク色のドレスやいつもと違う髪型も褒められるが、やはり本人の美が一番称賛された。

 アンフィサは取り巻きに囲まれたままエリカたちの前を通り過ぎる。

 彼女とこんなに接近できるのは今しかない。

 エリカは『境界の瞳』を使う。

 世界が銀色に変わる。

 やはり、アンフィサの影の中に黒い花が咲いている。

 しかも以前より大きい。

 エリカは違和感を覚える。


「花が、増えている?」


 アンフィサが誰かと会話する度に、黒い花びらが一枚ずつ開いていく。


「アンフィサ嬢、殿下と踊ったあとに私と一曲」


「ずるい。私だってこの日をずっと待っていたのですぞ」


「まあまあ、皆さん、落ち着いて。順番に踊りましょ

う」


「おお!」


 そこでエリカは気づく。

 黒い花はアンフィサの感情ではなく「他人との約束」に反応している。

 しかし、アンフィサは必ず一人になれる時間を作れるだろう。

 エリカはじっと待ち続けた。

 アンフィサが疲れてこっそりと廊下に出ると、エリカはすかさず後を追った。


「アンフィサさん、少しお話しませんか?」


「……まあ。あなたって密談も堂々とするのね」


 二人きりになったところで、エリカは単刀直入に聞く。


「あなたの影にあるものはなんですか?」


 アンフィサの表情が固まる。


「何って……」


 そして初めてアンフィサが本気で動揺する。

 彼女は返答に困り果てて沈黙した。

 黒い花の正体は、三百年前、ロアネイン家が結んだ「勝者への契約」である。

 勇者と魔王、どちらが勝ってもロアネイン家を存続させるため、


「戦争の勝者に仕え、その秩序の中でロアネイン家を繁栄させる」


 という契約を結んだ。

 ただし、契約には条件があった。


「ロアネイン家の血を継ぐ者が、その時代の「勝者」を選び続けること」


 黒い花は、契約そのもの。

 そしてアンフィサは現在のロアネイン家の中で、最も強く契約を受け継いでいる。

 だからマルキゼルの天秤にも測れなかった。

 アンフィサ自身の意思と、契約によって生じる「勝者への傾き」が混ざっているから。


「い、一体なんのことだか……」


 アンフィサは誤魔化そうとしたが、エリカと目が合ったら動けなくなった。


「おかしいですわ」


「何か?」


「黒い花が、まだ咲ききっていません」


「なっ……!」


 アンフィサが目を見開いた。

 つまり、契約はまだ「勝者」を決めていない。

 アンフィサもアルディスも、


「魔王が勝つ」


「王国が滅びる」


 という前提で動いている。

 しかし、ロアネイン家の契約は違う。


「勝者が確定した時に、その勝者へ従う。それだけ」


 エリカがはっきりと言った。


「魔王アルディスは、ロアネイン家を味方につけたいのですね」


「そ、それは……」


 アンフィサが言い淀むから、エリカは確信した。


「本当に王国を滅ぼす力があるなら、侯爵に交渉など必要ない。つまり、魔王アルディスは「自分が勝つと人間に信じ込ませる必要がある」。そうですね?」


「……」


 アンフィサが目を逸らし、扇子で口元を隠した。

 明らかに表情を見られるのを恐れている。


「アンフィサさん、学院長に会ってくれますか?」


「会うだけなら」


 アンフィサは観念したように、おとなしく従った。

 エリカは別室に控えていた学院長に相談するだけでなく、グレイにあることを頼んだ。


「レオン殿下を呼んでもらえますか?」


「えっ、いいのか?」


「お願いします」


「わかった」


 グレイはレオンを呼ぶために席を外した。


「エリカ様。理由を聞いてもよろしいですか?」


「はい。魔王アルディスは、ロアネイン家を欲しがっています」


「なぜでしょう?」


「王国を滅ぼすためではありません」


 エリカは断言する。


「王国を滅ぼせると思わせるためです」


「なんですって……」


 アンフィサの扇子を握る手が震えた。

 学院長も顔色が優れない。


「魔王アルディスはロアネイン家を通じて貴族たちを動かし、「魔王が勝つ」という空気を作ろうとしています。 そうすれば、戦う前から王国が内側から崩れます」


 つまり、政治戦の本当の目的は、ロアネイン家そのものではない。


「魔王の真の目的は?」


「ロアネイン家を利用して、王国の貴族に寝返りを起こすことです」


「……!」


 アンフィサの顔が青ざめる。


「魔王アルディスは、お父様に「王国崩壊後は侯爵にする」と約束したのではないですか?」


 アンフィサがぎくりとした。


「私なら、そう言います。でも、それはおかしいですわ」


「何がですの?」


「本当に王国を滅ぼせるのなら、ロアネイン家に公爵位を約束する必要はありません」


「……」


「王国が滅びれば、爵位そのものがなくなるでしょう?」


「……!」


 アンフィサの顔色が変わった。


「つまり魔王アルディスは、王国を滅ぼしたあとの利益を約束しているのではなく、王国が滅びると信じさせることで、滅びる前に貴族を動かしたいのです」


 そこでエリカは提案する。


「お父様に伝えてください」


「何を?」


「魔王が勝つ証拠を要求してください」


 アンフィサが目を細めた。


「それは父も考えておりますわ」


「では、その証拠が出る前にセルヴァネイン王家にも同じ条件を提示させるのです」


「それはできませんわ」


「っ……!」


「王家にそんな要求をすれば、ロアネイン家が魔王の接触したことを疑われます」


「確かに」


「しかも、王家に証拠が出せなければ、わたくしたちは王家を見限ったと受け取られる」


「では、どうするのですか?」


 アンフィサは微笑んだ。


「王家には何も要求しません」


「え?」


「魔王に要求するのです。「あなたが勝つ証拠を見せてください」と」


「……」


「そして、その回答を王家に見せるのです」


 アンフィサは平然としている。

 そんな彼女を見つめながら、エリカも考える。

 ロアネイン家は勝者を選ぶ家。

 ならば、両者が自分たちを必要とする状況を作ればいい。

 エリカはさらに一手を加えた。


「どちらにも「ロアネイン家はあなたに協力する」と思わせるのです」


 アンフィサが初めて素直に笑った。


「それでは、三百年前と同じですわね」


「いいえ」


 エリカも微笑む。


「今回は、両方を利用する側を私たちが利用するのです」


「まあ……」


 思いがけない事態に、アンフィサが目を白黒させる。

 今までの交渉を見ていた学院長が、ほっとして息をついた。



 *

 


 魔界の空気に変化が起こった。

 アルディスはマルキゼルから報告を受ける。


「ロアネイン家が、妙な条件を提示してきました」


 アルディスはすぐに気づく。


「誰かが知恵を貸したな」


 マルキゼルが顎髭を撫でながら言う。


「アンフィサでしょうか?」


 アルディスは首を振った。


「違う」


 そして不敵に笑った。


「エリカだ」


「なんと……」


 アルディスが玉座の肘掛けを打ち据えると、広い玉座の間に音が響いた。

 怯えた魔族たちが、びくっとして顔を伏せる。


「まったく、おもしろい女だ!」


 激昂したアルディスがマルキゼルの手に負えるわけなく、彼も目を伏せた。



 *



 エリカたちはパーティーの終盤に、さりげなく会場に戻った。

 するとレオンが偶然を装ってエリカのもとへ来た。


「少し話せるか?」


 フィンがエリカを見た。


「僕は向こうにいるよ」


 レオンとエリカが二人きりになる。

 彼は少し言いにくそうだった。


「さっきは楽しそうだったな」


「はい。フィンと踊るのは楽しかったです」


 レオンの顔が曇る。


「そ、そうか」


 エリカは首を傾げた。


「殿下?」


「いや……」


 レオンは自分が嫉妬していることに気づく。

 そして。


「私はきみとの婚約を破棄した」


「はい」


「だから、私に嫉妬する資格も、きみの相手を気にする資格もない」


「殿下……」


 エリカは、レオンと見つめ合うのは初めてだと気付いた。


「なのに、あの男と踊っているきみを見たら――腹が立った」


 レオンは自嘲するように笑った。


「勝手な話だな」


「……」


 ダーマが二人の間に、すっと入ってきた。


「殿下、お時間です」


「あ、ああ」


 レオンは何かを振り切るように、会場から去って行った。

 パーティーが終わる。

 生徒たちが馬車を待ちながら、名残惜しそうに喋っている。

 喧騒を避けたエリカは、一人でバルコニーに出た。

 夜空を見上げながら『境界の瞳』を使うと、世界が銀色に染まる。

 学院の外。王都のあちこちに、細い黒い糸が伸びている。

 それらはロアネイン家へ繋がっている。

 そして、その糸の先には魔界がある。


「一手、先を取ったわね」


 その瞬間、一輪だけだったアンフィサの黒い花が、影の中でゆっくりと開く。


「あっ……!」


 花びらの一枚が、白く染まっている。

 アンフィサ自身もまだ気づいていない。

 エリカだけが、それを見ていた。


「黒い花は、魔王に従うための花ではないのね」


 ひとまず勝利を手にしたが、アルディスが次にどんな手を使うか、わからない。

 それでも、エリカは怖くない。

 ミリー、カイル、ヤミネーシュ、グレイ、学院長がいる。

 そして隣にはフィンがいるのだ。




 


 

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