第7話 証言台の受付嬢
審理番号 F-0071
件名 依頼D-1132の査定に対する不服申立て
開廷 本日九つ 二階会議室
証人 双方各一名
会議室の長机は、ふだん等級の見直しに使う。今日は片側にガルドと「鉄爪」の隊員が三人、反対側にわたし、上座に支部長。壁ぎわに椅子を並べて、傍聴の冒険者が十四人座っていた。数えたのはわたしで、数えると落ち着く。机に並べたのは、査定票の複本と、受理簿の写しと、支部の規定集が一冊。
扉は開け放してあって、廊下の柱のところに灰色の狼獣人が立っていた。傍聴席は空いているのに中へは入らず、柱一本ぶんだけ離れた廊下で、腕を組んでいる。
「開廷する」
支部長が木槌を鳴らした。柄の尻を手のひらで包んで手首だけで落とす、慣れた持ち方だった。
「申立人側証人は」
書記が首を振った。
「本日の朝に取り下げの連絡がありました。……追って立てる、と」
傍聴席がざわつく中で、ガルドは表情を変えず、片耳の金の輪が窓の光を一度だけ返した。
「では、査定票の朗読から入る」
書記が立って、D-1132の査定票を読んだ。申請等級C。判定は差し止め。理由——先月および先々月の遭遇記録に上位個体二件。いずれも申請者自身の報告による。
読み終わるまで、たいしてかからなかった。紙の上ではそれだけで、この二行を書くのに三日かかったことは、紙のどこにも書いていない。
「反論を」
「反論も何もねえよ」
ガルドが椅子を鳴らして立った。板張りの床が、その下で鳴る。
「その紙を誰が書いたか、って話をしてんだ、俺は」
「査定官ノーラ・ハーヴェイだ」
「番のいねえ受付嬢だ」
言葉が部屋の温度を変えて、傍聴席のうしろで誰かが小さく笑った。壁ぎわで椅子がいくつか、同時に軋んだ。
「獣人の依頼を、香も持たねえ半分が測る。第四層に何が出るかを、坑に一度も入ってねえ女が決める。あんたら、それを二十年やらせてんのか」
「ベルン君」
「番があるやつには番のある側の理屈があるんだよ。ねえやつには分からねえ。分からねえやつの紙で俺の隊が止まって、俺の稼ぎが消える」
傍聴席で椅子が鳴った。うなずいている者が三人いて、数えたわけではなく、目に入っただけだ。
ガルドの隣で「鉄爪」の隊員の一人が腰を浮かせて、途中でやめて、座り直した。左腕を吊っていて、先々日まで治療師のところにいた人だ。
支部長が木槌を鳴らしたが、ガルドは座らなかった。
わたしは立った。
「発言を」
「認める」
「わたしは坑に入りません。入る必要がないからです」
声は思ったより出た。事実だけを並べるとき、わたしの声はいつも出る。机の下で手が査定票の角を探していて、指が触れると、それで足りた。
「査定官が測るのは坑ではありません。記録です。記録を書くのは隊です。わたしが差し止めの根拠にした二件は、どちらも『鉄爪』の報告書に書かれていました。ベルンさんの字です」
「だから何だ」
「ご自分の報告を、ご自分で読んでいらっしゃらないということです」
部屋が静かになった。窓の外で荷車が一台通って、その音が角を曲がって消えるまで、誰も口を開かなかった。
「もう一つ、数えたものがあります」
わたしは受理簿の写しを、机の中ほどに置いた。三日かけて数えた紙だ。
「過去三年で『鉄爪』に在籍した方は延べ二十五名です。いま在籍しているのは隊長を含めて六名。離脱十一名。負傷による引退五名。死亡三名」
誰かが息を吸った。
「二十五名のうち十九名が、三年でいなくなっています。同じ等級帯の隊の平均は三年で六名です」
「怪我するのが仕事だろうが」
「はい。ですので等級を測ります」
ガルドの口が動いて、止まった。支部長が咳払いをする。
「査定官側の証人を」
書記が名簿を繰った。
「査定官本人の欄は取り下げられております。かわりに、治療師の詰所を通じて本人から申請が出ました。受理は昨日です」
わたしは支部長を見た。支部長はこちらを見なかった。
扉のところで音がした。木と石の触れ合う、松葉杖の音だった。
入ってきたのは、まだ少年と言っていい年格好の男の子だった。十七。「鉄爪」の新顔で、先月加入して、先々日まで意識がなかった。トビ・レンツ。書類の上でだけ知っている名前だ。加入届の字は線が細くて、名前の下に年齢が、几帳面に書き添えてあった。
片脚に添え木が入ったまま、彼は誰の手も借りずに歩いて、机の前に立つ。
「トビ・レンツです。……鉄爪の、新入りです」
「証言を」
「あの日、坑口で隊長に訊きました。差し止めが出てるって聞いたので」
ガルドは前を向いたままだった。
「隊長は、紙切れだって言いました。番のねえ受付嬢の紙切れだって。それで俺は入りました。入ったのは俺です。誰にも押されてません」
彼は一度、息を継いだ。
「第四層の東で、天井から降ってきました。俺が最初に落ちました。……ここからは覚えてないです」
「では、なぜ証言に立った」
「目が覚めて最初に見たのが、天井じゃなくて、票だったからです」
トビは自分の胸のあたりを指した。
「救援のB等級の貼り紙です。治療師が持ってきてくれて。誰が出したんですかって訊いたら、受付のノーラさんだって」
わたしは動きかけた指を止めた。
「隊長が紙切れって言った紙で、俺は生きてます。それだけ言いに来ました」
彼はそれ以上、何も足さなかった。松葉杖の音がして、また扉のほうへ戻っていく。
傍聴席の誰も笑わなかった。さっきうなずいていた三人は、膝のあたりを見ている。松葉杖の音が階段のほうへ遠ざかって、それから、廊下の板の軋みだけが残った。
ガルドは椅子の背に手を置いたまま、動かなかった。反論を言わなかったのではなく、言うところが無かったのだと思う。あの子は隊長を責めず、自分で入った、と言った。責めていないぶん、逃げ道も残っていなかった。
左腕を吊った隊員が、扉のほうを一度だけ見た。支部長が木槌を鳴らす。
「本日はここまでとする。決定は三日後」
人が出ていくあいだ、わたしは受理簿の写しを揃えていた。角を合わせて、二度叩いて揃える。手を動かしていないと、うまくない。
「ノーラさん」
トビが廊下の壁ぎわに立っていた。松葉杖の位置が、少し高い。
「あの、次から差し止めが出たら、俺、読みます」
「読んでください。写しは窓口で出します」
「はい」
彼は頭を下げて、階段のほうへ行った。降りるのに時間がかかって、下から誰かが支えに来る。
わたしはしばらく廊下に立っていた。番の該当なしと書かれた紙は、いまも王立鑑定院の名簿にあって、それは変わらない。変わらないのに、坑から生きて出てきた人間が、わたしの紙を読むと言った。
選ばれる、という言葉が浮かんで、わたしはそれを一度だけ押し戻した。窓の下で誰かが荷車を引いていく音がする。
「数えたな」
グレンが柱のところから言った。まだいた。
「はい。三日かかりました」
「そうか」
「……あの子が来ると、ご存じでしたか」
「いや」
彼は短く答えて、それから、少しだけ付け足した。
「治療師の詰所に、あの貼り紙を持っていっただけだ」
わたしが彼を見たときには、彼はもう階段のほうを向いていて、そのまま先に降りていく。三段降りて止まる。わたしが追いつくまで、動かない。
一階の前庭にガルドがいた。隊員はもういなくて、掲示板の前に一人で立ったまま、わたしに気づくと振り返った。
「三日後だってな」
「はい」
「王都に人をやった」
彼ははじめて歯を見せた。
「あんたの紙が正しいかどうかは、あんたでも支部でもねえところが決めるんだよ」
金の輪が鳴って、彼は門を出ていった。
石畳の上を雲の影が渡っていく。




