↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
番失格の受付嬢ですが、獣人冒険者様が毎朝ギルドへ迎えに来ます  作者: 雪平なずな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/30

第3話 その依頼、差し止めます

 依頼番号 D-1132(副本)

 受理   本日六つ

 受理者  支部長 ヴェンツェル・グラーフ

 備考   査定票の到達前


 支部長室の扉を、わたしは二度叩いた。


「ハーヴェイです。D-1132の受理について、うかがいたいことがあります」


「入りなさい」


 ヴェンツェル支部長は、机の上の書類を片づけずに、わたしを見た。五十六。人族。頭の上のほうはもう髪がなく、二十年この支部にいて、二十年ずっと、面倒事の前では先に謝る人だ。


「受理は六つ。査定は九つです。順序が逆になっています」


「ガルドが夜明けに来た。第四層の記録に王都から急ぎの引き合いがある、と」


「引き合いの写しは」


「無い」


 支部長は言った。それから、初めて書類を伏せた。


「無いから、私は判を押した。押さなければ、あの男は本部の認可窓口へ回る。回れば、この支部の査定権そのものが『機能していない』と書かれる」


「隊はもう入坑しています」


「……そうだ」


 わたしは、三秒だけ黙った。


 三秒あれば、たいていのことは呑み込める。呑み込めないものだけが、そのあと残る。


「差し止め票は無効ですか」


「無効ではない。押した順が悪いだけだ」


「では、有効な差し止め票が一枚ある状態で、その依頼は進行中ということですね」


 支部長の目が、一度だけ動いた。


「……何をするつもりだ」


「規定第十四条。有効な差し止め票のある依頼が進行した場合、支部は救援依頼を、等級の上限なく発行できます」


 わたしは規定集を開いて、机の上に置いた。付箋は昨日のうちに貼ってある。三年前に一度、同じ条文を読んだからだが、読んだだけで、使ったことはなかった。


「B等級で出します。報酬は支部負担。責任はわたしが持ちます」


「持てる立場ではないだろう、君は」


「持てる立場の方が、押す順を間違えたので」


 支部長はしばらく黙っていて、それから、伏せていた書類の下から自分の判を出して、わたしの差し出した用紙に押した。


 押すとき、手が少し震えていた。


 救援依頼を掲示板に貼ったのは、九つ半だった。


 B等級。第三迷宮、第四層。対象は「鉄爪」六名。上位個体の遭遇記録二件を添付。


 冒険者たちが集まってきて、そして離れていった。B等級で報酬は支部負担、つまり安い。危険は高い。当然だ。


「無理よ」


 シャノンが言った。今度はこちらを見ていた。


「B等級を、支部の払いで受ける子なんていないわ。あんた、自分の首だけ賭けてどうすんの」


「賭けていません。手続きです」


「手続きで人が動くなら、あたしは今ごろ実家にいるわよ」


 そのとき、掲示板の前に影が落ちた。灰色の狼獣人が、貼り紙を上から下まで読んでいた。


「これ、あんたが書いたのか」


「……はい」


「上位個体二件ってのは」


「先月と先々月の、ガルドさんの隊自身の報告です。第四層の東側。個体の大きさが、記載どおりなら、C等級の想定を超えています」


 グレンはうなずいて、それから、貼り紙を剥がして、受付台に置いた。


「受ける」


 列がざわついた。


「グレン様、B等級ですよ」わたしは言った。「報酬は支部負担です。あなたの一日の相場に、まるで足りません」


「知ってる」


「危険度の想定も、わたしの査定です。公式の等級ではありません。もし外れていたら」


「外れてたら、それでいい」


 彼はわたしを見た。灰色の耳が、まっすぐこちらを向いている。


「あんたが出したなら、行く」


 わたしは、手の中の羽根ペンを落としそうになった。落とさなかったのは、査定官が書類の上でものを落とさないからで、それだけの理由だった。


 彼が出ていってから、七つ数えるあいだ、わたしは動けなかった。


 夕方の六つ。


 最初に戻ってきたのは、担架だった。


 二台。次に三台。前庭の石畳に並べられて、支部の治療師が走り、湯を運ぶ音がして、誰かが叫んで、誰かが謝っていた。


 六名。全員生きていた。骨が折れている者が三人。左腕を失いかけている者が一人。今月入ったばかりの新顔の少年は、意識がないまま、担架の上で震えていた。


 最後に、自分の足で歩いてきたのがガルドだった。肩に若い隊員を担いでいた。毛皮が黒く濡れていて、それが血だとわかるのに、少しかかった。


 その後ろから、グレンが来た。剣は抜いた跡があるが、彼は誰も担いでいなかった。担ぐ必要がなかったからだ——全員、彼が先に着いたときには、まだ生きていた。


 前庭は人でいっぱいになった。冒険者、職員、通りの野次馬。


「第四層の東側で、想定外の個体と遭遇した」


 グレンが言った。大きな声ではないが、それでも、前庭の端まで届いた。


「大きさは記録どおりだ。二件とも」


 誰も何も言わなかった。わたしは受付台の内側に立ったまま、動けなかった。


 ガルドが顔を上げて、血の跡のついた顔で、わたしを見た。


「……たまたまだ」


「そうかもしれません」


 わたしは言った。声が震えないように、事実だけを並べた。


「ですが、たまたまが二か月続いたので、差し止めました。次に同じ申請が来ても、同じ判断をします」


「番もねえ半分が——」


「その話は、査定票には関係ありません」


 言い切ったとき、自分の声がやけにはっきり聞こえた。


 ガルドが一歩、前に出る。


 その前に、グレンが立った。背を向けたまま、わたしとガルドのあいだに入っただけで、剣にも手をかけなかった。


「俺は」


 彼は言った。前庭の全員が聞いていた。


「この人の目を信じる」


 誰かが息を吸う音がした。


 ガルドは何も言わず、担いでいた隊員を治療師に渡して、それから、自分も膝をついた。倒れたのではない。座り込んだだけだ。


 人がはけたのは、夜の八つを回ってからだった。


 わたしは前庭で、裂けた差し止め票の二枚を、糊で貼り合わせていた。備品の糊は乾くのが遅い。


 朱印の欠けた角が、裂け目の上でずれずに重なった。


「それ、直すのか」


 グレンが柱のところに立っていた。いつからいたのかは、わからない。


「記録ですので。破れたままだと、綴じられません」


「そうか」


 彼は少しのあいだ黙って、それから言った。


「明日の朝も、迎えに来る」


 わたしは貼り合わせた票を持ったまま、顔を上げた。訊きたいことは、まだ一つも答えられていない。


「……理由は、まだうかがっていません」


「ああ」


 彼はうなずいた。うなずいただけだった。


 夜の風が来て、糊の匂いがした。


 翌朝、支部の掲示板に、一枚の書面が貼り出された。


 「鉄爪」隊長ガルド・ベルンによる、査定への不服申立て。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。