第25話 書き換えられた三年前
依頼番号 D-0417
依頼名 第三迷宮 第四層の踏破および記録
申請等級 C(申請)/D(掲示・台帳)
申請者 「銀砂」九名
資料室の長机に、紙が六種類並んだ。
わたしの手帳が三年ぶん、グレンの持っていた差し止め票が一枚、院の保護預かり名簿の写し、支部の依頼綴が三年ぶん、町の通行記録、そして支部長が書庫から出してきた本部月報の綴だ。
月報は毎月本部から各支部へ配られ、載っているのは等級の改定、報酬の改定、規定の追記だ。誰も読まない。読まないから、綴じられたまま三年でも十年でも残る。
「私は二十年これを綴じてきた」
ヴェンツェル支部長は綴りの背を撫でた。
「読んだことはない。綴じただけだ。……綴じておいてよかった」
シャノンが窓際で腕を組んでいて、メリルは机の端に座って、院の名簿の頁を押さえていた。
扉の右側。柱一本ぶん離れた廊下に、グレンが立っている。中へは入らないが、入らない理由を訊いたことはない。
「まず、日付です」
わたしは自分の手帳を開いた。開いたのは三年前の四月の頁で、そのひとつ前の月は、この手帳に無い。
「グレン様の票は、三年前の三月九日。番号はD-0417です。台帳では、この番号だけが綴から抜けています」
「番号が飛んだだけではないのか」
「飛びません。依頼番号は受理順に振ります。前後を見てください」
わたしは依頼綴を開いた。D-0416は薬草の採取で、綴では三年前の三月。D-0418は東街道の護衛で、同じ三月。
「前後は繋がっています。飛んでいるのはあいだの一枚だけで、日付も同じ三月です。番号が飛んだのではありません。一枚だけ、抜かれています」
「抜けば分かるだろう」
「分かります。ですから、抜いたあとで綴じ直しています」
わたしは三月の綴を光にかざすと、糸の穴が二種類ある。古い穴と、新しい穴だ。新しいほうの穴で、前後の二枚が締め直されていた。
「一枚ぶん薄くなった綴を、穴の位置を変えて締め直しました。受理簿のほうは受付の帳面ですから、査定の書類を抜いた人は、そこまで見ていません」
シャノンが小さく口笛を吹いて、自分でやめた。
「欠番は四件だ」
支部長が言った。
「0404に0412。0417に0420。全部そうか」
「全部そうです。四件とも第三迷宮で、四件とも、綴からその一枚だけが抜かれています。……三件は、わたしの手帳に差し止め相当と書いてあります」
「残りの一件は」
「0417です。三月ですので、手帳に無い一枚です」
次に月報を出した。三年前の三月の号で、頁の下に、改定の一覧が小さく刷ってある。
第三迷宮 等級 C→D。改定は三月七日。
「掲示より二日前です」
わたしは言った。声が事務の声から動かないように、気をつけた。
「C等級の九人編成なら、報酬は金貨十八枚。危険手当が別に十八枚つきます。手当は支部負担です。D等級に下げると、報酬は九枚で、手当は要りません」
「差は」
「一件で金貨十八枚です」
わたしは手帳の余白に数を書いた。書きながら、自分の指が冷たいのに気づいた。
「三年ぶんで、第三迷宮の依頼は五十一件。うち三十件が申請より一段低い等級で通っています。差の合計は、金貨五百四十枚」
「浮いた金はどこへ行く」
「支部が払わなかった手当は、本部の迷宮開発費に積まれます。書式の第五面です」
支部長が月報の別の頁を繰る手が速く、この人は本部の書式だけは体で覚えている。
「あった。三年ぶんの開発費の計上額だ。……五百四十枚」
部屋が静かになった。
「同じ額が、出ています」
メリルが名簿の写しを机の中央へ滑らせた。
「王立番鑑定院の受入簿です。本部からの調査委託料。三年で金貨五百四十枚。月ごとの額まで、揃っています」
「院は、その金で何を」
「保護預かりの費えの一部です。残りは寄進で埋めています」
わたしは寄進の欄を出すと、二十四年ぶん、ほとんど入れ替わらない五つの家名がある。
三つ目に、ヴォルガードとあった。
廊下のほうを見ると、グレンは動かなかった。動かないことで、聞いているのが分かる。
「分家です」
支部長が言った。
「本家は寄進をしない。あの家は昔から、金の名前を分家に持たせる」
「五家は何を買っているんでしょうか」
メリルはしばらく答えなかったが、それから、自分の綴りを開いた。十七行の並んだ、あの私物の綴りだ。
「……逆です。この十一年で、五家の子は全員が該当ありになっています。全員です。相手は、いずれも別の四家のどれかでした」
「そんな確率は出ません」
「出ません。ですからわたしは、鑑定は正しいと申し上げ続けました。正しいと言い続けるほうが、疑われずに名簿を見ていられる」
彼女はそこで一度、言葉を切った。
「わたしは十一年、鑑定が売られている部屋で名簿を見ていました」
誰も何も言わず、シャノンが窓の桟を指でひとつ叩いた。
「で、誰が売ってたのよ」
わたしは月報の三年前三月の頁を、灯りのほうへ傾けた。
改定の一覧の下に、認可印の写しが刷ってある。本部が改定の真正を示すために刷るもので、輪が二重にあって、内側に細い形が三つ並んでいる。外側の輪は、右下が一箇所だけ欠けていた。
わたしは抽斗からD-1207の認可票を出した。監査三日目に、この支部で押されたものだ。
並べた。
輪が二重、内側に細い形が三つ、外側の輪の右下が欠けている。
「本部の紋は、塔と天秤です」
わたしは言った。馬車の扉にも、封蝋にも、そう入っている。
「この印は、塔でも天秤でもありません」
支部長が椅子を引く音がした。
「……ボルス監査官は、三年前どこにいた」
「本部の等級改定係です」
メリルが答えた。答えてから、自分の手を見た。
「院では、寄進の受入簿にあの方の名が毎月出ます。誰も口にしませんが、書いてはあります」
紙が六種類、机の上で一本に繋がった。
五家が番の判定を買い、代金は院への寄進になる。取り次ぐのは本部監査部で、その名義で毎月出入りしている人がいる。取り次ぎの見返りは、迷宮の開発費から出る。開発費を積むには、迷宮の等級を下げて、支部に手当を払わせないでおく必要がある。等級を下げれば、報酬も下がる。報酬が下がれば、来るのは経験の浅い隊だ。
三年前の三月九日。D-0417。C等級の坑に、D等級の値段で九人が入った。
「八人は」
わたしは言いかけて、言い直した。数を先に置かないと、声が保たない。
「八人は、金貨十八枚のために死にました」
廊下で、板の軋む音がした。
グレンが柱に肩を預けた音で、彼はそれきり動かなかった。
夕方の六つ。前庭に灯りが入った。
わたしは監査会への提出書式を机に広げた。本部の様式で、六面あって、証拠の一覧を書く欄は第四面だ。
書きながら、手が止まった。
一、査定官補の私物記録三年ぶん。——査定権を停止された者の記録で、無権限の記載として、それ自体が規定違反になる。
二、鑑定院保護預かり名簿の写し。——院の内部文書で、持ち出したのは鑑定士メリル・アシェ。
三、照会番号R-0068。——監査官の決裁を経ていない照会で、出したのはヴェンツェル支部長。
「支部長」
「言うな」
支部長は月報の綴を閉じた。閉じてから、いつもより長く手を置いていた。
「分かって出した。二十年ぶりに、分かって出した」
「これを監査会に出せば、審理にかけられるのは監査官ではありません」
わたしは第四面の三行を、上から順に指した。
「わたしと、支部長と、アシェ様です。三人とも、その日には職がありません」




