第23話 該当なしの十七人
照会番号 R-0068
照会先 王立番鑑定院 記録課
件名 保護預かり名簿の閲覧
申請者 アルヴェント支部長 ヴェンツェル・グラーフ
三日かかった。
材料は四つある。メリルの綴じ本の十七行、支部の依頼台帳、町の通行記録、それに運送屋の請け票だ。人が動けば、必ずどれかに触れる。触れずに動けるのは、動いていない人だけだ。
資料室の長机を二つ並べて、片方をシャノンが占領した。
「あたし、こういうの得意なのよ」
「意外です」
「失礼ね。実家の帳簿をつけてたの。逃げる前まで」
わたしは訊かなかった。訊かないでいると、この人は自分から少しだけ喋る。
「十四で相手の家に置かれてたのよ。あたしは該当ありだったから。猫は数が読めないって笑われながら、帳簿だけは触らせてもらえたわ」
「読めたんですね」
「読めたから逃げられたの。旅費がどこにあるか分かったからね」
彼女は写しを一枚こちらへ滑らせて、それきりその話をしなかった。
一日目は、十七人の名前を通行記録に当てた。
王都の門は四つあって、門番は通った者の名と、日付と、荷の有無を書く。書き忘れる日もあるが、書き忘れは飛び飛びに出るものだ。消したものだけが、きれいに揃って無い。
十七人のうち十四人が、東門を通っていた。
全員、鑑定の翌月から翌々月のあいだ。荷の欄にはどれも「院用」と書いてあって、十四回とも同じ字だった。
「東門の先って何があるの」
「鑑定院の東分館です。街道を二刻」
「ふうん。で、帰りは」
わたしは記録を戻して、もう一度めくった。十四人ぶん、東門を出た記録はある。
入った記録が一つも無い。
二日目は運送屋の請け票を出した。荷の運送はギルドの依頼として出るので、支部の綴に残っている。
東分館宛の荷が、十四回とも通行の翌日に一件ずつ出ていた。中身の欄は「私財一式」、重さは十貫前後で、人ひとりが自分で持てるだけの荷だ。
誰かが東へ行って、その翌日に、その人の荷が後を追っている。
「引っ越しね」
「引っ越しなら転出届が出ます」
町役場の写しには、十四人ぶんとも転出届が無かった。保護預かりは転出に当たらないという注記が、欄外に小さく入っている。
書いた人がいる。書いた人は、これが引っ越しでないことを知っていた。
夕方の六つに一度だけ外へ出ると、掲示板の前に人はいない。査定が本部の認可制になってから、貼り紙の枚数そのものが減った。
扉の右側。柱一本ぶん離れたところに、グレンが立っていた。
「まだやってるのか」
「あと一日です」
包みを受け取ると、まだ温かい。中身は数えなくても分かる。
「十四人が東へ行って、帰ってきていません」
「探すのか」
「探します。人は探せません。紙なら探せます」
「そうか」
彼は少しだけ耳を動かして、それから通りへ戻っていった。引き止める言葉を、わたしは思いつかなかった。思いつかないまま資料室へ上がって、包みを半分だけ食べた。
三日目の朝に、支部長が二階から降りてきた。
「照会が通った」
ヴェンツェル支部長が封のされた綴りを受付台に置くと、紙が乾いた音を立てた。
「本部の様式で出した。監査官の決裁は要らん。鑑定院の記録課は、本部の管轄外だからだ。……二十年で、この抜け道だけは覚えた」
「支部長」
「私は何も見ていない。鍵は資料室に置いてある」
彼は階段を戻りかけて、途中で足を止めた。それから、いつもどおり先に謝った。
「すまん。私の名で出したから、責めは私に来る。君のところへは行かん」
保護預かり名簿は、二十四年ぶんあった。
メリルは頁を繰る手を止めない。止めたら読めなくなると思っているような、繰り方だった。
十七人のうち十四人の名前が、そこにあった。
現況の欄があって、十一人が「記録課付」、三人が「除」だ。除は死亡のことだと、メリルが低い声で言った。年齢は二十から三十のあいだで、死因の欄は空白のままだ。
残りの三人は、この名簿にも無かった。東門を通っていない三人で、そのうちの一人が、いちばん下の行のエルナ・アシェだった。
「姉は、囲われてすらいないんですね」
「囲われて、そのあと消えた方もいます。順番までは書いてありません」
メリルはそう言って、それ以上その頁に触らなかった。
「記録課付というのは、何をする係ですか」
「名簿を書く係です」
わたしは指を止めた。
「該当なしの者に、名簿を書かせているんですか」
「番の香に惑わされない者が要るのです。院の記録は、家と家の縁組の値打ちを決めます。……身内の香に引かれる者には、書かせられません」
わたしは十一行を上から下まで見た。囲われて、名簿を書いている。
欠陥なら囲わない。捨てるか、放っておく。囲うのは、要るからだ。
その先の頁に、費用の欄があった。
保護預かりの費えは、院の負担ではなかった。「寄進により充当」と書いてある。寄進元は五つの家名で、二十四年ぶん、ほとんど入れ替わっていない。金額は一人あたり、年に金貨四十枚。
「この五家は、何を買っているんでしょうか」
「……分かりません」
メリルは初めて綴りから手を離した。
「わたしは十一年、姉を探すために名簿を見てきました。誰が金を出しているかは、見たことがありません」
「見せない欄でしたか」
「見ようとしなかったのだと思います」
わたしは寄進の欄を書き写した。写しながら、数字が一つ足りないと、思った。囲うのに金がかかるのは分かるが、出す理由が分からない。
「アシェ様。寄進をした家に、院は何を返しているんですか」
「返礼はしません。院は返礼を禁じています」
「では、この五家は二十四年ぶん、何も受け取らずに毎年金貨を出しているんですか」
メリルは口を開いて、閉じた。閉じてから、自分の綴じ本のほうへ目を落とした。
「……禁じてあることと、していないことは、同じではありませんね」
「はい」
「わたしは十一年、そこを見ていませんでした。見なくても姉は探せると思っていたので」
番鑑定という制度は、二十四年ぶん誰かの得になり続けている。その誰かの名前が、この綴りには書いていない。書いていないものは、ふつう別の帳面に書いてある。
シャノンが窓の外を見て、言った。
「あたしを引き離した家も、この五つのどれかかしら」
「照合しますか」
「やめとくわ。今日は無理」
名簿の最後の頁は、いちばん古い年だった。
紙が黄色くて、字も違う。書いた人が違うのだ。二十四年前で、この年の該当なしは、二人しかいない。
その二行目で、わたしの指が止まった。
マイカ・ルーン。十八歳。該当なし。保護預かり。
現況の欄は空白だった。
「ハーヴェイさん。……その頁に、何か」
メリルが訊いた。
わたしは答えるのに時間がかかって、答えたときの声は、自分でも聞き取りにくかった。
「うちの鏡台の裏に、同じ名前が彫ってあります」
母が嫁ぐ前の名前だった。




