↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
番失格の受付嬢ですが、獣人冒険者様が毎朝ギルドへ迎えに来ます  作者: 雪平なずな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/30

第21話 差し止めます、彼女の代わりに

 依頼番号 D-1980

 依頼名  第三迷宮 第二層 資材回収

 申請等級 D(本部監査部 認可済)

 申請者  ギルド本部監査部


 告示は開門と同時に貼られた。


 等級はD、報酬は金貨八枚、人数は十名。崩落で埋まった支保の材と、置き去りになった道具と魔石を、第二層から運び出す。募集は公募で、締切は本日の九つ半。


 D等級で金貨八枚は、この街の相場の三倍だ。


 名簿は四半刻で埋まり、十名のうち七名がC級以下で、三名がこの半年に登録したばかりだった。掲示板の前で数字だけを読んでいる背中を、わたしは受理の窓口から見ていた。


 名簿の六番目に、見覚えのある字があった。


「トビさん」


「はい」


「第二層です」


「知ってます。だから書きました」


 彼は名簿の自分の行に指を置いたまま、言った。添え木が外れて十日と少しで、歩き方はまだ傾いている。


「あの日、俺だけ何もできなかったんで」


「支保が落ちています。崩落から十二日で、余震が六件です。第三層まで上位個体の痕跡が下りてきています」


「ノーラさんの査定は」


「……出せません」


「じゃあ、俺は読むものがないです」


 彼は少し笑って、頭を下げて、列を離れた。責める顔ではなく、責められたほうが楽だったと思う。


 所見欄には六件の余震と痕跡の記録を書いて、九つに二階へ上げた。九つ半に下りてきた申請書の第三面は、線で消されていて、余白に一行だけ添え書きがある。所見は必要事項のみとする。


 夕方の六つ、わたしは通達 H-0031 の写しを机に広げた。


 三日前から何度も読んでいる文で、読むたびに同じところで目が止まる。


 ——当支部の査定官が発する査定票は、本部監査官の認可を経たものに限り効力を有する。


 査定官が発する査定票。


 わたしは職員台帳を出して、資格の欄を、上から順に指で追った。


 ハーヴェイ、ノーラ。査定官。査定署名権はE等級からC等級まで。停止中。


 ルー、シャノン。受付第二席。査定署名権はE等級からC等級まで。


 シャノンは査定官ではなく、受付だ。受付だが、署名権は持っている。この支部では十年前から、繁忙期に受付が査定票を捌けるように、資格が付いている。半月ほど前からわたしの票に二人目の署名が要るようになって、その署名を書いてきたのも彼女だ。


 通達は査定官を止めた。受付は止めていない。


 規定集を開いた。第二十二条。査定票は、署名権を有する職員の署名をもって効力を生じる。記載内容の作成者については規定しない。


 付箋を貼って、隣の窓口へ行った。


「シャノンさん。頼みがあります」


 彼女は頬杖のまま、爪の先を見た。


「言いなさいよ」


 わたしは通達の写しと規定集を台に置いて、付箋のところを開いて、指で押さえた。


「あなたの署名で、差し止めを一枚出します。書くのはわたしです」


「あたしの首が飛ぶわね」


「飛びます」


「あんた、そこを誤魔化さないのね」


「誤魔化すと、あとで数字が合いません」


 シャノンは規定集を自分のほうへ引き寄せて、第二十二条を二度読み、それから羽根ペンの穂先を確かめた。


「一つ条件。あんた、辞表はもう書かないこと」


「……はい」


「二つ目。書いたら、あたしが裂く前に自分で裂きなさい」


 翌朝、四半刻早く出た。


 扉の右側、柱一本ぶん離れた位置に、灰色の狼獣人が立っていた。


「グレン様。今日、票が一枚出ます」


「あんたのか」


「わたしが書いて、隣の窓口が署名します。わたしの名前はどこにも残りません」


「それでいいのか」


「票が通れば、それでいいです」


 彼はうなずいたが、包みを渡す手が、いつもより一拍遅かった。


「なら、俺は坑の外にいる。票が出るまで動かない」


 六つ半。開門。


 シャノンは自分の窓口で、わたしの書いた査定票を読んだ。全部読んだ。読み終えてから、羽根ペンを取って、署名の欄に自分の名を書いた。


「差し止め。D-1980」


 彼女は声に出した。窓口の前に列があるので、届く声で言った。


 二階の扉が開いて、ボルス監査官が階段の途中で足を止めて、それから最後まで下りてきたが、従者は連れていなかった。


「受付が査定票を出したか」


「はい。あたし、署名権ありますので」


「通達を読んだか」


「読みましたよ。査定官が発する票は認可が要る、でしょ。あたし査定官じゃないんで」


 シャノンは台帳の自分の行を指で叩いたが、爪は出していない。


「受付第二席。給金は銀貨八枚。文句があるなら、資格をくれた十年前の本部に言ってください」


「文言の趣旨は明らかだ」


「趣旨で票が止められるなら、規定集は要りませんよね」


 監査官が前庭を一度見たのは、名簿に名を書いた十人が集まる時刻だった。


「支部長を呼べ」


 ヴェンツェル支部長は、呼ばれる前から階段の下に立っていた。


「受理者は貴殿だ。この票を受理すれば貴殿の監督責任を問う。二十年勤めた最後がそれでいいのか」


「監査官」


 支部長は書類を持っていなかった。持たずに立っているところを、わたしは初めて見た。


「二十年前、私はこの支部の査定官になりました。名簿に残っておりますので、ご存じでしょう」


「知っている」


「二十一年前は冒険者でした。隊を持っておりました。九名です」


 前庭が静かになった。


「当時の査定官が、私の申請に差し止めを出しました。私は笑って押し通しました。等級より稼ぎのほうが大事だと思っておりましたので。坑から出たのは私一人です」


 支部長の手が動いて、腰の判を出した。


「それから二十年、私はこの支部の査定の判だけを守ってまいりました。他は何一つ守れませんでしたが、それだけです」


 彼は受理の欄に判を押した。


 手は震えていなかった。


「受理いたします。D-1980、差し止め。署名は受付第二席シャノン・ルー。作成は——」


「支部長」


「……失礼。作成者は、規定しておりませんでしたな」


 前庭の十人のうち九人が、名簿から自分の名を消した。最後の一人はトビで、彼は消す前にわたしのところへ来た。


「これ、ノーラさんが書いたやつですよね」


「署名はシャノンさんです」


「数字がノーラさんのです。三か月前のと同じ書き方してる」


「トビさん。読むものが無いと、今朝おっしゃいました」


「言いました」


「今日からは出ます。署名が違うだけです」


 少年は自分の行を線で消して、それから頭を下げた。


 列の後ろで誰かが言った。番のいない受付嬢の紙で十人が止まるのか、と。声を潜めなかった。


「止まったのは票のほうです」


 わたしは言った。


「香では止まりません。数字で止まります」


 差し止めは通った。名簿の香の欄は空白のままだった。


 わたしは自分の朱印を押していない。押していないのに、票は坑口の手前で十人を止めた。


 ボルス監査官は何も言わずに、二階へ戻った。足音は最後までしなかった。


 夕方の六つ、閉門の板を下ろして、表へ出た。


 通りの向かいに、白い袖が立っていた。


 王立番鑑定院の制服で、供もいなければ馬車もなく、両腕で黒い綴じ本を抱えていて、抱え方が、落とすまいとする抱え方だった。


 メリル・アシェはわたしと目を合わせて、それから何も言わずに頭を下げた。


 下げてから、通りを南へ歩いていった。

 その綴りを先に開いたのは、わたしではなく彼女のほうでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。