第14話 差し止められない依頼
依頼番号 D-1203
依頼名 第三迷宮 第五層までの踏破および記録
申請等級 C(本部認可済・査定票の到達を要さず)
申請者 ギルド本部監査部(受注 「灰鉄」隊長 マルク・ヴァイス)
朝の六つ半に、書庫ではなく支部長室へ行った。
写しは昨夜のうちに三度読んだが、読むたびに、同じことしか分からない。備考の一行が全部を決めていた。
「D-1203の査定を出します」
「出しても綴じるところが無い」ヴェンツェル支部長は言った。「本部認可の依頼に、支部の査定票を貼る欄が無いんだ。様式が違う」
「差し止め票なら様式は支部のものです」
「差し止める対象が、支部の受理じゃない」
支部長は認可の写しを机に滑らせた。判は赤く、周りが二重の輪になっているが、支部の判は一重だ。
「本部監査部の認可番号つきだ。この番号が付いた依頼は、支部の査定を経ずに掲示できる。去年の冬に足された運用でな。私は三度、書面で照会を出した。三度とも同じ返事が来た。『支部の負担を減らすためである』と」
「第五層は封鎖されています」
「今は等級が付いている」
「等級は付けるものです。開くかどうかとは別です」
わたしは持ってきた写しを開いた。認可欄の等級のところだけ、文字が細く、墨が少し青い。
「支部長。この字を見てください」
「……何だね」
「書庫の三年ぶんに、同じ字が三十件あります。第三迷宮の依頼だけ、申請より一段低く書き直されていて、訂正印がありません。ペン先が金属で、墨が青いのも同じです」
支部長はしばらく写しを見ていて、それから、書類を伏せた。伏せるときの手つきが、あの日の判と同じだった。
「その話は、まだ誰にもするな」
「支部長は、誰が書いたかご存じですか」
「知らん。知らんが、支部の中でないことは分かる」
部屋を出る前に、もう一つだけ訊いた。
「支部長。この運用で押し通された依頼は、これまでに何件ありますか」
「数えていない」
「数えます」
九つに掲示板へ貼り出された。
人が集まった。第三迷宮の第五層は三年ぶりの開放で、記録の報酬は金貨二十枚、C等級でその額は破格だ。冒険者たちが数字だけを見て動くのを、わたしは受付台の内側から見ていた。
等級というのは値段ではなく、何人で行けば戻れるかを、紙の上で先に決めておくための目盛りだ。目盛りが狂った紙は、狂ったぶんだけ人を安く見積もる。
「灰鉄」の八名が受注欄に名前を書いていく。隊長のマルク・ヴァイスは三十くらいの人族で、書く手が速かった。列の後ろのほうに、まだ子どもの顔をした弓手が二人いて、名簿の登録は先月になっていた。
「ヴァイス様。少しよろしいですか」
「あんた、査定の人だろ。悪いが今日は要らないんだ」
「要らないのは票です。話は要ります」わたしは手帳を開いた。「第三迷宮の第四層、東側。上位個体の遭遇記録が直近三か月で四件。うち二件は先月です。第五層へ降りる口は東の突き当たりにあります。通り道です」
マルクは書く手を止めなかった。
「四層は通過するだけだ。走り抜ける」
「三年前の三月に、同じ経路で事故があります」
「その記録、どこにある」
わたしは答えられなかった。欠番の一枚をどこにも出せない。無い紙は無い、という以上のことを言えない。
「な」マルクは笑った。悪意のある笑い方ではなかった。それが余計にこたえた。「無いんだろ。あんたの言うことが正しいとして、正しいのと通るのは別だ。おれは八人食わせてる」
「等級がCで釣り合っていません」
「本部が付けた等級だ。文句は本部に言ってくれ」
シャノンが隣の窓口から身を乗り出して、何か言おうとして、やめた。列がこちらを見ている。
わたしは受付台に手をついて、手続きの筋道を頭の中で全部たどった。差し止めと再査定、支部長の照会、本部への異議。どれも、掲示されたあとの依頼を止められない。止めるための条文が、この様式には掛からない。
制度は、わたしの方が正しいかどうかを訊いていなかった。
昼までに書面を三通書いた。一通目は等級の再査定願い、二通目は封鎖解除の根拠の照会、三通目は遭遇記録の別綴の提出要求だ。宛先はどれも本部監査部になる。
「三通とも、届くのに六日かかるわよ」
シャノンが封蝋を溶かしながら言った。
「知っています」
「六日って、あの人たち、明日入るのよ」
「届かないから出さない、というのはやめました」わたしは宛名を書いた。「出したという記録が残ります。残っていれば、あとで数えられます」
「あんた、そういうところが本当に」
「嫌いですか」
「……いいえ」
シャノンは封蝋を押した。押す判は支部のもので、輪が一重だった。
昼過ぎに、グレンが掲示の写しを一枚持って、受付台へ来た。
「第五層と書いてある」
「はい」
「あそこは三年前に閉じた」彼の声が、いつもより低かった。「支部が金を出して塞いだはずだ」
「記録では、封鎖の事実そのものが残っていません」
彼は写しを台に置いた。置いた手が、一度だけ強く握られた。
「受けるのか」
「わたしに受ける権限はありません。査定も出せません」
「そうか」
彼はしばらく黙って、それから言った。
「なら、俺も行かない」
「グレン様。八人が入ります。S級が一人いるだけで、生きて戻る数は変わります」
「変わらない」
彼は写しを指で押さえた。
「隊の中に入れば、隊長の判断で動く。俺はもう、それをやった」
やった、という言葉のあとに何が省かれたのかは分からなかったし、訊ける形もしていなかった。
「あんたが票を出したら、俺はその紙のとおりに動く」彼は続けた。「票が無いなら、坑の外にいる。外にいれば、あんたの指示が届く」
「わたしは冒険者ではありません」
「知ってる」彼はうなずいた。「あんたの持ち場は、こっち側だ」
彼は写しから手を離して、扉の右へ下がった。柱一本ぶん離れて、そこに立った。列の邪魔にならない位置で、前庭の掲示板がまっすぐ見える位置でもある。
わたしは受付台の下から手帳を出して、第三迷宮の頁を開いた。三年ぶんの遭遇記録、持ち込み品の申告、帰坑の時刻。誰がいつ何を持って入って、何を持って出てきたか。
票が出せないなら、票以外を全部そろえるしかない。
夕方の六つに、掲示板の受注欄が埋まった。灰鉄の八名。別に「石歯」の五名が第三層までの採取で入る。薬草の請負が四名、支部の測量が二名。
合わせて十九人。
「入坑は明日の夜明けですか」
わたしは測量係に訊くと、彼は首を振った。
「今日の九つに入った。第五層の口を今夜のうちに見るそうだ」
わたしは掲示板の前に立ったまま、手帳の頁を閉じた。
石畳の上に、直したばかりの四枚が並んでいる。今朝はまだ乾いていなかった目地が、もう乾いていた。




