↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
番失格の受付嬢ですが、獣人冒険者様が毎朝ギルドへ迎えに来ます  作者: 雪平なずな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/30

第14話 差し止められない依頼

 依頼番号 D-1203

 依頼名  第三迷宮 第五層までの踏破および記録

 申請等級 C(本部認可済・査定票の到達を要さず)

 申請者  ギルド本部監査部(受注 「灰鉄」隊長 マルク・ヴァイス)


 朝の六つ半に、書庫ではなく支部長室へ行った。


 写しは昨夜のうちに三度読んだが、読むたびに、同じことしか分からない。備考の一行が全部を決めていた。


「D-1203の査定を出します」


「出しても綴じるところが無い」ヴェンツェル支部長は言った。「本部認可の依頼に、支部の査定票を貼る欄が無いんだ。様式が違う」


「差し止め票なら様式は支部のものです」


「差し止める対象が、支部の受理じゃない」


 支部長は認可の写しを机に滑らせた。判は赤く、周りが二重の輪になっているが、支部の判は一重だ。


「本部監査部の認可番号つきだ。この番号が付いた依頼は、支部の査定を経ずに掲示できる。去年の冬に足された運用でな。私は三度、書面で照会を出した。三度とも同じ返事が来た。『支部の負担を減らすためである』と」


「第五層は封鎖されています」


「今は等級が付いている」


「等級は付けるものです。開くかどうかとは別です」


 わたしは持ってきた写しを開いた。認可欄の等級のところだけ、文字が細く、墨が少し青い。


「支部長。この字を見てください」


「……何だね」


「書庫の三年ぶんに、同じ字が三十件あります。第三迷宮の依頼だけ、申請より一段低く書き直されていて、訂正印がありません。ペン先が金属で、墨が青いのも同じです」


 支部長はしばらく写しを見ていて、それから、書類を伏せた。伏せるときの手つきが、あの日の判と同じだった。


「その話は、まだ誰にもするな」


「支部長は、誰が書いたかご存じですか」


「知らん。知らんが、支部の中でないことは分かる」


 部屋を出る前に、もう一つだけ訊いた。


「支部長。この運用で押し通された依頼は、これまでに何件ありますか」


「数えていない」


「数えます」


 九つに掲示板へ貼り出された。


 人が集まった。第三迷宮の第五層は三年ぶりの開放で、記録の報酬は金貨二十枚、C等級でその額は破格だ。冒険者たちが数字だけを見て動くのを、わたしは受付台の内側から見ていた。


 等級というのは値段ではなく、何人で行けば戻れるかを、紙の上で先に決めておくための目盛りだ。目盛りが狂った紙は、狂ったぶんだけ人を安く見積もる。


 「灰鉄」の八名が受注欄に名前を書いていく。隊長のマルク・ヴァイスは三十くらいの人族で、書く手が速かった。列の後ろのほうに、まだ子どもの顔をした弓手が二人いて、名簿の登録は先月になっていた。


「ヴァイス様。少しよろしいですか」


「あんた、査定の人だろ。悪いが今日は要らないんだ」


「要らないのは票です。話は要ります」わたしは手帳を開いた。「第三迷宮の第四層、東側。上位個体の遭遇記録が直近三か月で四件。うち二件は先月です。第五層へ降りる口は東の突き当たりにあります。通り道です」


 マルクは書く手を止めなかった。


「四層は通過するだけだ。走り抜ける」


「三年前の三月に、同じ経路で事故があります」


「その記録、どこにある」


 わたしは答えられなかった。欠番の一枚をどこにも出せない。無い紙は無い、という以上のことを言えない。


「な」マルクは笑った。悪意のある笑い方ではなかった。それが余計にこたえた。「無いんだろ。あんたの言うことが正しいとして、正しいのと通るのは別だ。おれは八人食わせてる」


「等級がCで釣り合っていません」


「本部が付けた等級だ。文句は本部に言ってくれ」


 シャノンが隣の窓口から身を乗り出して、何か言おうとして、やめた。列がこちらを見ている。


 わたしは受付台に手をついて、手続きの筋道を頭の中で全部たどった。差し止めと再査定、支部長の照会、本部への異議。どれも、掲示されたあとの依頼を止められない。止めるための条文が、この様式には掛からない。


 制度は、わたしの方が正しいかどうかを訊いていなかった。


 昼までに書面を三通書いた。一通目は等級の再査定願い、二通目は封鎖解除の根拠の照会、三通目は遭遇記録の別綴の提出要求だ。宛先はどれも本部監査部になる。


「三通とも、届くのに六日かかるわよ」


 シャノンが封蝋を溶かしながら言った。


「知っています」


「六日って、あの人たち、明日入るのよ」


「届かないから出さない、というのはやめました」わたしは宛名を書いた。「出したという記録が残ります。残っていれば、あとで数えられます」


「あんた、そういうところが本当に」


「嫌いですか」


「……いいえ」


 シャノンは封蝋を押した。押す判は支部のもので、輪が一重だった。


 昼過ぎに、グレンが掲示の写しを一枚持って、受付台へ来た。


「第五層と書いてある」


「はい」


「あそこは三年前に閉じた」彼の声が、いつもより低かった。「支部が金を出して塞いだはずだ」


「記録では、封鎖の事実そのものが残っていません」


 彼は写しを台に置いた。置いた手が、一度だけ強く握られた。


「受けるのか」


「わたしに受ける権限はありません。査定も出せません」


「そうか」


 彼はしばらく黙って、それから言った。


「なら、俺も行かない」


「グレン様。八人が入ります。S級が一人いるだけで、生きて戻る数は変わります」


「変わらない」


 彼は写しを指で押さえた。


「隊の中に入れば、隊長の判断で動く。俺はもう、それをやった」


 やった、という言葉のあとに何が省かれたのかは分からなかったし、訊ける形もしていなかった。


「あんたが票を出したら、俺はその紙のとおりに動く」彼は続けた。「票が無いなら、坑の外にいる。外にいれば、あんたの指示が届く」


「わたしは冒険者ではありません」


「知ってる」彼はうなずいた。「あんたの持ち場は、こっち側だ」


 彼は写しから手を離して、扉の右へ下がった。柱一本ぶん離れて、そこに立った。列の邪魔にならない位置で、前庭の掲示板がまっすぐ見える位置でもある。


 わたしは受付台の下から手帳を出して、第三迷宮の頁を開いた。三年ぶんの遭遇記録、持ち込み品の申告、帰坑の時刻。誰がいつ何を持って入って、何を持って出てきたか。


 票が出せないなら、票以外を全部そろえるしかない。


 夕方の六つに、掲示板の受注欄が埋まった。灰鉄の八名。別に「石歯」の五名が第三層までの採取で入る。薬草の請負が四名、支部の測量が二名。


 合わせて十九人。


「入坑は明日の夜明けですか」


 わたしは測量係に訊くと、彼は首を振った。


「今日の九つに入った。第五層の口を今夜のうちに見るそうだ」


 わたしは掲示板の前に立ったまま、手帳の頁を閉じた。


 石畳の上に、直したばかりの四枚が並んでいる。今朝はまだ乾いていなかった目地が、もう乾いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。