第18話:空から降り注ぐ「観測者」
神を打倒し、世界を再定義してから半年。
大陸は未曾有の繁栄を迎えていた。魔導技術は飛躍的な進化を遂げ、エレナが構築した新たなエネルギー循環システムのおかげで、もはやかつてのような貧困や瘴気による死は過去のものとなった。
氷華帝国エル・リヒテンは、単なる一国ではなく、人類が歩むべき新しい指針となる「星」となった。エレナは『星の聖皇』として民から崇められ、平和を享受していた……はずだった。
異変は、ある晴れた日の午後に起きた。
空に開いた「窓」
エル・リヒテンの王宮バルコニーで、エレナはシルと共に午後の紅茶を楽しんでいた。
平和な午後。だが、エレナの鋭い感覚が、空の一点に「違和感」を捉えた。
「……シル、あれを見て」
彼女が指差したのは、快晴の青空の一角だった。そこだけが、まるで古いフィルムのノイズのように激しく明滅している。
『外なる神』が消滅したはずの虚空に、今度は何かが「外側」から無理やりこじ開けようとしている――。
「……またか。今度はあの神どもの残党か?」
シルが鋭い牙を剥き、警戒姿勢をとる。しかし、エレナは首を横に振った。
「いいえ、質が違うわ。……あの神々が『破壊』なら、あれは『監査』よ」
明滅するノイズが弾け、空に巨大な「窓」が出現した。
窓の向こう側に広がっていたのは、この世界の常識を覆す光景だった。幾何学的な形をした無数の浮遊島、そして空を埋め尽くすほどの、輝く金属の翼を持った異形の軍勢。
彼らは「観測者」を自称する者たちだった。
第四の法則
窓を通り抜け、エル・リヒテンの空に整然と降下してくる数百の飛行体。それらは攻撃を仕掛けるでもなく、ただ冷徹にこの世界をスキャンしていく。
エレナはすぐさま帝国の防御システムを起動させたが、驚くべきことが起きた。彼女が構築した【新世界法則】が、彼らの前では無効化されたのだ。
「そんな……私のプログラムが、読み込まれている?」
[Scan_Result: Abnormal_Variable_Detected]
[Type: unauthorized_rewrite_of_universal_laws]
[Command: Quarantine_the_Anomaly]
上空から響く無機質な声。彼らにとって、エレナが命がけで行った「世界再定義」そのものが、この世界の「バグ(不具合)」として認識されていた。
聖皇の決断
「観測者」の一人が、エレナの立つバルコニーへゆっくりと降りてきた。
それは人型をしているが、目鼻立ちのない、純白の仮面を被った異質な存在だった。
「リヒテンベルクの娘よ。貴様が行った法則の書き換えは、高次元階層における重大な違反行為だ。……この世界は、現時点をもって『再初期化』対象とする」
淡々とした、しかし有無を言わせぬ宣告。
彼らにとって世界とは、管理された一つの「シミュレーション」に過ぎなかったのだ。
「再初期化……?」
エレナは仮面の男を真っ直ぐに見つめ、冷笑を浮かべた。
「面白いわね。私を『バグ』と呼ぶのは勝手よ。けれど、私が苦労して積み上げたこの世界を、あんたたちの都合でリセットさせるわけにはいかない」
彼女は杖を掲げた。半年前の戦いとは違う。今や彼女の背後には、平和を築き上げた民たちがいる。そして、自分を認めてくれる最高の相棒も。
「シル。……準備はいい? 今回は、神相手よりもずっと手強いわよ」
「ああ、望むところだ。……神を殺した俺たちだ、今更『監査官』程度でビビるかよ」
空を埋め尽くす「観測者」の軍勢に対し、エレナはエル・リヒテンの全魔導障壁を解放した。第四章、世界を初期化しようとする者たちとの、知略と魔導の衝突が幕を開ける。




